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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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35 * 新しい繋がり?

 



「タダイマ」

「おかえり……なぜ片言」

「……」

 帰って来たグレイの顔が珍しく憔悴してるし、声も弱々しく。


 一週間前、グレイとローツさんが南方小国郡帯にある国の一つ、カッセル国にエイジェリン様のお付き兼交渉役として向かった。まあ、いつものごとく途中まで転移して旅路をかなり短縮したから往復一週間で済んだけど、本来なら往復一ヶ月はかかる所にあるそこから帰ってきたからそりゃ疲れているだろう……というわけではなく。


 事の起こりはクリスマスシーズンと同時に開催したものつくり選手権真っ只中だった。

 クノーマス侯爵家宛にカッセル国から突然『ガラス暖簾』の権利を売ってくれ、という手紙が来た。

 作って販売し利益を得るためのレシピ代のような版権ではなく、権利そのものを。いきなりなんの前触れもなく、というかそもそもカッセル王家とは直接の接点すらないのに売ってくれとクノーマス家に手紙を送り付けて来ていた。


 そんな事が起こった原因が『ガラス暖簾』。これはククマットで虹ガラスが売り出されたとほぼ同時期にトミレア地区のガラス工房が共同で地場産品として開発したトミレアブルーと呼ばれる青いガラスをカットし丈夫な糸で連ねたものをパーテーションの内枠に並べて吊るした、深く鮮やかブルーが実にインパクトのあるガラスパーテーションの派生品で、簡単な工事を必要とする、直接出入り口にそれを吊るす事も出来るようにしたもの。そんなガラス暖簾はガラスパーテーションの一部として登録したのでそもそもそれだけの権利というのは存在しない。

 にも関わらずカッセル国はガラス暖簾の権利が欲しいと言ってきたわけよ。


 で、私は最近まで知らなかったんだけど……。どうやらその話し合いに私をカッセルに招待しますとも書かれていたそうで。

 え、私ガラスパーテーションの権利持ってないけど? と疑問に思えばエイジェリン様からカッセル国は【彼方からの使い】を国に招待したという実績が欲しいという事を聞かされたの。

 マイケルやハルトが何度か行ってるのでそれも疑問に思えば、そもそも彼らは勝手に行って勝手に帰って来る上に、カッセル国のそういう要請には一切応じて来なかったんだって。その理由は単純で、彼らには【彼方からの使い】としての所属国があって、もし公的に国として招待したければ必ずその所属国の許可が必要だから。その所属国を無視するということはその国を軽視するという意味になって、国際問題になりかねないらしい。

 で、そこでさらなる疑問。

 私の所属するベイフェルアは私を【彼方からの使い】とは認めていないけど、後ろ盾にヒタンリ国がいる。そういった国相手の交渉はヒタンリ国が所属国同等の対応をすることになっているのに、何故クノーマス侯爵家に? と。


 ……軽視してるんだって。カッセル国はヒタンリ国を自分たちより劣っている未熟な国だ、と。

「南方小国郡帯と北方小国郡は昔から意識しているというかライバル視してるというか。最初に国が出来たのが南方、でも周辺諸国の技術を取り入れて発展し国力を付けたのは北方なんだ」

「あー、うちは歴史が古い、うちは国力があるって、違うことで争ってるんですね」

「そういうことだ。それもあって南方と北方で正式な国交がある国というのがない。せいぜい民間レベルの物産品の輸出入で、どこかの国で新国王の戴冠式などの格式高い式典でもなければ顔を合わせることもない。……特にヒタンリ国は目の敵にされている。国王陛下が【称号】【スキル】持ちなのは有名で、古くからあの血統は【スキル】持ちが生まれやすい。北方小国群の国や自治区に比較的【スキル】持ちが多いのはあの血統も関係していると言われるくらいだ。一方で……」

「もしかして……」

「想像通りだよ。カッセル、いや、南方では【称号】どころか【スキル】持ちすら生まれにくい。僻み、は言葉が悪いかな? とにかく南方の国々は北方が度々その手の話になると比べられてきたわけだから、面白くはないだろう」


【称号】【スキル】持ちが生まれにくい。

 それはこの世界のとある環境によるものとされる。それが魔素。ダンジョンや魔素溜まりの下には魔核と呼ばれる魔素発生源があるとされるんだけど、その魔核は各地で大きさが変化したり魔素量が増減したり、時には消滅したり発生したりとまるで生き物のように長周期的に変動する。さらに魔核自体が動いて移動することもある、と言われる程とても能動的な不思議な存在なんだけど、いくつかの特異性があって、その一つが一部地域で殆ど存在しない、というもの。その一つがカッセル国が属する南方小国郡帯のある地域。ダンジョンや魔素溜まりが殆ど発生しない。つまり、魔物が発生しないか弱い魔物しか発生しない。この世界において、魔物の脅威が殆どない極めて安定した地域とも言える。それがその地域で生まれる人たちの能力にも影響を及ぼした。生まれつきもつ魔力も平均以下、攻撃や防御の高い、身体能力の優れた人も少ない。同じ南方でもカッセル周辺の外側はダンジョンもそれなりにあり能力持ちが生まれるからカッセル国周辺だけが昔から『そういう土地柄』と蔑まれてきたらしい。

「しかもカッセル国周辺は故に特殊な素材が入手困難だ」

「魔物素材ですね?」

「ああ。だからこそ独自の文化で発展し国を作り上げたが……如何せんあの辺は特産品も一つしかないから外貨獲得が難しい」

 そのたった一つの特産というのが私もお気に入りの温度で色が変わるアルマジュ石。温度計代わりになるそれは南方特有の鉱石なので高く取引される。

「しかし、近年アルマジュ石の採れる鉱脈が他の南方の国や自治区でも見つかっている。そちらがバミスやフォンロンの支援を受け採掘事業を拡大したことでここ数年で価格は下がって、その下がり具合は値崩れと言っても過言ではない。カッセル国とその周辺は他の産業に手を出したいが、簡単にはいかない状況だ」

 アルマジュ石の産地としてカッセル国は南方では力ある国として主導的立場を取ってきたけれど、それはあまり褒められるものではなかったらしい。アルマジュ石の採掘権を独占し利益もカッセル国が殆ど得てきた。それに不満を持っていた周辺が、他の南方の国や地域に追随する形で『カッセル離れ』を始め、積極的に大国バミス、隣接するフォンロン、ロビエラムそしてベイフェルアと独自の外交をするようになったことで瞬く間にカッセルの『南方で一番』という地位が揺らぎ始めたわけ。

 アルマジュ石で強気な外交をしてきたカッセル国は外交の切り札や取引材料がない現状にようやく危機感を覚えることになる。


 それが、私のヒタンリ国の後ろ盾だ。


 馬鹿にしてきたはずの国が、【彼方からの使い】の後ろ盾としてバールスレイド皇国、ネルビア首長国が公に認めたことが、南方に衝撃を与えた。しかもほぼ同時に他の国や北方小国群に属する国や自治区もそれを歓迎した。堂々と【技術と知識】を国として手にしたヒタンリ国は以降驚異的な速さであらゆることの見直しと修正、そして開発に莫大な投資をしている。バールスレイドとネルビアもヒタンリ国でしか入手出来ない魔物素材や鉱石などの取引に今まで以上に積極的になり、ますます活発になる外交で今後のヒタンリ国は大陸で最も高い成長率を維持して強大化していくと名だたる知人が声を揃える。

 私が利用されていることに間違いはないんだけど、こういう利用のされ方は特に問題ないよね、私に迷惑が一切降りかかって来ないので。ヒタンリ国とは仲良くしていくし、発展すればもっと面白い素材が見つかって私も使えるかもしれないし、何より万が一の時には頼れる存在、互いに利用され利用してが当たり前だよね。


 北方小国群で最も発言力のあるヒタンリ国。そして北方小国群に属する国や地域は現在良好な関係でヒタンリ国の発展を歓迎し北方全体で協力発展するための共同宣言というのが二十年前に交わされた以降それが破棄されるなどの危機を迎えたことがなく、少なくともこれから数年もその関係にヒビは入らないだろうというのがエイジェリン様たちの見立てになっている。

「……カッセル国は焦ってるんだ。国自体が危機的状況でもあるし」

「アルマジュ石以外の産業が殆ど外貨獲得につながってないって話ですもんね」

「あの周辺でしか採れない貴重な果物なんかも輸出しているが、殆どが値段が高すぎる。富裕層はその貴重さと価格に特別感を感じるから購入するけれど、それだけだ。周りが徐々にカッセルの目を気にせず他所との取引をするようになり始めたからなおさら。類似した良質な代替品があれば一般人はもちろん富裕層だってそちらに手を出す時が来る、今の高級志向を維持したければ品質維持などもっと努力をしなければ」

「そういうのはしないんですね」

「さあ、どうかな。流石にカッセルの王家や権力者達の頭の中まではわからないから。まあ、その一つとしてジュリやガラスに目を付けたんだろうけど……悪手でしかないなぁ」


 エイジェリン様が肩を竦めて軽く笑った理由は直ぐに分かったのよ。

 ヒタンリ国が正式に遺憾の意を示したから。

 端的に言えば『勝手にジュリを呼ぼうとしてんじゃねぇ』って事を書いた書簡をカッセルに送ったんだよね。それをバールスレイドもネルビアも知ってるし、なんとバミスからは直々にアベルさんが『止めといたほうがいいよ』みたいな手紙を送っているらしく。

 私の外側でそれぞれの思惑ありきでカッセルに対して釘を刺しまくったわけ。


 で、結果どうなったかというと。

 ガラスパーテーションの権利を持つクノーマス侯爵家代表でエイジェリン様が、そのクノーマス家が今どんどん取り入れている、影で『ジュリ式』と呼ばれるようになったとにかく細かくややこしい契約書、誓約書の文言や注釈の取り扱いに長けたグレイとローツさんが補佐としてカッセル王家の招待とは名ばかりの駆け引きのため、私の代わりに行くことになった。

 私、行っても良かったんだけど顔に出てたのか。

「絶対に問題発言をする気だろう」

「それはしないよ、そのかわりヒタンリ国と侯爵家を無視したことへの意趣返しとして契約が成立直前に契約書にとんでもない注釈書き込んでやるけど」

 てグレイに返したら『色んな意味で、来なくていい』って言われたのでお留守番になった。














「結局、契約には至らなかったんだね」

「そうだな、正確には『至れなかった』だな」

「契約内容のせいで?」

「いや、そもそもまともな交渉にもならず話が終わったんだ」

「なんで?!」

「初めからそれは二の次だった。こちらがせっかく準備した交渉内容も単なる談笑扱いされたよ」

「な、なにそれ……」

「その代わりに何をしてきたと思う? 兄上に対して『第二夫人を娶る気はないか?』と王女含めてその筋の女が三十人並べられて好きに選べと言われた。跡取りが一人ではこの先不安だろう、とな」

「は……」

 乾いた、呆れた笑いに近い声が出た。グレイは眉間に深くシワを寄せこめかみを指で押しながら更に続ける。

「キッパリと兄上が断れば私とローツにまで。こちらも丁重に断れば今度は『まだ男として枯れる歳ではないでしょう』などと笑いながらずっとその話だ」

「つまり、ガラス暖簾どころか、私じゃなくても良かったってことだ?」

「それは、どうかな……」

 ずっと険しい顔をしたまま、グレイは唸るような低い声で疑問を投げかけるように呟いた。

「ジュリを呼び出したかったのは確かに感じた。ただそれも……ジュリに対して男を充てがう目的だったのかもしれない、ジュリ本人を懐柔出来る手段を欲していて、それが無理なら私達を、という考えだった筈だ」


 そして。


「二度と、あの国には行かない、今後どんな要請をうけようとも決してな。どんな手を使ってでも断る。……今まで騎士団団長時代を含めあらゆる交渉の場に立ってきたが、これほど不愉快な交渉はなかった。中身のない、会話の噛み合わない交渉がこんなにも精神を擦り減らすんだと勉強になったよ」

 スッ……とこめかみから離れて降ろされた手。眉間からはシワが消えていた。グレイの顔から表情が消え去って。

 天井に向けられたその目の冷ややかさにゾクリとした。激情ならいい、怒りとか憎しみとか、分かりやすい感情ならそれを宥める和らげる言葉を探せば良いけれど、今のグレイの目はそういうものではない。

 ただ、冷たい。

 何の感情もない。

 この目は、とても危険だ。

「グレイ」

「うん?」

「嫌な思いをさせちゃったね、ごめんね」

 バッ! と体ごと私に向いたグレイ。私の言葉に突如その目に驚きという感情が宿る。

「何故ジュリが謝る?」

「私が最初からカッセルの対応の悪さにもっとはっきりと不快感を示していればクノーマス家もヒタンリ国ももっと強く今回の訪問を拒否することが出来たでしょ。私もまだまだ甘いみたい、ごめんね、余計な心配や仕事を増やして」

「ジュリが謝ることじゃない!」

 ギュッと、息ができなくなるほど強く抱きしめられる。

 この男はこれくらいがいい。

 あの無感情な表情で底冷えする目の時のグレイは、駄目だから。


 何を仕出かすか分からない。

 感情がない分、理性が支配する。その理性が生み出す思考が極めて危険な男。


「うん、もう、こんな事で謝りたくないよねぇ。だから、もういいよ、グレイ。カッセルには行かない、私もグレイもカッセルにはなるべく関わらない、それでいいんじゃない?」

 努めて呑気な口調で言う。

「アルマジュ石だって、他の南方小国群帯の国から買い付ければいいし、メインで扱ってる石でもないから。いっそのこと扱うのも止めてたっていい」

「……そうだな」

 グレイの腕の力が緩む。緩んでその手が優しく私の肩や背中を撫でる。

 首筋にかかるグレイの息は、安堵が滲んでいた。


 今回の件、色んな意味で勉強になった……。


 先日の糸の取引トラブルといい、最近は本当、ため息を何回も繰り返すようなことが起こるわぁ。平穏に暮らしたいのにね!


 そして、カッセル国に 《ハンドメイド・ジュリ》は関わりたくないです!! 以上!!




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