37 * 取り戻せたもの
グレイに伝えたいことがある。謝りたいことがある。
私たちの関係をどこまで壊し、そしてどれくらい再構築できるのかわからない、それでもグレイと話す。
ケイティの言った『こびりついた価値観』は、きっと私にこれからもずっとこびりついたままだと思う。
そんな私が、グレイの価値観と私への執着を前にどれだけ納得出来る説明が出来るのか分からないけれど。でも、このままでは私がダメになる。私がグレイをダメにする。何度も同じ事を繰り返して傷ついて疲れて、一緒にいることが苦痛になる日が来る。
好きとか嫌いとか、そういう感情とは別の部分がダメになっても人間関係は簡単に脆く壊れる気がするから。
だから今。
私たちの関係を再構築したい。
うん、それがいい。
すべきことが見えれば人間は不思議と体も心も自然に動くもので。
今ここにいないグレイがちゃんとごはんを食べているのか、私達の関係のことで皆に必要以上に責められていないか心配をしつつも、このバールスレイドで何かを作ろうと責任を果たそうという心もしっかりとある。心がやっと思う通りに動き出した。
だから今は、目の前のことに集中しよう。
そうだよね、私は 《ハンドメイド・ジュリ》の商長、物を作ってこその人間。
うん、作ろう。
ほんの少し、現実逃避させて。心の休息。
ちゃんとするから。これからのこと。
まず、あのとても綺麗なスノービーの針だけど。
「矢じりとしては利用しないの?」
「使えなくはないの。でもねぇ……寒くないと駄目だから」
「は?」
「温かい所は勿論常温でも数日で脆くなってポキリと折れちゃうのよ。保存に気を遣う上に耐久性が下がる矢なんて作るだけ無駄になるのよ」
「……それ先に言ってくれない? 寒い場所でしか使えないって、相当厄介じゃん」
「そうなの」
「そうなのじゃなくて……」
ということで針は保留。
さてと。
私は早速問題発覚のスノービーの針を前にして触らず。そして針は今は考えるだけ時間の無駄なので片付けて貰う。で、別のことを考える、目のことを。その姿にみんなちょっと不安げだわ。いや、だってね、スノービーの目はこの大きさで加工が難しいならアクセサリーにするのは大きさ的に難しいのよ。うちの超高性能『黄昏粉』の研磨盤なら簡単に加工できるだろうけど、アレはまだ世に出せない代物だからねぇ。
アクセサリーとなるとゆっくり考えたい案件になるので私が考えるのは、これをそのまま活かす方法。雑貨とか、家具とかにね。
「……あのー、いらない、捨てるのを待つだけの椅子なんてあります?」
「椅子、ですか?」
服装からしてとても偉そうな、でも人の良さそうなおじいさんが、聞き返してきて。
「ええ、たとえば、切ったり穴を開けたりしても問題ない使わない椅子がいいですね、ちょっと試したいことがあるので」
「わかりました、探させましょう」
……ちなみにこの方、大臣の一人でしたぁ。なんで普通に私に敬語使って、私の前に姿勢よく立ってるのかわからない、理解できない。
「【彼方からの使い】だし私の友達だもの、死んでもあなたに喧嘩を売ることはないから安心して」
と、リンファ。
そうだよねぇ、この人も普通に私とキャッキャしてるけど、礼皇とかいう皇族同等の権力あるもんねぇ。そして私が知る限り一番怖い女だしね。
「何か変なこと考えてない?」
「イイエナニモ……」
そうこうしてたら数分で古いガタガタの椅子が大臣に命令されたらしい部下の方によって運ばれてきた。ぜぇぜぇ息切らしてる、ちゃんと休んでくださいよ。
「どうするの?」
「穴を開けるのよ」
「穴を?」
「そう、家具の装飾に使えると思って」
私の言葉に、その場が一瞬ザワッとした。それだけ、画期的な発案だった? 正直今はそれしか浮かばなかっただけなんだけど。リンファも『なるほど……』って頷く。
ガタガタの木の椅子をまず倒し、私は大量に用意された工具から木をくりぬくのに使えそうなものを手に、ハンマーも握る。
背もたれがちょうど木製なので、思い切りくりぬくことにして。
刃を当てて打ち込んだ瞬間。
「……ん?」
「どうしたの?」
「……柔らかい? この木って」
「え? そんなことはないんじゃない、椅子に使う木よ?」
「そう、だよね」
じゃあ、これは、一体?
刃物が簡単に木にめり込んだの。
私、こんなに力が強かった?
そう思いつつ、もう一度打ち込んで。
……んん?
「ジュリ?」
「……これか」
「何が?」
「《格上げ》よ」
「えっ?」
「明らかに、私、力が強くなってる。今までこんな風に出来たことないのよ、そもそも、木材を扱うのはそんなに得意じゃないから」
なるほど、こうきたか。
『加工するとき』の補正。
おそらく何かを作るときだけ限定で、力が強くなる的な。一人でなんでもカットや破壊がしやすいようになってるんじゃない?
あとで要確認だわ、これ。
トンカントンカン、まあ簡単にくりぬける。
「見事なものですね」
って誰かが言ってたけど、これ 《格上げ》の恩恵だからね。
この力を活用して、一気に穴を三つあけてしまう。うん、これはいい。《格上げ》最高。
大まかに開けた穴を金ヤスリで整えて、スノービーの目と再び向かい合い。穴に合いそうなものを三つ、嵌め込む。それだけ。椅子を立てて、指し示す。
「こんな風に、埋め込むのはどうですか?」
そして、説明を付け加える。
「このままを活かしてもいいですが、透明のスライム様が手に入るならば、流し込んで表面をならすこともできるので、平面にしてテーブルなんかにも使えますよ。これ自体が非常に固いなら、まずは家具や壁の装飾として使ってみるべきですね」
木材の加工は職人さん次第、量産はできないかもしれないけど、それでも濃い茶色や真っ白の家具にこの青が嵌め込まれていたらなかなかに素敵だよね。
「あとは……台座を必要としないものを一つ作ってみますね」
それは、うちのお店でもたまにやる方法。
大きなパーツは台座がなかなか用意できない。その不便を解消するのに生み出したのが、直接留め金具を貼り付ける手法よ。
穴を開けず、金具で一部を挟むようにして接着する方法。地球ではエンドパーツと呼ばれている物をこちらで私が使い始めた。これだと大きなものでもアクセサリーに出来るし、何より台座がないぶん軽く出来る。これ、男性に人気なのよ。例えば、細長くカットした天然石の両端を丸カン付のエンドパーツ風金具で挟んでしまえばそれだけで装飾パーツになるからその金具には鎖や革を好きに付け替えられるでしょ? 男性だっておしゃれしたい人は結構いると思って売り出したらビンゴ。片側だけに金具をつけたものもペンダントトップとして男性が買っていく上位の商品になっている。
だからこれもそれが出来るはず。
バールスレイドではそういった金具がないというので、デザイン画を描いたんだけど。
「あ?」
「なに?」
「これもか」
「……《格上げ》の影響?」
「うん、絵が上手くなってる」
「それは凄いわね」
「凄いよね」
サラサラっと描いたのに、頭で想像したまま、理想通りに描けた!! しかも美大行った友達に負けないデッサン力!! なんだこれ、すごいわ。
ふむ、今回の《格上げ》は私自身の技術に直結するみたいね。
あ、ちなみに全然関係ない絵を描いてみたら普通の絵でした。そこそこ上手い絵。やっぱり 《ハンドメイド》に関連することへの補正。クセ強めの恩恵……。
「こんな感じで、挟む金具です。引っ掻けるための歯は必要ないです、スノービーの目は重みがあるからスライム様や接着剤をはみ出さないように塗れて、しっかりくっつくようにする工夫は必要かもしれませんけどね。でもこれでデザインはかなり幅が広がると思いますよ、金具のデザインと使い方によっては台座に乗っているように見せることも出来ると思います」
「な、なるほど、これは凄い。職人と話してみます! あ、よろしければ相談させていただくかもしれませんが、お時間割いてもらえますか?!」
「いいですよ、私でよければ」
そしてまた。
「ジュリ様万歳!! ジュリ様へ感謝を!!」
って、やめて。恥ずかしすぎるから。
アクセサリーのパーツとしては大きいため少々難アリになってしまうスノービーの目。
でもエンドパーツを使うことでデザインは限られるけれど今後はアクセサリーに活用出来ると思う。そして家具をくり抜きそこに嵌め込む、それだけでも使い途は広がる可能性を秘めている。
その流れで思いついたのがエンドパーツを更に別方向から活用する、天井から吊るすサンキャッチャーのようなインテリア。ただ、バールスレイドは日照時間が短いのと、晴れることも他の国と比べて少ないこと、そしてスノービーの目は濃い青か紺色なのでサンキャッチャーとしては使えない。だからこそ、エンドパーツを活用する。
面白いと思うんだよね、天井から吊るしたら。美術館や大きな施設の吹き抜けに施される装飾にあるじゃない、無数の布や糸、チェーンなど様々な素材がカーテン状に吊るされてそれがそのまま美術品として鑑賞できるようなデザイン性の高いアレ。大量に手に入るというなら、大量に使えばいいわけよ。
「簡単に言うわねえ」
リンファにちょっと呆れた顔された。何故。
エンドパーツは既存のものもあるけれど、うちの店以外ではあくまで高級品。理由としてはその形状と見合った耐久性に使える金属が高めだから。故に作る工房が限られ取り扱う店も限られていた。でもある程度量産出来る体制さえ整えてしまえば価格はどうにかなるもので、それが成功したのが私達。《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》だけでなくククマット、クノーマス領内の宝飾品店や親しい貴族の領地でもエンドパーツ含む沢山の金属パーツの取り扱いをしてもらうことで安定生産と低価格化に成功している。そうなれば活用したアイデアが自然と生まれてくる環境も整ってくる。バールスレイドもこれを期にそうなってくれればと期待し。
「ククマットやクノーマス領から仕入れをして頂けるのはありがたいですが、エンドパーツの生産はバールスレイドでも量産化と低価格化を目指すのがいいでしょう。そのための職人や管理職育成には協力しますのでいつでも仰って下さい。すでにヒタンリ国では開発チームが組まれ動いています、そちらと連携するのもありかもしれませんよ」
私の気持ちをそのまま伝えれば皇帝陛下は勿論周囲の人たちにびっくりされた。
「何もしなかったら何も起きませんので。常々周りに言っているのですが私は私を感動させるものや嬉しくなるものが増えて欲しいと思っています。全てを無償提供なんてする気はありませんよ、私だって生活していかなきゃならないし、商長として従業員たちに給金を払う義務があるのでお金は必要なんです。だけどそれだけじゃそれで終わるんですよね、私の根底にある欲求は満たされない。それに、廃棄するものが減るって良いことだと思います。土に埋めれば魔物素材なので簡単に還元されますが、ただ捨てるゴミなのか、たとえ一回限りの使い捨てでも役立つ物や楽しい物なのか、その違いはとても大きいはずです。一つでも使える物が増えればそれを採取する、加工する、販売する、買うという流れが出来ます。それによって、働き口が増えるかもしれないんです。人が動くだけ、お金も動きます、シビアな話になりますが、どっちが欠けても経済って回りませんよね。私は周りから誹謗中傷されるのが嫌だし怖いという理由で少しでも経済を回せたらなと頑張っているというのもありますのであまり声高に説くようなことは言えませんけれど」
「……そうか」
皇帝陛下は伏し目がちに、穏やかな声でそうつぶやいた。
「そなたは」
「はい?」
「本当に、自分のことだけでなく、日々周囲のことを考えているのだな」
「いえ、そんなことは」
手で制され、私は口を閉じる。
「謙遜はするな。先日も伝えたが自信をもつが良い、誇りに思うが良い、そなたのしていること、目指すものは己のためだけではないことが話すだけでよく分かる、素晴らしい考えだ。そのまま前に進むと良い、今後何かあれば気軽に相談してくれ、いつでも手を貸そう」
久しぶりに嬉しいな、と思えた気がした。
最近忘れていた、遠退いていた感覚。
誰かに褒められたくてやってるわけではないけれど。
でも、やっぱり嬉しい。
やっぱりものつくりをして良かったと思える。
「そのお気持ちだけで、十分です」
穏やかに、和やかに。
「廃棄、無くしていきましょう。使えるものが増えればそれを加工する人が必要で職が増えます。低価格なものしか買えない人たちでも手に出来るものが増えて、微々たるものでもお金が動きます。それが積み重なって、人が、お金が、どんどん動きます。豊かになる小さなチャンスが生まれます。使って下さい、【技術と知識】は活かしてもらって初めて意味を持つものですから」
「ありがたく、使わせてもらう。そしてそなたには心からの敬意と賛辞を送ろう」




