35 * 立体
先日ツィーダム侯爵夫人のエリス様からバミス法国のことでちょっと脅されたような励まされたような、なんとも微妙な気持ちにさせられつつも依頼されたアクセサリーのデザインやドレスの生地の仕入れなどを勢いで済ませて後は職人さんやお針子さんに丸投げでオッケー! な段階まで進めてから程なく。
先日の〇〇を探せと間違いシリーズの絵はユージンに領民講座の講師をお願いしているので時間のある時に進めてみて、と緩い感じのお願いをしたつもりがユージンは非常に興味を持ったようで、お願いしてから数日後に早速何枚かの間違い探しを持ってきていた。その出来は私の描いたものを参考にして初めて描いたにも関わらずなかなかの完成度。簡略化したイラスト風の絵を描くことに随分慣れてきたな、という印象も受けた。以前任せたロゴのデザインで四苦八苦したことが彼にとっていい経験になったらしい。砂絵もそうだけど今までやってこなかった、知らなかった手法はとにかく挑戦してそこから何かインスピレーションなり技術なりを得られればと思うようになったそう。
そして彼の今後を左右するであろう砂絵が実はスランプらしい……。気分転換を込めて一度専用の砂、通称ワームサンドから離れようと思っていたからちょうどよかった、と本人も言っていたのでそれなら当面は〇〇を探せと間違い探しの原画を描けるだけ描いて欲しいと再度お願いした。
ついでにはなるけれど〇〇を探せについては、ケイティが話していたようなお花がレースとか尻尾が猫じゃらしとか、よく見ると違う! という騙し絵的な物も挑戦してみたい、というのでその気があるなら是非とも頑張ってと応援しつつ任せてみることに。下手に口出しせず自由にさせることも絶対に必要な経験だしね。
そう言えば、騙し絵で思い出した。いつか目の錯覚、いや脳の錯覚を利用した手の込んだトリックアートも提案してみよ。ただこちらに関しては私の知識が乏しいので、当分先になるかな。その時はハルトとマイケルは当然、リンファとケイティにも記憶を絞りに絞ってアイデアや知ってるものを出してもらおう、うん。
なんてことを考えながら私は再びとあるものと向き合う。
「なんだい、ずっと紙を睨んで」
白土で作るピクトグラムのような白い人、『〇〇をする人シリーズ』の新しいバージョンを持ってきた白土部門長のウェラは、工房の作業台に広がる紙を見て唸る私を見て呆れる。
「うーん、ちょっと、ね。それより新しいの見せてよ」
広げた沢山の紙をザッとかき集めるように纏め、スペースを開けるとそこにウェラは持ってきた白土の人形を並べる。
「ブックスタンドは壁をよじ登る人、壁穴を覗く人」
「フッ、分かる、これはよじ登ってるし覗いてる」
「あとこっちなんだけど……」
「ぎゃははははっ!」
大爆笑してしまった。
「『ごめんなさい』と『もう無理』と『ほっといて』。これ、ペーパーウェイトにどうかと思って」
頭を地面に付けて土下座してる形と、昔のドラマでありそうな腕と足が絶妙に曲がった死体のように突っ伏す形と、膝を抱えて背を丸めている形。それぞれの背中に『ごめんなさい』『もう無理』『ほっといて』と黒でガッツリ目立つように書かれている。
「これ、ちょっ、私好きだわぁ! よく思いついたね?!」
「この前エンザが土下座してたのを見てさ。あれを人形にしたら面白いんじゃないかと思ったんだよ」
「エンザさん、何で土下座してんのよ」
「さあ? 『土下座のエンザ』だからじゃないかい?」
冒険者パーティのリーダーやってるエンザさんのその不名誉なあだ名はたった一回の余計な一言で生まれちゃっただけなんだけどな。また余計なことでも言ったのかな……。
まあそれは置いとく。
なんでしょうこの絶妙な緩さは。ブサカワなんてのが流行りだした時も感じたのは不思議とこういう綺麗さとか精巧さから離れた物ってホッとさせてくれること。そしてちゃんと考えて作られてるからそこに雑さや手抜きを感じないところもいい。もしもこれが作りが雑でバランスが悪かったりすると違和感や歪さを視覚が先行して認識してしまって不良品や粗悪品という悪い方向へと物を向かわせてしまうような気がする。
こういう単純な作りのものほどバランス感覚は求められる。ウェラの場合白土に特化した恩恵が出ているからこのバランス感覚が誰よりも優れている故の完成度なのかもしれないけれど、それとは別にここに到達できるアイデアまで出せるというのは天性の才能だと思われる。なので彼女が白土部門を牽引してくれるのは本当に有り難いし感謝してるんだよね。
まとめた筈の紙をまた広げた所に〇〇する人シリーズのペーパーウェイトを置く。
「……だめだ、笑ってしまう!」
私の反応にウェラは満足したようで笑顔よ。一頻り笑って落ち着いたのを見計らいウェラは再び広げられた紙を眺める。
「随分色んな紙を用意してるね、何作るんだい?」
広げられた紙は厚みや質感、そして色も様々。今 《ハンドメイド・ジュリ》で安定的に仕入れができている凡そ五十種を、揃えてた。こうしてみるとこの数年で私の無茶振りとハルトの暴走で紙の質が上がった事が目に見えて実感できる。対応してくれた職人さんたちに感謝です。
「ケイティに間違い探しの本の製作を依頼された時に紙の質が良くなったからできることだよなぁって感じて、その前にマーブル模様の招待状もかなりの反響で満足したら、もう少し紙で遊びたくなったのよ」
「遊ぶ、ねぇ」
意味深な口ぶりに『なによ?』と視線だけで問えばウェラはクククッっと小気味よい笑いを返してきた。
「あんたは遊びまで物作りなんだねと思ってさ」
「ああ、まあね。楽しくなきゃ意味ないでしょ、遊ぶことまで仕事の一環にするつもりはないけどそれでも『遊び心』は別だしその感覚を忘れちゃったら面白くなくなるよね」
「確かにそうだね」
そんな会話をしているうちにフィンがやってきた。彼女もウェラの新作に大ウケ、お腹を抱えて笑ってちょっと最後は笑いすぎて疲れてた。
フィンにお願いしていたのは紙専用のナイフ。所謂カッターに近いもので、細かい図に沿って切り取り易いもの。
「ライアスが刃先や柄の太さの感想を後でくれって言ってたよ」
「了解」
かつて当たり前だった刃先の切れ味が悪くなったら折って刃先を新しく出来る繰り出し式のあのカッターをライアスに開発をお願いしている。あの刃の薄さと綺麗に折るための溝などまだ調整が必要なのとプラスチック類の素材がないため繰り出すためのパーツや本体も金属製にしなければならないので色々と試行錯誤が必要とのこと。最近ライアス直属のお弟子さんというか部下さんというか、そういう人たちが私の無茶振りに文句言いつつ対応できるライアスに驚愕しながら自分も負けてはいられないと道具開発に夢中になっているようで、今後はもっと色んな分野に応用可能な道具や金属部品が開発されていくんじゃないかと期待している。
さて、ライアスお手製の素晴らしい切れ味のカッターもどきのナイフと紙が揃った所で、もう一つ私は用意する。紙を貼り付けるのに適した接着剤。
「何を作るんだい?」
ウェラは不思議そうに作業台を眺める。
「立体の絵本とメッセージカードに挑戦してみたくなっちゃって」
要するに飛び出す絵本と、飛び出すメッセージカード。
開いた時に中に貼り付けた紙が立ち上がる事で立体的な絵や柄が見れるあれ。
立体、と聞いて二人が不思議そうにするので早速簡単なメッセージカードを作ってみせる。
コツというほどコツではないけれど、開いた時に絵が立てばいいというわけではなくどれくらい開いた時に綺麗に立体に見えるか、を意識して作らないと完成後思った仕上がりにならないということが起きやすいのが飛び出す系。
絵本の場合、子供が見る前提で作られていると思われる。そのため本が安定した状態で見れる、つまりテーブル等に置いた状態の開いた角度が百八十度がいいのではないかと個人的に思ったりする。特に近年は開くだけでなく手で動かして楽しめるギミックも追加されていたのも多く販売されていたことを考えると、なおさらテーブルにおいて見やすいページが多いほうが良い。
これがメッセージカードとなると事情は変わってくるわけよ。なぜならメッセージカードは見開きのたった一枚。その一枚の中で思い描いた理想の立体図を完成させなければならない。絵本のようにページ事に楽しむってことが出来ないからね。
例えばお城が立体に見えるようにしたい時、私なら角度が九十〜百二十度くらいで綺麗に見えるように仕上げたい。何故なら背景を入れたいから。お城の後ろに月が浮かぶ夜空や雲や太陽がある青空にすることで風景画のように表現できる。逆にお城を中心とした城下町やお城を囲む森や湖を表現したければ百八十度。見開きページを存分に活かした上から見た図のような絵を入れるといい。
立体感はもちろんこの開いた時の角度によって見る角度が全く変わることから印象もかなり変わってしまう。飛び出すメッセージカードはそれに注意して作った方が開いた時のインパクトがきっと良い方に傾くんじゃないかな。
「で、ウェラが作ってきてくれた白土の白い人からヒントをもらったからそれで分かりやすいのを作ってみるね」
白い紙に土下座している姿を正面から見たイラストを描く。そしてそのイラストのカードに貼り付ける下になる部分には糊代となる余白を残して切り取る。
カードの台紙となる紙は真ん中から折って見開きになるようにし、そして切り取った土下座した人のイラストも縦に折り目を入れて、その折り目に沿って糊代部分だけ切れ目を入れ、台紙に貼る位置を調整する。あくまでどういうものなのか見せたいだけなので頭がはみ出しちゃうのは御愛嬌。糊代に接着剤を塗り、台紙に貼り付ける。この時、折り目によって出来る山折りと谷折りのどちら側に絵が入るかで立ち上がった時の印象がかなり変わるのでそれも活かした立体図が楽しめるというのが飛び出す系。
ちょうどいい具合に立つ位置に貼り付けて、カードを閉じる。
「はい、開いてみて」
フィンに閉じたまま渡す。そしてフィンがそのメッセージカードを開いた。
「なるほど!」
「こりゃ面白い」
そういう事と納得したフィンと興味深げな顔をしたウェラ。
カードを開けば土下座したイラストが立ち上がる。そして小細工として土下座のイラスト周りに床板の模様を描いて、わざとらしく『ごめんなさい』と手前に大きく書き込んだ。
「悪ふざけ度合いが最高に良い、めっちゃいい」
「ハルトならそんなこと言うと思った」
「だってこの世界、こういうのねぇだろ。癒やしだぞ、俺にはこの悪ふざけ度合いはマジで癒やし」
「ちなみに、そのメッセージカードを誰に使うつもり?」
「リンファ」
「……どういう場面で使うのか分からないけどブチ切れされる未来しか見えないのは気のせい?」
「えっ、ちょっとクスッと笑って怒りが少しおさまらねぇの?」
「いやぁ、リンファは……そういうタイプじゃないから。むしろ手のつけようがなくなるくらいにはさらに怒るよ」
危険なことをしようとしているハルトに念の為軽く忠告してから、チラ、とその隣を目を向ける。
テーブルにつっ伏して、グレイが笑っている。
「ハルトが……描く、顔、あれに匹敵するっ」
あー、前にベージュのプランターになりそうな器にハルトに顔を描いて貰ったら目を合わせられないレベルの変な顔になり、見ると笑ってしまうからとグレイが自分の近くに置くのを拒否した事があるんだけど、その時のレベルに笑っている。
確かにないんだよね、こういう悪ふざけ系の物が。
ハルトの懐かしくて癒やし、という気持ちも分かるし、未だ嘗て見たことない衝撃というグレイの気持ちも分かる。
この温度差がある捉え方にも関わらず共通するのが笑ってしまうということ。
増えるといいなぁ。
笑えるものが。
私も頑張るけどさ、でもこの世界でもっともっと、色んな人が豊かで柔軟な感性で楽しみながら日々を過ごす中で自然と生まれてほしいと思ってしまうのは我儘かな。




