4 * グレイセル、魔法付与について語る。
一話更新です。
グレイセルの語り回になってます。いつもより文字数ちょっと多めです。
あの日は本当に面白かった。
前日にダッパスからその話を聞いていて私もずいぶん前から頭を過っていた仮説ではあった。
スライムとかじり貝は魔物の中でも最弱クラスで珍しくもなんともなく、取れる魔石は極小、しかも魔素が弱すぎてランプにも使われない。
しかし、スライムもかじり貝も魔物は魔物。
魔法付与出来るのではないか? と。
ハルトも
「出来るかもな。色付きスライムとかじり貝の螺鈿もどきだけのパーツだと。花とか入ってると不純物入ってるのと一緒だろ? けど、最弱でも魔物の素材だけの、純度百パーなわけだから可能性が高いよな。しかもジュリが作ることで何らかの効果はありそうだ。微々たる効果でもあるのとないのでは全く違うし」
そうなのだ。
アクセサリーとしての金具を取り付ける前の、『ギジレジン』『ラデンモドキ』ならば純度の高い魔物素材なのだ。
魔物素材は余計なもの、つまり加工の工程で金具や塗装をしてしまうと魔法付与の成功率が著しく下がるし、付与できる魔法の質や種類が限られる。我々はこれを不純物が入るため、という認識があるので、騎士団にいた頃も高価な魔物素材には間違っても余計なものが付着しないよう気を付ける習慣があった。
そしてジュリの作るものの最大の利点。
すでに美しく加工され、金具や紐を通すだけでアクセサリーになる。
魔法付与が出来たものを加工する手間がない。
そして元は害獣扱いされていたやっかい者のタダ同然の素材。
ギルドがめざとくそこに目をつけた。
たとえ軽微な魔法付与しか出来なくても、あるのとないのとでは歴然の差がでる。格安素材に軽微な付与ならば、見習い冒険者でも買えるし、一般向けでも売り出せる。利益は計り知れない。
目のつけどころがいい。
しかし。
それを意気揚々と私に言う、語って聞かせたダッパスをその場で笑い飛ばさずにいた私を誉めて欲しいものだ。
ジュリをナメてると痛い目を見るが。
大丈夫か? 泣くなよ?
と、何度言いそうになったか。
そして案の定。
「なんだ、なんだよぉ! あいつ恐いぞ!」
「私の選んだ女だけのことはあるだろ?」
「お前恐くないのかよ?!」
「恐くないが? 面白いじゃないか。私はジュリの邪魔をする気がないし」
このダッパス、私の幼なじみなのだが、ギルドでジュリとは何度か会っている。異世界から召喚されてきたとき、マクラメ編み改め『ククマット編み』を登録するときなど、結構ジュリは冒険者ギルドには来る機会があり顔を合わせることも多かった。
気づいてはいた。ダッパスはあの手の女が苦手だと。
あれの妻を見ればわかる。貞淑で、夫の前に決して出ない、内助の功といったまさに女性らしい柔和な雰囲気の女だから。
一方、ジュリは異世界人ということ、そして元々の質として人との交流を苦手としない、芯が強い彼女だ。
ダッパスの苦手とする典型的なタイプなのだ。
そういえばダッパスはうちの母やルリアナも苦手としている。少し年の離れた妹は今勉学で王都の学校におり、ダッパスにしばらく会っていないがその妹のことすら苦手だったと思う。
しかし、今さらだが我が家の男は代々その手の女を娶ることが多い、そういう女が好きな家系だと聞かされて育ったが私も例外ではなかったらしい。
さて、あれから数日。
毎朝ギルドの職員が二人 《ハンドメイド・ジュリ》の工房に来ている。
初日はジュリの妥協を許さない指導にびくびくしていたようだが今では毎日楽しそうにやってきて毎日真剣に短い時間を無駄にしないようジュリから『ギジレジン』『ラデンモドキ』の扱いを教わっている。
それにしても。
「なにか?」
「いや、ジュリと彼等の作るものはどうしても違いがはっきりと分かってしまうなと思ってな」
「そうですか? 作りなれてないだけじゃないかと。ただ、私は固めて混ぜるだけに重点を置いてるわけじゃないですからね。商品として売るために見映えがどうしても先行するのでそのせいですよ。魔法付与のためじゃないですから」
私の手元には今朝ギルドの職員が作った十二個のペンダントトップがある。その隣には見本だろう、同じ色、同じ形のものが二つ。
全く違うのだ。
その美しさが。
無色透明のギジレジンにキラキラと輝く白いラデンモドキの細かい粒子が混ぜられたものが、並べられているのをみると一目瞭然だ。とにかく、違う。
「丁寧にしてるつもりなんでしょうけど、まだまだ見落としが。気泡がほら、結構入ってるんですよ。それを取り除くために針を使うのも教えてるんですけど、どうしても取り逃しがあるんですね」
私の隣でジュリが自分の作ったものとギルドの職員が作ったものをランプにかざす。
「あとは、擬似レジンに螺鈿もどきを加えるときも空気がなるべく入らないように少しずつ加えて確認しながら馴染ませないといけないので根気が必要ですし。かといって硬化材のルックの樹液を入れていないといっても時間がたてば固まる素材、徐々にその粘性は出てくるしモタモタしてると気泡も取り残しが増えてしまう。見た目もそれなりに求めるならあの人たちはギルドでもっと練習しないとダメですね。彼等の話だと私の店の物と比べられてクレームになりかねないって心配してましたから」
「だろうな。私ならギルドで魔法付与されたものを買わずにジュリから買って魔導師に頼んで付与してもらう。それにこの手間を考えればジュリの作るものとそう変わらない原価設定をして、そこに魔法付与するだろうな。同じ値なら好きなデザインで上質なものを選ぶ冒険者は多いと思う。ギルドだとそれなりに量産品になる、似たり寄ったりになるし、下手すればこの無色透明に白い螺鈿もどきを入れたものしか販売しないだろう」
そう、ギルドで買う気になれないな私なら。
恐らくギルドではスライムとかじり貝は大量に安定的に入手して量産品を考えているだろう。魔法付与が出来て売れて大きな収入源が手に入ればいいのだから。
しかし近くでこの高品質、デザイン性のあるものが手に入るなら? それなりに収入のある冒険者ならここで買う。間違いなく。
それに。
ジュリの作った物への魔法付与は以前ジュリから侯爵家にと提供されたものがあり、それがすでに成功している。
付与率百パーセントだ。
たぶんこれはジュリが【彼方からの使い】であることも関係していると私は思っている。
いい付与が出来たのだ。驚異的といってもいい。
個々の効果や強さはかなり差があったものの、それでも市場に出回れば最低でも数千リクルするものばかり出来上がった。
もちろんそれは私が我が家族と我が家で働く者たちのお守りとしてとっくに持たせているのだが。
その辺は口外しない。
ギルドがそれに気づいたら、どうするのか?
まぁ、どうしようもないだろう。
【選択の自由】に守られているジュリにどうこう出来る人間はいないのだから。
ギルドには教えないのか? と、言われそうだがそんなことはしない。それくらい独自で調査して試せないならギルドとしての力量を疑う。
最近、このベイフェルア国の冒険者ギルドはあまり評判がよろしくない。大陸全土に存在する巨大な組織の傘の下、大国のギルド、ギルド本部の上層部にベイフェルアの出身者多数、などの理由から幅を利かせ、支配的だと世間から非難され始めた。それを無視して動いている者も多いらしいが、ギルドの本部など一枚岩ではない、そう簡単に『ベイフェルアだから』という理由でいつまでもやれるわけがない。そのへん、ダッパスはわかっているのだろうか? わかっていないから、ジュリに対してあの態度だったのだろうが。
まあ、せいぜい頑張ってもらおう。幼なじみではあるが、本人が正しいと思ってやっていることにいちいち口出しはしない。互いに大人だ、責任ある行動をしていると信じている。
「しかし、魔法付与なんて、どんな魔法がつくんですかね? 私はいっさいがっさい魔法使えないので魔法の種類すらわかりませんけど」
「ジュリの作ったものならいいのがつくよ。周囲がそれにいつ気づくか兄と賭けをしている」
「……試してたんですか。さすがですね」
彼女が不敵に笑う。ギルドにはその話をしていないと気づいたのだろう。
こういうところがお気に入りだ。聡く、そしてしたたかなところ。
「ステータス補正が効くものがつきやすい。スライムとかじり貝の性質がそういうものと相性がいいのだろうな。回避率上昇とか、俊敏性上昇とか。最高クラスだと物理耐性と魔法攻撃への耐性が複合付与できる、それは極稀な例で、色付きスライムがその対象らしい。だが無色でもステータス補正がちゃんと付与できるよ」
「それって、すごいことなんですか?」
「ああ。属性系の一つの付与なら軽微なもので二百リクルくらいだな。二種の複合付与になるとどんな効果でも一気に跳ね上がり最低二千リクルは魔法付与の付加価値が付けられる。私が持っているものだと毒耐性と麻痺耐性でしかも効果が中クラスになる。それは最低でも一万リクルは上乗せされるだろうな」
「おおっ?! 魔法付与したもの凄い!! それ、うちの店で売っても法律に触れないんですかね?」
「それはちょっと難しい。武器や防具を扱う店だと販売が認められやすいが、ここはそういう店ではないし。ただ……『魔法付与成功率:高』と値札の横に書くなら問題ないはずだ。あとで確認してみよう。そういうものなら多少色をつけて販売しても金のある冒険者が買うんじゃないか? すぐは無理でもそういう付与を目的とした販売も検討してもいいかもしれないな」
そしてジュリは自分の世界。
「……ふ、ふふふふふふ。ふぇっへへへへ、冒険者かぁ。……魔物素材の糸で編めばレースもいけるんじゃない? 金持ってる冒険者相手の商売も検討の余地あり? クックック……利益率いい線いくんじゃない? そうだよねぇ、冒険者だって可愛いもの欲しいよねぇ、うへへっ、顧客獲得の幅が広がる? くふふふふ」
この笑いが始まると私の話も聞かなくなる。放っておこう。
ジュリにとって、魔法付与とはその程度である。
楽しく作りたいものを作る。そしてそれを売って金になればいいのだ。ジュリの夢は綺麗なもの、可愛いものを売って将来小金持ちババアになることだ。
魔法付与されたものがいかに冒険者の生存率をあげるのか、精神的安定に繋がり依頼達成の成功率を上げるのか、それらを総合して冒険者の生死をどれだけ左右するものか、そんなことを考えていない。というか、どうでもいいのだろう。
彼女は買った人間が喜んでくれるだけで満足するのだ。
もしかすると、そういった価値観だからこそ良いものを作り出せるのかもしれないが。
のちにジュリの作る一部のレア素材で作られるアクセサリーは冒険者や戦うことを生業とする者たちの間で『ジュリアクセ』と呼ばれ、闇取引で高額で売買され、それをめぐり大陸各地でトラブルや殺人が起こるのだが、それは私には関係のない話である。勝手にしろ、だな。
そして、ジュリには言わなかったが。
付与には相性がある。
とても重要なことだ。
離れて暮らす妹に持たせた、二つのネックレス。
ブルースライム、グリーンスライムにそれぞれ螺鈿もどきラメの装飾を施したもの。大きいゆえにジュリも加工に気を使ったというものだ。
二つとも魔法攻撃耐性と物理攻撃耐性が複合付与できた。しかも非常に効果の高い、『無効』に近い耐性が。
最も相性の悪い付与、いや、『ほぼ不可能』とされる付与が『ほぼ無効』で出来てしまった。
ちなみに、我が家の所有するものは付与したのがジュリと同じ【彼方からの使い】であり【称号:魔導師】をもつマイケルなので、ハルトいわく『それはヤバい組み合わせだわ!!』と笑うくらいの影響があったことは想像に難くない。
余談だが、魔法攻撃無効と物理攻撃無効が付与されたグリフォンの爪を加工し王杓に嵌め込まれているものはこの国の『国宝』に指定されている。
我が家では
「可愛いシャーメインに何かあっては困る!」
という父と兄の溺愛によって、『お守り』として妹に二つとも持たせることになった。一つでいいと思うのだが
「いいんじゃないかしら? それであの二人が納得するなら」
と、母はそう言い
「そうねぇ、シャーメインなら……青い方が似合いそう。緑も悪くないけれど服を選びそうだわ、何かいいデザインを考えてあげようかしら?」
と、ルリアナが言った。
こういう家族なので希少性など無意味である。
この辺がジュリに色々破綻している、と言われる所以だと、この時悟った。
チートかどうかは別として、ようやくジュリにも【彼方からの使い】らしい能力があると発覚です。
ジュリの能力は基本このように本人がチート、無双を自覚するような強烈なものではありません。
身の安全が保障されてる【神の守護】もってますのでチートと言っていいのでしょうが、彼女を遥かに上回る人が周囲にいるので『主人公はチート』と断言できません (笑)。
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