35 * ケイティ発の派生品
「なんだか嫌な思いをして帰ってきただけみたいね」
今日はケイティがご自慢の手作ミートパイ (特大)を手土産に遊びに来ている。
先日のグレイ達のカッセル国訪問の話をマイケルから聞いていたケイティは一通りグレイ達を労うような言葉を並べたものの、苦笑というか呆れた乾いた笑いというか、なんとも言い難い笑みを浮かべる。
「あの国は仕方ないわよ、一夫多妻こそ男の鑑みたいな所があるから」
「らしいね、割と一夫多妻が認められてる国が多いけど、正直私の周りってそういう人少なかったからピンと来てなかったのよ」
「まあねぇ、あのネルビア首長国のレッツィですら五人よ。あの国も子供こそ宝、女を養える男が良い男みたいな価値観があるから割と一夫多妻が多いけど、カッセルだけよ正妃のほか側妃を名乗れる女だけで十人超え、愛人とか妾とか、立場が曖昧な女含めたら三十人近くいるのは。前王なんて人数すら曖昧だって話よ。しかも、後宮に入っても身分が余程高くなければ自分のことは自分でしなきゃいけないのよあそこ」
「なんで?!」
「だって、あの国はヒタンリ国より王宮が狭いのよ? ヒタンリ国はそれぞれの王子に結婚するまでだけど宮として使える建物がちゃんと生まれたときから用意されるじゃない、でもカッセルはそういうのがないの。数カ所ある後宮にどんどん女を入れていくみたいで、個室が持てるのは一握りなのよ。あとは大部屋で共同生活、いい場所を取るための喧嘩もよく起きるらしいわ」
「ひえっ……なにそれ!」
上擦った声で叫べばケイティは面白そうに笑った。
「私達じゃなくても無理と思う女は多いのよ、その証拠にカッセルの王家に他所の国の王女が嫁ぐことって滅多にないんだから」
「わ、わかる気がする……」
「まあ、それだけ価値観が違う国なのよ。カッセルの悪いところはその価値観を王家だから誰に対して向けても許されると思っているところで、結構他の国からは反感買ってるわね。テルム大公も以前娘を現王の七番目の側妃としてもらいたいって言われたことがあって、ブチギレてたもの。大公家の娘を側妃よ? 歴史も国力も全然上の国によくそんなこと言えるわねって話しよ。それでテルム大公家はカッセルと距離を置くようになったんだから。その手のことで他国と何度もピリピリした空気になってるのに変わらないのよねぇ。他の南方小国群帯ではそんなことないのに」
話を聞くだけでも疲れる国なんだな、と妙なことを考えながらミートパイを頬張る。
「関わらないって決めたならそれでいいんじゃない? ヒタンリ国も対応してくれることになったんでしょ?」
「うん、あとは、リンファがね……」
「あー、グレイセルの次にあなたのことになると面倒な人がね」
「今後は直ぐに私に話を持って来い、潰してくるって怒りの手紙がきたわ」
「潰す? 何を? 国を?」
「……国王の股間……」
「……随分ピンポイントで物理的な潰しをするつもりなのね。それは止めてあげて」
「勿論止めますとも」
ちなみに、その手紙を見たグレイはスンとした顔をして手紙を封筒に戻すと『私はジュリだけだぞ』とその封筒に向かって言葉をかけていた。
まあそんな最近アンニュイな気持ちにさせられた話から枝を伸ばしたネタ話を存分にして、特大ミートパイを半分食べて満足した頃、ケイティは私が落ち着いたのを見計らって急に座っていた椅子の上で姿勢を正す。
「なに、どうしたの?」
「あのね、ジュリ、欲しいものがあるんだけどぉ」
「欲しいもの?」
「欲しいものあったら教えてって言ってくれてたじゃない? 今日はその話がメインだったのよ」
「ああ! 決まったの? 教えて教えて」
「間違い探し」
「……うん?」
「間違い探しの本」
ケイティはおねだりする甘えるような目をして、私はキョトンとした顔で目を点にする。
「……私そういうの作った事ないけど」
「だから作って?」
「おお……そうきたか」
以前キリアが勢いで思いついた物を形にし、直ぐ様商品開発に乗り出すことになった『◯◯を探せ』。現在色んな職人さんからもアイデアを募りノーマちゃん人形やその人形遊びのおままごとセットなどのシリーズ物、ノーマ・シリーズのようにククマット全体から売り出す予定で開発が進んでいる。
その試作品はいくつも作られているので当然クノーマス侯爵家の『収集部屋』行きになったものもあればヒタンリ国の国王陛下に遊んでみてくださいと複数送ったし、ローツさんやフィンたちなどの手にも渡っている。
今突然作ったことが無いものをねだってきたケイティとマイケルにも『◯◯を探せ』の試作品を渡していた。
「あれを昨日ジェイルがやってたのを見ててね、間違い探しの絵本があったらいいなぁって」
『ウォー◯ーを探せ』を作ろうとしているグレイやマイケルだけど、その絵の細かさ故に当面は絵と色の入れ方で試行錯誤になるだろうなぁと思っている。あれ、尋常じゃない細かさだよね、あれを再現しようとしてるんだもん、頑張れ!! って応援するだけにしておく、関わると大変な目にあう。
で、その事でケイティも『無茶しようとしてるわ』と呆れた考えの持ち主で、だいたいそんな細かな絵でカラフルな本なんてとんでもなく高額になって現実的じゃないと冷静な意見を述べて男たちをちょっと凹ませたりしてるのよ。
「でも、間違い探しなら簡単なものから細かなものまでデザイン一つでどうにでもなるでしょ?」
「確かに」
「ジュリなら何とかしてくれるかと思ってるのよ」
うーん。本当にケイティって驚かせてくれる。人とは違う視点を持てるからかな? 色使いもこっちがつい唸る絶妙な配色を考えたりするし。感性が豊かな人なんだよねきっと。
「随分前にも言ったけど、ジェイルを生んだ時に子供の玩具の少なさに絶望したのよ!」
大げさに頭を抱え項垂れるのでつい笑ってしまった。
「オムツケーキの案もケイティだったしね」
「ジェイルの時に欲しかったわ」
今度は顔をわざとらしく顰める。
「そしてジェイルが『◯◯を探せ』をマイケルと楽しそうにしてたのを見てたらもっと欲しくなったわけ。今からだって楽しめるものでしょ?」
ケイティの原動力である息子のジェイル君。彼が生まれてきてくれたからこの世界での窮屈さや理不尽さに耐えられたとケイティが言っていた事がある。
いつも息子の楽しそうな顔を、幸せそうな顔を、それらがあたり前の毎日を願うからこそ。彼女のアイデアはそれが根底にあるのかもしれない。
「よし、じゃあ簡単なの早速考えてみよっか」
「大好きいぃぃぃっ!」
ブフォ! ケイティ! ハグはいいけど私の顔をその立派な胸に埋めるのやめて! 窒息死するから!
今更ながら、◯◯を探せ自体が本になってていいんだよね。
間違い探しと並行して◯◯を探せの本版も開発しちゃおう。
「絵の一部分を変えるだけじゃなく、抜いてもいいし色を変えるでもいい、上手く組み合わせれば絵の大きさ、色数、そしてページ数の調整次第でだいぶ価格は抑えられると思う」
「なるほど」
「作るのが難しいなら今ある技術でなんとかすればいいわけよ」
複写が出来る紙を用意して、その上に単純な果物や建物、人の絵を描く。
描く途中で下の紙に写らないように別の紙を一部挟む。すると当然そこには絵が入らないので、その部分が不自然にならないように後から別の線を書き込めば、欠けてるようにも出来るし形が違うものにも出来る。他には模様の入る部分も水玉模様をストライプにするとか、やり様はいくらでもある。
「こうして出来た原画と変更画を元にして原版を作ればあとは印刷するだけになるでしょ、これを二十種類くらい用意できれば本として成立するページ数になるし量産できれば価格も抑えられるかな」
「うんうん、これはいいわ」
「それと、同じ本でも◯◯を探せは原画だけでよくて、その本に描かれている物や色、形が書かれたカードをセットにするのはどう?」
ランダムに選んだカードに書かれたものを探して楽しむ本になればいい。そしてそれぞれのページが全てのカードに対応できなくてもいいと思うんだよね。『このページ赤色ないじゃん!』とか『本だけで五冊もある!』とか、『なんだよ、もう!』ってイラッとするかもしれないし『そういうパターンか!』って笑うかもしれない。楽しみ方というか使い方は人それぞれでいい気がする。
「え、普通に楽しいわよそれ。ちょっとしたテーブルゲームになるもの」
ケイティがマジな顔してる (笑)。
「ねえ」
「なに?」
「しかもこれ……教材になるじゃない」
「え?」
「文字の読めない子供に、教育を受けられない子供に、どこでも文字や物を簡単に教える事が出来るんじゃない?」
「あ……」
「あなた言ってたじゃない、託児所でも気軽に簡単に基礎教育ができる物があればいいって。そういう物は幼児教育は勿論事情があってなかなか学校に通えない子でも短時間で文字に触れる機会になるはずだって。遊び感覚で自然に文字を、単語を目にする機会が与えられる環境って、こういう物を使えばいいんじゃない?」
「……ケイティ」
「なあに?」
「大好きぃぃぃっ!」
一頻り自らケイティに抱きついてから、私はすぐさま行動に移す。
「ねえ、私とロディムさ、グレイセル様に怒られないよね?」
「本当にそれだけは勘弁してくださいジュリさん」
本日休みの私が意気揚々と大手を振って現れたのを見て工房でお店の商品作りをしていたキリアとロディムに物凄く心配そうな、不安げな顔をされてしまった。
「大丈夫大丈夫、多分」
「それが一番怖い!」
キリア、うるさいよ。
私達のやり取りを見てケイティは笑ってそしてご自慢の胸を張ってグッと親指を立ててみせた。
「安心して、ジュリが良いものを思いついた時はグレイセルは絶対に怒れないから」
するとキリアとロディムが無言で互いの目を見て。
「「新作!!」」
ハモった。最近似てきたよ、君たち。
「絵はユージンに描かせてみようって考えてるの。モチーフ系から本格的なものまで色んな場面の絵をね。例えばお夕飯の準備中のキッチン、玩具が散らかった子ども部屋、賑やかな市場の風景、イースターの華やかな祭り風景。物や色が映えるそんな場面を簡単な絵から精巧な絵までいくつか用意して、その手間によって本の値段は変わるけど、製本せずに大きめの地図サイズに仕上げれば一枚で一度に学校や神殿、修道院、そしてうちの託児所の子供が集まる場所で使える玩具兼教材にも出来る」
「玩具兼教材…… 《ゆりかご》や移動販売馬車で扱う玩具の一部にもありますね、同じ扱いになるんでしょうか?」
ロディムの目は至って真剣だ。
「マーク・トイのルートシリーズは同類かな。あれは知育玩具として売り出してるし。でもこの〇〇を探せシリーズは言葉や物を覚えるのに有効だろうけど知育玩具という一つの括りにしてしまうのは勿体無いね」
するとケイティがちょっと大袈裟に頷いて同意する。
「私が元いた世界で友人の子供への誕生日プレゼンにした本はね、物凄く精巧な絵なんだけど机の足がパンだったりお花がレースだったり、猫の尻尾が猫じゃらしだったり、よく見なきゃ分からないくらいに馴染むよう描かれた物がいくつあるか、どこが変かを探して楽しめる物だったわ。あれ大人が見つけられなくて子供のほうが簡単に見つけたりした記憶があるのよ、いい大人がムキになっちゃうくらいには誰でも楽しめたわね。地球のクオリティは求めてないけどつまり大人も普通に楽しめちゃう間違い探しや〇〇を探せといった本になればそれでいいじゃない、堅苦しさがなければ万人受けし易いものになるはずよ」
新聞とか雜誌とか、結構頻繁に目にした間違い探し。ちなみに私はあれを真剣にやってしまうタイプでした (笑)!
ケイティの言う通り、この手の本は知育玩具に態々当てはめる必要はない。ゲームとして、そして学びにも活用出来る一石二鳥な皆で楽しめる物でいいんじゃないかな。
恐らくロディムは知育玩具というジャンルに興味があるのかもしれない。後の公爵として領地の子ども達の学力向上は絶対に外せない政策のひとつのはずだから。
「これはこう、って無理に当てはめなくていいのよ、知育玩具じゃなきゃ教育には使えないってことは絶対にないから。何ていうかな……取っ付きやすさ、受け入れやすさ、そういうのを重要視してククマットの低年齢層の学校教育は進められればと思ってる。少しでも文字を覚えることに苦痛や抵抗を感じさせない、そういう環境を整えて初めて統一された基礎教育はどうしていくかって考えられようになると思うから」
識字率が悪いわけではないこの世界。でもその格差は驚くほどある。単に文字を知らない、覚える機会がない人たちがその割合に含まれていないのではないか、ということが最近分かってきた。その証拠に未だ学校よりも働くことを望む子とその家族が多くて、それは地方に行けば行くほど顕著で、クノーマス侯爵領でも約一年の調査を経て大きな地区から離れるほど識字率が下ることが判明したから。詳しく調査しそれを確認した侯爵様達があ然とするレベル。
後に『ケイティ母さんの探し物シリーズ・間違い探しシリーズ』と命名される二種類の本たち。
提案者本人は本の販売利益で己の欲望を詰め込んだネイルサロンを開店、存分にネイルを楽しむのと同時に販売利益をとことん注ぎ込み貴婦人たちがこぞって予約取り戦争に参戦することになる『予約の取れないネイルサロン』オーナーとして脚光を浴びる。
その一方でロディム・アストハルアはククマット伯爵領の知育玩具や教材、そしてケイティ母さんシリーズを自領の全ての教育現場に徹底的に浸透させ、幼少期からの教育という富裕層が占めていた領域に生まれや地位に囚われない革命とも言える教育改革を齎すこととなる。そしてそれは国全体の教育改革へと繋がり、彼が在籍した王都の富裕層が通う学園は、学力テストによる審査を経た入学と単位取得とテスト結果、日々の学生生活態度を総合的に審査され問題なしと判断されなければ卒業どころか進級すら出来ない正しくエリート排出のための超難関進学校へと変わっていく礎になる。
ただし。
「ロディムは頭が固すぎるのよぉ、もう少しユーモアってものを持てないの?」
「うっ、それは」
「あんたねえ、経営者ってものは―――……」
ネイルサロンオーナーに面白みがないだの生真面目すぎるだの散々に言われながら手先の器用さを利用されネイルアートをちまちま描かされることは、彼の立場上人に知られるのは宜しくないということで、機密扱いレベルで 《ハンドメイド・ジュリ》では扱われる事になるので、これ以上語るのは止めておく。




