36 * ハルト、ぶっとばす。
ハルトの語り。文字数多め。グレイセルボコられる。
◇お知らせ◇
次回6月4日の更新はおやすみ頂きます。再開6月8日です。
セラスーンに心臓以外の内臓をグチャグチャにされたらしい。マイケルが『だから神は嫌いなんだ』って文句言ったとか。治療後にリンファをジュリに気付かれないように呼び出したはいいけど、グレイは口にリンファ印の上級 (一部では特級と呼ばれてる)、一切飲みやすさや味を考慮されていない凄まじく不味いポーションを無駄に三本も突っ込まれ、その場で悶えまくったってさ。で、リンファは即帰ったと。
マイケルが気になることがあるって言ってたのは忘れることにする、俺は関係ねぇ。
「こいよ」
まだ躊躇いを見せるグレイに対して、俺は余裕の笑みを浮かべて見せた。
掌を上に向けて、人差し指と中指で二度、こっちに来い、かかってこい、と動かして見せるとピクリと不愉快そうに眉毛を上げる。
普段のこいつはこんなに簡単に眉を動かさない。だいたい、ジュリが側にいて、安全が確保されていて、長閑すぎて緊張感など全くないほのぼのとした状況でなければ、こいつは表情をいつも固定している。
ジュリがいなければ感情など必要ないと、こいつアホか? と思うことを言う男もこの数日は不安定だ。不安定というより、自分を制御出来ていない。
その割には必死に冷静を装って、『ジュリの好きにさせる』とかぬかしやがる。
ちょっと腹立つわけだ、俺としては。もうちょっと無様に足掻けよ、と思う。カッコつけた結果拗れたくせにな!
「余計なことすんじゃないわよ。二人の問題よ」
と、鬼のような顔してリンファに脅された時は、怖かった……漏らしそうになった。けど! あいつはジュリをかまってるじゃねえかと反論したら両腕引きちぎられそうになったから逃げてきた。
何が言いたいのかというと、俺もお節介をやきたい。
グレイにはグレイの鬱憤や不満はあるはずだ。
それを聞いてみたい。吐かせたい。
「全力で来い、どうせこの辺なんもねえからな!」
「本気か」
「俺お前に対して腹立ってんのよ、ちょっとぶっ飛ばしたいのよ、だからな、来い。お前が全力出せば遠慮なくぶっ飛ばせるだろ。セラスーンから受けた即死級の罰は乗り切ったんだろ? マイケルとリンファのおかけだな、だからもう一回半殺しにされとけ」
「言ってる事が滅茶苦茶だな」
「はははっ! 今のお前よりはマシだと思うけど? ジュリから離婚言い渡された位でそのグダグダっぷり! テメェの過信と格好付けのせいだろうが! そんなことで人生終わった顔してんのマジでムカつく!」
「……笑って言うことでもないだろう」
「笑うって! お前ホンっと何も理解してねぇのな?!」
フォンロン国中央部。
『覇王』による壊滅的被害を受けたこの場所は今はほとんど人が寄り付かない。
破裂し飛び散った『覇王』が残していった有害な魔素がそこかしこから立ち上る。
強く膨大な魔力を持っているか、結界魔法を使える奴じゃなきゃ体が汚染されて五分で酷い目眩と吐き気、『魔素酔い』に似た症状がで始める。その後さらに魔素が内臓どころか骨や筋肉まで余すことなく蝕み始め、一気に強烈な倦怠感と痺れに襲われる。こうなるともう、動くこともままならなくなって、立ち去ることも出来なくなる。そうしているうちに、浴び続けた魔素によって肌が変色し始め、硬化を始める。
後は死を待つのみ。
最後は瞬きすら出来なくなり息絶える。
この地で死んだ冒険者、軍人、魔導師も多い。そいつらが生前死の直前まで身につけていた物に高価なものが含まれているだろうと期待して、死体漁りに来る奴らは後を絶たない。
だから、この辺は死体が日々増える。
有害な魔素に汚染され硬化した死体は風化が異常に早く、原型を留めている期間は短い。だからそれが魔素により命を落とした奴らだと気づかない馬鹿な奴らが踏みつけて崩して、自分も同じ運命を辿るとは気づかないまま目先の欲に囚われて踏み込んで、ヤバいと気づいて踵を返そうとして、絶望し、黒い穢れた大地と成り果てたこの場所で同化する。
俺の足元には辛うじて原型を留めた人の腕らしきものがある。
俺はそれを踏みつけた。
簡単に、ボロリと崩れ穢に同化する。
「馬鹿なやつ」
それを見て。
グレイは踏みつけたかつては生きていた人間に対して言ったのか、自分が言われたのか、判断に迷った顔をした。
「な?」
俺のふざけたその問いかけにグレイが感情をむき出しにしてきた。
ブワリと溢れる魔力。
「自分が言われたことに気づいたか?」
「なんの話をしている」
「へー、このタイミングでそう聞くのか。やっぱ馬鹿じゃん」
思いっきりバカにしてやる。
怒気が魔力に乗って吹き荒れた。
「……喧嘩を売っているのか?」
「喧嘩を売ってると思うのかお前に説教たれてると思うのか、それは自由。とにかく来いよ、かかってこい、お前をぶちのめしたい。ライブライトに貰った【神々の祝福】でもなんでもいいぜ、使えるもん全部使え、俺が徹底的にそれを受け流してやる、お前のプライドズタズタにしてやる。魔力の枯渇や有害魔素は気にすんな、気絶してもちゃんと回収して送り届けてやるって!」
魔力を無遠慮に開放し、宝剣に纏わせグレイは俺を睨んだ。
「そうこなくっちゃ!」
右手に『神力』を集中させる。
ピリっと一瞬静電気のような刺激が走ると同時に神力が強烈な光を放ちながら掌から溢れる。溢れる神力は光の中で具現化を開始、目の前で起こるその現象にグレイは本能的に危険を感じ後退った。
「何、だ、それは」
「【神器】の一種だ。神力を武器に具現化させられるんだ。【称号:神の代行者】の【スキル】の一つで体そのものに纏う【神器】と違って肉体や精神にあんまり影響しねえから便利。ただ数分しか保たなくて役目を終えると勝手に消滅するけど」
「……は、はははっ、なんでもアリだなお前は」
「俺もそう思う」
乾いた笑い声のグレイは、僅かに顔を引きつらせた。
「こんなのがあるからさ、遠慮すんな」
「本当に……無茶苦茶だ」
余裕を見せていたグレイは額に汗を滲ませる。普段は汗なんて人に見せもしないからこれだけで珍しいのに、今日はさらに余裕がなくなり険しい顔をしているんだから、こいつに一発でもいいから拳をぶつけてやりたいと思う奴らが見たらそりゃもう歓喜するだろうな。
尽く攻撃を対消滅させられ、流され、イラつきが最高潮に達したらしい。
「お」
ちょっとした感動を覚えた。
【スキル:一刀両断*グレイセルのオリジナル】。
成長している。
この【スキル】は成長型じゃない、神による改定改善が入らなきゃ変化しない固定型。なのに、成長している。俺の【神器】が打ち込まれてゆらぎを見せたんだ。この世界の物だけじゃなく、神界の物さえ切れる可能性が出てきたな。
「ははっ! ジュリの【核】だったからなぁ! あいつがもし【スキル】を得ていたら間違いなく成長型だった! 本来なら成長しないものまでジュリから貰った【核】のおかげで成長させるってか!!」
面白い。
ここまで影響を受けてたのかよ。
すげえなコイツ。
ジュリから与えられるものは全てを受け入れられる。
一切抵抗しない。疑問にも思わない。
それが正しい事だと心底思ってるんだよ。
俺がニヤニヤしているのが気にいらないらしい。何度か打ち込んで来た後、グッと歯を食いしばり睨みつけて来た。グレイは役に立たないと悟ったのか最初に発動した【スキル:称号撃破】を停止、唯一俺に傷を付けられる可能性があった【一刀両断】も停止して、正真正銘本来の力と技だけでぶつかって来るつもりだな、呼吸を整えている。
「そんな暇あるなら飛び込んで来いって」
「?!」
「おっと?! これ躱すかよ!」
【神器】の刃がグレイの肩を掠め服に僅かな一本線の傷を付けた。
「ぶっ飛ばし甲斐のある奴」
「さっきから、ゴチャゴチャとうるさいっ」
「そこは余裕ぶっこいてんじゃねえ! って言って欲しかったなぁ。俺超余裕だもん、喋る余裕めっちゃあるもん」
「本当に、お前にはイライラさせられる!!」
来た。
見せた。
戦う時の本性を。
ビリビリと周囲を震わす気が、黒い得体の知れないものに成り果てた残骸を吹き飛ばす。
「光栄だね! 【称号】と【スキル】を除けばレッツィを超える、事実上最強のお前にそう言われるのはさ!」
「お前が最強だろうっ」
「俺はもう別次元の力になっちゃってるから比べちゃ可哀想だろ?」
『ちっ』。舌打ちした! グレイが舌打ちしたぞジュリ!! お前がここにいたら絶対に大笑いしながら『グレイもう一回、もう一回!』って言うよな。……今更だけどジュリって、グレイに対してデリカシーなさ過ぎる言動多いよ、グレイじゃなきゃ許されねぇ、多分。
苛立ちが最高潮に達したところで。
「さっきの話の続きなんだけどさぁ」
「くっ!」
刃こぼれ一つしたことのないクノーマス家の宝剣が、【神器】を受け止める。よくこれを受け止められるよ、ほんとコイツ化け物だ。
「覚えてっか? 馬鹿だなって話」
「がはっ」
力を流しきれずまともに胸部に【神器】から放たれる神力を受けてグレイが吹き飛ばされる。それでも直ぐ様体勢を立て直し地面に叩きつけられる前に両足で見事に着地した。
「離婚ごときで人生終わった顔されるとマジで腹立つわけよ、俺等は」
「お前に、何が分かる……」
ゆらりと身体を起こし立ち上がるグレイ。
「そのセリフ、グレイにそっくりそのまま返す」
本当に腹が立つ。
こいつ、どれだけジュリの側にいたんだ。
一番隣にいたくせに、何を見てきたんだ。
「離婚で失うものってなんだ? 伯爵夫人って肩書だけでジュリを失う訳じゃない。その証拠にあいつは全部お前の手元に自分の物を置いたままにしてる。『この先のことを考えたい』ってリンファの所で一生懸命考えてる。お前とこれからどういう関係でいるべきか、答えを探してる。お前が失うものなんて、大したものじゃない」
「私がどういう人間か分かって言っているのか!」
わかってるよ。
「私は、私はっ、今更ジュリのいない人生など、あり得ない。隣にジュリがいないなんて考えられないっ、全部、私の全部がジュリがいることで成り立っている! 私を形成しているのはジュリだ、生かしているのはジュリだ」
……重い。
ジュリ、お前は本当に凄い。
尊敬する。
あれだけの『未練』を抱えてるのに、こんな男まで抱えてられるんだから。
「知ってるよ、お前がジュリを好きになるまで時間が掛からなかったことも、独占欲を抑えきれなくて執着するようになって依存するようになって今まで生きてきたこと、知ってるよ。……てかさ、お前、出会ったその日に本能的にジュリに惹かれたよな? いわゆる一目惚れってやつに似てる。あの瞬間に立ち会ってるからな、知ってるよお前がどういう男なのか」
ならばなぜ。
そういう顔をした。
「だからこそ、大したことじゃねぇって言ってんの」
ジュリも悪い。
さっさと話すべきだった。
『未練』。
俺たちにこびりついたそれを、グレイにぶつければ良かった。
そうしてれば、こいつらは結婚に踏み切ることはなかったはずだ。
グレイが、その手段を選ばなかったはずだ。
けど。
ジュリがいつまで経っても打ち明けられなかった『未練』。
聞こうとしなかったのはこいつ。
言わせないようにしてきたのは、こいつだ。
「離婚程度でグタグタ騒ぐな!! 俺たちはな」
【神器】の切っ先をグレイに向ける。
「全部失った」
目を逸らすなよ。まっ直ぐ俺を見ろ、グレイ。
「一瞬で、抵抗することも許されず、全部失った。生きていた証すら、消されて失った。分かるか、俺たちが押し付けられた絶望がお前、わかるのかよ!!」
それでも生きることを強要された。この世界のためにと、あなたは必要な人だと、諭され、絆され、絶望をまともに消化する時間も与えられず生きることを強要された。
全部失った代わりのつもりか、【称号】【スキル】を与えられても満たされない日々。
地球への強い強い、重たくて動かせない『未練』は俺たちのこの世界での生き方に、人格にさえ影響を与えるようになった。
その中でジュリは『未練』が誰よりも強く重い。
目に見えて結果を出せる【称号】も【スキル】も魔力もないジュリの二度と元には戻れないと知った時の絶望は、どれほどか。
それでも悲観せず、生きている。賢明に、がむしゃらに、生きている。
自分の生み出すものに思い出を、記憶を、忘れないよう、失わないよう、日々落とし込んで何とか『未練』と向き合って軽くして生きている。
《ハンドメイド・ジュリ》は、この世界であいつが自立する礎になったということよりも、あれそのものが、ジュリの中にある『未練』が凝縮されて具現化したものだと、なんでこの世界のやつらは、グレイは、気付かない?
『そんなものいらない』
そんな顔してジュリに愛を囁く。愛を請う。
この世界が無理矢理押し付けてきた運命をこの世界で産まれて生きてきたお前がいらない、と。
何度も言おうとしたはずだ。
ジュリは、何度も。
それでも言えなかったのは、こいつのせいだ。
ジュリに、悲しそうな顔をして捨ててくれと願って来たんだろう。そういう態度をしてきたんだろう。
全部を否定されたのに、失ったのに、せめて思い出と記憶だけは守りたいともがくジュリに捨てろというんだ。
ここに至るまで生きてきた過去を、捨てろと。
「気づいた瞬間全部奪われてた気持ちがわかるか? 平和な世界だったよ、平和ボケしてる世界だったよ俺とジュリがいた国は。そこで親に甘やかされて自由にさせてもらえて愛されて育ててもらったんだ、わかるか……死ぬ運命を救ってやったと上から目線で神が言うけどな、そんなのこっちの都合じゃねぇ、望んでもねぇ、お前らの勝手だろう? なんで生かされたことをその場で感謝できると過信するんだよ。生きたまま奪われたんだぞ、全部、記憶以外全部奪われたんだぞ!! 離婚突きつけられたくらいでヘコんでんじゃねえ、お前と俺等を一緒にするな、全部奪われたジュリとお前の離婚を、同じ天秤にかけんじゃねぇ。あるべき幸せを奪われた俺たちの絶望と、一緒にするな」
グレイが目を見開いた。
「ちゃんとジュリを見ろ」
名前を聞いただけで心が揺れる男。
「お前はあいつの未練を一番その目で見ていることに気づけ」
俺は自分の頭部を指でトントンと叩いた。
「あいつのここ、頭の中にある記憶、思い出、知識。それを残そうと必死にやってることって、何だ? 《ハンドメイド・ジュリ》だろ、あの店は全部、何もかも、ゼロから始まったあの店はジュリが失いたくない、壊したくない、かつての記憶と思い出と知識で出来ている。全部『過去』なんだよ。お前はな、その過去を捨てろって言ってるんだよ、そんなものいらないって、二人で生きていられるならそれでいいって、愛を盾にして目の前のジュリの過去を、全否定してるんだよ。だからあんな酷い事が出来た、傷ついてもジュリなら大丈夫なんて過信した。そんな奴に離婚したいって言っちゃ悪いかよ? 肩書一ついらないって言うことも許されないのかよ」
【神器】を消し、グレイの目の前に飛び込む。
首を掴んでそのまま地面に叩きつけるようにして倒した。
「がはっ!!」
「弱いんだよ、あいつは」
グレイの手が俺の手首を掴んで潰すつもりで全力で締めてくる。
「認めろ、あいつの弱さも、未練も、全部認めろ。【彼方からの使い】である前に、俺たちは普通の人間だった。平凡な人間だった。認めろ、それを、認めて受け入れろ」
首を締める手を緩めれば、俺の手を払い除けグレイは咳き込みながら転がり距離を取る。
立ち上がり、蹲るグレイの前まで歩いてその顔を上げさせるために髪を掴んで無理矢理起こしてその顔をもう一方の手で殴る。
「グレイセル・クノーマス」
フルネームで呼ばれたことが余程想定外だったらしい。目を見開いた。
「覚えておけ。ジュリがいる限りお前がこの先感じる悲しみや苦しみはジュリがこの世界に来て無理矢理押し付けられた絶望よりもずっと軽い、抱える未練より、薄っぺらい。帰りたいって、一言愚痴をこぼしたっていいだろ、過去を振り返ったっていいだろ。大事な気持ちや思い出や信念守るためにこの世界の理不尽なものを一つくらい何か捨てたっていいだろ。考え方が人それぞれ違うように、苦しみ方だって違うんだよ。お前とジュリが何でも一緒なんて自惚れんじゃねぇ。過去も今も、そして『未練』も全部、ジュリを構築するものだ、どれか一つ欠けたって、ジュリじゃない。一つでも欠けていたら、過去が少しでも違っていたら……そもそもジュリがここに召喚されることはなかった。お前は、今でも孤独だった」
前書きにも記載しましたがちょっとだけ休息いただきます。次回6月4日(火曜)は更新お休みし、6月4日(土曜)に更新致します。
ジュリのことを一番理解しているのはやっぱり【彼方からの使い】という話でした。
残念ながらグレイセルではないんですよね、盲目的な愛ゆえに、重すぎる愛ゆえに、彼には見えないもの、見えなくなるものが多々あるのだと考えています。そういう意味では同じ境遇で同じ苦悩を抱え生きている【彼方からの使い】たち特有の恋人や家族にはない繋がりが、時として彼らの救いとなるのだと思います。
さて、グレイセル。ジュリと関係修復できるでしょうか。




