36 * それぞれの、事情
いつも誤字報告や感想ありがとうございます。
励みになっております!!
相変わらず鬱展開です。
―――エイジェリン・クノーマスの語り―――
邪魔な女だな、彼女への印象はただその一言に尽きる。
確かに綺麗顔かもしれないが、絶世の美女ではないし、印象的で人の記憶に残りやすいというわけでもない。
そして、どうやって育てたらこんな大人になるのだろうと本気で彼女の両親に聞いてみたい。
国が養子に迎えたほどだ、さぞ賢く策略に長けているからこちらに送り込んで来たのかと警戒したのに。
「これ、なに? こんなの美味しいと思ってあなた達は食べているの?」
自分は王女だ、もてなされて当然だという言動なのでそれ相応の晩餐の席を用意したが、驚いた。
出された前菜の味が気に入らなかったらしい。二口食べたらそう言って。まあ、そこまでは許そう、ただ普通の令嬢なら他の言い回しで好みではないとか、これ以上食べられないと伝えてくるが。ギョッとしたのはその直後。フォークでその気に入らない料理が盛られた皿をカツカツと結構な音が出るほど打ち付け始めたのだ。これには笑顔を貼付け対応していた母もギョッとする。フォークで皿を叩く行為は正式な晩餐の形式を取った食事の席では意味があるからだ。ただし小さくコンコンと二度、後ろに控える執事や侍女に聞こえる程度にだが。
『美味しいからレシピ教えてもらって』
もっと食べたいと思っても晩餐会となれば全て決まった量とメニュー、おかわりを頼んだり出来ないししてはならない。それを何とか伝えるための、それでも決して褒められることではないルールというか暗黙の了解だ。そもそも音を立てるような食器の使い方は宜しくない、とされるのだから。かつて有名な料理人が出したメインディッシュが余りにも美味しすぎてその晩餐会でコンコンと合図を送る紳士淑女のその音が多すぎて、貴賓の一人があまりの煩わしさに以降自分の主催する晩餐会では禁止すると宣言したという実話がある。それだけ食器を叩く行為は食事を妨げる不快な音として認識されており、現在は二度カトラリーで食器を叩くというその行為すらほとんど見かけなくなった。ちなみにこれは大陸共通。
「うーん、味が薄いしパッとしないのよ、明日はこれじゃないのを出してくださる?」
その発言とまだ皿を叩くのを見て、ああ、知らないのだなと確信した。マナーを知らないだけでなく食器を叩く行為自体が彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。そして侯爵家が正式な晩餐の席で二日続けて同じ前菜を出すなんてあり得ないのだが。
我が儘に育てられた、ということだろうか?
……少なくともベイフェルア国内で正式な晩餐の席に呼ばれる爵位のある家の子息令嬢では見たことがない。
初日の晩餐でそれである。ついでに言うと、今まで食べ方について注意を殆ど受けてこなかったのか、上品とは言えない食べ方だったし姿勢も度々椅子に深く凭れたり肘をテーブルについてワインを飲んだりと、正直視界に入れたくない酷いものだった。
それが既に数日。
こんなことが続くとどんなに我が家の料理人が丹精込め作った素晴らしい料理でも、美味しいとは感じなくなってしまう。今晩は眠る息子の顔を酒の肴にルリアナと部屋で夜食を食べることにする。
「さて、二度とクノーマス領に来たくないと思わせて自分から逃げ出してもらうには、いつがいいかな」
―――サリエ王女の護衛の語り―――
なんで俺がバカ女の護衛なんだ!
大臣の娘だ? 王家に養子として迎えられた? それがなんだ、全然王女らしくないじゃないか。
「ねえ、ククマットに行ってまたどこかの店の店主なり自警団の奴らを斬ってよ」
「はっ?」
「……なによ」
「あ、いえ、失礼いたしました」
「あそこの住人の態度、不愉快なのよ。この私が言ってるのよ? それなのに全部契約だとか時間がかかるだとか言って。私は王女なのよ、あんな平民共にとやかく言われる女じゃないの」
「……」
「だからね、次にまた反抗的な時は今度こそ首、斬首しなさいよ? それがあんたのお仕事」
大臣の娘だからと頼まれた。頼んで来たのは陛下の弟君である王弟殿下。
俺は陛下と正妃様の御息女、正真正銘王女の護衛として既に五年、真面目に励んで来た。平民出身の俺だけど剣の技術を認められ正妃様のお父君から直接御息女様の護衛にと王家に推薦してもらえて、そうして今まで王家に忠誠を誓い仕えてきたのに。
正妃様のご実家が国でも有数の商家で正妃様ご自身も厳しい教育下でお育ちになり、後継者にもなれるとご両親が自慢するお方。王弟殿下はそれが気に入らないんだ。自分に有利な話を通そうとしても、それが陛下にとって果たして良いことなのかと疑問を感じると正妃様がいつもお止めになるからだ。陛下も正妃様のその勘と培った商才を信頼していて決して助言を無碍にしたりしない。
ところが、今回。
何故か言い包められた。
正妃様が王弟殿下からの『提案』を、受け入れてしまったんだ。
「サリエ王女がクノーマス次期侯爵と伯爵を必ず射止める自信があるそうだ、それなら王家としてちゃんと送り出してあげるべきだろう」
そう言ったらしい。そしてその時。
「是非正妃様のお父上がお認めになられている御息女様の護衛をお貸し頂きたい。彼ならきっと立派に護衛として務めを果たすでしょう」
と。
思惑蔓延る後宮。御息女さまだけでなく正妃様の身を案じて俺が送り込まれたのに。
それを理解されている正妃様なのに。
あっさりと了承したと。
何かの間違いだと思い正妃様のお父上、お館様に密かに確認したのだが事実だった。これにはご家族が頭を抱えていると馴染の使用人も手紙で教えてくれて。
正妃様にも確認したが、曖昧に笑って『それでいいと思ったのよ』と言葉を返されて。この時、感じたのは違和感。
けれど拒否をする時間も違和感が何なのか調べる時間も取れないまま、俺はベイフェルア国へ向かう馬車の横に騎馬を並べ王宮から離れることになった。
いつからだ?
何か、おかしい。
そう言えばこのバカ女も以前と変わった気がする。
そもそも以前クノーマス侯爵家から交渉の為に揃って御子息が王宮に足を踏み入れた時、あの時王家の思惑として女たちを帰る時に一人でも押し付けられればと未婚の王女達がズラリと並ばせられたが。
(……少なくともあの時。バカ女は興味無さげだった。立ち位置も他の王女や女が競って前に出ようとしていたのに、バカ女は後ろの方で仲の良い女とコソコソ喋っているだけだったな)
侯爵家の御子息お二人が帰国する直前もだ。最後の最後まで媚び諂らい追いかけようとする女達の中にいなかった。バカ女はその時実の父親である大臣にねだって王宮に宝飾品を扱う商人を呼んで他の女や使用人を集めて賑やかに過ごしていたはずだ。
(正妃様に、いや……ご実家、お館様にご相談するべきか)
何が自分にこれほどまで違和感を与えているのかまるで見当がつかない。だが、放って置くのも、怖いな。
「ちょっと! 聞いてるの?!」
金切声にハッとして。
バカ女がドレスの裾が捲れるのもお構いなく俺の足の脛を蹴り上げる。まともな運動もしない女に蹴られても痛くも痒くもないが、この横暴さと下品さには堪える。
「これだから平民は! 誰のお陰で私の護衛が出来てると思ってるの?!」
……ったく、うるせえな。
お前も平民だろう。国に貴族家はたった五家でしかも歴史も一番長くてたった数十年でそこ出身でもないだろう、父親が大臣じゃなければここにはいなかったんだよ。
ああ面倒くさい。
いつ帰れるんだ?
いっそのこと、置き去りにしたいくらいだ。
なんでこんな女が国外に出るのを許したんだ、全然理解できない。
そういえば、切りつけた男は大丈夫だったろうか。
命令とはいえ、気分の良い仕事じゃなかった。そもそもあんな馬鹿げた理由でなんで切れなんて言えるんだ。俺は恨まれてるだろう、もう、この任務が終わっても二度とこの地には入れない。それくらいのことをしたんだ、仕方ないの一言では済まされないことをした自覚はある。でもあそこで逆らうわけににはいかなかった。俺が拒否してもし本国のお館様や正妃様、御息女様にその報復をされたら、それこそ俺は生きていられない。
ああ、もう帰りたい。
王女なんて名ばかりのバカ女を帰る時に何処か魔物の多い土地に置き去りに……。
駄目だな、最近気分が悪くなることばかり起きるから余計なことまで考えるようになって。
―――ルリアナ・クノーマスの語り―――
王女は子供が嫌いらしい。
ウェルガルトの泣き声にあからさまに不快な顔をし目を細めて見下ろして。
子供が嫌いなのに、エッジ様やグレイセルの子供は生みたいようで、この屋敷に滞在してからずっと二人には第二夫人が必要だと声高に屋敷の者たちの前で言っている。
しかも信じられない事に自分ならどちらの子供も産める健康な体だと発言したそうで、お義母様が今まで見せたことがない形相でこめかみに青筋を浮き立てたと執事長が教えてくれた。
「お義母様、お疲れでしょう、明日からは私が王女のおもてなしをします」
「ルリアナ、ありがとう。でも大丈夫よ、貴方はウェルガルトの傍にいてあげて」
ここ数日で疲労が確実に溜まったお義母様は、夜も心配事が尽きないのか薄っすらと目の下にクマを作り、少しだけやつれてしまった。守られてばかりいられないと私が今度はと思ったけれど、お義母様にだけでなくエッジ様にも止められた。
何となく、罪悪感のようなもので心が埋められそうになりながら、それでも私に出来ることは無いだろうかと努めて冷静に状況を見ておくしかない。
「……なかなか良いものを揃えておりますね」
言葉に引っかかりのある言い方をするのは王女の筆頭侍女と名乗る女性。
突然、私やお義母様のドレスや宝飾品を見たいと執事長に願い出て来たと相談を受けて私が対応することになった。今日は朝から先日のククマットでのことでお義父様とお義母様は揃って被害のあったマリ石鹸店や自警団のルビン、そしてその近隣へ見舞いに朝から出かけている。エッジ様はかねてから予定があって変更が難しいヒタンリ国からの使者と共にトミレア地区の視察に同行している。そしてグレイセルは王女にせがまれまたククマットへ。
そんな中での筆頭侍女からの申し出だった。
そして執事長他、侍女長にお針子三人、他ドレスの管理担当の侍女たちを従え私がドレスルームに案内したのだけれど、この反応。
ジュリが私達のドレスへのアドバイスだけでなくデザインの提供をしてくれるようになってから我が家のドレスルームは大袈裟でも何でもなく、恐らくベイフェルア国内一の質と量になった自負がある。以前アストハルア公爵夫人を案内した時に羨望の眼差しと賛辞を頂いたことから、ここは私とお義母様の自慢の一つにもなった場所。何よりここにはこだわりの強いジュリのドレスも何着か預かっていて、担当するお針子も最先端のドレスを縫えるその栄誉に誇りを持っている場所。
部屋を埋め尽くさんとするそのドレスを見て、『なかなか良い』の言葉を放った筆頭侍女に笑顔とは裏腹に冷たい視線を送るのはお針子たち。
「これはどなたのドレスですか?」
「私のものよ。春を意識した淡い色合いで軽やかな仕立てにしたの」
「なるほど、こちらは?」
「これはジュリのもの、彼女はあまり淡い色を好まないからハッキリとした色のものが多いの」
「そうですか、ではこちらは?」
「お義母様のお気に入りの一つよ、この色にするため染料から開発したの。これ程上品な青紫色はなかなかお目にかかれないと思うわ」
褒めるでもなく、単に品定めをしている、そんな言葉と目をしている筆頭侍女。一通り説明が終わってそんな彼女が放った言葉に啞然とする。
「王女が袖を通すに相応しい出来映えのものが多いようで安心しました」
え?
全員がそんな顔をしてしまい、その空気が筆頭侍女に伝わったようで、彼女はわずかに顔を歪める。
「何か?」
何か、とは。
ああ、なるほど。
既にこの筆頭侍女の中では王女がこのクノーマス家に嫁いできて、『女主人』になることは確定しているということね。
「……お気に召したかしら? ここにいる間に一着でも作らせる時間があるようなら是非私からプレゼントさせて頂きたいけれど。直ぐに作れるものではないから間に合わないわね、でき次第カッセル王宮へお送りするわ」
思い切り牽制してみたら。
何なのかしら、この筆頭侍女は。
牽制されると思っても見なかったのか、用意していた返す言葉が相応しいものがなかったのか、また不快そうに顔を歪める。ここまで表情をあからさまに人に見せる侍女も初めて見るのである意味新鮮に感じてしまいついしっかり見てしまう。
「……いえ、お気遣いだけ頂戴致します」
「そう? 遠慮なく言って頂戴、クノーマス家は王女様のご滞在中はベイフェルア国内でも自慢出来るおもてなしをさせていただくわ。ご帰国された時にお帰りを待つ皆様へのお土産話になるようにね」
本来ならゴールデンウィークスペシャルの時期なのですが、連日更新するのが精神的にしんどい! ので、今回は通常更新のままで進めさせて頂きます、ご了承下さいませ。
ものつくりもせず、まだなの?!と思いつつ、読者様もしんどいですよね、分かっているのですがどうぞ今暫くお付き合い下さい。
そういえば、一昨年の今頃も鬱展開 (覇王騒ぎ)だった……。




