37 * 極寒の蜂と決意
そして唐突に新素材発掘。
城がまた妙な熱気に包まれるなか、すぐに冷静になって首をかしげて唸るリンファ。この空気をガン無視できるって結構神経図太い、流石だわ。
「あれでもいいかしら?」
「あれ?」
リンファが説明してくれた。
それは寒冷地域の魔素の薄い魔素溜まりや小さなダンジョンでも発生する魔物。
『スノービー』。
日本語なら、雪蜂になるのかな?
絵を見せられた。
私が知る黄色と黒のあのコントラストが、黄色は白、黒は青にそのまま置き換えられた色をしている蜂。
魔物なので、大きい。成体で三十センチになるらしく女王蜂だと五十センチオーバーになるって……うん、デカい。インパクトあるわ。
彼らはこれまた寒冷地特有の『ホワイトデッドマム』なる、真っ白な菊のような魔性植物の毒蜜を好んで集めてハチミツを作り出すそうな。
当然、出来るハチミツも毒ですよ食べられません……。
でも、そのハチミツは加工しだいで希少な上級毒消しポーション、魔物素材のコーティング剤として使うことで毒耐性の効果をもたらすものに変化する。その効能は大陸中から常に求められるだけのもの。
ただ、加工によってどうしても少量になり、その加工も結構難しく、高値で取引されるものだからこの国の名産であり、財源の一部にもなる大変有益な魔物。
……なんだけど。
スノービーも、ホワイトデッドマムも、繁殖力が凄くて、なんとスライム様並みとのこと。
一方、加工には特殊な工程が必要でありしかも原材料として消費期限がかなり短いので都度入手しなけらばならないという問題があるので上級の毒消しポーションと毒耐性のコーティング剤が値崩れしない、量産できない原因なんだって。それをバカみたいに上回る繁殖力なので、ただひたすら退治するだけになるそう。
スライム様もそうだけど、弱い魔物はとにかく繁殖力は半端ないんだよねぇ。
以前お店でも飼育箱のなかでスライム様たちがぎゅうぎゅうになるほど増えてたことがある。たった数時間、いつもの定期確認が遅れただけなのに。餌がちょっとでもあればひたすら食べて、ひたすら分裂して増えるスライム様同様、スノービーもひたすら蜜を集めてひたすら繁殖するそうな。
スノービーの有益な部分を増やしたいそうで。
特に。
目と針。
目はいいとしよう、針。
えっと? それ普通武器になるよね? 矢じりとして形を整えるのが一般的だけどほかの魔物素材と合わせれば確か防具にも使われるって聞いたことがある。ベイフェルア国だと、蜂系の魔物素材は軒並みそう使われていて、私がどうこうする素材じゃないんだけど?
「それがねぇ、加工が難しいのよ」
ん?
「固すぎて、目も針も加工料の方が高くなってしまうし魔法付与も出来ないの。ジュリの加工なら付与は可能になるかもしれないけれど、それは例外でありしかも秘匿すべきことだから量産という意味では全く意味はないでしょ?」
ほほう。なるほどリンファの言いたいことがわかったわ、『そのまま活用する方法』があればって、ことね?
リンファにとにかく見て、と言われ連れてこられたのが城の裏の森。
いやぁ、びっくり。
ブンブン飛んでるの。人間は滅多に襲わないらしいけど、少し森の中に踏み入っただけなのに白と青のコントラストが綺麗なでっかい蜂が、わんさか飛んでる。これ通常の光景だって。
マジですか、ってぼやいたし鳥肌立ったからね。
そして視線を向ける先に必ず群生して咲いてる葉も茎も真っ白だけど確かに、菊の花そっくりな花が、こちらもわんさか生えてる。
「でね?」
「ん?」
「これなんだけど」
ちょっとまって。
リンファ。
なんなの!
素手で蜂を鷲掴みって!
蜂が暴れてるけど?!
めっちゃ怖い……。
いや、もっと怖かった。
その蜂の首をリンファがもう一方の手でいきなり、いきなりよ、目の前でポキッと折った!!
「ほら」
って、見せられても。
うん、怖い。リンファが。
ツッコミ入れるのも怖いのでスルーして、気を取り直し。
「綺麗じゃない?」
そういって、お亡くなりになった、首をもがれたスノービーの目を見せて寄越した。
……あれ?
本当に綺麗。
深い藍色の、丸い艶やかなガラス玉みたい。大きさは直径五、六センチくらい。今は頭部についたままだけど、目だけ取り出すと、内側はわりと平たくて横から見るとお月様の少し欠けた時のような形らしい。
「うん、これ、綺麗じゃん」
「そうよね?」
「これ、固すぎて加工できないんだ?」
「そう。数だけは揃えられるけれど、加工には高価な研磨盤を必要とするのよ、それこそ希少な素材を加工しないと割に合わないくらい値の張る研磨盤よ」
ふむふむ。
加工に向いてないね。
でも、この見た目。
なんとかなりそうよね?
「あとこれね」
だからリンファ怖いってば!!
頭をぽいっと投げたら今度は胴体押さえて。針をブチィっ! と抜いた!
怖い怖い怖い。胴体も投げた。付け根に血らしき青い体液? が滴ってる針を普通に渡された。
リンファ、ワイルド。そして、ホラー。
「何か言った?」
「イイエナニモ」
再び気を取り直し。
「はー、これは綺麗。加工できないにしても、これをいままで放置してたの? すごく、もったいない気がする」
その針は七、八センチの長さ。細長い円錐形で、わずかに螺旋状に筋が入っている。絵で見たときはただの白だった。でも、実際は驚く綺麗さ。
乳白色なんだけど、わずかに透過性がある。手に持っていて、自分の手のひらが微かに透けてみえる。そして螺旋状の筋がいい。かじり貝様の特徴であるオーロラ色がこの筋の溝だけにあって、角度を変えればそのオーロラが微細に色を変える。
「……なにか、出来そう?」
リンファの探るような問いかけ。
私は即答。
「できそう。ていうか、もったいないこんなに綺麗なもの」
天使がとびきりの笑顔!! はぁぁぁ、癒し。
スノービーの無惨な死骸が近くに落ちてるけど。
そこからバールスレイドの皇宮の方々の動きの速いこと速いこと。
即席の工房を用意してくれて、王宮から道具をかき集め、数十人の軍人さんがスノービーを狩ってくると猛然と飛び出して行き、エプロン借りたいと言えばどっから集めた?! ってくらいのエプロンを用意され、極めつけは。
「ぬはぁぁぁぁ?! 青様じゃありませんか!!」
そう。生きたブルースライム様を二匹も用意された。スライム様の生息数は極端に少ないらしいけれどこのバールスレイドでは青様と紫様ことアメジストスライム様はなんと、透明のスライム様よりも目撃情報があるんだって!! むしろ今日は透明が見つからなかったそうなのよ。
「ひゃっほーい! 青様! ウェルカム!」
と、狂喜乱舞することになりました、はい。
連れて帰るぅ。あ、専用の飼育箱貸して下さいね後で返しますので。
そんなことがあってから。
「いや、こんなに用意されても」
ついそう声が出た。
数十人の軍人さんが『褒めて!!』って目をキラキラさせてスノービーの目と針を持ってきてくれたんだけど。たった一時間だから、多くて荷箱一箱だろうな、と思ったらね。目と針それぞれ十箱。しかもその箱でかいな?! という量を用意しまして。
なんだこの行動力。国民性なの?
「あー、なるほど、これは確かにちょっと型に嵌めるのは難しいわね」
そびえるように後ろに積まれた目と針は見ないことにする。
そしてテーブルに私が無造作に数十個並べたのはスノービーの目。
ランプにかざすと、光を通す。透過性があってとてもきれいだ。魔物で昆虫系の目なのに凹凸もなく、つるりとしていて本当にガラス玉のよう。色も個体によって違いがあって、真っ青から黒に近い濃紺と多彩な青が揃う。これがなぜ、今までその美しさを活かされることなく廃棄されてきたのか。
その硬さだけじゃないことはすぐにわかった。
個体によって、その大きさ、厚み、丸みが全く違うせいだと思う。数十個、ランダムに荷箱から取り出した目をこうして並べてみたけど、その違いはさっと見ただけでわかるほど。
形だけでもまん丸から楕円形に近かったりと様々だし、中にはわずかにどっちにも属さない四角っぽいものまである。
厚みもしかり。ほぼ半球なのもあれば、球体と行ってもいいものも。
これではだめよね。
台座が使えない。
宝飾品の要となる、身につけるために必然の台座が全てオーダーメイドになってしまう。加工が出来ないのなら台座があればいい。うちで言えばリザード様の鱗がそう。でもあれは裏面はほぼ同じ形状でスライム様や接着剤で凹凸の調整が出来る程度の差しかないので定型の台座が使える。
そしてこのスノービーのもうひとつの欠点はその大きさと重さ。最低でも直径五センチ、大きなものは十センチ近くありなかなかの存在感と重量感。これをアクセサリーにしたとしても、その重さがネックになるしデザインも難しい。
だから、流通しなかったのよ。
アクセサリーとしても雑貨としても。
これはこれは難敵。
でもそこは【技術と知識】をもつ私の腕の見せ所でしょう!
……むふふ、ふははは。あははは!!
新素材! ありでしょぉ! 私はこれ欲しいし使い途あると思うわよぉ!! フォーホッホッホッホッ!!
あ、ドン引きされてる。
笑い声、治るものじゃないので、許して。
「……落ち着いた?」
「えっ?」
「あなたから発せられてる波動が今とても安定してるの。やっぱりジュリにとって物を作ることは精神安定剤でもあるのね」
賑やかな周囲にかき消されそうな彼女の穏やかな声が発した言葉に驚いた。
「逆にいえば、あなたを唯一揺るがす存在がグレイセルってことでもあるんだけど」
「あ……そうなのかな」
「グレイセルに『離婚して』って言ったこと、後悔してるか聞いても? 今のあなたなら、冷静に言えそうな気がしたから」
「……後悔……して、ない」
衝撃を受けた。
自分の発言に自分で。
あれ、なんで?
なんで私、こんなに、今すっきりしてるの?
「ケイティから伝言」
「え?」
―――離婚してもあなたはあなた。結婚してなくても一緒にいる人たちはたくさんいる。あなたも自分にこびりついてる価値観を捨てられるといいわね? 一生を添い遂げる人たちには色んな形があるのよ―――
こびりついた価値観。
この一言にびくりとした。
夫婦は結婚するもの。一夫一妻が当たり前。事実婚や内縁の妻というものは日本ではまだまだ少なく、法律的にも立場が弱かった。
そう。
日本では。
気づかなかった。
私、自分ばかりしたいことをグレイに強いていた?
「……日本じゃ、ないのにね」
自分のダメさに呆れてしまった。
「グレイのプロポーズを受けたのは、私なのにね。分かってて、結婚したのにね。……謝らないと」
「そうね、それは謝った方がいいわ」
「うん……」
「でもね、それでもあなたはそんなに悪くない。あなたのその価値観、知っててグレイセルは結婚を申し込んだし、侯爵家も許可したの。そして、あなたの何も言わない、その優しさに付け込んで利用した。神の干渉のあるあなたを、自分達のために利用したのよ、ジュリの心など無視して。決してしてはならない禁忌を犯したの。……そのことを、あなたは優しさでなかったことにしてはダメよ。ジュリは今回のこと、ちゃんと処理しないと、だめだからね? 甘い判断は、今後誰かを傷つける火種になるかもしれないんだから」
「うん……」
今、心が凪いでいる。
私には、【彼方からの使い】として物をつくるだけではなくすべきことがある。
そこには恋愛とか結婚とか、たとえ個人的なことでも人生を複雑にややこしくしかねないことも絡んでいて、『なんとかなる』で済ませてはならないことも。
それを見てみぬフリしてきた私の罪は、これ以上重ねられない。
ちゃんとしないと。
「大丈夫」
私は、目の前の新しい素材を握りしめる。
「ちゃんと、考える。考えて、グレイに話す」
「うん、そうして。……一緒に、いたいんでしょ?」
「うん、だから、話す。グレイと一緒に、いたいから」
フフ、とリンファが笑った。
「気持ちの整理は、出来たみたいね?」
「……できてたのかも」
「え?」
「もう、ずっと前から本当は『こうあるべき』って私の中にあったのかも」
「ジュリ……」
「でもそれを話せなかった。そこにはどうしても過去が絡むから。ここに来る前の私を、知りたいのかどうか分からないグレイに、過去とか『未練』を話せなくて。だから、その不安や曖昧な部分を隠したくて、拘ってた。私の価値観を曲げないことに」
不思議なほど心が穏やかだ。
今なら『ちゃんと聞いて』と言える。
今までの迷いは、自分で作り、重ねたもので自分を抑え込んでいたから。
もう迷わない。
グレイと共にあるために。
共にあるために、捨てなければならないもの、得なければならないもの、今なら、見極められるから。
足枷を外した私は、その重さに気を取られることがなくなり、足首の痛みに何度も視線を落としそこばかり見ることもなくなり、歩ける。
きっと前を見て、歩ける。
中途半端な所ですが、作者に語らせて下さいwww
この「別れ編」とも呼べる鬱展開ですが、この「どうせなら〜」を書く上で初期段階にジュリはこの世界で結婚という選択をするか? という設定上いくつか存在する重要事項を決めていなかったという事実があります。進める上で増えていく登場人物達との関わりや作る物が増えていく過程で齎される出来事など、決めてしまうとこれだけは覆すことがないと決めている終章に向けて、全てを決めてしまうのは危険かな、という考えからでした。
で。
進行状況から結婚して、ここまで来ました。
今回の件、いくらしんどい思いをしたとは言ってもちょっとジュリさん勢いで決断しちゃってない? と思われた方もいるかと思います。
でも作者の考えるジュリってこうなんですよ、向こう見ずなところがあって、しかも勢いに任せる傾向が強め。それで後で反省する羽目になったりする最弱にしては致命的な欠点持ち。
その部分を今までの執筆で書ききれていないなという反省がありつつ、それでもどうしてもこのタイミングでこの展開を起こしたかったため、読者様には内容は勿論テンポ的にも納得出来ない方もいるかと思いますが……。
致命的な欠点持ちが物を作って我が道行く話なので、ご理解いただければありがたいです。




