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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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35 * レースや刺繍が無くたっていい

 



 私の知る貴族婦女子の中でエリス様が一番背が高い。スラリと伸びる手と首から、確実に足も長いだろうなと想像できる。しかも元騎士で現在進行形で荒くれ者で形成された自分の武装集団を纏めるだけの手腕を持っていることを考えると普段から体を鍛えていて贅肉なんて皆無のアスリート顔負けの体型ではなかろうか。

 あくまで予想、とするのはいくらシンプルでスッキリしたドレスと言っても最低限の華やかさは失わないように作られた物を身にまとっているため、実際の体型が分かるわけではないから。

「それで私のドレスを貸してってことね?」

「あの人ケイティより背が高いけど雰囲気を実際に感じてもらうだけだからサイズはこの際気にしなくていいでしょ、サイズ合わせといっても人様の物を身に付けるのに抵抗ある御夫人方と違ってそのへんも寛大だしね」

「バストサイズはかなり合わないわよ?」

「大丈夫、それもあの人は全く気にしない」


 ケイティはこの世界のドレスは今後も身に着けないだろうな、というドレスばかり所有している。全て特定の仕立て屋にお願いしてオーダーメイド、そのドレスの殆どはタイトで体のラインが強調されるデザインでしかも丈が短い、この世界ではかなり異質な方に分類される。普通ならマナー違反だとか言われるレベルのドレスだけれど彼女はそもそもそういう場には行かない人で、せいぜい知人のゆる~い夜会でその奇抜ともいえるドレスを着る程度。

 私が見るに、エリス様もこの手のこちらでは奇抜過ぎて誰も真似できないドレスが似合う。

 でもね、彼女は候爵夫人。絶対にケイティと同じドレスを着るわけにはいかない立場。どんなに旦那様の候爵様に愛がなくとも、夫人としての嗜みに興味がなくとも、その地位にいる限りは今ある階級制度にベッタリと張り付くルールや暗黙の了解までも無視するわけにはいかない。そんな事をすれば自分の息子である次期候爵の顔に泥を塗ることになるし、自分のその見た目一つで家を嘲笑され侮辱され、地位を揺がすことになるかもしれない。エリス様はそんなことは全く望んでいない。単にあの人は少しでも自分らしく生きられたら、と考えているだけ。ある意味欲望に忠実で上手く立ち回りギリギリを攻めて何とか日々の不自由さや窮屈さに対して溜飲を下げている人。


「髪型も珍しいショートカットだしね」

「長くてもボブだからね。なんで短いか知ってる?」

「なんで?」

「長いとどんなにしっかり束ねてても解けて顔に当たってイラッとすることが起こるからだって。それで一回実際に戦場で髪の毛その場で掴んで剣で切り落としたことがあるらしいわ」

「ワイルド」

 ケイティは愉快げに笑う。

「でもエリスのような人って表に出てこないだけで多そうよね」

「うん、ちなみにバミスのラパト将爵夫人リアンヌ様もそっち系」

「えっ、意外! 喋り方とか雰囲気とかいかにも深窓の令嬢で育ってない? 自慢の耳と尻尾の手入れは一日百回なんて言いそうだけど」

「そんなことないらしいよ、結婚前は馬で森を駆けてガンガン魔物狩ってたらしいから。ちなみに得意な武器は斧」

「斧……。見掛けによらないわねぇ、ドレスは清楚なものが多かった記憶があるし」

「可愛い感じのものは好きだね、でもバッグとか靴とか小物で、ドレスは割とシンプルなのよ」

「……もしかして、そっちにも売り込むつもり?」

「じゃないと、エリス様だけで終わっちゃいそう。もっとそういうのを望んでる人が多そうっていうケイティの意見大いに同意するけど、じゃあエリス様だけが率先して身につけたからと言ってそれに追随する人はどれくらいいるかな、って」

「確かに、ね」

 ケイティは思案顔をして小さく唸る。

「あとはシルフィ様とルリアナ様も協力してくれることになってて、色々な所から広められたらと思ってるのよ」

「そこまでするのぉ?」

「するよぉ、この形が定番になったら、ケイティだって喜ぶかなと思ってるけど?」

 そして差し出した。

 エリス様の為にデザインしたドレスが描かれた紙を。

「あ」

 ケイティはたまらずといった感じで声を挙げた。


 全体の形はスレンダーラインと呼ばれるもの。スッキリとした形でスカートの膨らみはない。そして裾のヒラヒラ感を絶妙に感じられる巻きスカートのように見えるデザインに仕上げた。形としては下に向かってストレートなラインの筒型に見えて、襟はボートネックとオフショルダーネックの中間、肩が出るか出ないかのギリギリの襟周りにして、首周りをスッキリとさせてしまう。そして袖は。

「攻めるわね!」

「今まで無かったでしょ。でもそれなら腕をさり気なく隠したい人やエリス様やシルフィ様達所謂ミドル世代の人達が望む落ち着きとか上品さを演出出来ると思う。どの世代でも色や長さでどうにでもなるところもいいよね」

「ハンギングスリーブとかケープスリーブって呼ばれるあの形って独創的だけど上手く考えられてるわよね!」












 ケイティのドレスを試着したエリス様は予想通りの体系だった。ケイティ並の絞られた無駄のないラインは女性的というより中性的。

「ほう……」

 興味深げにケイティのドレスを纏った自分の姿を鏡に映し口角を上げて呟いたエリス様。

「ずいぶん体に密着するんだな」

「そうですね、背が高くて引き締まった体だと自負があるケイティならではのドレスです。エリス様のはそこまで体のラインは出ませんし、スカートは足首まで完全に隠れますから安心して下さい。ただ、細身で体にフィットするタイプの、生地の伸び縮みも考慮されたドレスの着心地の感想を聞きたかったので。その感想次第では少しデザインを変えることになりますから」

「私はこちらが好きだな。圧倒的に動きやすい」

 腰回りや肩周りの動きを確認しながら迷いなくエリス様がそう答える。

「ただ、如何せんその生地が特殊でして。ケイティの我儘によって生まれた物なのでまだベイフェルアでは手に入らないんですよ、多少なりとも伸縮性がある上に上質な光沢を持たせる技術が彼女の知り合いの職人さんが作っているので生地の取り寄せからになりますがいいですか?」

「ああ構わない、全て任せるつもりでお願いしているからな、文句など言うつもりはないよ」


 そして見せたドレスのデザイン画。

 ぽかんとした顔で数秒眺めた後、今度は肩を震わせるほど笑い出す。

「ふっ、あはははっ! 参ったな!」

「攻めすぎですか?」

「いやっ……くくっ、これはこれは。……はははっ、いいじゃないか、『クール』だ」

 その反応についニヤッとしてしまう。

「そしてもう一枚、こちらはシンプル過ぎると失礼になる可能性がある格式高い場や式典でも着れるように考えたデザインです。形は同じです、単に大振りなフリルを付けただけですがだいぶ印象は変わるかと」

 袖周りと裾周りに広がるドレープの効いた大胆なフリル。目にしたエリス様は目を見開く。

「このフリルはドレスと同じ生地にします。レースは勿論刺繍も入りません。インパクトはありますが、あくまでシンプルさを追求するために、大振りなアクセサリーが主役になるように考えたらこうなりました」

「 《レースのフィン》ご自慢のレースも刺繍も、使わない、か……この図面そのままの雰囲気になるんだな」

「はい、あえて入れません。今後はこのデザインのためのレースと刺繍も考えますが……最初はこの形のドレスを定着させるためにもインパクト優先であるべきです」

「……ふむ、そうなると私だけで大丈夫か? シルフィあたりにも協力してもらいたいところだが」

 エリス様の長所とも言える。

 貴族令嬢や貴婦人にありがちな、『自分だけ特別なものを』に拘り提案側、作る側を困らせるということをしない。懐が深いというよりは、拘りが少なく弱い傾向がある。なので自分のことでありながら何となく他人事のように見ているてらいがあり、故に冷静に俯瞰的に、物事を見定められる。

「ご理解が早くて助かります。その点は既にシルフィ様とルリアナ様にも相談してありまして、お二方のご協力も取り付けました。さらにもう一押しということで、バミス法国のラパト将爵夫人のご協力も取り付けました、ウィルハード公爵夫人の茶会で大々的にバミスから発信して頂けそうです。」

「ほう、ラパトか……なかなかいい人選だな。いい傾向だ」


 え? と、反射的に声が出た。『いい傾向』の意味がわからなくて出たその声に、エリス様がフッと息を漏らすように笑ったけれど、その目にはその笑みに釣り合うものが含まれていない非常に冷ややかなものを感じてしまい一瞬息を止めてしまった。

「最近、バミス法国大枢機卿の奥方とは殆ど接点がないと聞いているが間違いないか?」

「え、はぁ、確かにめっきり会う機会がなくなりましたね。あのふわふわのウサギ耳は魅力的なんですが、私も最近は事業関係でウィルハード家とラパト家との接点が増えたのと、あのお二方はプライベートでも良くしていただいていることもあってちょっと疎遠になったと言えばなりました、けど」

「それでいい」

「……どういう、意味ですか?」

「あのパンダ野郎はな」

 あっ、野郎呼ばわりしてる! 嫌な予感しかしない!

「自分の妻に、『ジュリさんに近づく方法を考えてくれ』とお願いしたそうだ」


 は?


「事実だぞ、噂などの不確かな情報ではない。あの野郎、妻の実家のつながりでロビエラム国とテルムス公国に別荘を持っているんだが、テルムスの別荘の庭師が私の手の者でな」


 あ?


「男では近づくのに限界があるから何度か接点のある自分の妻にお願いしていたそうだ。その話をしていた時に 《ギルド・タワー》の奴もいたらしい。流石に名前迄はわからなかったが身なりからして間違いなく上層部だろうと。そいつらも妻や娘を伴ってその別荘に来ていたそうだ。つまり、これからお前に近づく女たちはバミスの枢機卿会とギルドの息がかかった者たちが必ず含まれる。ギルドにテルム大公が関わっているのかどうかは調査中だ、分かり次第知らせるが、今後は気をつけるといい」

「……えぇぇぇ」

 情けない声で唸るとエリス様は顎を上げてそれはそれは愉快そうに笑う。

「はははっ!」

 笑い事じゃないんたけど。

 そもそも、アベルさんのことは彼の立場を抜きにして友達だと思っている。勿論、グレイが最近やたらと気にしているので深入りしない程度の付き合いには留めているしこちらとしても守秘義務の発生する事案をいくつも抱えているので馴れ合いで曖昧な関係が引き起こすトラブルを避けるためにも線引はさせてもらっている。アベルさんもそれは了承している。しているはず、なんだけどなぁ。

 納得してないってことか。うーん、たしかに、相談されても『友達だからってなんでも話せるわけじゃないし許せるわけじゃない』ときっぱりとお断りはするよ、だって私には守るべき人々、土地、そして大きくなり続けている 《ハンドメイド・ジュリ》があるから。それらを犠牲にするような、させるような付き合いを望む人を友だちと呼べないことを彼も十分理解してくれてるはずだけど、それでもそんな事をするのは、やっぱり法王家の意向が絡んでくるってことかも。そしてギルドが出てくるのも縦とか横とかの繋がりが複雑で簡単には切り離せないからってことか。


「安心しろ、この話は先にバールスレイドのリンファ礼皇殿下に手紙にて伝えてある」

「安心する要素が全くない所にそんな手紙出さないでくださいよ」

「そしてその話が殿下に伝わったらしい話をそれとなくギルドに流してもいる、時間差はあるだろうがあちらも伯爵と【彼方からの使い】達の目があるからそうガツガツと動ける状況じゃない、お前の所に薄っぺらい考えで近づこうとする女たちが本格的に動き出す前には届くだろう。ただ、用心はしておいて損はない、夫のため、家のため、組織の為と腹を括った女というのははた迷惑な責任感と生真面目さを発揮して犯罪行為すら正当化してしまうのもたまにいる」

「すっごい怖い!!」

「そう! 怖いだろ?! 」

エリス様は実に愉快そうに笑った。

「だからお前はそんな女たちに対して変な情や憐れみを絶対に抱くな。欠片でもそんな感情を抱けばそいつ等が犯罪行為に手を染める恐怖や不安を和らげてしまう。毅然と突っぱねろ、そうすれば諦めるし手が届かないと気付いて冷静にもなる」

 そしてエリス様は快活で愉快でたまらない、そんな笑顔をし続ける。

「グレイセルにも手出しが難しい部分がある。今後はそういうのを手当たり次第に試してくる可能性があるがそういうのは我々女達が何とか出来るだろう、遠慮なく頼ってくれ」


 何を、どこまで、知ってるのか。

 リンファに手紙を送り、それが彼女の手元に届く位にはいつの間にか交流を深めていたことにも驚きだけど……。

「これでもツィーダムの人間だ、お前の齎す技術やユニークなアイデアを他よりも楽に享受している自覚はある。その対価と思うが良い、お前が潰れない限りはどこまでもツィーダムはお前側でいる。金でも暴力でもこちらが提供できるものはいつでも出そう」

 デザイン画を纏めテーブルに置いたエリス様は椅子にかけていたローブを手にしバサリと広げて優雅に羽織る。

「今日のところは帰るよ」

「あ、はい」

「ドレスとアクセサリーはゆっくりで構わない」

「お気遣いありがとうございます」

「……そのうちバミスも落ち着く時が来る」

 え、と声を返すとエリス様が穏やかに微笑んだ。

「今は少しな……獣人拉致奴隷問題の解決への方向性の違いから互いに優位に立つための手柄を欲していて権力抗争の火種になっている。まあ、大枢機卿も心から望んで今の状況に飛び込んでいるわけではないだろうから、落ち着けばお前やグレイセルを煩わせることはグッと減るはずだ」

「そうですか……」

「それまでは、お前を巻き込もうとする動きは止まらないだろうし、それに便乗する奴らも絶えないだろう、国内外に限らずな。それだけ心に留めておいてくれ」


 お付の人と颯爽と帰路に着くエリス様を見送った。


 まったく。

 私のためだとわかっていても、心臓に悪い話を平気でされると流石にどっと疲れてしまう。

 それが貴族というものか、と納得しておこう。

 そうしないと心が持たないからね。



二話続けてエリスに登場してもらいました。彼女の貴族らしからぬ言動は作者のお気に入りなのですが、扱いが大変……。


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― 新着の感想 ―
[一言] > 金でも暴力でもこちらが提供できるものはいつでも出そう 金!暴力!……肉! (肉言いたかっただけ)
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