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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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36 * 地雷

過去一の鬱展開です。そして文字も多いです。


※別の話で今回の内容に触れることがありますので、不安な方はこちらは読み飛ばし、後日内容を確認もしくは『これかな?』と察した上でご理解頂いてから読むかどうか判断していただければと思います。

 



 この世界に召喚されて、商売を始めてから『悪意』に晒される機会は徐々に増えていったし、グレイと結婚してからは伯爵夫人というその地位に嫉妬する女性たちからも向けられることはあったので増えることはあれど減ることはないと最近は諦めていた。

 慣れることはない向けられる『悪意』。それでも何とか緩和する楽しいことや嬉しいことも多いおかげで今まで心の平穏は保たれていたし、均衡も取れていたと思っている。

 思っている、というよりは、実際にそう感じ生活してきた。

 だから冒険者ギルドからの無茶な要求が発端となって一度心が折れた以降は、私を大きく揺るがす事はなかったと言ってもいい。


 だからというわけではないけれど。


 このタイミングで、状況で、私には決して自分が言い返せない『正論の悪意』を向けられて、私は足元から自分の存在が、価値が、崩れるのをいとも容易く感じることになる。


 さらには、近頃ふとした時に頭を過ぎっていた考えがはっきりと形になって私の心を埋め尽くし、『決心』が明確な形となって私を動かすことになる。













 王女が帰国する。


 そのためのクノーマス侯爵家での夜会は日本で言うなら送迎会に当たるものだと思う。

 果たして基本無視、もしくは敵意を向けられている私が行く意味はあるのかと思うけれど、立場的に行かないわけにはいかないため仕方ないと割り切って準備を進めた。

「帰るってことは、グレイセル様やエイジェリン様のこと諦めてくれたってこと?」

 キリアは王女が帰ると聞いただけでそれはそれは嬉しそうに声を弾ませた。でもその質問に私は曖昧にしか答えられなかった。

「そういうわけではないらしいのよ」

「は?」

「カッセル国の建国祭があるんだって。国を挙げての盛大なお祝いがあるからそのために帰るって」

「じゃあ、まさかまた来るの?」

「さあ……。でも、次来る時はカッセル国の王宮務めの侍女をもっと連れて来る、とか言ってるみたいだから」

「本気でお二人どちらかの第二夫人になるつもりなの?!」

 そんなの私が聞きたい、って笑って言ったつもりだった。

 でも、キリアがグッと喉を詰まらせるように一瞬息を飲み込んでから、『ごめん……』とまるで失言でもしたかのように顔を強張らせた。


 何となく、こんな感じで最近はお店の雰囲気もちょっとしたことでギスギスしてしまう。原因は私なんだけどね、私がもっと余裕を持って堂々としていられればいいんだけれど、そんなに出来のいい女ではなくて。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、それでも夜会に出席するため私はクノーマス侯爵家へと向かった。


 侯爵家に到着した際、グレイが出迎える筈が少々トラブルが起こっているとかで、執事長が出迎えてくれた。まあどうせ王女絡みだろうなと冷めた感情でそんな事を思いながら一緒に来たローツさんとセティアさんと共に会場に向かい、そこではロディムと久しぶりに帰ってきていたシイちゃん、ツィーダム侯爵夫妻、前ナグレイズ子爵夫妻などと合流して夜会開始の合図の音楽が流れる前の一時を談笑しながら過ごす。

「……グレイセル様、遅いな」

 不意にローツさんがポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。

「確かに」

 私もそう感じ、ローツさんの時計を覗きこむ。この屋敷で行われることであればお手伝いをすることがあるし、私は同伴してくれなくても勝手知ったる侯爵家、一人で来ることに抵抗もないのでこんなことはあまり気になることではない。でも、開始前には必ず短い時間でも一度は合流するグレイが来ない事にちょっとした違和感を感じ取る。


 そう。違和感。

 最近の出来事の積み重ねで私の中には『不信』という名の膿が確かに生まれてそれが簡単に違和感を見逃さずベッタリと纏わりついて心の底に貼り付ける。

 その膿は王女に対してだけでなく、夫である、最も信頼するグレイに対しても、侯爵家に対しても最近は容易く生み出す要因になっていた。


 だからその違和感を見つけたのかと、拭えずこびりつかせたのかと後に理解することになる。


「俺が確認してくるよ」

「え、いいよ私が行ってくるから」

「ジュリはそのまま皆といてくれ。ドレスで動き回るの大変だろ?」

 ローツさんがその言葉と共に既に歩きだしていたので止める間もなくその背を見送ることになった。

(まあ、ここはお言葉に甘えよ。ドレスで動くの確かに辛いしね)

 そんなことを考えながら談笑しているとそれぞれが知人を見つけて挨拶をしに行くことになり、私とセティアさんだけになったので私はこれ幸いと息を吐き出す。

「バタバタしたまま来たから喉乾いたぁ。飲まなきゃやってられないわ」

「フフッ、この時間が辛かったりしますよね。始まるまでは飲み物に手を付ける方も少ないですから」

「そうなんだよねぇ、あ、セティアさんは大丈夫?」

 なんて会話で二人でちょっと気を緩めていたのを見ていたんだと思う。

 私の周りに、私を守る人がいなくなるのを、待っていた。


 その時を虎視眈々と狙っていたその人は、集まる人々の目に映りにくくするためか、壁にそって静かに近づいて来た。

 最初に気づいたのはセティアさん。彼女が急に顔から笑顔を消し去って私の肩越しに何かを見ている事に気付いて振り向くと、セティアさんはスッと歩を進めさり気なく私に並んだ。それにも驚いたけれど彼女が視線で追っている人物に、私はちょっとの驚きと一抹の不安、そして『不快感』をすぐに心に生み出していた。


「お寛ぎのところ申し訳ございませんが、王女がお話をされたいと申しております」


 王女と共に私を『平民』だと卑下する目で見る。筆頭侍女だという女は、いつも通りその目で私を見て、変わらぬエセ臭い笑顔でそう告げた。













「王女様はどちらに?」

 セティアさんが珍しく強気だ。

「王女様がお呼びだと仰るのであなたに従いここにきました、どういうことですか?」

「たかが男爵夫人が、まさかそのような事を私に言うとは恐れ入りました。それにあなたは呼んでおりませんが?」

 セティアさんに対してあからさまに鼻で笑い口角を上げて見せる筆頭侍女。

「ジュリさんを一人にしないようにと侯爵家、伯爵から言われております。それに従っているまで、ご不快ならまずは侯爵家と伯爵にその旨をお伝え下さい、許可が降りたならば私も速やかに下がります。それに、あなたは男爵の妻である私にそのような事を言える身分なのでしょうか? 少なくとも貴族家出身だとか、王族の傍系だとか、そういうご身分ならば私が知らないわけがないのですが」

 セティアさんの反撃に、あからさまに不愉快そうに僅かに顎を上げた。

 常々思う。この女、とにかく態度が悪い。笑顔ではあるけれどそれは表面だけで、この態度は 《ハンドメイド・ジュリ》関連の人達だけに留まらず色んな所で評判が悪い。

 言い方は悪いけど、あの王女にこの侍女あり、という人もいる程に。セティアさんの言う通り、この侍女には『家』という確固たる地位がないと聞いている。それなのにこんな態度。王族に仕えている事を偉いと勘違いしているのは間違いない。偉いのではなく光栄なこと、そう言っていたのは誰だったか忘れたけれど、そんなことすら通用しないんだなと思うと相手にするだけで疲労が押し寄せる。


「王女はあなたのような下賤の者と直接お話をしたくないとのことです」

 出た。

 下賤だって。

 びっくりよ、これでも私は一応侯爵家の一員として認められているし【彼方からの使い】としてヒタンリ国から正式な後ろ盾を得た。公の場で下賤なんて言われる立場ではなくなった。そもそも伯爵夫人となってからは、私にそんなことを言えばグレイを侮辱することになり、さらには侯爵家を侮辱することにもなる。場合によっては中立派全体を敵に回す可能性、そしてハルトたち【彼方からの使い】すら敵に回すこともありえる。というか、そんな言葉を使う人自体が珍しいのに。

「ですから私が王女の言葉を伝えます」

 意図してそうしているのか、無意識か、私には分からない。それでも目の前にいる侍女の目は確かに私とセティアさんに対して自分よりも劣る人間を見るような目を向けてくる。


 侯爵家のテラス。

 室内からの賑やかな声と光がぼんやりと柔らかく伝わるその空間。


「あなたほど伯爵夫人として相応しくない女はいません。すぐにでも伯爵夫人のその座を退きなさい」


 細められた目は、明らかに嘲笑が滲んだ。


「せっかく新興した伯爵家の妻が子を産めない? なんて嘆かわしい。領を受け継ぐ跡取りが伯爵にいないなど誰が許しますか? 貴族である伯爵の、紛う事なき伯爵の血を受け継ぐ嫡子が必要です。子を産めぬあなたでは領主の妻には相応しくありません。身の程知らずはさっさと消えなさい。伯爵にはカッセル国の高貴な血を持つ子が必要です、間違いなくあなたは必要ありませんよ」












 ああ、そのことを言うのか。












「な、なんてことを!!」

 悲鳴にも似たセティアさんの声が、一瞬まるで他人事のように何処か遠くで聞こえたような錯覚に陥っていた私を現実に引き戻す。

「あなたもです、男爵の妻の座に収まっておきながら、未だ一人の子も成しておらず。女としての役割を放棄し、ただ夫の財でのうのうと暮らすだけではありませんか。かつては伯爵家の娘だったようですが、それでは実家に絶縁もされましょう、役立たずなんですから。あなたよりずっと相応しい女性をカッセル王家なら男爵に紹介出来ますからあなたもさっさとその座を降りると宜しいですよ。それに……あなたたちより若く健康な女性はいくらでもいます。見苦しいんですよ、本当にあなた達は」


 こいつ。

 セティアさんにまで。


 一気に怒りが込み上げる。


「それが王女の言葉?」


 私の顔は、どういう顔をしていたのか。

 侍女がセティアさんからそらした目を私に向けた時、彼女がびくりと初めて怯むような反応を見せた。

「もう一度聞くけど、それが王女とあんたと、カッセル王家の、意思と言葉?」

「それがなんだというのです」

「答えろ、あんたらカッセル国の意思なのかって聞いてんだよ!」

 語気を強めるとさらに侍女は顔を強張らせたけれど、顔を引き攣らせながらもまた強気にこちらを不快な笑みを浮かべて見てくる。

「と、とにかく、あなたは伯爵夫人として相応しくありません。しかし猶予を差し上げると王女は仰っております、王女が第一夫人として収まり子を成すことを認めれば今まで通り 《ハンドメイド・ジュリ》の商長として働くとこを許します。それが嫌なら離婚して全てを手放し―――」


「ハルト!! リンファ!!」


 侍女の話を強制的に遮る私の叫び。

 そして私はセティアさんの肩を抱く。

「子を成すとか成さないとか、安易に言葉にしないほうがいいよ。今まだ公表してないだけでセティアさんのお腹にはローツさんの子供が、確かに男爵の子供がいる」

 私の叫びとその発言に、侍女が顔を歪めた。

「あんたね、今その男爵の子を身籠っている夫人を侮辱したんだよ。それだけじゃなく、発言全部が間違いなく男爵の怒りを買う。そんな奴から紹介される女を妻に迎えるほど馬鹿な男じゃないよ。それと、私はいい、どうせ産めないだろうから。でも、覚悟しろ、権力がそれを許すと言うなら、今私達が聞かされた言葉に対する報復をされても文句は言わせない。……マジで覚悟しろ、今あんたが言ったこと、あれはあんた達が敵に回すのは私だけじゃないってことだからな」


 ブワリ、空気が揺れた。

「どした?」

「何かあったの?」

 ヒッ!!と侍女が悲鳴をあげたのは、人が突然現れたからではなく。

【彼方からの使い】が私の傍に降り立ったから。最近の私の周囲のおかしさに心配して今日の夜会に二人も来てくれていた。何かあったら直ぐに呼んでくれていいと、頼ってくれていいと言ってくれた心強い二人の友。


「喧嘩売られた」

「なに?」

「……そうなの?」

「買う。だから手を貸して。卑怯だとなんだと罵られてもこの際構わない、この喧嘩だけは、絶対に負けてやるつもりはない、絶対」


 ホント、私はどんな顔をしてたんだろう。

 私に肩を抱かれていたセティアさんが私の手を退けると私の顔を隠すように両腕で抱えるように包み込んで。

 ハルトは、私の頭を撫でた。

 リンファは、そんな私達の前に躍り出る。


 なぜだろう。


 この時。


 グレイを呼べなかった。


 なんだか、私の今の状況よりも、優先することがあるような気がして、それが私の今の気持ちを逆撫ですることのような予感がして、呼べなかった。


「何を言ったの?」

「……あ、あの……」

 リンファの人を意図的に圧倒する気配が放たれるのが見えない私にも伝わってくる。それだけじゃない、この侍女は現れた二人が誰なのかちゃんと知っているのだろう、急に小さくなった声が震えていた。

「喧嘩を売ったんでしょ? ひよってないで、教えなさい?」

 侍女が後ずさる音が聞こえた。

「……答えないの? じゃあ、セティア、教えて?」

「……子を産めぬあなたは、伯爵の妻に、相応しくない、と」

 セティアさん、泣いてる?

 だめだよ、お腹の赤ちゃんに悪いよ。

 ごめんね、私と一緒にいたせいで。

「しかもっ、第一夫人は王女がなり、子を生むから、と」

「ハルト」

「ん?」

「セティアさんね、妊娠してるから」

「!!」

「こんなの、見せたくない聞かせたくない。ここから連れ出してあげて」

「分かった」

「いいえ、いいえ、私はジュリさんとっ」

「セティア、行くぞ」

『ジュリさん!!』という悲痛な声と共に、ハルトがセティアさんと共にその場から消えた。


 残された私。

 顔が上げられず、ただただ足元を見つめる。

 よかった。

 涙は出ていない。

 目も涙で滲んでもない。

 でも、顔をあげられない。


 一瞬の静寂。

 張り詰める空気。


「……つまり」

 リンファの、凛とした声がやけに響く。

「ジュリに代わってグレイセルの子供をあの小娘が生むからジュリは邪魔ってこと?」

 侍女の浅い、息遣いが聞こえる。焦りと恐怖が呼吸を困難にさせているのが伝わってくる。


「子を産めないから相応しくない、ねぇ。……私も出来ないわね、子供。あなたの言い分だと、私も相応しくっないってことね、愛するセイレックの妻に相応しくないのね、女として価値がないってことね」

「いえっ、そのようなことでは」

「どのようなこと?」

「それは、その」

「違うの? 説明して? 私が納得出来るように説明をして? 子供のいないハルト、ジュリ、そして私が笑顔で納得出来る説明して? ねえ、バールスレイド礼皇でありながら、その子孫を残せずにいる私やロビエラム国の英雄である、国民から絶大な支持を受けながらもそれを引き継がせる子供がいないハルトがなんの疑問も持たない納得できる説明をしてみせて? 子供が出来ずとも共に生きる世の中の夫婦が納得する説明しなさいな」


 リンファの声が響く。


 他の音が遮断されているかのように。


 そんな中。


 いない。


 いつも側で守ってくれたのに。


 今日は、いない。


 いつもは何かを察して呼ばなくても来てくれるのに。


 グレイ。


 いま、何してる?


 ねえ、グレイ。


 ねぇ。


 なんで。


 そばに、いないの。

 呼べない私も悪いけど。













 声が出ない。


 それでも、心はその名前を何度も呼んでいる。


 グレイ。


 と。


 心は叫んでいるのに。


 どうしても、呼べなかった。


 なんでだろう。



すみません、まだ鬱展開続きます。

もうしばらくこの暗さにお付き合いください。


この話、書いている時本当に挫けそうでした……。

これを抜いてもお話は構築出来るかもしれないと考えた時期もありました。でも、ジュリの心を抉るように傷つける反面、怒りの限界を一瞬で突破して報復、復讐に心が傾く瞬間はどうしたら? と悩んだ末、この話が出来上がりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全ての彼方からの使いを敵に回したな
[一言] 是非とも私も納得のいく説明を求むぞ、たかが侍女の分際で╲(ОДО♯)怒
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