35 * 人は『B品』と呼ぶけれど
今回は後書き含めて文字数多めです。
「綺麗なのに」
素直な感想をそのまま言葉にすると、持ち込んだ人は実に快活に笑った。
「そう言ってくれると思ったよ!」
ツィーダム侯爵夫人のエリス様。
今日は自身の側近という人を二人連れているだけで、一応旦那様である侯爵様とは別行動らしい。そのことについて疑問を呈すると『契約上の夫でしかない男だから一緒に行動してもなぁ』とサラッと言われるので、言われた方は対応に困り心労が凄いので今日もスルーする。
「勿体ないですね、今まで殆ど廃棄されてきたなんて。私ならこの天然石らしい見た目を活かしたアクセサリーにするのに」
「ああ、そうしてもらおうと思ってな」
「ですよね」
エリス夫人が持ち込んだものは、天然石らしい見た目をしたルース、という表現がしっくり来る。
例えば輝石の場合内包する不純物、ヒビや傷が少なければ少ないほど輝きや照りが際立ち価格も跳ね上がる。輝石のその輝きと照りを左右する度合い、つまり純度の高さはカットと研磨によってその美しさが際立つ。
一方で、不純物などが多いものとなるとカットと研磨をしても透明度、輝き、照りといった美しさがどうしても劣る。そのため、カットと研磨に手間、つまり人件費をかけても売れない場合が多く、商売人にとってはリスクが高いルースとなる可能性がある。
でもね、それは『どういう状態か』『どう見せるか』で変わってくると私は思っている。
ネットで天然石のルースを検索した経験がある人なら割とそれを目にしたことがあるんじゃないかと思っている。
それは、あえて不純物の多い天然石にカットと研磨を施し、そのナチュラルさを活かしたルースに仕上げているもの。
これの特徴は『唯一無二』。天然石の不純物の入り方は同じものは存在しない。カラーやカラットが同じダイヤモンドを用意することは出来ても、形成時に入る内包物は決して同じ状態で入ることはない。ある意味この時点で唯一無二になっている。ただそれでは価値が低いため、その不純物やヒビを避けて加工することで統一性のあるルースたちが誕生するのだけれど。
この唯一無二さを無駄にせず引き立てるためにワイヤーアクセサリーとして私も現在売っている。
「エリス様が望んでいるのは、これを生かした本格的なアクセサリーってことですよね?」
「理解が早くて助かるよ」
夫人は微笑み、ゆるりとリラックスした様子で座る椅子で足を組んだ。
「相談、依頼料はそちらの言い値で構わない。伯爵が決めているんだろ? それなりの額を要求されることは覚悟している」
「そうですね……それより、そこまでしてこの手の石をアクセサリーにしたい理由ってなんですか?」
「実はな、私自身の悩みであり相談されたからだな」
「誰にですか?」
「我が領のダンジョンや鉱山を統括している者だ。私名義の……とあるダンジョンでここ数年でその手のものが増えている」
「え、それってつまり」
「ダンジョン内の魔素の流れが変わり始めたということだ、ダンジョンではよくあることで珍しい事ではない。おそらく数年から十数年で発生する魔物の種類にも変化が起きるだろう、そして不純物が混じりやすくなった事を考えれば鉱脈の生成もいずれ止まる可能性もある。別の鉱脈が発生するならいいが、新しい種類の鉱石が現在進行形で発見されていないことを考えれば魔素の流れが落ち着くまでは発生しないのだろうな」
「なる、ほど……」
この世界の不思議のひとつである、ダンジョン内で見つかる鉱石の生成。
魔物の発生と同時に鉱脈の発生も起こりやすく、そのメカニズムは全く分かっていない。ハルトに聞くと。
「興味ねぇ」
と言って【全解析】を使う気が全くない。
「だってオレ別にダンジョンに鉱脈出来なくても困らない」
だよね! そういうこと言っちゃう男だよね! という結論に至り、私もファンタジーなまま不思議なままでいいやとなっている。それこそ夢がある!
このダンジョン内で生成される鉱脈から採れる金属や輝石は軒並み純度が高く高値で取引される。そしてもう一つファンタジー要素があり、その鉱脈から勝手にポロポロと原石が高確率で落ちる。なのでダンジョンのある土地の所有者は採掘事業を起こす必要はなくて、ダンジョンに入る冒険者たちが見た目の綺麗な物だけ拾ってきたり鉱脈から露出している物をこちらもいい状態のところだけ引っこ抜いたものを買い取ればいいわけよ。ダンジョン産の良いところは素人目でも不純物の有無が分かりやすいほど表面が綺麗な原石を入手出来る率が高いこと。それがより簡単に上質な物の選定へと繋がるため鑑定や選別といった手間や工程を省く事にも影響する。
裏話になるけれど、偽造が出来ないという点も大きいと思う。この世界の文明発達ペースだと化学や物理という分野の開拓・発展が非常に遅くならざるを得ないのでこの手の物への鑑定方法自体が【スキル】だけで済んでしまう。本物、天然しかない世界なら真偽判定なんてしなくていいんだもん。
で、話を戻すと。
そこに目をつけたのがギルドで、ダンジョンが多い土地には小さな支所含めて他に比べて倍以上の冒険者ギルドがあったりする。ツィーダム侯爵領がまさにそうで、土地の広さはクノーマス侯爵領より狭いのに、倍近い支部が存在し、その一部は買取に特化したギルド。そしてそこで取引される度に手数料が侯爵家に入ってくる。ダンジョン所有者だからね。
そういった要因が複雑に絡むことで売り手も買い手もダンジョン産の良質な物を求めるので安定的な高値の維持に繋がっているとのこと。
……本当にファンタジー。
所が、エリス様が言ったようにある時を境にそんなダンジョン鉱脈の生成物に不純物が混じりやすくなる。
それはそのダンジョンが変化することを意味する。
魔素の濃さと流れプラス地形で全てが決まるダンジョンや魔素溜まりの魔物の発生同様に鉱脈も多大なる影響を受ける。
「残念です、私このトリカラー結構お気に入りだったので。これすらもいずれは入手が難しくなるんですよね」
「そうだな、ジュリも伯爵も好んで着けてくれていた。素直に嬉しいよ」
藍色に近い濃い青と黄金色に見える黄色が美しいバイカラーのこの石はこの世界特有のもので、スネークストーンと言う。この濃い青と黄金色を持つ蛇型の魔物がいるためそう名付けられたとか。
中でも境目に入りやすい無色透明の部分が極めて少ない濃い青と黄金色のバイカラーは高値で取引される。
透明度も然ることながら照りや輝きも定番輝石に負けないその美しさでツィーダム侯爵領産は富裕層に根づよい人気がある。
でも私はそれよりも価値が下がる無色透明が多いトリカラーがお気に入り。トリカラーの方がグラデーションを楽しむという意味ではいい味を出してるんだよね。
「……悪くないですよ、ホントに」
黒のベルベットの上に並べられたスネークストーン。トリカラーだったり、色が薄かったり、ひび割れがあったり、黒い筋のように入った不純物が見えたり。特に金属質の鉱石が不純物として入ってしまっているタイプは銀が織り込まれたように見えてなかなかそのメタリックさがいい。
「クールな感じがいいわ、これ」
「なに?」
つい呟いた言葉を聞き逃さなかったエリス様が食いついてきた。
「あ、えーとですね。私のいた世界で『カッコいい』とか『センスいい』っていうのをカッコよくスマートに言う時に『クール』って表現する人もいるんですよ、ざっくりした言い方というか……。何となく今ここにあるスネークストーンはその『クール』って表現が似合う見た目をしてるので」
今更だけど説明が難しいよね日本人が使う言葉って表現が多岐! エリス様はキョトンとした顔をして。
「『カッコいい』をカッコよく言う……お前のいた世界は本当に面白いな」
面白いか? と首を傾げそうになったら目の前でエリス様は口角を上げた。
「ではその『クール』なスネークストーンを私のためにアクセサリーにしてくれないか?」
……間違いなく似合うよなぁ、この人。
そもそもこの人が色んな意味で『クール』だもん。見た目といい、雰囲気といい、好んで着る服といい全てが基本的な貴婦人からは外れている。シルフィ様もカッコいいと思うときがあるけれどタイプが違う。
「面白そうですね、是非やらせてください」
互いに目を真っ直ぐ見つめあい、笑った。
そして気になったことを聞いてみる。
「個人的な興味による質問なんですが、気分を害したらすみませんと先に言わせてもらいます」
「なんだ?」
「エリス様は正直侯爵家の事業にはあまり興味がないのかなって思うことが時々ありました。宝石の産地にも関わらずあまりアクセサリーを着けてませんし。なのになんで今回は積極的なんですか? ご自身所有のダンジョンの変化は確かに一大事です、でもエリス様がそんなことでわざわざ私を訪ねてくるのは違和感があって」
「ああ、なんだそんなことか」
「え?」
「そもそも私がこういう変わった見栄えになった石の方が好きだからだな。覚えたての言葉を使わせてもらうと、黒い自然な筋が入った事で独特な雰囲気の見た目になったこのスネークストーンが私には『クール』に見える」
エリス様はニコリと笑い、一粒指で摘むとそれを目の前に持っていき片目で覗き込む。
「サファイアも時折バイカラーが発見されるだろ? 色が薄かったり、紫寄りの色だったりすることもある。私は純粋にそういうサファイアも美しいと思うんだ、真っ青なサファイアらしいサファイアよりも自然体だろ?」
エリス様は今まで苦労しただろうな、と頭をよぎった。
バイカラーだからこそ価値のあるスネークストーンよりも、彼女はこれから多く産出されることになるだろう不純物の混じったものやトリカラーになってしまったものを好むということは、それを社交界で口にしてしまったら『変わり者』『異端者』と蔑まれ、ずっと言えなかったはず。
宝石の産地として有名なツィーダム領の夫人が領の特産である上質な輝石達を否定することは絶対に許されない。ましてあの性格と出で立ち、そして夫婦というよりは友人や同志に近い夫との関係性を考えると、今まで周囲にそのことを話したり相談なんてしようとも思わなかっただろうなぁ。
でも、そんな考えを変えるきっかけがあった。
格安のリングの生産。
天然石や魔石を使わずガラスと格安の金属で作る指輪を手掛けることになったツィーダム家。
多方面からの圧力や嫌がらせを覚悟し、それでも新しいアクセサリーの在り方を生み出し、庶民を巻き込んで定着させようと決めた事が、エリス様を動かしたような気がしている。
「欲しいぃぃぃ……」
ケイティがうっとりとした目でスネークストーンのルースとそれに合わせたデザイン画を何度も見比べながら、欲しいしか言わない。語彙力どこいっちゃったの?
「私これ、このネックレス」
リンファがさも当然の如くデザイン画を指差して私に作れと目で訴えてきた。こういうときのリンファは目力凄い、五倍。
「こういうのを『あじがある』っていうんだろうな」
ハルトが感心した顔でルースを眺めながらそう呟いた。
「そうだね、本来天然石は殆どがこういうものだしこれが自然なことなんだよね。透明で艶も輝きも良いものなんて一握りだ、その一握りの裏でこういったあじのある物が廃棄されたり、無価値だと軽視されてきたけれど、見せ方一つでいくらでも魅力的になる」
マイケルはそこまで言って肩を竦めた。
「だからといって、ジュリのようにこう簡単に魅力を引き出せないんだけどね、僕は勿論世の中の殆どの人たちは」
「こちとら商売人ですから? そしてアクセサリーのデザインはこの世界に来てからずっと勉強をしてますから? 多少出来ないとむしろマズイんですよ私の場合は」
エリス様のためにデザインしたイヤリング。
ペアシェイプの大振りなスネークストーンは二つとも金属の不純物が入る事で銀の斑色の筋が入っているもの。それを極めてシンプルな、爪のないタイプの台座にはめ、小さくて丸いカボションカットされた黒光りが美しいオニキスの下で揺れるデザインにした。
模様も飾りも付けずあえてオニキスとスネークストーンが際立つデザインにしたのは、入り込んだ不純物が角度によってとても綺麗な銀色に輝くから。耳元で揺れる度、表情を変える石。不純物の少ない均一な色合いの石には決してない『顔』を見せてくれるはず。
合わせたネックレスも、全てが大振りな不純物混じりのスネークストーンを等間隔に並べたロングタイプのもの。ロングタイプのネックレス自体が珍しい理由として、ロングタイプのネックレスが似合うドレスというのが少ないから。でもエリス様は普段から裾捌きが軽く楽なスッキリしたデザインを好み何より寒色系の色で、レースや刺繍もあまり施さない。胸元がスッキリとし全体としてシャープでスリムなデザインのドレスなら、ロングネックレスでもいける。中央にメインとなる石はあえて配置せず全て同じサイズのカボションカットで揃え、こちらも余計なことをせずシンプルな台座とチェーンだけにした。
「イヤリングとネックレスだけじゃ流石に華やかにはならないからちょっと悩んだのよこれでも」
「それでクラッチバッグの留め具のところと、履物の飾りに、ってことだ?」
「ブレスレットはあまりしないっていうからね。だったら小物にも贅沢に大きな石を使えば目立つし統一感も出せるし」
そしてここまでデザインして、挑戦してみたいことがあったので今回わざわざ時間を調整してケイティとリンファに来てもらっている。
その挑戦内容を言えば、一瞬二人は驚いて固まって、でもすぐにジト目を向けてきた。
「そういうの、先に言ってよね」
恨みがましい目をするケイティ。
「そうよ、何でエリスが先なのよ」
それはもう尊大な態度のリンファ。
「何でって、この石を持ってきたのがエリス様だからよ。そしてこれをあの人は『B品』扱いしなかった、そういう人に依怙贔屓するのは作り手の特権じゃない?」
エリス様が持ってきた石たち。
世の中ではこの手の物を『B品』扱いする。B品ならまだいい、実際には『下級品』、酷ければ『不良品』『粗悪品』と呼ぶこの世界の人々に驚いた。私の感覚で言えばB品はあくまでランクを意味するもので、確かにA品が品質は上を行くものの、それでもB品とは粗悪品という意味ではなく単にA品に質が及ばない、という感覚でいる。
ランクが低くても工夫次第で何とかなる、それがこういった石たちだと思う。
そうエリス様も思っていたことが嬉しい。
だから挑戦しようと思った。
シンプルで、でも大胆で。
インパクトあるアクセサリーが映えてドレスがぼやけない、そんなドレスをデザインしようと思う。
宝石のためのドレス。
作中で三色のものをジュリがトリカラーと言っています。
宝石について調べてみると三色以上をまとめてパーティカラーというのでトリカラーもパーティカラーに含まれます。
作者がこのトリカラーという言葉がお気に入りでジュリにはそちらを使ってもらっていますが、今後三色のことをパーティカラーと言う事も出てくるかと思われます。
それについては間違いではない、状況により変えることもあるということをご理解いただけると助かります。
時折他の作者様の作品を読ませて頂いているのですが、後書きなどに『意図して違う表現』をして書いているものを誤字報告で指摘されてしまう、という内容を見たことがありまして、ちょっと気になったので今回書かせていただきました。
いや、当方よく間違いがあるので直して貰らうと助かるのですが、色や形、物の総称などを作中に何度も出していると『大きな括り』と『その中の一つ』に該当するものが結構あるんです。なので気になる場合は誤字報告前に感想でご指摘頂いて構いません。
誤字報告ですと、こちらが意図して変えている場合、その誤字報告そのものを単純に削除するだけになってしまうので、ちょっと心苦しいのです。お手数おかけすることもあるかと思いますがご理解下さい。
もう一度。作者のお馬鹿な誤字報告は遠慮なく入れて下さい宜しくお願い致します! 勿論レビューと普通の感想やイイネ、そして☆をポチッとも是非是非お待ちしておりますwww!!




