38 * 情報が重すぎてフリーズ気味……。
「グレイセルは言葉足らずだね」
アズさんのその一言にグレイが目を丸くして私はポカンと口を開けた。
「……結構喋る人だと思うけど」
「寡黙な質ではないぞ」
するとアズさんは面白可笑しく笑う。
「そんな事をいっているんじゃなく、言葉足らずと言ったんだ。なんで話さないのかな? 理由がちゃんとあったと」
何の話かは最近のことを思い返せば容易に想像できる。グレイと侯爵家がカッセル国の元王女が二度とククマットに来ないようにするために画策してその結果私が苦しみ離婚に至った事を言っている。
「理由については、既に説明されて納得してるんだけど……」
今更なことを言われて私は首を傾げたけれど、チラ、と横にいるグレイにもう一度視線を向ければ目を見開いたまま。
「え、ちょっと? 隠し事しないで全部話してって言ったよね?」
「話したよ、全部ここに来る前に話した、あれ以上も以下もない」
焦った様子でグレイがそう言って恨みがましい目をアズさんに向ける。
「私が聞きたいくらいだ、一体何の話だ」
「あれ、自覚なし?」
「「え?」」
エルフの里の美味しいワインをアズさんが注いでくれる。グラスは見覚えのあるものだ、ククマットとトミレアで作られている透明度の高まった、今できる最大限の薄さになったグラス。クノーマス侯爵家ではこのグラスを欲しがるお客様が多くて、侯爵家の分を製作している工房は今かつてない活気に満ちてグラスなどを作り続けているほど人気があるワイングラス。
「いいグラスです、ワインが良く映える」
グラスをゆるりと回しワインを揺らしたアズさんは、真っすぐグレイを見つめる。
「グレイセルは……あの時殆どを把握していながら、その上であの元王女を自由にさせていた。ククマット内での大なり小なり関係なくトラブル解決に自身はあえて動かなかった。間違いはないかな?」
「そうだな、ジュリにも話したが王女のお付きや護衛全員にも自分たちの思い通りになると思い込んで貰うために徹底した。勿論、領民から恨まれる覚悟で、手厚い保証をすると決めた上で行ったことだ」
「そうなんだよね、あれは間違いなくそういう事なんだけど、それでも君には出来ないことがあったのに……」
「何の話だ」
「私はね、一つどうしても違和感が拭えなくてずっと疑問に思っていた事があるんだ。……元王女が 《ハンドメイド・ジュリ》の工房に入って荒らした時、いつもの君なら反射的に元王女たちを排除したはず、本能的に動いてしまって計画が台無しになっていたんじゃないかな。……おかしいよね」
「おかしい?」
「うん、どんな理由があろうと君はあんな愚行を見逃せないんだから」
……。
ごめん、ちょっと意味わからない。
顔にそれが出ていたのかもしれない、アズさんは私に視線を向けるとニコリと微笑む。
「正直な話、自警団の幹部が死んだところでグレイセルは『プッツン』しないんですよ。だってグレイセルにとってジュリさんかそれ以外かの区別しかないんですから」
何気に酷いこと言ってる、アズさん。
「それを踏まえて……そんなグレイセルには、唯一激しく感情を揺さぶるものがあるんです。ジュリさんの【彼方からの使い】の証とも言える【技術と知識】から生み出されるものです、グレイセルにとってそれらは宝物なんですよ。今迄何かに執着出来なかったグレイセルにとって、あなたの手から生み出されるもの、それに必要なもの、全てが替えの効かない大切な宝物なんですよね。……だからジュリさんが作るものは、それが例え試しに折っただけの紙でも誰かに悪意で壊されたり汚されたらグレイセルは『プッツン』するんです、幼い子供でたまにいるじゃないですか、ちょっとしたことで簡単に癇癪を起こしてしまう、理性とか常識では抑えようがないどうにもならない事、あれと一緒なんですよ」
私とグレイは互いの顔を驚きでちょっと間抜けになった顔をしながら見つめる。
「それなのにあの時。元王女の動きをなるべく制限しないつもりだったのかもしれないけれど、君は作品に無闇矢鱈に触るようなことは決して許すつもりはなかったはず。……本能的にジュリさんの作るものを守ろうと動く君が、あの時だけは間に合わなかったし、何故か衝動的に排除に移らなかった。……偶然じゃないよ、あれ」
「「え……」」
アズさんは私達が驚きすぎて言葉が見つからずにいるのを見て愉快そうに微笑んでからグレイに視線を向け、そしてスッと右手を上げると人差し指を天井に向けて立てた。
「神に操られてたよ」
その愉快そうな微笑みのまま、今度は指差す上に視線を向ける。
「君が本能で動いてしまって元王女達に疑われないよう、あの場が予定外の展開にならないよう、あの時の君は確かに操られていた。この空のずっと向こう、上にいるとされる神によってね」
その根拠はどこにあるのか、という事もアズさんは説明してくれた。
「僅かに神が干渉した形跡があるんだ」
「干渉した、形跡だと?」
「そう、私はその形跡が先日会った時はいつのものか判らなかったけれど……君たちのあの当時の詳細を知って、そして今日もう一度改めて君を見て、ようやく辿れて判明した」
ちょっと待って?
神様が、干渉した?
グレイへの干渉ってことは。
【滅の神:サフォーニ】様ってこと?
グレイは信じられないという心がありありと表情に出て、それを隠そうとするかのように手で口元を覆う。
「なぜ、一体……そんな、バカな」
「寵愛されている人間に神が干渉することは珍しくないよ、現にジュリさんがそうだろう?」
ああ、まぁ、確かに私はしょっちゅう干渉されてるよね、普通に意思疎通出来るし夢でお喋りしたことも何度もあるし。
「いや、そうではなくて……私の場合は、その……」
グレイが戸惑い言葉を詰らせる姿にアズさんが怪訝そうな顔をする。
「何か、あるんですか?」
アズさんは表情を変えずに私に向いた。
「えーっと、ね。……言っていい?」
グレイに確認すれば、彼は口元から手を降ろした。
「いい、私が説明する。ちょっと驚いただけだ。……アズには以前話さなかったかな」
そしてグレイは自ら話した。
サフォーニ様から『全ての行いを赦す』と言われていることを。
「ふん?」
すっっっっごい、貴重な顔だと確信がある。エルフが間抜けな声を出し、間抜けな表情をするとその人外の美しさと余りにもかけ離れているせいか、違和感半端ないってことを人生で初めて知ったわ。
「だから、あの時干渉される筈がない、あの方は私の罪も罰も全てが私を構築するものだからと、だから全てを赦すと。私の行いに、なんの前触れもなく干渉してくる方ではない」
「……あぁぁぁぁぁ、そういえば、そうだった」
呻き悶えてアズさんがテーブルに突っ伏したので、私とグレイは硬直。いや、なんだコレ、これまたレアな姿では?
離婚を決めて貴族という柵から抜ける、それだけで私の中にあった疑問や不安、不満が明らかに減ったことで今までよりもクリアな目でグレイを見れるようになった気がしている。それはグレイも同じようで、結婚に拘らず、柔軟に都度二人で決めていこう、話し合おう、そして都度隣にいると確認しながらやっていけばいいのだと腹を括ってからは以前よりも余計なことを考えなくなって眼の前のことをもっとしっかり見ようと思えるようになったと。
離婚しても支え合う、そう決めたことで絆が深まったことは確か。
その離婚への引き金に、神の干渉があったということ?
全てを赦されているはずのグレイが干渉された。
私とグレイは離婚することで上手くやっていけると神様は考えた、だから、干渉した?
……サフォーニ様、なのかなぁ。
違う気がする。そしてセラスーン様でもないと思う。セラスーン様に関してはきっちり姿を現してまでお仕置きをしたくらいだから、グレイにはあの段階で半端な干渉をするとは思えない。
……あれ? まさか、ね?
「どうしよう、とある神様のことが頭に浮かんじゃった」
ついそう零してしまった。
だって、いる。
首を突っ込んでくる神様。
一柱、とんでもない存在を知ってる。
発言もやることも全部が破茶滅茶な、神様。
信じられないことにそれで至高神という唯一無二の絶対的な存在。
「……ライブライト様、か?」
グレイの顔!!
そこまで筋肉を駆使したしかめっ面見たとこないよ。
「出ましたね、ライブライト」
アズさん呼び捨て!!
てかアズさんもなかなかのしかめっ面。顔痛くならない? 二人とも。
「守護神が全てを赦す事で不干渉でいるにも関わらずあなたに干渉、ですか……前代未聞ですね、神界が荒れなければいいのですが」
はい、聞きました? アズさんが怖いこと言いましたよぉ神界が荒れるってどういうことでしょうねぇ。……普通に怖いわ!!
「しかし驚きです、神が寵愛や興味を持った人間、今の時代多すぎませんか?」
「いや、そんなの私に言われても普通に困る」
「この先人間界で何を起こすつもりですかね?」
「「え」」
グレイとハモった。
「以前【種】が蒔かれまして。てっきり先日のお二人の騒動で芽が出るのかと思ったら、ジュリさんの【選択の自由】が人間にとって悪質極まりない神の制裁に戻って、カッセル国は見事に混乱に陥り始めたものの……世の中それ以外の大きな変化はない。【種】が芽吹いた様子もなく……だとするとやっぱり別のことが起こりそうですね、しかも神が今回以上に干渉してくることが起きるのかもしれません」
「「え……」」
何言ってんだ、このエルフ。
「お二人も勿論ですが、神に愛されてる人たちは寵愛を緩めてもらえないか一度神に交渉したらどうですか?こんなに神が世界に干渉したら神の存在が人間にとって身近になり過ぎて―――」
「ストーップ! アズさんには説明を求む!!」
【種】とは世界そのものに変化を齎すものだと言う。それは必ずその【種】の発芽に必要な人の前に蒔かれると言う。
「身近な言い方をしますと、大陸全土に起こる避けられない変化です」
「全然身近な感じじゃない」
「そんなことないですよ、ジュリさんとリンファは起こしてるじゃないですか。【変革する力】、あれと同じなんですから」
「はっ?」
アズさんは続けた。
「もともと【種】は【彼方からの使い】の前に落ちてきやすい。そしてより強力な、歴史にも残る【変革】を起こすために【種】がなければならないんですよね。発芽し、根を張り、大地を掴む。その先覆すのが難しい、そういう大きな変革が起こる時に蒔かれるんですよ」
アズさんは続けた。
その変革を【思想の変革】や【倫理の変革】とエルフは呼ぶと。今回の私の離婚が世の女性たちにとって『女性たちの自由な生き方』の礎になることは間違いない、それでも【種】は芽吹かなかったようだと。だからつまり、この先これ以上の事が起こる、と。神が今以上に干渉してくるような大陸全土に影響する【変革】が私達に起こる、と。
「グレイ」
「なんだ」
「今日は深酒していい?」
「ああ、私もそういう気分になっていたところだ」
「飲まなきゃやってらんねぇわ!!」
「いいですね、今日は歓迎会なので皆で深酒しましょうか。いい感じに翌日に残るお酒も在りますよ、うわばみのお二人にぴったりなお酒を出しましょう」
うるせぇエルフ!! お前のせいだよ、呑まなきゃやってられんねぇ気分なのはあんたのせいなんだよ!!
と、叫びたい心は強引に飲み込んでおいた。
「ジュリ知ってるか」
「何を」
「私達は今日到着してまだ半日も経っていない、一日も滞在していない」
「知ってる。なのに情報が多すぎるよね」
「多すぎるな」
「エルフの情報と知識怖すぎる。普通に神様の話がバンバン出てくるし、知らない激重単語普通に使うし……全然酔えなかった」
グレイと二人、案内されたのは巨木の中にあるカントリー調の実にほんわかした雰囲気の家具や内装の客室。フカフカのベッドに並んで二人でそのまま後ろに倒れ込み天井を見ながらのこの会話。
「酔えなかったな」
そしてグレイは気の抜けたため息を吐き出した。
「……干渉されていたのか」
「みたいだね」
「複雑な気分だ」
「怒らないんだ?」
「怒りようがないな、相手は神様だしな。……それに、私達には今の関係がいいというのはこの身で実感している」
「そう?」
「ああ。……ジュリだけじゃない、私も拘りすぎていたんだな、そう気づくことが出来たから」
「そっか」
二人で暫し沈黙。でも嫌な沈黙じゃない。
……そう、これでいい。
いいんだけど。
「神様の干渉、これからもあるって言ってたよね」
「そうだな」
「……非常に面倒くさい!!」
「はは……」
隣で非常に分かりやすくグレイが失笑した。
だってセラスーン様やサフォーニ様ならいいよ?! 私達を守護してくださってるんだから。問題は至高神。ライブライト様よ。
本気を出したらセラスーン様でも抑えられないとハルトは言っていた。最上位四柱が束になって互角かどうかという存在。
その神様がグレイにも興味を持って干渉した。
怖すぎる!!
情報量が多すぎて疲れる旅行って、ちょっと嫌だ。
「寝よう」
「そうしよう」
「明日もきっと情報が多くて頭が疲れるはずだ」
「それは嫌」
「想像と違った休暇だ」
「同意しかないわ」
時は遡り。
神界での一幕。
「私は【滅の神】、全ての力を使えばあなたを消し去れるかもしれない。さあ、ライブライト私と共に滅せようではありませんか!!」
「ごめんごめんごめんごめんごめん!」
「謝罪はいりません、さあ、共に消えましょう! それが世界のためです!!」
「ギャァァァ!!」
この時【滅の神】を除いた最高神三柱は、消滅と再生の力のぶつかり合いで崩壊寸前の神界の修繕と維持、そして上位神以下の到底その力の余波に抗えない耐えられない他の神の保護に奔走させられた。
【知の神】【命の神】【創の神】は後に口を揃えてこう言った。
「「「なんであいつが至高の【全の神】なのか」」」
と。




