37 * ぶっ飛び種族による説教
「なぜ他人のあなた方が二人のいない場で二人の事で言い争いをするんです? グレイセルのため? ジュリさんのため? そんなのあなた方の勝手な言い分です、二人の何を知っているっていうんです? 思い上がるのもいい加減にしなさい、【彼方からの使い】のことをたかが知り合って数年の他人のあなた方が理解できるわけないでしょう、『殺戮の騎士』と恐れられ屍の山を作りながら平然としていられる男でしかも貴族のことなんてあなた方が語れるわけないでしょう、本当に人間というのはくだらぬことで争いますね、寿命が短いくせになんでそんなことに時間を費やせるんですか? 本当に見ていて見苦しいですよ。とにかく、放っておきなさい、あの二人はそもそも大人なんですよ、冷静になればちゃんと話し合える賢く敏い人たちなんですよ、他人がしゃしゃり出て仲介とか和解なんてしなくてもなんとかしますからね。……はあ、全く、あなた方が、そうやって争っていたら誰が傷つくと? ジュリさんでしょ、そんな事もわからないんですか?」
……。
なんだコレ。
グレイと二人、バールスレイドでゆっくりしたあと、気持ちが整理できたこともあり私達はククマットに戻って来た。
戻って来て、まず店に顔を出したら誰もいない。あれ? と首を傾げるとグレイが周囲の気配を探してどうやら全員が夜間営業所兼研修棟にいるらしい、と教えてくれて、それでもあれ? と首を傾げた。
「なんで研修棟に集まってるんだろ? 何か予定あった?」
「どうだろうな、私は離婚申し立ての内容に従って権限を剥奪されている状態だから全てローツに任せていて……」
二人で何かあったのかと一抹の不安を抱えながら研修棟にいったら。
いた。
人間に化けたエルフの長、アズさんが。
そして彼の向こう側、ローツさんは勿論キリアやおばちゃんトリオ、ロディムにフォンロン国ギルドのレフォアさんたちなど、おなじみの顔ぶれがずらりと正座して並ぶ光景が広がっていた。
「「……何故」」
グレイと二人ハモった。
私とグレイに皆が気づいてハッとして空気が一瞬変わりかけたけれど、アズさんがそばのテーブルを手で強く叩きバン! という音が響くと皆一様に肩をビクリとさせて息を呑む。
「まだ私の話は終わってない」
アズさんがきっぱりバッサリ言い切った。
そして少し離れた所では、椅子に腰掛けているセティアさんと、そのそばに立つフィンとライアスが非常に遠い目をしてこちらを見ているという、なんともおかしな状況になっている。
ホントになんだコレ。
アズさんによる説教だった。私とグレイの事に他人が首を突っ込むな、出しゃばるな、とにかく黙って見守ってればいいんだ、的なこと。この後実に三十分続いたそのお説教は後から知ることになるのだけれど私達が到着するよりも十分も前から行われていた。
合計四十分アズさんによる今目の前で正座する凡そ三十人相手のガチ説教。その人実はエルフの長だよ、そうそう会える人じゃないよ、そんな人からの説教、ある意味貴重。なんてことを考えながら私とグレイはその説教が終わるまで待つことにしてセティアさんとフィンとライアスのところに移動する。目があって凄く嬉しそうに目を細めてくれたセティアさん。つられて目を細めた瞬間。
「そしてあなた達は大きな勘違いをしている。私がグレイセルなら、今頃あなたたちの殆どを不敬罪なり反逆罪で裁いてますよ」
その言葉に私達は目を見開いた。誰よりも驚いた顔をしたのは、グレイだった。
「分かっていますか、グレイセルは領主です、グレイセル・クノーマス伯爵です。ではあなた方は? 今ここに、彼より地位の高い者はいますか? いたら手を上げてご覧なさい。……いないでしょ? ロディム・アストハルアでさえ、事実上地位では彼より低いんです。 あなたたちはね、領主のことをジュリさんを利用して責めているんですよ、聞いたことありませんよたかが領民が領主の離婚問題にあれこれ口出ししようとしたり原因は領主にあるんだと堂々と批判したりするなんて、この大陸のどこを見ても存在しません、ここだけですよ。調子に乗るのもいい加減にしなさい、あなた方とグレイセルは世界が違うんです、明確な線引がされた違う世界の人間です、本来なら気安く挨拶を交わすことすら出来ないかもしれない、それがクノーマス侯爵家出身のクノーマス伯爵という存在です」
「待ってくれアズ、その件についてだが」
「ちょっと黙っててくれるかな?」
「……あー、分かった」
グレイが引いた! アズさん強ぇ。
「ほら、こんな風にあなたたちの領主は優しい。きっと領主である前に 《ハンドメイド・ジュリ》の副商長だから余計な隔たりをなくして円滑な意思疎通と信頼関係の構築のためにグレイセルは許しているんでしょう、何より自分が領主として立ち振る舞いを確立してしまうとジュリさんが否応なしにそこに引っ張り込まれてしまう、そうすればあなたたちとジュリさんの間にいらぬ溝を作ってしまうかもしれないと懸念して、全てを見据え計算して今の状況を許してくれているんでしょう。いいですか、もう一度言います、これがグレイセルでなければ、ジュリさんでなければ、あなたたちは既に領主の機嫌を損ねたとして生きていなかった。これは憶測ではありませんよ、ククマットの外では私の言った事が常識でありルールでもある。それを知らないはずがない、なぜならジュリさんが召喚される前はその常識とルールを知っていて、自分たちにその事実がいつ牙を向くのかと怯えながら生きていたのだから」
ローツさん曰く、出勤した時には既にグレイ擁護派とグレイ叱責派に分かれて言い争いになっていたらしい。私をバールスレイドからなかなか連れ戻せないのはグレイのせいだと言う人たちと、本人に確認しなければ分からないと言う人たちでの言い争いは、話が飛びに飛んで私達の離婚を阻止するかしないかなんてことにまで及んだらしい。
その言い争いを止めようと頑張ったのが正座をしていなかったフィン、ライアス、セティアさんそしてローツさんとロディム。ローツさんとロディムは立っていた場所が微妙に悪くて抜けるタイミングを失い、ついででアズさんから正座していたらいいでしょうと言われ正座する羽目になったって。アズさんは変化していたので、なんかよくわかんないけど妙に迫力ある知らないおじさんに理由もわからず正座させられるって、憐れだわ……。
ちなみに、グレイ叱責派の筆頭だったらしいキリアとおばちゃんトリオは久しぶりの再会を喜ぶ暇もなくアズさんから『あなたたちは後です』と強制帰宅をさせられた。
「お腹の子は元気ですね、きっと無事に生まれますよ。私が保証します、安心して過ごすといいでしょう」
さっきの雰囲気はどこへやら。妊娠中のセティアさんの前にしゃがんで和気藹々としているエルフの長。
「とりあえず久しぶりって挨拶が正しいかな?」
そう声を掛けると彼は立ち上がり、掛けていた変化の術を解いた。常識からかけ離れた作り物のように美しい中性的な魅力が溢れる本来の姿に戻ったアズさんは、邪気のない笑顔を向けてくれた。
「ホントに久しぶりです、元気そうで良かった」
「あれ、もう、心のシコリが二人共取れてますね。後は……話し合って、互いにすれ違っていたところを修正して、離婚が成立すれば止まっていた全てがまた動き出す、といったところでしょうか」
全てを見透かしているアズさんの言葉に私は苦笑して肩を竦める。
グレイもなんとも居心地の悪そうな笑みを浮かべた。
そんな私達を見比べてアズさんは笑う。
「二人のことで他人の彼らがギスギスしているなんて話が聞こえたので。それこそ二人にとっては私も余計なことをした一人だ、先に謝ります」
「そういうのはナシナシ! やめてよ、アズさんは。……多分、それこそ私とグレイがちゃんと責任を持って皆に話すべきことだった。でもバールスレイドの居心地が良くてなかなか帰れず時間がかかっちゃったから。嫌な役をさせちゃったよね」
「本当に、あなたは優しい人ですね」
目を細め優しい笑顔で言われてしまい、居た堪れない気持ちになって再び苦笑するとアズさんは面白そうに笑った。
「【未練】について、グレイセルと話し合ったんですね、だから今のあなたはとても安定している。そしてグレイセルも聞いて納得して安定している。お互いにそうやって話して理解を深め合って、そして優しくなれた。……もう、大丈夫ですね」
この人は人間の心理がどう見えてるの?……というちょっとの怖さは置いておいて。
アズさんの言う通り、私とグレイはバールスレイドで沢山話をした。ビーちゃんを使った天井から吊るす飾りの構想を描いてる時、リンファに誘われて永久凍土に行ってグレイがアイスドラゴンを狩って貴重な素材確保をして歓喜した時、ハルトがひょっこり現れたら余計なことをしただろうとリンファが本気で殺しにかかって追いかけ回すのを眺めた時、セイレックさんが採取してきたお菊様を葉っぱや茎にひたすら分ける内職みたいなことをしている時、ハルトとグレイが力技で作った巨大なかまくらの中でみんなでワイワイしながら焼肉した時、本当に色んな時間に、ほんの数分でも私達二人の事で話をした。
二人きり夜には空に浮かぶ満天の星を眺めながら、あっという間にガタガタ震えるほど寒くて『凍死するわ!』と叫んでケラケラ笑いながらの時もあったし、寒さとは無縁のサウナでダラダラと汗をかきながらの時もあった。
こんなにお互いに何を考えているのか、どうしていきたいのかを話し合ったのは初めてだと思う。
それだけ、私達は、互いに話すべき事を避けてきた。
見て見ぬふりをしてきた。
元王女によって引っ掻き回れたことがきっかけとなり、原因となったけれど。
遅かれ早かれ、私達はきっと離婚という問題にいつかは直面していただろうと、話をするうちに理解していった。
このククマットで私が築き上げたもの。
それこそが【未練】の塊であるということ。
だから、未練を捨てろ、忘れてくれと言われる分だけ私は過去の私を捨てろ忘れろと言われていることになる。命を掛けた、この世界で生きていくために始めたことを全否定される辛さ、悔しさ、惨めさ、それをグレイが今ようやく理解してくれた。
そして私への執着と依存が生きる糧になってしまったグレイにとって、【未練】から生まれる時々どうしても滲ませてしまう地球の日本という国や家族や友人知人への捨てられない愛着や思い出とそこから生まれる『帰りたい』と思ってしまうどうしようもない私の感情が、私を失う恐怖へと繋がってしまう。その恐怖をかき消すために私に【未練】を捨ててほしいと願っていたこと、その願いが強いが故に『帰りたい』と言う気持ちを認められなかった、許せなかったと聞かされて、ようやく私もグレイの不安を理解できた。
「帰りたくても、もう帰れないし帰る場所がないしね。もし帰れたとしても今の私は地球では異物になるし」
バールスレイド最後の晩、散々話し合って蟠りもなくなった私達だったし、今更な話だなと思えるようになっていたそんな呟きだった。私は寂しさとか悔しさなんてその時は一切感じていない状態で、話の流れでそう言っただけ。
でも、それを聞いた瞬間のグレイの悲壮感は今迄見たことがないものだった。
その時のグレイの感情は分からなかったしあえて聞かなかった。
「もう、もう二度と、あんな事はしない……絶対に、孤独な思いは、させない」
私を抱きしめてそう言ったグレイの声は震えていた。『うん』と頷けばその後鼻をすする音が聞こえた。両手でポンポンと背中を軽く叩けば息を詰らせるのが聞こえた。
泣いていたかどうかは分からない。でも、わからないままでもいいと思えた瞬間だった。
ちゃんと話し合ったからこそ、言葉を交わさずとも何となくこれでいいんだなと思えたことが嬉しかった。
「大丈夫ついでに、せっかくなのでもう数日休暇とりません?」
しみじみと回想する暇もなく、そして何のついでだとツッコミ入れたくなる脈絡のなさに私とグレイの目が点になる。
「ジュリさんとグレイセルがいなくとも今は問題なく事業は回ってるんですよね?」
「んえ? へぁ、まあ、そうだけど」
変な声でちゃったわ……。
「勿論ここからさらに数ヶ月空けるのは無理でしょう、でも数日休暇を増やしたくらいではびくともしないでしょ? だからもう少し二人はゆっくりしたらいいんです」
そうアズさんに言われて私とグレイは顔を見合わせ互いにどうしようかとちょっと困惑してしまった。
「えっと、どうする?」
「……私はそれでも構わないのだが、権限全て剥奪されている、ジュリと新しい契約を結ばなければどのみち副商長には復帰できないから休暇云々といったことも私には決められないぞ」
「おっと、今一番重要なことサラッと言われたわ。だよね、ヤバいね早く再契約しないと」
「全部となると、数日事務所にこもりきりでの作業になるな」
「あー……うん、ちょっと、それ最優先」
二人で地味に辛い作業が待っている事を想像し遠い目になりかけたその時。
「ではその契約手続きが終わったら休暇の続きということで。素敵な所にご招待しますよ」
……ん?
ご招待?
それって。
エルフの里?




