37 * リンファ、裏側のその後について語る
「獣人の友達の家族が行方不明になったんだ。それで探してたら騙されて奴隷にされたって話が入ってきてさ。手当たり次第に探ってたらカッセルに行き着いて、救出しようとしたらなんともっと違法な奴隷取引がされてる場所があるって知ってさ! 友達が皆を助けてくれっていうから助けたんだけど、俺良いことしたよな?」
ハルトは現場に駆けつけたカッセルの軍人に笑顔でそう言った、と。ちなみに嘘ではなく事実で、ハルトには少なからずの憂いがあった中でジュリから『手を貸して』と言われた事もあり、もうバミスの内情とかどーでもいいわ、と開き直って行動したらしい。
セイレックから渡された報告書を読み終えて、私から出た第一声は、乾いていた。
「……本当に、派手にやったわね」
そう零すとセイレックが苦笑する。
「確かに獣人の奴隷解放が行われたものの、その実、大虐殺ですからね」
ハルトは奴隷商の主要な人物だけでなく、その場で働く人達も例外なく全員をその手に掛けた。そして建物など関連するもの全てを焼き払った。咄嗟に立場を偽って逃げ延びようとする奴を出さないために。
さらに解放した獣人たちに回復ポーションをばら撒く。騙されたり、無実の罪で捕らえられた獣人たちは、その恨みを晴らすためにハルトと共にいくつかあった奴隷商を回復した気力と体力で徹底的に潰して回った。
「本来の力を取り戻した獣人相手に……カッセル国の人間で渡り合える人って、いた?」
セイレックに問いかければ、彼はとてもいい笑顔を浮かべた。
「いたら、能力持ちや魔力の豊富な人達との婚姻を無理矢理推し進めるなんてしないですよ」
「あ、やっぱり……」
解放された獣人は最終的に数百人に膨れ上り、ハルトはその事態に混乱するカッセル王家に獣人達全員を引き連れて乗り込んだ。そして言ったのがさっきの言葉。
「サイコパス……」
「なんですか?」
「何でもないわ」
『お前に言われたくねぇわ!』とハルトから返されそうだけど。
カッセル国の資金源となりつつあった違法な奴隷商を全て壊滅させたうえで、獣人達には王家が資金源として積極的に利用していたことを洗いざらい話し、アジトにあったお金や換金性の高いものは全て解放された彼らに分配、外した隷属の首輪や腕輪を一つ残らず回収。そして、数本使える状態のままにしハルトは国王や王太子たちの前でちらつかせた。
この隷属の首輪はまだ使えるぞ、と。
「使い心地を試してみるか? 俺にこの隷属の首輪を付けられたら外せるのは【彼方からの使い】マイケルくらいだ。お前達の作ったコレの性能の高さを存分にその身で味わえるぞ。どこに頼んで作ったか興味はねぇけど……俺に王族がこれを付けられたら歴史に残るぞ、不名誉だけど長く語り継いでもらえそうじゃん?」
物凄く、物凄く楽しそうにそう言ったらしいわ。そして。
実はカッセルに行く前、ハルトが私の所にやって来た。
「上級の上、特級ポーションくれ、肉体再生に特化したやつあるだろ? あと解呪のポーションも特級を一本」
そう言ったハルトの思わせぶりな顔を見て私は素直に渡したの。結果、私が納得し満足する使い方をしてくれた。
カッセル国では上質かつ中級以上のポーション類は百パーセントバミス法国からの輸入に頼っている。ポーションは魔力を使い生成するからカッセル国含む南方では一番下の素級ポーションすら作れる人が限られていて、ほとんど輸入に頼らざるを得ない。安定的なポーション生成を行っているバミス法国から買っているカッセル国だけどバミスは上級・中級クラスの輸出制限していたので入手出来る数は本当に少なかった。
そして現在、バミスは制限の範囲を広げ低級ポーションの輸出制限もかけている。なのでカッセルに入ってくるのはほぼ素級ポーションだけになっている。上級なんて王族すら入手困難な状況になってるわ。
何故なら。
枢機卿会がジュリに不活性魔素の多い魔物素材の加工なんていう無理なお願いをしようとしてグレイセルにボコボコにされた、あのトラブル。
あれの報復として私がバミスに素材輸出制限をかけるよう皇帝陛下に頼んだから。
そもそも上級クラスのポーションを作れる人が大陸全体で見てもとても少ない。そしてその希少な存在の大半は、このバールスレイドにいる。さらに必要とされる素材はバールスレイドとネルビア首長国の庇護下にあると言っても過言ではないヒタンリ国を中心とした北方小国群に集中しているのよ。
大国バミスですら質の良い上級クラスのポーションを作るとなると素材の八割以上は輸入しなくてはならないの。
枢機卿会がジュリを利用しようとしたことに私たち【彼方からの使い】が怒り、何らかの報復をしてやろうと考えていたところへ皇帝陛下が便乗したことも大きい。バミスの大陸内での影響力を削ぎたい皇帝陛下は自身の名前さえ使うことを私に許した。それを私も存分に利用さてせもらったわ。
で、今回バミスに対して素材だけでなく生成が難しい『呪』『石化』『猛毒』など状態異常に特化した、専用・特化型ポーションそのものの輸出数を制限した。これでバミスは在庫の抱え込みのためにカッセルに輸出出来なくなる。
ジュリに手を出すとはこういうことになるのだと、そう正面から突きつけてやったわ。
以降バールスレイドには毎日バミスから使者がやってきて取引再開の話を繰り返す。完全無視してるけどね。
だってあいつ等誰一人としてちゃんとジュリに謝罪してないのよ、するまで絶対に輸出再開なんてしないわ。ポーションさえあれば助かる命を犠牲にするのかって正義を振りかざす脅しめいたことを私たちに言う暇があるならバミスもいい加減本腰入れて独自のポーション開発をやれって話よ。こちとら日々研究と量産に勤しんでるのよ。
そして強制的にハルトの転移で帰されたあの小娘。
その姿を見た王宮の人々は何があったのかと恐れ慄き、実の母親は倒れ、床に伏せているらしいわ。そりゃそうよ、頭部から一直線に入った傷は膿んで腫れ上がったんだもの。ちゃんとした手順を踏まず破り捨てるという暴挙に出たせいで強烈な呪いが降り掛かったの。それなりの魔導師による回復系魔法でも止血をするのが精一杯、呪いだから痛みすら軽減できない。傷口が腫れた事でかつての面影が分からなくなったほどだとも聞いている。そして痛みに悶え苦しみ涙を零す姿は、とても直視できるものではない。華々しい生活をしてきたあの小娘は、完全に精神が壊れて支離滅裂なことを口走ってるんですって。
「リンファが作ったポーションで、完全再生の可能性がある上級の中で時々出来る優れた、特級とはいえ……二本で三千万リクルですからね」
「全く……よく考えたものよね。ハルトの恐いところはそこよ」
ハルトは大臣家ではなく王家に対して、あの王女を救いたければ完全再生させたければポーションを買えと言ったのよ。
「わざわざ養子に迎えて王女にしてククマットとクノーマス領で好き放題させてたのは王家の判断だろ。責任を取れるからやらせたんだろ? ならこのポーションを買って治してやるよな? まさか、今更王家に責任はないなんて言わないよな。王女を名乗らせてる女を王家が見捨てないだろ?」
ポーションがほぼ入手不可能な状況下で、国の重要人物たちが集まる前で問いかけた時、国王は難色を示したんですって。あの小娘が勝手にやったこと、責任を取れと言われても困るしポーション二本にそんな金額は出せない、出せたとしても貴重なものは王家が所有するものだ、と。それに対して実の父である大臣がハルトに縋りつき自分が払うと何度も頭を下げたらしいわ。
でもハルトは決して折れなかった。
「王女の責任は王家にある。責任も取る気がないのに王女を名乗らせる国なんて聞いたことねぇな、それにあの王女は国が自分を守ってくれると信じてたぜ? つまり、そういう事を吹き込んでるんだよ、お前らが。で、守ってやらねぇってか? 詐欺じゃん思いっきり。名ばかりの王女とは思ってたけどさぁ、ちょーっと、酷すぎるな、この国は。他じゃ有り得ない」
わざとらしく大きな声でそんな事を言われて国王筆頭に王族は黙り込んだらしいわ。それを見ていた王宮務めの大勢の人たちの雰囲気がみるみるうちに悪くなったと。
カッセル王家はこういう時に責任を負ってくれない、助けてくれない、そもそも名ばかりの物扱いしかしない、それをはっきりと公に晒した瞬間となったから。
「すでに三人の女性が養子から外れて王家から離脱したそうですよ。中には結婚の日取りが決まっていたのを蹴ってまで実家に帰った女性もいるそうです」
今回の事を機に、既に結婚したかつての王子王女たちもカッセル王家を見限り離れて行くわね。
そうすると今まで得られていた婚姻による繋がりと王家というブランドで手にできていたお金が入りにくくなる。しかも重要な資金源となりつつあった違法な奴隷商は全てハルトによって消され、そのことが公にされ、バミス法国からは経済制裁を加えられることは確実だし、国内の有力者からも少なからずの王家離れを出して、今後の混乱の火種となるはず。
ジュリのいる作業部屋へ向かう途中カッセル国の例の大臣が辞職したとの情報が入った。私達はその場で立ち止まりそれらが書かれた紙を受け取った。
馬鹿みたいに高いポーションを二本購入して呪いによる耐え難い痛みは消え傷も塞がったけれど傷跡は消えず、まるで赤い染料で線を描いたようにあの小娘の顔にくっきりと残ってしまったと報告書に書かれていた。ポーションや治癒魔法は万能じゃないの。時間が経てば経つほど傷や後遺症は残りやすく、魔法による治癒やポーションによる治療は時間との勝負であることが圧倒的に多い。
再生医療や美容医療なんて存在しないこの世界の残酷な現実は、あの小娘だけでなく、周囲の人間にとっても一生心の傷としてこびり付き剥がれ落ちる事もない、いつ自分も同じ目に遭うのか分からないという不安として暗い影を落とすことになった。
今となっては元大臣も養子に出したことを後悔しているみたい。
……本当、今更だわ、馬鹿みたい。
娘の心身のケアのため家族皆で静養に入ると言って王都を捨てたそう。王都というより王家、かしら?
「育て方が間違っていただけで、親としての愛情はちゃんとあったみたいね……そして大臣として有能な男だったって話じゃない?」
「ええ。まあ、強引な取引や関税で国に益を齎していたので後ろめたい事や言えない事も多々やってきたことを含みますが、そんなやり手の外商大臣が完全に国政から手を引くんですから大変ですよ。彼だからこそ何とか取引が成立していたことや非常に扱いが難しい繋がりもあったでしょう。何より奴隷商に少なからずの接点があったようです、やり手の彼がいない状態で尚且つバミスからの制裁と監視ではかつての奴隷市場に戻すことは、ほぼ不可能ですよ」
そしてあの筆頭侍女についても情報が記載されていた。あの侍女は本来監視役、クノーマス家とグレイセルの動向に合わせて都度王女に助言し動かす役目があったらしい。けれど一言で言えば、サボってたのよ、あの侍女は。報告内容は改ざんしまくってたみたいね。それもあってクノーマス家からの抗議の手紙が軽く扱われることにも繋がっていたみたい。それよりも……。
「何よあの侍女、手癖も悪かったの?!」
なんと、クノーマス家の屋敷であの侍女中心に他の下っ端の付き人数人が窃盗を繰り返していた。高価な小さな物を中心に紛失する騒ぎが何度もあったらしい。でもあの家は至る所に本職がスパイと言ってもおかしくない使用人が何人もいるから、侯爵家は最初から全部把握していたと。ちなみに夜会ではそのことを公にしてあの一行を罪人として王女ごと強制送還、追い出す計画の一つの手段として扱うつもりだったみたい。
侍女はすでに処刑されていた。
きっとカッセル王家の都合の良いように全ての罪を着せられての処刑よね。でも当然の事だと思うわ、だって職務怠慢だったのよ、国からの命令に背いていたのよ、それが単なるサボりでも許さないというのが『国』なのだから。それに加えて窃盗でしょ、あり得ないわね。あの侍女への同情心はこれっぽっちもないわ。
「……護衛騎士は追放で済んだのね」
「数少ない実践経験のある騎士だったようですから。騎士として精神面や教養といった教育は足りていませんでしたが、王妃の実家が王妃とその息女、つまり位の高い王女の護衛にと送り込むほどですから殺すわけにはいかなかったんでしょうね、カッセルではあの程度でも貴重な戦力ですから」
自警団のルビンの腕を切り落とした護衛騎士は元王女の命令に従っただけ、その点を考慮されたらしい。
「まあ、そこはね、仕方ないと言わざるを得ないわね。……でも『狂犬』が黙ってないわよね」
「グレイセルの許可を得て現在カッセルに入っているようですよ」
「歪んだ正義感って悪質だから。……追放された男、騎士として今後も活躍できるといいわね」
「どうでしょう? あの者の正義感はリンファの言う通り悪質ですから、手綱を握っているはずのグレイセルとローツが野放しにしている時点で……騎士を引退することになりそうですね、他の護衛たちも、引退で済めばいいですが、まあ、無理でしょう。あの狂犬は噛みつくだけでなく、食いちぎるのが得意ですから」
あの狂犬相手に生き延びるなんて無理よね。
そして会話は一旦終了。
「ジュリー、来たわよぉ」
「おー、ちょうどいいところに。見て、ディフューザーの瓶のデザイン」
「見せて見せて!!」
ジュリには折を見て全てを話そうと思う。
今は、彼女が笑っていることを優先するの。
だって友達だもの、大事な友達には、いつでも笑っていて欲しいわ。




