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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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38 * この世の果ての進化論

本日文字多め。



 



 足がすくむ。

 その場に降り立った瞬間、感動ではしゃいだのも束の間、一秒一秒時が経つにつれて目の前に広がる光景で感動は別の感情に置き換わっていく。

「これは、なんだ。……ここは、何なんだ」

 グレイの困惑した、珍しいその声に我に返る。


 ここに、この世界の人が足を踏み入れるべきではない。


 今率直に思った。


 ここはダメ。

 ダメだよ、本当に。


 だからグレイだけだったのよ。

 アズさんが招待してくれたのは。

 私にアズさんが言った言葉を思い出す。


「グレイセルのみです。ジュリさんにとって唯一無二の存在である、グレイセル以外は招待できません。いかなる理由があろうとも、()()()()()()()は選ばれた者以外は立ち入るのはもちろん、その目にすることすら許されません」

 二人でアズさんの招待を受け、その返事を改めて返した時にそう言われている。その時は単にこの場所を知られないようにするための措置なのだと深くは考えなかった。

 あの言葉の意味がようやく目の前の光景で理解できた。

 そしてグレイがここに来るための条件があった。


 ―――見たものを外界に求めないこと。―――


 他言しない、それよりも強く求めた条件。


 何となく、本当に何となく予想はしていたの。

 この世界の一部でありながら、人智を超えた物が溢れてるんだろうな、って。

「ようこそ、エルフの里へ」

 アズさんの穏やかで明るい声にハッとして、私とグレイは咄嗟に笑顔を取り戻したけど、でもこの動揺は隠せていないかもしれない。

 周囲の歓迎ムードも掠れてしまう衝撃。


「驚きましたか?」

「そう、だね。驚かされるんだろうな、とは考えていたんだけど。でも、これは、私の予想とはかなり違っていて」

「ああ、それはここに招待する【彼方からの使い】の皆さんが仰いますよ」


 隔絶された場所の動植物は独自の進化を遂げると聞いたことがある。地球で言えばガラパゴス諸島が有名だったかな。

 その土地に適応した、他では見られないものへと長い年月をかけてあらゆる種が進化を遂げる。この世界も例外ではない。


 ここはそれに似ているんだろう。

 私の予想はあくまで『オーバーテクノロジー』だった。

 自動車、鉄道、テレビにインターネット。そういったものがこの世界らしく適応しここに存在するんだろうって。

 違った。

 そういうことではない。


 私たちが降り立った場所はエルフの里の玄関口で、アズさんの話では外界と唯一繋がっている場所らしい。『歪みの道』と呼ぶ奇妙な空間に入り暫く歩いて突然目の前に広がった景色はよく見る青空と自然豊かな土地かと一瞬思ったけれど。

 小高い山程の高さがある、絶対下を覗き込めない高さの断崖絶壁がエルフの里の玄関口だと説明され、ここは里を一望出来る場所でもあると教えられた。

「ここから眺めた景色、地平線のところまでがエルフの里です」

 そもそも、外界から隔離された場所がなぜこんなにも広大なのか理解できない。はっきりとした境界線があるわけでもないのに、それでもアズさんたちは外界との壁はすぐうしろにもあるんですよ、となんてことない口調で教えてくれた。ついでにこれだけの広さを長きに渡って世界から隔離し結界によって守って来たし結界を破られたこともないと教えられても、それがどれだけ凄いことなのか理解が追い付かない。


 そして、その地平線の向こうまで広がる世界は私が知るどこよりも綺麗で幻想的だった。

 雨上がりの後の澄んだ大気のように視界が驚くほど良好。その視界に飛び込むもの。


 空中に浮かぶ島々。

 そこから流れ落ちる滝と生まれる虹。

 この燦々と降り注ぐ太陽の下で、淡く発光する色とりどりのカーテンのようなオーロラが風に撫でられるように至るところで揺れている。

 地上では何がそうなっているのかわからないけれど、川や湖とは別にキラキラと輝く場所が見える。植物自体がその輝きを放っているらしい。建物が遥か視界の下に小さく見えるけれど、整然と並び上空からみたら均衡のとれた並びはそれはそれは美しいだろう。そんな場所がいくつも確認出来て、そしてそれらは信じられないほど巨大な、山のような木を囲うように作られている。そんな(そび)えるような大木は何十本あるだろう。それぞれがその頂きに不可思議な光の輪を浮かばせていて、ゆっくりと回転しているのが見える。

 上空を優雅に飛んでいるのは、この世界の人たちが害悪だと、素材になると討伐を繰り返す存在のドラゴンたち。優雅に飛び、時折空中に浮かぶ島々に降り立ったり、中には地上に降りていく姿も見える。


 これらはエルフ独自の、人間は勿論獣人を凌駕する力が活かされているのだと言う。

 そこにかつてこの世界に召喚され、そして招待された【彼方からの使い】の【技術と知識】を融合させてさらに発展や改良したのだという。


 異世界だと、ファンタジーだと、私はよく言っていた。この世界に来てから今でもよく笑って言うこと。

 でも、ここにも存在した。この世界の中にもう一つ。


「こちらへどうぞ」

 アズさんと共に出迎えてくれた沢山のエルフの中でもずっと彼の側に付き従うようにいる一人の男性エルフが私たちにそう声をかけて指し示したのは、その時を待っていたかのように手を掲げた男性の側に降り立った一体の鮮やかな……赤い鱗のドラゴン。

うん、ドラゴンだ。生きてるドラゴン初めて間近で見る。

『ヨク来タ、人間。歓迎スル』

 私とグレイが息を呑む。アズさんはクスクスと面白そうに笑った。

「ここにいるドラゴンは人間との意思疎通がほぼ完璧です。彼らと共存することを模索し、それを残し定着させたのも【彼方からの使い】ですよ」

『アズ、御託ハイラヌ。我々ノ仲間ガソノ男ニ興味ヲモッテイル。早ク連レテ来イトウルサイ』

「ダメですよ、一番先にエルフたちに紹介する約束です。あなた方もそれで納得したでしょう、それにグレイセルの意向を無視は出来ませんよ」


 アズさんとドラゴンの会話について行けず、私たちがポカンとしていると、その巨体を揺らし首をしならせこちらに顔を向けたドラゴンは鋭い目を私に向ける。

『案内スル、乗レ』

 不服そうな雰囲気を醸し出し、そのドラゴンがそうぶっきらぼうに言ってからさらに私に顔を近づける。

『ソシテ、ソノ男ヲ後デ借リテモヨイカ?』

「ん?! えっと? 本人に確認してもらえれば……それで構わない、かな?」

 丸投げしたら、グレイに睨まれた。

 ドラゴンはすかさずグレイに顔を近づける。

『【英雄剣士】ノオ墨付キ、ドラゴン相手ニ容易ク一人立チ向カエルトキイタ。コウシテ視ルガナルホド納得、エルフノ戦士ニモオ前程ノ者ハ久シク見テオラン。御相手願イタイ。選バレシ者ノミガ使イコナセルソノ極メテ洗練サレタ能力、ミセテクレ』


 何やら物騒なお願いされている。

 グレイはため息をつき、苦笑。

「ハルトも余計な事を話してくれたな。私の力は、ジュリを守る為に神が与えて下さったもの。こうして意志疎通できる、敵対心のないドラゴンには、向けられない力だ」

 やんわりと断ったグレイだったけれど。

「楽シミニシテイル。サッサトエルフ共ト会ッテ来ルガイイ」

 と、グレイの優しさをぶった切ったドラゴン。意思疎通は出来るけど話が通じるとは限らないらしい。

「ドラゴンは我が強く、こうと決めたらしつこいので」

 と、アズさんたちが笑顔だ。グレイが後でドラゴン相手に派手に暴れる事が決定、しかも一体だけじゃなく、それなりの数がグレイ相手に暴れたいっぽい。

 まだ玄関口だというのに変な予定だけが決まってしまって、グレイは唖然とした。










 ……。

 ドラゴン、乗り心地よかった。

 揺れないの、全く。飛び立つときも着地するときも全然。フワッとホワッと滑らかで反面飛んでる時の風を切る感覚も最高で、パラグライダーをやる人ってこんな気持ちかなぁとか、考えてもしょうがないことではしゃいじゃった。

「なんですか? それ」

 と、私の呟きを聞き逃さなかったアズさんには笑顔だけ返しておいた。

 馬車はおケツが痛くなるのですよ、どうしても。やっぱりハルトあたりにサスペンション開発してもらって普及してもらいたい。

 ああ極楽だった。ドラゴンずっと乗ってられるわぁ、と率直な意見を言ったら。

『ソンナニ良カッタナラ飼ウカ?』

 は?

『躾ノオワッタ幼体ガ何体カイル。連レテイッテモヨイ』

 ……。

 どこで飼うんですか、こんな大きいの。しかもドラゴン、外界では討伐される。

「遠慮します」

『遠慮スルナ』

「外界だと討伐対象ですよ」

『討伐サレル前ニコチラガ討伐スルカラ平気ダ』

「それだと飼い主も討伐されませんかね?」

『……ソレハ、ドウダロウカ?』

「やっぱりいらないです、そして外界に来ないことをオススメします」

 こんな会話をドラゴンとする日が来るとは思わなかったわ。


 地上に降り立って私は更なる衝撃を受ける。

「え、凄い」

 語彙力どこにいっちゃったのか分からない。

 うん、それしか出なかった。グレイなんて言葉を失っちゃって。


 見たことのない植物、動物。幻想的な物で埋め尽くされたこの世界が、エルフの日常。

 そして、僅かに見てとれるテクノロジーの痕跡。

 恐らく魔石のように何か動力源となるものがあるんだと思う。そしてエルフの里はそれを最大限活用しているんだと思う。

 ゆっくりとだけど、馬やロバ無しで道を進むのは車のような形をしたもの。木と金属の組合わせでおもちゃのような可愛さがある。街灯はランタンやランプではなく、雫の形の透明なガラスのような物がランプシェード部分の下で何かにつながっているわけでもなく、宙に浮いた状態で時折ふわりと揺れている。これが夜になると勝手に光を放ってくれるんだと教えられた。

 アズさんに案内されつつ私とグレイを歓迎する沢山のエルフからの挨拶がすれ違う度に耳に入ってくるけれど、降り立った広場がある街並みに気をとられて、どんな挨拶を交わしているのか正直分かっていない。

 服屋や食器屋、いろんなお店が思い思いに開けた店前に商品を並べている。飲食店は外にパラソルの下にテーブルを出していたり店頭販売用のスペースを併設して持ち帰りが出来るようになっていたり、中にはテラス席もあって賑わっている。

 フワリフワリとのんびり飛んでいるのは、小さなドラゴンや、何だろう、……妖精? 分からない。彼らも当たり前のように店に入っていくし、彼らの為の小さなミニチュアハウスのような建物も所々にあってわざわざ一段高くなっていたり階段があったり、街並みに当たり前のように馴染んで存在している。

 レンガ造りの街並みだけど、そのレンガは多彩な淡い色で作られていて、テレビや雑誌で見たヨーロッパの街並みに似ているけれど、その淡く愛らしさを滲ませるカラフルさがここは異世界だと気持ちが自然と切り替わる。


 忘れてはならない。

 エルフの里は魔力、魔素を必要としないでこの環境が成立しているということ。

 それを裏付けるように、物珍しげに私達を見る人もいるのはグレイの強大な魔力のせいだとアズさんは笑った。

「私もそうですが魔力を可視化出来る者も少なくないんです。そんな者から見たら【英雄剣士】同様【調停者】の魔力は濃くて驚かされるんです。神が直接手をかけた魔力ということもありますしね」

「そうなんだ……」

「魔力が色の濃淡で見えてしまう者なんて、きっとグレイセルの顔どころか体の輪郭すら分からないですよ」

「……それ、微妙」

 グレイもスンとした顔になった。


 ノスタルジックとテクノロジー、そしてファンタジーが融合しているエルフの里。


 ドラゴンだけではない。グレイが立ち止まって驚いていたので視線を追うと、なんと、シーサーペントがいた。

 空中をふわふわ浮遊している。

 あれ、シーサーペントって海洋性魔物なんだけど……。アイツはエラ呼吸じゃなかったの? その前に、どう見てもククマットの人が見たら喜びそうだな、風に靡くようにして雄大に泳ぐ? その浮遊感は鯉のぼり。

「……シーサーペントのぼりじゃないか」

「だよね」

 私達の視線に気づいたシーサーペントは『何か文句あんのか』とでも言いそうなガラの悪い目つきで私たちを睨んでそのままふわふわとどこかへ行った。そしてその直後。今度はユニコーンが自ら私達の前にやってきた。

『撫デテ』

『撫デレ』

 ズイッと頭を突き出して来るけど、角刺さりそうで怖いよ。

「えっと、撫でればいいの?」

『ウン』

 言われるがままグレイと寄ってきたユニコーンの頭を撫でたら一体どこにそんなにいたのか、ワラワラと集まってきたユニコーンに囲まれた。

「あ、ここのユニコーンは人懐っこいんですが、撫でられるのが好きすぎで民家に勝手に押し入って撫でろと言う個体もいるほどなんです、なので基本皆あまり相手にしません。ジュリさんとグレイセルはここにいる間追いかけ回されるかもしれませんので後でユニコーンの扱いに慣れた者を傍に付けさせますね」

「そういうの早く言ってよ……」

 そんなシュールな会話をしていたら目に飛び込んできたのは。

「「あ」」

 花輪だ、うちで作ってる、大きく派手なあの花輪。それが三台列んでいる家に遭遇。

「……『祝復縁』だって」

「復縁……」

 二人で微妙な顔になったのは許して。アズさんはそりゃもう面白そうに笑っている。

「四十年前に派手に喧嘩して別れたカップルでして。ようやく互いに怒りが収まって復縁することにしたそうです」

 枡を重ねて並べてあって、振る舞い酒までしてる。復縁でこのお祝い、エルフの感覚が今イチよくわからない。

「前も言ったじゃないですか、寿命が長いので何でも試すし楽しそうなことやお祝い事がとても好きなんですよ」

 そういうものなの?

「復縁しましたー!」

「復縁祝いですー!」

 笑顔のエルフカップルから渡された白ワインらしきものが並々と注がれた枡を手に、私とグレイは遠い目になった。

「ジュリは、こういうのやりたいか?」

「絶対にヤダ」

「そうか、それには私も同意する」

「え、嫌ですか?」

 アズさん、そんなに意外そうにしないで。

 エルフの思考、未だ理解できない……。


 迎え入れられてまだ一時間も経過していないのに、私とグレイはすでに情報過多な状況にちょっと疲れてしまっていた。














 あの後タイミングを見計らっていた一体のドラゴンが私達の前に降り立って、グレイを口に咥えて飛び立った。

 咥えられたグレイの顔は完全に諦めの境地に達していたので、アズさんと笑顔で手を振って見送った。上空に浮かぶ島からドーンドーンと何度も地響きが聞こえたので、楽しくどつきあいしているんだな、ということだけは分かった。


 戻ったグレイは、過去一疲れた顔をしていたかもしれない。


 大丈夫か、この旅行。

 休暇のはずなんだけど。











テクノロジーを駆使するのではなく。


隔絶された世界の、限られたその中で。


エルフたちは里を自分たちの力で在るべきものを損なうことなく、少しずつより良いものへと変化させた。


この世界の中で、エルフたちは見事に進化を遂げていた。そしてこれからもきっと。





エルフの里での休暇編!

特にトラブルらしいことも起こらずのんびり休暇です。その代わり色々聞かされたり見たり、させられたりと忙しいです。休暇のようで休暇じゃない、ジュリがエルフの里に行くとこうなるんだな、というのをお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
 ぐれい「これは…天罰なんだろうか?」  竜『ソンナコト気ニスルナ。禿ゲルゾ。早クヤロウ!』
[一言] この世界のユニコーンは処女厨ではないのか 作品によっては非処女を蛇蝎の如く嫌う性質があったりするのに
[良い点]  エルフの作る車、動力は魔力風とか利用したエコロジー仕様で、速度を追求しない代わりに木琴が鳴ったり香り付きだったりして、と妄想しました。
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