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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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37 * 昨日に引き続き……そして。

 



 デジャヴ……。

 なんだコレ。


 チラ、と目で隣を確認するとグレイが目をパチパチパチさせて固まっている。うん、わかるよ、なんでだ? ってなるよね。


「これは、どういうことだ?」

 いやぁ、グレイのこの戸惑った声。本気で困ってる感じ。

 眼の前に昨日同様正座集団がいる。メンバーはローツさんとロディムを除いた昨日のアズさんによる説教を受けたメンバーだった。

 このメンバーを見てグレイも私も思うところはあった。要するに昨日の続きだよね。

 ただ、何故正座なのか。最近謝罪及び反省は正座して、という習慣ができたわけではないのに。以前から確かに正座は活用してきたけども。

 そして意を決した顔をして、一番前でおばちゃんトリオたちと共に正座するキリアが一つ咳払いをした。

「えー、では、 これより 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の従業員による謝罪と反省会を行いたいと思います」


 なんか始まった。












 最後の『大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ!』は、迫力あったわ。女の集団って怖いけど、こういう謝罪でもその怖さを発揮するんだね、勉強になった。

 今回の私達の離婚騒動は、結果として細々としたことも気づくことが多かったと改めて実感……。

「謝罪は受け取る。しかし、円滑な事業展開と推進のために今迄通りの接し方のままで頼む。私としてはジュリのやりやすいようにという気持ちを最優先したい。だから上層部だからとか立場による隔たりは今後も必要ない。さあ、こんな時間は勿体ない、ジュリとローツの指示に従いいつも通りに皆のすべきことに気持ちを切り替えてくれ」

 そう締めくくって謝罪&反省会は強制終了させたグレイに物申したい顔をした人たちは少なくない。けれど、昨日のアズさんの説教で彼女たちはここで食い下がるのもおかしなことだと分かっているからね。


 領主であるグレイが言ったこと、決めたことに意見する。

 アズさんの言った事が現実だ。

 そんなことをしたら本来は何らかの罰を受ける可能性がある。悪質な領主だと本当に簡単に斬って捨てるのが現実。

 もし、私がこのククマットで 《ハンドメイド・ジュリ》を開いてなかったら、こんな事は起こらなかった。そもそも、彼女たちが領主のプライベートに意見するなんて考えることもなかった。

 線引させないスタイルは私のかつての価値観も絡んでくる。それに同意し許可してきたグレイがいる。グレイが謝罪は受け取ると言ったのはこれを謝罪なしにしてしまうと、貴族として領主として今後は不都合が出てることも考えられる。だって離婚するし。理由である私が伯爵夫人ではなくなる、だから今迄通りというワケにはいかないわけよ。その一方で、今迄通りで良いとも言っているのはあくまで業務上のことであり、やっぱりそこにはプライベートは含まれない事が前提となる。

 皆目が覚めた顔をしているので大丈夫かな。もし今後もそういう事があったとしてもそれは私とグレイが責任を持って直接止めればいい。


「聞きたいことがあるなら話すよ?」

「ぐっ……止めておく」

 キリアが悶絶しそうな顔をしているのが面白くて笑っておく。

「聞くってことは、グレイセル様や侯爵家のことも聞いちゃうもんね?」

「そうだね、避けては通れない」

『んじゃダメじゃん!!』と叫んでキリアが作業台につっ伏した。

「そのうち話せる範囲で話すよ」

「お待ちしております……」

「でね、キリア」

「んん? なに?」

「私とグレイの離婚に伴い、あなたにはやってもらうことがありまーす」

 すると彼女はヒョイッと体を起こしてキョトンとした顔をした。

「え、なによ」

「キリアはさぁ、自分が制作部門主任っていう自覚はある?」

「そりゃあるわよ!! 給金ガッポリ貰ってるしね?! 自覚はがっつりある!!」

「じゃあ、大丈夫だよね」

「え、なにが?」

「グレイと離婚すると私は伯爵姓から抜けるじゃん、名前戻るじゃん、そして結婚前から現在進行形で色々やってる事には細かい部分まで契約書や誓約書があって、殆ど証人のサインを必要とするものじゃん」

 キリアの顔色が少し悪くなる。

「キリア、製作部門主任として、結構な量の書類にサインしてるじゃん」

 さらに悪くなる。

「またサインよろしくね」

 完全に、青ざめた。


 そして会計士たち、ローツさん、私とグレイは丸三日、フィンとライアスは一日、膨大な量となっている契約書や誓約書類の内容再確認後に新しい書類にサインをする、という作業に追われた。

 キリアはというと丸二日、回りくどい言い回しやややこしい表現の書類に再び目を通すことになって、そしてサインをすることになって。

「お疲れ様!」

 最後の書類にサインをし終わったらそのままテーブルに突っ伏してしまった彼女に労いの言葉をかけたけれどうんともすんとも言わず、ただ弱々しく手を上げて反応を示しただけだった。夫であり会計部門長であるロビンがそんな屍のような彼女を笑顔で抱えて帰った光景はなかなかにシュールだった。


「皆私とグレイに聞きたいことは山程あるんだろうけど、今回アズさんに救われたかな」

「そうだねぇ、キリアだけじゃなく、デリアやウェラたちが周りの目や耳が向いてることもお構い無しであんたたちのこと喋ってて、こりゃ問題になるだろうな、と思ってたところだったよ」

「要らぬ心配をお掛けしました、申し訳ございません」

「はははっ、まあ、仮にも養父母だからね。子供は親に心配されて当然の存在なんだよ」

 軽やかな笑い声と共にフィンがそう言ってくれた。その隣、ライアスはずっと黙っている。

 二人の家にこうして一人で来るのは久しぶりだった。少し前まではグレイも当たり前に一緒に来ていたし我が家のように寛ぐ場所になっていたから、隣にグレイがいないのは不思議な気分になる。

 そして、二人の前には、私とグレイがサインした離婚証明書がある。

 これに二人が証人としてサインをし、一枚は国へ、一枚は神殿へと送られるのを待つだけになっている。

「ここにサインすればいいのかい?」

「うん」

 フィンは落ち着いた様子で、躊躇いなどなくサラサラと筆を走らせた。二枚目も同じくサッとサインを済ませて、その二枚をライアスの前へ移す。ライアスは目の前に来た二枚をただ無言で見つめている。

「ライアス?」

 どうしたのかと名前を呼ぶと、その瞳が私に向けられた。

「いいんだな? 後悔はないんだな」

 ライアスのその確認は、ほんの少しだけ躊躇いが含まれている。

「うん、大丈夫。グレイとは話し合った上での離婚だから」

「……それでも、グレイセル様は」

「うん、最後まで離婚はしたくないって、言われたのよ。でも、説得はされなかった。……多分、説得しないのは彼なりの償いでもあるのかな、と思ってる。それでも離婚したくないという言葉だけは、飲み込めなかったみたいだから。それはちゃんと私が受け止めて、これからも二人でどうしたら良いのか話し合いながら互いに折り合い付けたり歩み寄ったりして、バランスを取って行くつもり。……だから私達は、大丈夫」

「そうか」

 ようやくライアスは筆を取る。そして二枚にサインした。


 そして翌日。

 その二枚は然るべき人達によって、王家と神殿へと届けられるために私の手を離れた。

 その場にはグレイは立ち会わなかった。というか、立ち会わせなかった。

 グレイは二枚にサインするのに三時間もかかった。何度も筆を握っては降ろし、時に力みすぎて折ってしまいを繰り返したのを見続けるのは私も流石に苦しくて、途中で席を外そうかとも思うほどだった。それだけ、グレイにとって結婚は私を繋ぎ止めておくための太い鎖だった。鎖がいい表現なのかどうかは分からない、でも確かに彼にとってとても大事なことだった。

 だから立ち会わなくていいと言ったの。

 グレイが止めようとする言動を見たくないから、と。それをされたら私も揺らいでしまう可能性があって、また二人でろくでもない方向へと進むだろうって。


 神殿からはすぐさま認可されたという知らせが届いた。王家からもいずれその知らせが届く事になる。

神殿で許可が降りた時点で私とグレイの離婚は成立した。













 こうしてジュリ・シマダに戻った。


 今までの騒ぎとは裏腹に、拍子抜けするとても静かであっさりとした離婚となった。


 屋敷に戻る。

 伯爵姓から抜けても、変わらない。

 門の前ではグレイと使用人さん達が待っていた。

「ただいま!!」

 笑顔で駆け寄ればグレイは静かな微笑みを浮かべた。使用人さんたちは声や態度には出さずとも、安堵した表情を浮かべていた。

「……おかえり」

 噛みしめるように言ったグレイの声が少しだけ震えていたのが印象的だった。

 肩を抱かれ、身を寄せ合い、門をくぐり屋敷の中へ入る。


 二人の生活が、改めて始まった瞬間となった。













「やることは山のようにあるんだよね」

「スノービーとホワイトデッドマムの輸入の手続きもモタモタしているとリンファから催促が来そうだしな」

「そうなんだよねぇ……でも、私としては」

「エルフの里、だろ?」

「行ってみたくない?」

「行きたくないという者がいたら会ってみたいくらいには」

「だよね、行っちゃおうか」

「そうするか」

 バールスレイドで休暇を楽しんだものの、グレイとはもう少し二人でゆっくりと話したいと思っていたところ。

 新しい事業展開をするわけでもなく、現在リンファの催促以外で怖いものはない、はず。キリアやローツさんたちがお店をちゃんと維持して守ってくれるので、もう少しくらいは大丈夫だし。セティアさんの妊娠で秘書がいなくなるのはちょっと不安だなぁと思ってたら本人は産む直前まで頑張るし産んでも子供を預けられる月齢になったらすぐさま復帰する気満々で、まあ、そこはローツさんと夫婦喧嘩でもして折り合い付けて何とかしてもらおうと考えてたりもする。

「ああ、その件なら心配ない」

「なんで?」

「カイに手伝わせる、これからのことを考えれば様々な経験をさせる時期だと思っていたしな。ロビンの事があってから妙なやる気に満ちているからちょうどいい」

「……狂犬に、秘書が務まるの? その前に、カイくんのことこき使い過ぎのようにも思う……」

「大丈夫だ、あいつは頑丈だ」

 そういう問題なのかな? ……手綱を握るグレイが言うなら良いのか? よし、良いことにしよう。


「……なに?」

 そんな話をしていてふと視線に気づく。

「いや、本当に、変わらないんだな、と実感していたところだ」

 何のことだと思えばグレイは苦笑する。

「ジュリは、変わらないな、と。……いや、変わらないでくれるんだな、と」

「……変わりようがないよね? 姓が元に戻って、貴族としての務めを果たさなくていいってことは、それなりの周囲との付き合いや取引への影響は覚悟してるけど……生活そのものは今迄通りがいいって、二人同じ気持ちだったわけでしょ、変わりようがないよね?」

「そうだな」

 何故かグレイは申し訳なさそうに弱々しく笑った。

「ジュリが、屋敷に戻ってくるその瞬間まで、ついさっきまで、私は……信じていなかった、怖かったんだ」

「……そんな事で怒ったりしないわよ」

「ああ、ありがとう」

「これからもよろしくね、ずっとね」

 その言葉にグレイは目を見開いた。そして、目を細め、嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、ずっとな。死が私達を分かつとしても、その先もずっと一緒だ」

「それ重いよ、しかも死後のこと言われても保証しようがない」

「嫌なのか」

「嫌とかそういう問題じゃなく」


 このあと、久しぶりに他人には理解されない私達二人の独特かつ奇妙な内容で一時間も喧嘩した。













「ということで数日グレイと共に愛の逃避行ならぬ休暇に行ってくるわ」

「何がということでなの?!」

「そこはニュアンスで汲み取って」

「無理言う!! そしてどこに行くのよ?!」

「それはナイショ。強いて言うなら異次元的な?」

「曖昧で恐い!」

「大丈夫大丈夫、多分」

 キリアが大騒ぎする理由。

「こんなに手紙届いてるんだけど、どうすんのよ。あんたたちのこと心配しての手紙でしょ、錚々たる人達の名前ばっかりだよ、せめて一言返信してからにしてくれる?!」

「うーん」

「な、なによ」

「こういう時は燃やす!!」

「ぎゃぁぁぁっ!!」

 絶叫するキリアは放置、ゴミ箱にバサーッと手紙を豪快に捨てるのを遠い目をして見て見ぬふりをするローツさん。

「怒らないの?」

「ジュリがやったなら大丈夫だろ。それぞれのスパイ達が主に伝えてくれるさ……」

「だよね」


 貴族よりエルフでしょ。

 アズさんのお誘いを断るなんてあり得ないわ。

 ……てゆーか、エルフのお誘いを断るって、何となく恐い。本能が、それは止めておけと言う。

 人間よりも遥かに寿命が長くて魔力や魔素とは別の特殊な力を使い、何より極めて能力が高く、強い。そんなエルフの、しかも長からの誘い。

 恐い反面、好奇心が擽られる。


 だから行ってみよう。


 エルフの里へ。


 グレイと二人きりの初めての旅行は、この世界の果てのさらにその先にあると言われる、選ばれた人しかたどり着けない場所へ。




ひとまず二人の離婚編はここで目処がついたかな、という気持ちです。

大事な場面のはずで、もう少ししっかり書き込むべきかな、とも考えたのですが、覇王編同様に今後もこの離婚編について触れることはありますし、むしろ覇王編以上に二人の今後に影響する部分ではあるので、そちらに重きを置くためにも今回はあっさりと締めくくりました。


そして離婚編とセットのザマァはまだまだいろんな場面で出てきますので、【彼方からの使い】に手を出すとザマァも簡単には終わらない、というのも物語の中から感じていただければと思います。

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― 新着の感想 ―
 クノーマス伯爵家はグレイの代で終わりになるんですかね? それとも養子に継いで貰うんでしょうか?
[一言] エルフの里は美形が多すぎて目に悪そうw
[良い点]  そっかぁ、読者やジュリは「離婚してもあまり変わらない」事を知っていますが、グレイは未知だし不安もひとしおでしたね。  そこで喧嘩するんだ(笑)
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