4 * 名もなき職員、ギルドの現状を語る。
モブの語り回です。
名前のない、冒険者ギルドの職員さんのお話で、主な登場人物は一人として出てきません、すみません。
文字数ちょっと多めです。
俺はベイフェルア国冒険者ギルド本部で武具管理部門の部門長の側近として働いている。
「はー……」
部門長が、重苦しいため息をついた。
「どうしたんですか?」
「失敗したらしい」
その一言とでピンと来た。
数週間前、部門長の所に殆んど顔を見せない本部長や大陸外交部門長などトップクラスがやってきてとある支部の地区長に仕事を依頼したという内容の内部通達書を持ってきてそこにサインしろ、といきなり言ってたやつ。
そのことだ。
なんでもスライムとかじり貝からアクセサリーを作り出した【彼方からの使い】がいたらしい。純魔物素材でのアクセサリーだ。魔法付与が出来る可能性がある。そのことでそのアクセサリーを入手すべくここベイフェルア冒険者ギルド本部も動き出したんだけど。
毎日行列で並ばないと買えない。
廃棄素材で作ってるのに軒並み三十リクルを越える価格設定がされている。
という理由で入手できない、と。
……は?
安いじゃん?
魔法付与が出来る素材って硬くて加工が難しいものが多いから三十リクルって高いわけじゃないだろ? 弱い魔物素材から作られる付与が可能なアクセサリーパーツは安ければ五リクルからあるけどさぁ。
ん? 一人五個しか買えないから必要数揃うまで時間がかかる? 十人くらい、支部にもいるから皆で並べばいいじゃん。テストに必要な数だって癖のある素材じゃなければ百個あればだいたいの性質が判明するんだし。
え? 素材の加工からアクセサリーになるまでの過程は『特別販売占有権』に登録してるから買えない? ギルドならその版権買えるじゃん、え? 本当に作れるかどうか分からないのにお金を出せない? てか、そういうレシピ的なのは三千リクルだろ? 出せるだろ、ギルドなんだから。
「どうしてそのような手段を?」
っていう質問をした部門長と俺は上層部のそんな言い訳に、同時に無言でツッコミ入れたぞ。
まじか!!
ってな。
「失敗って、なにがあったんですか?」
「【彼方からの使い】から無償提供を断固拒否されたらしい」
「でしょうね、この国のギルドの地区長って軒並み評判悪いですから。そのツケは真面目にやってる俺らに来てるんですよね」
つい素で言っちゃったよ。
「……読むか?」
「え、なんですか?」
「【彼方からの使い】の人格に問題あり、侯爵家の支援あり、そのため上層部から直接通達を必要とする可能性がある。その人物を場合によっては王家の名で身柄拘束する必要も考慮すべき、とある」
「はっ?!」
上司に見せられたのは交渉に失敗したという報告書。どういうやり取りがなされたのか一言も書かれていない。この報告書の提出者が詳細を伏せたのか、それとも上層部が『強硬手段』を取るためにもみ消して、上層部が動くために必要な書類にサインさせるための捏造? どっちにしろ、こんな報告書を鵜呑みにするわけにはいかない。
しかも驚いたことに、無償提供出来ないが人を寄越せ、教えると強制させられた、ギルドに対して対立する意志がある、要注意って書かれててさ。
「部門長」
「なんだ?」
「この【彼方からの使い】優しいですよね?」
「そうだな」
だってそうだ。
普通、そう簡単には教えてくれないものなんだよ『技術』ってものは。『特別販売占有権』に登録してても、作れないものって結構な数ある、こういうところで仕事してるからよく判ってるつもりだ。だから教えてもらえるなら俺なら版権買わなくていいんだからラッキーと思うけど?! その方が確実に技術を手に入れられて『同意販売権』を取りやすいから間違いなく俺はそっち選ぶけどな。
あ、『同意販売権』も嫌なのか?! 手数料とられるし。だからこの国のギルドは毎回『無償提供』に無理矢理もってくんだろうけど。
「……これ、あとでやばいことになりませんかね? 上層部、この報告書を鵜呑みにする気なんですか? そもそも……これ、担当した地区長が書いたものですか? 無記名ですよ? この報告書から作られる書類になんてサインできません。そしてこんなの、《ギルド・タワー》が認めるんですか?」
「わからん。ただ、後ろ楯に侯爵家がいる。余計なことをして怒りを買えば厄介だ。上層部は公爵家のベリアス家が完全にその【彼方からの使い】を放逐していて国王もそれを黙認しているから、いざとなれば助力してくれると思ってるようだが……」
言い淀んだ上司の顔は険しい。
「なにか、不安材料が?」
「……俺も真偽は確認出来ていない。今、人を使って調べさせている最中だ、お前も周囲の動向には注意しておけ」
「え、なんですか、ホントに」
「人事管理部門長がな、あいつフォンロンに知り合いがいて、そこでチラッと噂程度に聞いたらしい」
「フォンロンの、ギルドでってことですか?」
「ああ。……フォンロンのギルドは、国王の許可を取り付け、その【彼方からの使い】と商品の売買交渉を行うための調査と下準備をしているらしいってな」
「!!!」
フォンロンギルド。
ここより南に位置する国、フォンロン。
この国のギルドは大陸中にある国の中で構図がとても特殊だ。
冒険者ギルドと民事ギルドの二つが存在し、どちらも 《ギルド・タワー》と呼ばれるギルドの総本山が管理する団体であるんだけど、どの国もだいたいは独立していて必要最低限の関わりしかもたない。役割が全く違うから人材も扱う内容も違うから仕方ないこと、のはずなんだけど。
「どちらのギルドが動くのか、分からないこともあってこっちの調査も難航している。フォンロンの上層部の限られた者が動いているらしくてな、動向が掴めない。魔法付与優先なら冒険者ギルドだろうが、生産力を手にしたいというなら民事ギルドだ。……動きを察知されないよう、上手く隠蔽している。国が関わっているならこっちの探りにも限度があるし」
「部門長、それって……その【彼方からの使い】のこと、フォンロンギルド総意で重要視してるってことですよね?」
「ああ、間違いない」
フォンロンのギルドは、冒険者ギルドも民事ギルドも、他と何ら変わらないシステムなんだけど、一つ大きな違いがある。それが横、縦共に非常に密な繋がりを持っている。あらゆる情報と物を共有してるんだよ。
だから、国内でのその機動力は他の追随を許さないし、何より互いに監視し合うことで馴れ合いや慣例というものを極力作らない。そうすることで、閉塞的になりがちな上層部の動きを下で働くやつらも確認出来るし、それが信頼関係の構築に強い作用をもたらして、裏切り行為が極端に少ない。
そういうのを嫌がるのが殆んどだ。監視されて、気に入らないやつが上司になったりとかしたらどうするって、どこでも口を揃える。
けど。
ここよりずっとましだ。
金で地位を買ったり、人の情報を使って貶めたり、そんなことを当たり前に常日頃からやってるベイフェルアの冒険者ギルドの上層部。 《ギルド・タワー》の重役に就いてるヤツが多いって言うけど、それもベイフェルア出身の前任から金で買った、なんて噂は絶えない。そのせいで上層部は我が物顔でいやがるけど、その下の俺たちは他の国から格下に見られてるんだ。仕事が出来ないから金で役職買ってるって。迷惑な話だ。
「部門長としては、どう動きますか?」
「俺か? ……引き続き情報を集める。国単位で接触する相手に、ここのギルドがどうこうできると思うか?」
「……いえ」
「ましてや、あのクノーマス侯爵領だぞ」
「国最大の、港抱えてますからね」
俺の背中にヒヤッとしたものが走ったのを察してほしい。
よく、クノーマス領の港は国有数のなんて言われるけど、実際は国最大の港だ。海に面する複数の貴族領の中で飛び抜けて税収がいいし、治安もいい、外交が盛んで何でも揃ってその分人も集まる。クノーマス領の北にとある伯爵領の港があって、そこに国の名前を持つ、ようは王家直営の港があるけど、正直俺は海に出るなら絶対クノーマス領の港を使うってくらい差が歴然だ。伯爵領の方は王家の名前が売りで貴族の使う所は豪華絢爛安心安全を謳ってるけど、庶民とは施設が分けられて差別が酷いし、そのせいで対応も悪いし、治安もあんまりよくない。王家の顔を立てる意味で多くの貴族が使ってるけど、全体の整備が調っていて、出入国や荷物にかかる税金が安い、船の発着数も多いのはクノーマス領だ。
そのクノーマス領、侯爵の機嫌をそこなうようなことになれば。
フォンロンが独自に【彼方からの使い】と友好的な関係を築いて先に有利な契約を交わしたら。
いくら公爵家がいても無理だ。
クノーマス侯爵は元々巨大だ。そこに【彼方からの使い】という大陸で保護され厚遇される人間を介して国が絡めば、公爵家なんていくら強くても国相手にどうこうできるわけがない。
この国の冒険者ギルドはどうなる? 良質な素材の多くを輸入に頼るこのベイフェルアの王都近隣ギルドは、ほぼ全てクノーマス領の港を利用しているんだぞ? 公爵家の手出しが出来ない状況になったら、『ギルドだから』のたった一言で我が物顔をしていたこの国のギルドは、一気に立場が逆転する。それを、上層部は察知しないどころか、あり得ないことだと思っている?
ばかだ。
ほんとうにばかだ。
「部門長、 《ギルド・タワー》に連絡するべきじゃ、ないですか?」
「……内部告発か?」
「そうなってしまいますか? でも、知っていて報告なしは、問題が起きてからじゃどうにも動けなくなりますよ」
上司への進言としては少々危険な発言かもしれないけど、放置はまずい。せめて、今までの経緯については報告してしまうべきだ。
だいたい、『無償提供』させてるのはこの国だけなんだから。
慣例だから、の一言で強引に通して来ただけだ。さっさと技術だけを売って少しだけ商品を渡してくるのは、数回でそのやり取りを済ませて関わりを絶とうとする職人が山ほどいる証拠。それだけ、国の大事な職人も敬遠する冒険者ギルド。そのせいでこのベイフェルア国冒険者ギルドは長らく人気商品や定番商品というのを送り出せていない。防具、武器、宝飾品、備品、携帯食、薬、全てにおいてギルド自身が生み出す税収がこの国のギルドは少ないんだ。
それもあって、良いものをいち早く取り入れたいから圧力かけてでも無償で手っ取り早く物を入手したいという悪循環が続いてる。体制を変えないのは、上層部がそれにともなって自分たちの立場にまで改革が起こっちゃ困るからだ。
「……フォンロンには俺も知り合いがいる。そちらに情報を流す」
「え?」
「おそらく、こちらの動きも完全に把握されている、だから話は通りやすい。こちらの動きが芳しくないことを全て話す」
「なんか、躊躇いないんですね?」
「当たり前だ、その【彼方からの使い】はあの【英雄剣士】と知り合いなんだぞ」
「それ! 本当なんですか?!」
「ああ、あんなの敵にしてみろ……大陸中の国がここのギルドの敵になるも同然だぞ」
桁外れ、なんて言葉では済まされない力、恩恵、そして【スキル】を持つとされる【英雄剣士】は大陸中で凶悪な魔物を相手に今まで擦り傷すら負ったことがないと言われる。
その人物一人で、王都など一日で陥落させられるとも言われる。ほとんどの国が敵対する意志がないことを公言する唯一の『個人』。その影響力は、国王や王族なんで比じゃない。
その人物が、知り合いの【彼方からの使い】。
どう考えたって、敵対すべきじゃない。
圧力かけるなんてバカなことすべきじゃない。
この報告書は本部ですでに出回っている。
重要書類への署名権を持つ奴らのすでに半分が『この報告書を元に次の対策を取る』っていう書類にサインしてる。信じられない。今日回ってきたばかりの書類なのに。
なんだよ。
これ。
ゾッとする。
この日、魔導通信具で秘密裏に部門長はフォンロンの冒険者ギルドにいる知人宛にこちらで起きている不穏なことを手紙にしたため送った。
翌日、一通の手紙がやはり秘密裏に、新商品の冒険者用の下着の説明書と納品書に紛れるように届いた。
上司は、執務室で俺にそれを見せてくれた。
そこにはこうあった。
『上司からの情報提供だ、間違いないと思ってくれ。そちらのギルド全てに監視をつけているらしいがフォンロンはあくまでそちらのギルドの動きは静観するとのこと。理由は、クノーマス侯爵家と【彼方からの使い】への友好的交流の申し出を最重要視し、独自の交渉ルートを獲得するためにベイフェルアの冒険者ギルドと距離を取るためと聞いている。お前ももし、まだギルドで働いていたかったら上層部の動きには関与するな。 《ギルド・タワー》の一部もすでにそちらの動きを監視しているらしいぞ。
そして、これが最も重要だ。【彼方からの使い】は噂に違わず【スキル】【称号】そして魔力無しだが、間違いなくそれを補う【技術と知識】をもつ。そして、物を生み出す速さから【変革する力】を与えられている可能性があるらしい。敵に回し敬遠されることは、失うものが大きいとこちらのギルドは判断した、今までベイフェルア国内での圧力の気配がないことからベイフェルア王妃あたりが抑止力になっている可能性も考えられるが、そちらの王家とも距離を取るためにそこも関与しないつもりらしいな。
そちらのギルド上層部がどうするのか判断しかねるが、現状から、まず間違いなく係わるべきではない。私はまだお前とは同僚でいたい、今反発すると肩身が狭いかもしれないが、とにかく上の動きに流されるなよ』
と、書かれていた。
すでに、この国の冒険者ギルドには暗雲がたちこめていたと、俺と上司は知ることとなった。
この物語にしてはちょっとだけ仄暗い感じになってしまいました。今後もこんな展開たまにあります。
ジュリに影響がありそうです。
のんびりハンドメイド、とはいかない様子。
そしてブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます。
PVも増え始め、非常に嬉しいです。今後も読んでいただけるように頑張ります!!




