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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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35 * 花見の後に隠れ家にて

◇お知らせ◇

4月2日は私用によるお休み頂きます。ご了承下さい。


今回のお話、お花見スペシャルにするつもりだったのですが、お花見感が薄い!!と思いまして本編扱いに致しました。

 



 ハルトと花見をしてくるという口実で今日はグレイと別行動となっている。

 実際に花見をしてきた。

 桜そっくりの花が咲く木があるので、それをハルトと二人で見に行って。

 ハルトにも花見をしにいこうとしか言わなかった。


 帰り際、『話したいことがある』と言ってククマットに転移しようとしたハルトを引き止めた。


「ここは?」

「隠れ家みたいなもんだと思ってくれ、元々はルフィナが住んでた貸家でさ、こっちの知り合いに頼んで家主になってもらって俺が今借りてる」

「隠れ家のようなそうでないような」

「それくらいのほうが怪しまれねえんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 ロビエラム国のハルトとルフィナの屋敷から程近く、賑やかな通りに面した建物の二階。

「それにここなら、グレイもおまえが何してるか怪しまねえだろ。この貸家のこと知ってるから、あいつ」

「……」

「グレイ絡みの話だろ?」

「ま、ね……」


 勧められたままに窓近くのソファに座る。ハルトは少し離れた所にある椅子に腰掛けた。

「で、なんだよ?」

「この世界の宝石、熱処理されずにそのまま加工されてるよね? 熱加工で発色・変色、透明度を高められるっていう知識に繋がるヒントをバミス法国に渡すって言ったらどうする?」

 何を相談されるのか見当もつかないままに、それでも黙って聞いてくれる姿勢を見せていたハルトが目を見開くほど驚いた。

「おいっ、ばか、その知識は」

「相当な利益生むよね? もし熱処理に成功したら、間違いなくその手の市場を荒らすことも出来るし統べることも出来る。……やり方次第では当面市場のトップ独走よね」

「お前分かってて。はー……なんだよ、なんでだよ?」

 ハルトは項垂れて頭を抱える。

「それはこっちのセリフ」

 私の返しに、パッと手を離して頭を起こす。

「グレイが主導してやったことは分かってる」

「なんの話だよ?」

「でもあんたもそれに関わったよね? 少なくともグレイが何をしでかすか分かってて静観した。違う?」

「だから、お前何の―――」

「アベルさんからの依頼」

 カオスドラゴンの魔石の加工依頼。

 きっぱり断った翌日、グレイが仕事を全てローツさんと会計士たちに任せてククマットを離れたことは知っていた。そのときは特に気にもしなかったの。突然予定を変えたり変わったりというのは日常的に起こっていることで、正直それが当たり前になっているから最初は気づかなかった。

「改めて謝罪されたの。アベルさんの大枢機卿の印章が捺された正式な手紙でね……なんかしたでしょ、アベルさんたちに」

「グレイはどこまで話した?」

「聞いてないよ、聞いても絶対に教えてくれないから」

「じゃあ俺も話さねぇ」

「……そう、だよね。そう言うと思った。だから渡そうかって思った」

「は?」

「何回も言ってるんだけどね、私のことで私のいない時に勝手に解決するなって。グレイには、本当に何回も言ってる。でも全然だめなのよ。私のことになると簡単に仮面を外す」

「仮面って」

「仮面だよ。領主も、貴族も、元騎士団団長も、殆どの人が知るあの顔は仮面。その下に隠してる顔を知ってるのはごく一部でその顔を私は知ってるから。自惚れでも何でもなく、あの男が私のことになると理性なんて平気で捨てて何でもするのよ、それは私が誰よりも分かってる」

 ハルトが困惑した顔をして私を見つめる。

「あの仮面を必要以上に外させるわけにはいかない」

「え?」

「外せば外すほど、私が蔑ろにされる。私のためを思ってやってることが私を突き放している。私にとって矛盾と不信と不安を植え付ける」

「お前……」

「あのグレイを止めるためには、何かを犠牲にしなきゃならないの」

「だからって」

「大丈夫よ、別に切り札を手放すわけじゃないから。こんなこと地球ではしてたらしいとしか教えない。後は知らないって話せば何とかなるし。というか、詳しく教えてやるつもりはないの。私はそこまで優しくないから仄めかす程度」

 ハルトが納得できない硬い表情を顔に浮かべ頭をガシガシと掻いた。


「私が何かを失う、手放す、諦める、グレイを動かすのに物凄く有効なのよ」

「……知ってるよ」

「自分が少しでも関わっている時に私がそうするのを酷く嫌うし怖がる。だから今回バミスに……枢機卿会にヒントを渡すのはどうだろうって考えに至ったの。熱処理じゃなくてもいいかな、他に何がいい? 宝石のカットで無視できない『劈開(へきかい)』はまだ()()()のことに使いたくないし」

 呑気な私の語り口調に、ハルトが顔を歪める。

「……時々ジュリの知識ってゾッとさせられる」

「え、なんで?」

「クリスタルガラスの時もそうだろ。いくらハンドメイドが趣味だったからってそこまで詳しいか? って知識があるよな、あの時だって、『徐冷』って聞いてビビった。普通はそこは冷却っていうだろ、そこをあたり前に徐冷って言ってたよな。あれはクリスタルガラスやガラスについて相当詳しく調べた経験があるからだ」

「ああっ! それこそ使えるじゃん徐冷も」

「そこ食いつくのかよ」

 ちなみに徐冷とは徐々に温度を下げていくことや目標温度までゆっくりと冷却させるって意味がある専門用語で『アニーリング(Annealing)』とも呼ばれる。

 時として専門用語を口にすると知ったかぶりとか知識をひけらかしていると批判する人もいるかもしれない。でも一般的な言葉とは区別する必要があるから存在していて、その用語に意味があり守るべき内容を明確に示す事で失敗や間違いを減らせるしなくせる。この世界にはまだまだその専門用語が少なくてそれだけあらゆる面で技術が未発達であることをいつも思い知らされる。

 私はクリスタルガラスの開発時、職人のアンデルさんに必要な専門用語も意味ごと徹底して教えている。技術の継承には欠かせない知識の一つで、ガラス全般の開発に不可欠な知識でもあった。


 熱処理による変色・発色調整。これだって単に加熱すれば良いわけじゃない。ちゃんと決まった温度と時間があるしそれ専用の施設とまではいかなくても工房内の改良必須、知識が、専門用語が、そして正確な継承が成功への絶対条件となる。

「ヒントを渡しても私はクノーマス家とヒタンリ国、それとツィーダム家と共同研究を始める計画をするつもりだから心配しないで。それでもバミスにはグレイのやらかした事への私なりの貸し借りなしに持ち込む手札にはなるし、この先のグレイの暴走への抑止力になる。どれくらいの期間グレイを大人しくさせられるかはわからないけどね、まあ、あと何回かは出来るくらいの手札はあるから深刻には捉えてない。……ということで、ここまで聞いてハルトはバミスには情報、ヒントを渡すべきじゃないってまだ思う?」

「ははっ」

 乾いた笑いがハルトから吐き出された。

 迷っているのか、それとも言葉を選んでいるのか、ハルトは暫く無言で俯いていた。

「まあ、ジュリにまだまだ手札があるならいいんじゃねえの? ……ただ、もう少し、簡単な事はないか? 熱処理は流石にな、ジュリ以外が現段階で成功させたら革命レベルになる」

「そう? なら別に考えてみるわ。モース硬度っていう指標があった、とかでもいいかな。この世界でもそろそろそういう大陸共通の指標があってもいいと思うし……じゃあ次の話ししよっか」

「なんだよ」

「ハルトもリンファも、グレイが『白の請願』をウィルハード公爵様から貰ったこと知ってるよね?」


 本日何度目か。ハルトは目を見開いた。

「グレイが何をアベルさん達にやったのか、要求したのか分からないけど、『白の請願』を使ってもいい件だった。バミス法国絡みならウィルハード家の力を借りれば絶対に私の心の負担が少なかったとグレイは分かってたはずだし、ハルト達も頭を過ったよね? あえて『白の請願』を使ったらどうだって助言しなかったのか、それともど忘れしてたのか、まず知りたい。どっちだったの?」

「……あえて言わなかった」

「理由は?」

「グレイがそれこそあれは『切り札』としてあの程度の事で使いたくないって頑なだった。先に言わせてもらうけどな、あいつ自分から『白の請願』持ってることを俺達が把握してると予測してバラしてきてその上で使う気はないって言ってきたんだよ」

「そうなの?」

「あー、もういいや、話す。……だいたいな、枢機卿会に喧嘩売る事になるかもしれないってのにアイツ『たかが半殺しで喧嘩を売られたと思うのか?』って言ってたから」

「……ん? 『半殺し』的なことしたの、グレイは」

「した」

「誰を」

「誰っていうか、アベルとその時その場にいた枢機卿四人」

「枢機卿会に喧嘩売ったよね、それ」

「アイツの中では喧嘩を売ったことにはなってない。あの時のことはあくまでジュリに迷惑かけたその迷惑料程度にしか思ってない、単なるお仕置き」


 今度は私が呆れてため息を吐く番が来た。

「加工を断った時、若干険悪な雰囲気にはなったよ? なったけど……あちらはグレイの殺気に気圧されてこれ以上その話はしてこないだろうなって、私だって分かったのに。流石のアベルさんでもこれ以上は無理だって引き下がってたよ、ちゃんと謝罪もされたし。それなのに? 全く……何やってんのよ」

「お前の事になると、止めるのがまず無理だからな? それに悪いけど、実際にアイツのあの性格知ってて話持ってきたアベル達を庇ってこっちが怪我するなんてバカバカしい」

「庇う気は一切ないんだ?」

 そう質問した瞬間、睨まれた。


「『黄昏』の加工をしているときのお前の姿を知ってるんだぞ。あのときのお前を知ってるやつは、絶対に不活性魔素が多いものなんて加工させたりしない」


 ちょっとびっくりした。


「グレイだけじゃない。リンファも、マイケルもケイティも、絶対にジュリに二度と加工させたくないって思ってるよ」

「……そうなの?」

「あのなぁ」

 今日のハルトはため息も多い。

「ダチが死ぬほど苦しんでるのを平気な顔して見てられるほど薄情なやつは俺達の中にはいねぇよ」











 深刻な顔。

 伏し目がちの視線は私の手元を捉えている。

「やり過ぎ、あんなこと私は望んでなかった」

 私も微動だにせずただ振りほどけない程しっかりと包む彼の手を見つめながら諭すように優しく、反面意思を強く主張するため言葉を詰まらせることなくハッキリと紡ぐ。

「グレイが私の言葉を蔑ろにしているとは思っていない。グレイの性格上どうしても抑えられないし抑えなくても処理をできてしまうからやれることなんだってことも理解してる。でも、他にもやり方はあったはず」

「……ハルトが、話したんだな」

「話したも何も、予想はできるでしょ、ハルトとその事で喧嘩するなら勝手にやればいい。それは関与しない。私はグレイに怒ってるのであってそこを逸さないで、もし逸らして躱すつもりなら、それこそグレイのやらかした事への謝罪に知識か、販売占有権を望むもの一つアベルさんに渡す」

「!!」

 ぐんっと顔を上げたグレイの目には非難が有り有りと浮かぶ。私も顔を上げてその目を見つめた。

「嫌だよね? 私がそういうことするの」

「駄目だぞ、絶対に、絶対にジュリのものはジュリのものであって何人たりともそれを手中に収める権利はない」


 この男はこういう人だ。

 普段言葉にはしないけれど私の【技術と知識】は私のものであって決して他の人のものになることをグレイは認めようとしない。

 それは利益が減るからなんて単純なことではなく、私を構築する一部であると認識しているからで、つまり何かを手放すことは私が自分の体の一部を切り落とすのと同義だという考えらしい。『黄昏』の鱗を加工して以降、それが明確になったことは感じている。それでも今まで黙って私のやることを見守ってきたのは、笑って好きにしろと言ってきたのは何かを手放しても私がちっとも傷ついてなくて、手放してもなんてことないと平然としていたから。だからグレイは我慢できた。私が痛みを感じないのなら、と。


 グレイの手を解き、両手で彼の頬をしっかりと包む。すかさずその手にグレイは自分の手を添えてきた。体格差のある私達は、こういう時いつも私が背伸びしなくていいようグレイが身を屈めてくれる。これが常なる私への愛情表現の一つということも分かっている。

 些細なことでも私を最優先してくれる、私のことで簡単に自制が効かなくなる男。完全に独り歩きをしてしまう。

 だから何度でも伝えて理解してもらわなければならない。

「わかっているなら、これからは勝手にしないで。一言でいいから話して。私が止めたら何とか踏みとどまって。それがどうしても辛いならやってもいい」

『やってもいい』の一言に、グレイは僅かに肩を揺らし反応した。

「全て止めろとは言わない、だから必ず話して。事後報告でもいいからグレイの口から聞きたい。他人からは聞きたくないの、特に私のことは」

「……分かった」

「本当に?」

「ああ」


 許すとか許さないとか、もうそういう次元じゃない。

 この男は私が出せる力のかぎりで抑えなきゃならない。

 それをこの頃、今までよりも感じるようになっている。

 いつかこんなことで私とグレイの間に亀裂が入りそうな気もしている。

 それでも何とかしていくしか、ない。














 ―――ハルトの隠れ家にて―――


 一人、椅子に深く座り、天を仰いで久しぶりにとんでもなく大きくて深いため息を漏らす。

「……大丈夫か、あいつら」

 そう呟いてまたため息を漏らす。

「なんか、肝心なところで噛み合ってないんじゃねぇの? ……気のせいか?」


 結局あの後リンファやケイティに説得されてバミスにすぐには渡さず様子を見ることにしたと連絡を貰った。それはそれでジュリの心の負担になっただろうなとは思う。

 ただ、ジュリの判断がどれくらいの抑止力になるかは未知数だ。


 グレイを抑える。

 言葉で、態度で出来るのは、ジュリだけ。


 今回のようなことはこれからも起こる。


 その時。


 その都度、ジュリは選択を迫られる。


 絶対に手綱無しで世の中には放てない男をどう抑え込むか。


 桜そっくりのラシャナの花びらが一枚、床に落ちていた。

 俺にくっついていたのかそれともジュリにくっついていたのか。


「あ……花見したんだった」


 この先の二人の行く末に勝手に悩む羽目になって、花見に行ったことを忘れていた。


「来年は、もう少し余韻を楽しめる花見にしたいよ、マジで」




暗い話になってしまった。ジュリが花見嫌いにならない事を祈るばかりです。


◇お知らせ◇

前書きにも記載しましたが4月2日は作者私用によるお休み頂きますので更新ありません。ご了承下さい。

次回更新は4月6日となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジュリさんが夫婦喧嘩(物理)できるくらいにフィジカルが強ければまた違うんだろうけどなぁ
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