1 * ありそうでなかったよ
「うわぁ、さすが職人。凄いよライアス」
「これくらいならなんてことねぇさ」
「うれしー! これで編み物できるよ!!」
「……しかし、こんな短くて編み物なんて本当に出来るのか?」
「ふふふっ! 出来るんだよ、これが」
ことの起こりはフィンの為にレース編みで帽子をリメイクしてあげようって思ったこと。
余計な飾りは不要かな? って思ってフィンに確認したらいい案があるなら是非お願いしたいって許可も出たので意気揚々と久しぶりにレース編みを……。
カギ針が転移してなかった。
だよね、そうだよね。あの日買い込んだものじゃなかったから。テーブルに乗ってなかったから。
て、ことでフィンに借りようと思ったら。
「……それは、編み物する編み棒のことよね?」
あれ、なんか疑問符ついたぞ。
編み物の文化あるよね、うん、それは見れば分かる。セーターとかマフラーとか、編んで作られたものがあるから。
「えっと、カギ針」
「かぎ」
「そう、編み物する道具なんだけど」
「これじゃなくて?」
出てきたのは編み棒。よくある、真っ直ぐの二本セットのあれ。
なかった!!!
カギ編み文化なかった!!!
編み物は結構発展してると思うのよ、デザインけっこう色々あるし。だから当然カギ針で編むものもあると思ったら。
で、今に至る。
ライアスは金物職人として以前はこの地区の中央市場にある職人通りって呼ばれる場所に店を構えてたんだって。
息子さんたちが独立して、手のかかる子供はいなくなったし若いお弟子さんたちも成長して店を任せられるようになったから数年前に現場は離れて、今は自宅で修理専門でのんびりやってるそう。
確かに毎日人が訪れる。きっと腕のいい職人として有名なんだろうなって思うのは、来る人たちがライアスと話をしたあとホッとした、嬉しそうな顔をするから。大切な物を直したくても、職人の腕がなかったら仕上がりがおかしなことになるもんね。
私が絶望してるのをみて、ライアスがそりゃもう面倒くさそうに身を引いてたわ。フィンが私に変わってなんでそうなってるのか説明したら。
「ふーむ、聞く限り……難しい形はしてねぇな。一時的に使えるものでよければ、作ってみてもいいぞ?」
神の一声よ!!
「要は細い糸を引っかけられて、細かい穴を通れる細さのものだな? 長さはこれくらいでいいか?」
ライアスの自宅に併設してある工房。
私の説明を聞きながら、無数に存在する金属の長い棒を一本迷わず選び、大まかな形を聞きながらためらいなく専用の機械で切断。紙にカギの部分を描いて見せれば、それを見ながら、私の説明を聞きながら、熱しながら何度も叩いて微調整していく。
実は、この工房好きなんだよね。
金属を熱するための炉には常に高温の火。そのせいで工房は少し熱い。今は冬前、夏は熱くて息苦しいくらいだったけど、この中で寡黙に作業するライアスを見てることが多い。
物が出来上がる、再生されていくのを見るの、すきだなぁ。
そう思うから、ここはよくフラりと入り込んでライアスの邪魔にならないよう、道具の手入れを手伝ったり。
そんなことを考えてたら。
ライアスの手が止まった。
ソレを火挟みで挟んでしばしじっと見つめてから、煤けた、使い込んだ分厚い専用の手袋で掴んで私の方に向けてきた。
「ほら、これでどうだ」
そこには、まさしくカギ編み用のカギ針があった。
あのあと、ちょっと大変だった。
コーフンして私、素手で触ろうとしてライアスがびっくりして変な声だしてそれにびっくりして私も変な声が出て、それに驚いたフィンとお茶をしに来ていた近所のおばちゃんが駆け込んできて。
取り敢えず騒がせたので平謝りしたわ。
気を取り直して。
「さて。どうしようか」
レースの糸とデザインは決まってる、どうやって付けるか、だよね。
固くて厚い布となると、裁縫の才能が至って平凡な私にはちょっと難易度が高い。
幸い布用のボンドが手元にあるし、黒の布ならあるとフィンがくれた薄手の生地がある。細くリボン状にして、その上に縫い付けるくらいなら簡単だ。
穴の空いた場所はちょうどツバと本体の縫い目の所だから、そこを隠すように一周回してしまおう。
そうと決まれば速い。
久しぶりに編んでたら、気持ちが乗ってきた。
前はよくやってたなぁ、これでコースターつくったり、花瓶の下に敷くドイリーと呼ばれるものとか、それこそ今回のように編んで繋いでリボンのようにしたものを自在にアレンジ。
ハンドメイド作品を売買できるサイトによく出品してた。
売れるとうれしいし、なによりリピーターになってくれる人とかもいて、ほんとうに楽しかったな。
うん、懐かしいなぁ。
「うーん、出来た!!」
ハデな色は好まないらしいから、黒の糸で円形のなかに花模様が出来る小さな小さなデザインのものを連ねたレース。それを黒の布を簡単に貼り合わせて作ったリボンに縫い付ければ、うん、なかなかの出来映え。
布用接着剤、あなたは天才。カギ編み以外に目が向かなかった私の最強クラスの助っ人です。
取り敢えず穴が広がらないように、そこに接着剤を多目につけてから、丁寧に、ずれないように貼り付ける。
繋ぎ目はそのままじゃ格好悪いから同じデザインの大きめのものを3つ重ねるように張り付けて、補強も兼ねてレース同士をちょっと縫い合わせて。
「うむ、なかなかの出来じゃない? 小さいレース編みは汎用性が高いよね、これ、服のリメイクにも使えるからフィンに多目に作ってわたそうっと」
感動されました。
「すごいわね!! これ、ほんとうにいいの?!刺繍したみたいに大きさも形も揃ってるじゃない。はぁ、これがあの帽子だなんて」
「ほぉ、なるほど、こいつはすごい。確かにこんなに繊細な編み物ならあの棒じゃなきゃできねえんだろうな……しかし、ほんとうに刺繍見てえだな。たいしたものだ」
フィンは被って鏡の前で驚きと嬉しさを滲ませた笑顔で何度も向きをかえて帽子を見ている。
ライアスはレースを見てぶつぶつなにかずっと言ってる。
……。
あれ、これ、もしかして売れるんじゃない?
只今絶賛無職の私。
内職っぽく、これ編んで売り出したらいい線いけるかも?
せめて小遣いくらい稼ぎたいよね。侯爵様の保護はありがたいけど肩身狭くて欲しいものとか買えなかったし。
「売れるわよ! こんな編み方どこにもないもの」
「そう? やっぱり、売れる?」
「間違いなく、売れるな。刺繍と違って、付け替えも可能だしな。使い方によっては色々出来そうだ」
「うん、時間と手間さえ惜しまなければテーブルクロスもつくれるし、小物に応用するならかなり色々つくれるし。あ、フィンの帽子のレースと同じものと、色違い、それからデザインの違うものも作るね」
「ええっ?! そんなに!!」
「いつもお世話になってるしね。ライアスにはレース編みでも結んで編んでいくものもあるからそれで帽子の飾りとか、男の人も付けれるようなのもあるから作るね」
「……そうか、ありがとな」
「んふふっ! 普段お世話になってるからね! 近所のおばちゃんおっちゃんに自慢できるようなのも作るから期待してて」
というわけで、ものつくり開始。