35 * 屋台村と化したそこは幼児化した大人で溢れる。
「こちらは綿あめだよー! 砂糖をフワフワにしたお菓子! 口で直ぐに溶ける不思議なお菓子! あ、保存効きませんよ、萎んでベタベタになるだけです、さっさと見た目に感動出来るうちに食べてくださいねー!」
「りんご飴でーす。飴は硬めなので歯に自信が無い人は噛まないようにお願いしまーす。歯が折れても責任取りませーん」
「具沢山のスープはいかがですかー、クノーマス侯爵様からご提供頂いた魚介たっぷりですよー、普段こんな贅沢なスープ出せませーん。今日限りでーす、死ぬ前にもう一度食べたいと思える味になってまーす」
「パウンドケーキ美味しいですよ! ドライフルーツたっぷりです、バミス法国、ヒタンリ国、ロビエラム国でしか取れないフルーツも入ってます! 持ち帰りもできますからね! ちなみに日持ちします、旦那や家族に内緒で夜中に食べると最高に美味しい罪深い味です!」
微妙な呼び込みが度々聞こえるククマット自警団訓練場。飲食系の屋台は普段から市場や人の集まるところで屋台を出しているお店にお願いし、うちとクノーマス侯爵家で補助金たっぷり出すからケチらず思う存分美味しいものを提供して! とのお願いを叶えてもらった。魚介たっぷりブイヤベースに、和牛ことブラックホーンブルさんの串焼き、ジューシーな腸詰め肉と野菜たっぷりのホットドッグ、持ち帰りオッケーで超貴重なバールスレイド産氷ブドウのドライフルーツがはいってるかも?! なパウンドケーキにクッキー詰め合わせ、そして他にはカット果物の盛り合わせに、ワイン飲み比べセットや新鮮フルーツジュースなど、綿あめとりんご飴がなくてもよかったかも……と思うラインナップなので一箇所に人が集まりすぎるなんてこともない。
今日は『 《ハンドメイド・ジュリ》感謝祭』第一回として試験的な意味もあったけどこういうイベントの計画や実行になれた従業員なので慌てることなく実にスムーズに今日を迎えた。
会場の入口直ぐと奥にそれぞれ『感謝』の石碑を設置、来場者たちはそこでいつでも神様に日々の健康や安全を感謝し祈ることが出来るようになっている。こういう神様への信仰心を大事にするだけでも普段出てこない人達が行ってみようかという気持ちになることも考慮しての開催。神殿や修道院に行かないとお祈りできる場所がないという地域も少なくない中で、こうして石碑を置き神様に祈れるというのはこの世界の人達にとってはとても大事でありがたいこと。それを利用していることに多少の罪悪感はあるものの、良いことをしていると割り切ってこれからもこうして石碑を使えればと思ったりする。
ゲーム感覚で楽しめる屋台は板に書かれた景品 (お菓子)が貰える輪ゴム射的の他にハズレくじなしのイベントでもよく出店している武具が描かれたバッチかヘアピンなどがもらえる二種類のくじ、三回の点数合計で石鹸やバスボール・バスソルトが貰える輪投げ、大人でも両手で抱えるほど大きなクッションサイコロを二回投げて出た目の合計分小袋詰にされた塩や砂糖が貰えるサイコロ転がし。
想定外なのは、子供たちと同じレベルで盛り上がる大人たち。子連れで参加の内職さんの一人はサイコロで合計の最大値である十二を出して歓喜のガッツポーズをし子供たちも大喜びで拍手していた。
「大人の方が満喫してるな」
グレイは各所ではしゃいだり陽気な姿をさらす大人たちを眺めたまらず笑い出す。
「感謝祭というより御祝い事のような明るさだ」
「それなら狙い通りじゃない?」
大人は十枚綴り、子供は五枚綴りの回数券。それぞれが何をしようか何を食べようかと目移りしながら悩んで笑ってやっぱり悩んでを繰り返す。
訳ありのシングルマザーは二人の子供に自分の回数券を分け与え、めいっぱいの笑顔で喜ぶ子供とまずは美味しいものを食べようと屋台を見て回る。
普段寡黙な運送部門の巡回馬車の御者は貸出無料の車椅子に自身の母親を乗せ奥さんと並んで車椅子を押しながら、初めて見る綿あめとりんご飴に感動して直ぐ様交換し、渡された母親から『最初に甘いものは胃がもたれる』と冷静に言われ狼狽えて、奥さんが隣で爆笑する。
研修棟や領民講座とネイリスト育成専門学校の清掃を担当してくれている五十代の御夫婦は、旦那さんが輪ゴム射的で既に五枚の回数券を使い、まだ射的をしようとしているのを奥さんが後ろから凄まじく冷たい目で見ている。
「……ほんと、大人の方がはしゃいでる」
「……」
スンとした顔でそう言ってしまった隣、グレイも無言でスンとする。
「ぐぬぬぬっ……あと三枚」
「飛ばしすぎよハルト」
「そんなこと言ってリンファもあと四枚じゃない」
回数券の残りに唸るハルト、そんなあいつを鼻で笑うリンファ、そんなリンファに冷静にツッコミいれるケイティ。そしてそれぞれのパートナーが微笑ましく見ている。
ちなみに彼らは従業員でもなんでもないので専門学校顧問のケイティ以外は回数券は購入させた。我が儘放題なこの人たちには十枚綴りを百リクルで売りつけたので、今晩の片付け担当者たちへの差し入れ代に有り難く使わせてもらう。
文句も言わず買ってくれたので他にも興味あるなら回数券売るよ? と声を掛けたら皆返事一つで買ってくれました。
営利目的ではないけれど、こうして多少なりとも資金が集められるならこちらも参加型視察料として回数券を買ってもらい実際に体験してもらうのもありだなぁ、なんてことを考える。
「ジュリさーん、りんご飴はこちらでも真似ていいですか?!」
耳を高速ぷるぷるさせるのはアベルさん。この前ちょっといざこざあった割には普通に来てるんだよね、まあこれくらいじゃないと大枢機卿なんてやってられないんだろうななんて感心をしつつ頷いて見せる。
「勿論いいよ、りんご飴気に入った?」
「はい、バミスではこれくらいのサイズのりんごはもっと色んな色があるんですよ、きっと屋台で出したらカラフルで素敵になりますよー」
「ちょっとそのへん詳しく」
もっと色んな色がそろうの? それはいいね。
「ジュリ殿、綿あめ機ですが、風属性魔法付与の魔石ですか?」
ヒタンリ国第二王子殿下が側近の方々と真剣に綿あめ機を囲んで見ているけど、全員綿あめ持ってて何となく、何となく、色々台無し感が否めない。
「ええ、風魔法で回転させて、火魔法で熱して砂糖を溶かしながら飛ばしているんです。仕組みは難しいものではないので安全性を高めて改良後に設計図公開しますからその時にお渡ししますね」
「それはありがたい! これは大人も子供も楽しめますから陛下もきっとお喜びになられます」
綿あめをちぎって口に入れたりかぶりついたり。初めてなので食べにくそうにしているものの楽しそうだから良しとする。でも、綿あめ機に興味津々な貴族の大人たち、食べながら見てると威厳が半減するよ、食べ終わってからゆっくりと見て下さい……。
そして、綿あめ、りんご飴、輪ゴム射的よりも人気なのが。
「詰め放題が一番集客出来るかも、って思ってたけど、まさかここまでとは」
「……」
グレイ、あんまり引かないで。
詰め放題、二種類用意したの。じゃがいも、人参、玉ねぎなど日持ちしやすい根野菜系詰め放題と、馴染のお菓子屋さんからクッキー、キャンディ、そしてドライフルーツの詰め放題。野菜詰め放題は実際に日本でもスーパーなどで行われる詰め放題。お菓子系は好きなものを好きなサイズの袋に自由に詰め込んで量り売りするのを参考にした。後者は子供の頃に経験済みで、袋大きめで詰め込み過ぎるととんでもない金額になり、だったら大袋とかバラエティパックとか普通のお菓子を同じ金額だけ買ったほうがよっぽど質・量共にお得になるという、親が『やらせなきゃよかった』と苦い経験をしたのを思い出した。でも今回は当然詰め放題なので袋はワンサイズ、でも好きなだけ詰め込んでね!
と、楽しんでもらえたらいいなとのほほんとした気持ちで当日を迎えたら。
いやぁ……。気迫が凄まじい。
根野菜詰め放題の台を囲む、主婦たちが。
お菓子詰め放題の台を囲む、老若男女問わずの甘党たちが。
目が怖い。
そして定期的に裏の荷物置き場の横に併設された本部的な特設スペースに集まってくるものを見てローツさんが実に良い反応をしてくれる。
「なるほどなぁ、回数券は確かに便利だ」
「でしょ? これのお陰で来場者の来場時間帯、時間毎の人気商品、その集計が出来るのよ。今後こういったイベントで集計する内容も増やして、それをデータ化出来ればと思う。色んなことをデータ化出来れば効率化につながって経費削減は勿論、流行品や定番商品の物流の迅速もしくは早期対応、何より商品開発に利用応用できるから」
回数券は一番上に大きく回数券と書かれていて他には開催日、開場・閉場時間と場所の記載がある。来場者はまずこれを開場入口で切り離される。これを一時間毎に回収し、どの時間に何人来たかが分かる。
屋台全てに店名もしくは商品名が書かれた箱を用意し、利用者の回数券から切り取ったものを入れていく。そしてこちらも一時間毎に回収する。
「今回は初めてだから一括回収だけど慣れてきたら男性、女性、子供に箱を分けられたらとも考えてるの」
「なるほどな」
「ふぉ?!」
後ろから突如声をかけられたせいでとんでもなく間抜けな声が出て、振り向いたらそこにはツィーダム侯爵様が。私の変な声と反応など全く気にしていないようで、裏方担当の従業員達が回収してきた回数券の枚数を確認したり専用の表に記入するその場をじっと見つめる。従業員達が慌てて立ち上がり礼をしたけれど、侯爵様は軽く手を上げて仕事を続けてくれと彼女たちを促した。
「裏に入って来るのなんてクノーマス家の人と侯爵様くらいですよ」
「そうか?」
「こちらに座られますか?」
裏の作業が気になってやってきた侯爵様が長居するかもしれないと思ったローツさんが椅子を進めると侯爵様は微かに笑みを浮かべた。
「ははっ」
「なんですか?」
「やはり、面白いな。普通こういう場に貴族が入ろうとすると何とかして外に追い出そうとするか嫌な気持ちを必死に隠しているものだ、自然すぎるお前たちがとても奇妙でな」
「あー、たしかに!」
きっぱりと同意する私にローツさんがギョッとするけど。
「でも侯爵様は絶対に邪魔しないでくれますし、開発中だろうと察してくれた時はククマットにすら来ないですよね」
「しつこい位にクノーマス侯爵から言われたからな」
「言ってくださいとお願いしましたから」
「それを己の所でも実践している。そのおかげで工房や職人たちとの信頼構築につながっている、最近はあちらから見に来ませんかと言ってくれるようにもなった。そういう部分に目を向ければ自然とどういう時に行くべきではないか分かるようになる。だから今日はグレイセルに確認しここにきてみたのだ」
「なるほど、確かに今は見られても困るものは全く無いですね。しかも私とローツさんは巡回してるだけの時間なので迷惑でもないです」
「そうだろう?」
「って、あれ? グレイと話すタイミングありましたか。グレイどこにいました?」
「入口にいたぞ? 」
ローツさんと顔を見合わせた。旦那は今の時間バールスレイドのリンファ御一行の案内をしているはずだけど?
ローツさんと侯爵様と共に開場入口に行くと。
「「どういう状況」」
ローツさんとハモる。
入口で回数券の入場確認にもなる一番上の紙を切り取る受付に、何故かリンファとグレイが並んで座っている。
「何してるのよ、二人が座ってたら怖くて入れない人がいるかもしれないでしょ」
するとリンファはニコォ、と普段は見せないちょっとだけ幼さが混じる笑顔に。
「これ、切り離すのがすっごく楽しい」
ああ、回数券に入ってる点線の切れ目ね。そうそうこれがあると便利だな、楽だなと以前から思ってて簡単に切れ目を入れられる専用の道具を作ってもらってたのよ。今後紙製品がどんどん増えることを考えれば使い道は出てくるだろうと考えてたのが役に立った。
「こういうの久しぶりよー」
そんな彼女の後ろではセイレックさんと側近達が良かったですねって微笑ましい顔をしてるのに対し、彼女の隣にいるグレイは、虚無。ウケる。
「何でその顔なの」
「視察の案内をすると言えば、そんなの今更いらないと言われ、回数券の切り取りがしたいと屋台に立とうとして店の者たちが萎縮してしまい何とかその場から引き離し、ようやくここに連れてきて受付でもやっていろと言ったらあんたもやれと座らされ。ならば他の方々の案内をしてくると言えば何かあっても困るから付き合え、と」
「ああ、うん、今の時間はバールスレイドの視察担当だから頑張って」
リンファに振り回されるのに巻き込まれたくない私達は笑顔でその場をさっさと離れた。
とにかく、今回の感謝祭は大成功と見ていいらしい。
普段お世話になっているのに、一生懸命お店のために良いものを作ってくれているのに、直接あって話す機会がなかなかない人達。
そんな人たちとすれ違いざまに挨拶を交わすだけでも気持ちが違うものだなと実感した。
ただ……。
いい歳したオッサンオバサンがはしゃいで子供たちに極めて冷静に『見てるこっちが恥ずかしい』と言われていたり、変装しきれていない貴族達が浮かれてフラフラ歩き回るのを側近達に『前を見て歩いて下さい』とか『落ち着いてください』とか言われているのを見ると、この先の未来を担う子供たちの大人を見る目が変わりそうでちょっと怖いから、今後は大人と子供は分けてやるべきかもしれないと本気で思った。




