35 * 色んな意味で秘匿案件です
「商長、これどうしますか」
キリアがスンとした顔で突き出して来た物に、私とグレイもスンとした。
『黄昏』の粉、ロディム作。
以前キリアとロディムに加工してもらい、キリアが粉にしたものは『黄昏水』にぶっこんだ。
しかし、ロディムが粉にしたものはそのまま保管、いや、扱いに困り放置されていた。だって私とキリアが加工した物と不活性魔素量が全然ちがう……。『混ぜるな危険』って言葉が頭をよぎったわ、冗談抜きで。
ただ、粉にして擬似レジンに入れたらどうなるんだろ? という好奇心と探究心が私達の中にくすぶっていたのも事実。そんな欲望に完全に飲まれた私達は開き直ることにした。
この際何が出来てもいいことにしよう、と。
ヤバかったらお蔵入りさせればいいじゃんね、と。
で、擬似レジンだけじゃなく他も試そうか? 一つくらい混ざるでしょ、という期待したものの『黄昏』の粉は、やっぱり元の『黄昏』のクセ強すぎ性質をそのまま受け継いでいた。
まず、擬似レジンと混ざらなかった。
混ぜようとしても粉が全く湿らず飛び散るだけ。私だろうがキリアだろうがロディムだろうがそれは変わらず、力技で蓋付き容器に粉を入れてから上から流しこみシェイクしても、蓋を開けたら粉がボブン! と飛び散るだけという……。
他にもアシッドウッドという毒性があるけど粘性があるためガラスドームの水の粘性出しに使われる樹液や他の液体も試したけれど全滅。途中から悪ふざけでお酒とか油とかなんでもありになっても全滅。全て混ざらず。まるで『混ぜようとすんじゃねぇ』と言わんばかりの粉。
つまり『黄昏』の粉は水にしか混ざらないということが発覚して。
ということで、お蔵入り。また地下室で寝てて下さい。
にはしない!
「これって、クセ強以前に……硬いよね?」
私の質問にマイケルが頷く。
「この世界の魔素の、不活性魔素の含有率や加工者の素材との相性も考慮しなくちゃいけないから一概には明確なランク付けは出来ないけれど……僕の知る限りでは、『黄昏』は最高硬度を持つ一つであるのは確かだろうね」
「……じゃあさ、その現状最高硬度のこの粉って」
「あー、ジュリが言いたいことが分かったよ」
「早い理解ありがとう、そう、そういうことよ」
「え、何が?」
ちょっとわざとらしく瓶を振ると、キリアが身を乗り出す。
「これ、研磨に活用できないかな」
『黄昏』の鱗を研磨するためにあの時用意された研磨盤は、ベイフェルア国内でも他にあと一枚あるかないかと言われる超貴重なもの。今更な暴露をすると、リンファが秘密裏に用意してくれたものでこれがなければ加工は困難を極めたと思われる。私とキリア、そしてロディムの場合は恩恵があるのでもしかするとどんな研磨盤でも研磨できる可能性があるけれども。
「もし出来るならいっそのこと全部粉にして研磨用にするのもアリだよね?」
「うわぁ、返答に困ること言うね!」
「え、なんで?」
「だって、『黄昏』だよ?! 今手元にあるものだけで城が買えるんでしょ! それを粉にするの?! しかも、しかもだよ? 貴重な物だしアストハルア家から提供されたものだし……」
「城なんて買う気ないし、使い道ないなら使えるようにしたほうがいいし、何より所有者私だからどう扱おうがあんまり気にしなくていいと思うけど?」
「……あんたのその割り切った考え方、ホント尊敬する……」
冷めた顔で私を見ているキリアはスルー。
「まあ、そう簡単にはいかないだろうけど。スライム様ですら受け付けないってことは、研磨盤に付着させるための物もかなり限られるよ」
「あ、確かに……。硝子はダメ?」
「耐火性はかなりあるから固まる直前の硝子の表面に付着させることは出来るかもね。ただ、ガラス自体が研磨盤としてはあまりにも向いてないから」
「そこかぁ。てことは、基盤は耐久性の高い今の研磨盤と同じ金属でいいとして……じゃあ、それに粉をくっつけるには何がいいんだろ?」
そこでふとキリアが笑い出す。
「これでごく普通の接着剤とかだったら笑える」
「おっ! 試そうそれ!!」
なんて陽気に返したらグレイが呆れたため息ついてたわ。
が。
まさかの接着剤オッケーでした。
キリアとふざけてごく普通の、普段から私達が使っている、紙や木材を接着する本当にそのへんで売ってる接着剤、あれを金属板に塗って粉を振りかけたら、乾燥後がっちり固まった。
表面をハンマーで殴ろうが、おやつを食べるのに使ったフォークでガリガリ擦ろうが、粉の一粒も巻き上がらず。というかハンマーとフォークが傷ついたの。グレイにやってもらったらハンマーとフォークが削れたという……。
「「なんなの『黄昏』」」
キリアとハモった。
「嘘でしょ、普通の接着剤でなんで金属板にこんなにがっちり固まって剥がれなくなるのよ。だったらスライム様でもいいじゃない、なんで木工用接着剤? しかも水かけても全く溶け出さないし。え、これ木工用接着剤だよね? リンファの作る謎ポーションにすり替わってたりしないよね?」
意味不明すぎて最早自分が言ってることもよくわからなくなりそう。
「……また、ですか」
「ジュリは魔素酔いするから」
「……はい」
ハンマーと無造作にボールに入れられた小さくカットされた『黄昏』の鱗、そして袋をキリアに押し付けられたロディムが遠い目をしつつも頷いた。
ロディムが何故わざわざ砕いて粉にする必要があるのかと納得出来ない顔をしたので、おそらく最強の研磨盤が作れると伝えると目の色が変わる。
「ジュリさん、たとえ研磨盤でも」
言いたいことは分かるよ、と遮って止める。
「世の中には出せない。少なくとも、使う人、欲しい人には厳しい条件付きの魔法紙による誓約書にサインしてもらわなきゃならない物だよね」
「はい」
「でも、何でもかんでもお蔵入りさせるのは違う。どうせならさ、どんなふうに使えるのか試験を繰り返して後世に記録として残すとか、活用して魔石や天然石がどれくらい硬いのか調べるための道具にするとか、そういう使い方もありだと思う。今加工できるのが私達だけかもしれない、でもいつかずっと先の未来だとしても、他にも出来る人が出てきて『黄昏』をもっと世の中の役に立つものにしたいって人がいた時に、その人たちの助けになるって言うのも、恩恵を授かった私達の出来ることじゃない?」
ロディムは物の価値や希少性というものに囚われすぎる傾向がある。それは育った環境のせいもあるかな、と。
「あんたは自由すぎる」
キリア、今私の話はいいからね。
とにかく。
何でもやってみることが大事だよね。物を作るって、素材があって出来ることで、それらって、まずは使えるように加工してあるのが前提。その加工には、『壊す』も含まれてて、壊さなきゃ使えない物って案外多い。それを価値や希少性だけで止めてしまったら、ねぇ? 結局そこからは何も進まないし生まれないでしょって話。
指導者ぶって説明したわけじゃないけど、吹っ切れた顔したロディムがキリアと共に勇み足で『黄昏』の鱗を粉にするため私の側から離れて行ったのをみて、ちゃんと言葉で導いてやらないと駄目な時もあるってことを再認識しつつ、いつかロディムも誰かに今のような話しが出来るようになったら嬉しいなと期待もしておく。
「へー、なるほど、研磨盤に」
マイケルから面白い話がきけると言われたので遊びに来たと言うハルトにも今回のことを説明する。
「けど、粒子が均一じゃねぇと使えないよな? しかも相当細かくなきゃ」
「ほい」
「ん?」
私は二人がハイテンションで追加で粉にしたものが入る瓶をハルトに差し出す。
「ハンマーで叩き割っただけよ、これ」
「……は?」
「ビバ恩恵。あの二人がやるとこうなる」
あ然とするハルトに最高の笑顔を向けておく。しばらく『マジかぁ』とかブツブツ言ってたハルトが不意に何かひらめいたようでパッと目を見開く。
「なあ、カット済みの鱗、二、三個でいいから貰えたりするか?」
遠慮せず十でも二十でもいいよと言ったら丁重にお断りされた。
「魔法付与でもするの?」
「いや、ちょっと試したいことが……」
―――ロビエラム国王宮:皇太子宮の政務室―――
「ハルト、なんだこれは」
「まあまあまあ、ストレス発散だと思って」
「中身が分からないことがストレスなのだが」
「細かいことは気にすんな! とにかくバーンと! 思いっきり、日々の不満や苦悩をぶつけるつもりで!」
「理由もわからず何故ハンマーを振り降ろさねばならないのだ!」
「いいからいいからやってみ! はいっ! 迷いを振り切りドカーンと!!」
「ジュリ」
カット済みの『黄昏』の鱗を持って帰ったハルトは翌日現れた。しかも奇妙な、いや、ちょっと不気味な笑顔で。
「まさかできたの?」
「できた」
差し出された缶を奪うように受け取り、蓋を開けるとそこにはキラキラと輝く、極めて粒子の細かな粉が入っていた。キリアとロディムがハンマーで叩くだけで出来る粉と寸分違わぬものが。
「あれ……恩恵を授かっちゃってる気がする」
「ぎゃはははっ! マジウケる! お前がそう直感で思っちゃったら間違いなく恩恵!!」
「いやいやいやいや……ハルト、王太子殿下にものつくりの恩恵はダメでしょ」
私、ロビエラム国王太子殿下と実質トータルして二日分くらいしかまともに交流したことないんだけど。
なんで高貴な方に恩恵出ちゃうんだよ!!
「でもな、ジュリ、あいつが加工出来るなら利点はあるぞ? 権力で情報統制は勿論、研究費用も期待できる」
……。
……。
それは、おいしい。
悪魔の囁きならぬハルトの囁き。
「中身が何か知らないでやらせたんだ?」
「それは、怖かったでしょうね……」
ここにはいない高貴なお方を想像し憐れみの目をしたキリアとロディム。
「しかも何をやらせたのか今のところ教えるつもりはないって」
「えっ、なんで?!」
「『何やらされたのかわからなくてビビってるのが面白いだろ』だって……」
二人の目が、更に憐れみを深めたのは見なかったことにする。
「でも、正直なところ『黄昏仲間』が増えるのは嬉しいね」
ん?
「そうですね、私より立場的に物作りに携わるのは難しいですが同じレベルの恩恵を授かっているようですし、『黄昏仲間』が増えるのは歓迎です」
二人から私の知らない単語が出来きたぞ?
「ねえ、『黄昏仲間』って、なに」
「そりゃあ、『黄昏』を加工できる仲間ってことよ。リーダーはあんたね」
キリア、さも当然の顔していいやがった。
嬉しくない!
『黄昏』の粉を活用した研磨盤。
これが正式に公表されるまで実に十年以上の歳月を必要とする。
その原因として、『黄昏』の粉を用意できる人材が私を含めて四人のまま、増えることがなかったことが挙げられる。時折出る強く恩恵を授かる人たちや著名な職人さんたちに中身が分からない状態でハンマーで割る、ということを何度試してもらっても私達以外でできる人は見つからなかった。
そして研磨盤としての性能があまりにも高すぎることも世に出せない原因となった。どんな魔石、魔物素材、そして輝石でも全て研磨出来てしまうそれは、研磨とカットの技術が未だ中世ヨーロッパ当時相当のこの世界にはそぐわない多面体の研磨を可能にしてしまう代物だったため、ロビエラム王太子殿下が世の中の混乱を回避するため当面の秘匿と、開示後も使用制限も設けるべきだと、私達の身を案じて提案してくれたことも大きい。
そして王太子から国王へ、戴冠式を終えた直後に誕生したばかりの若き国王が研磨機を世に発表する。
私達は開発協力者として名を連ねるものの、その販売や貸出、生産について一手に引き受けて下さり、その事で 《ハンドメイド・ジュリ》だけでなくククマットがそれを巡って利権争いに巻き込まれることのないようヒタンリ国と共に私の後ろ盾のような立場として長きに渡り矢面に立って下さることになる。
「ジュリさん、持ってきました鱗!」
「やったぁぁぁぁっ! 全部粉にするしかない!!」
「ですよね!! 気持ちいい位何でもキレイに研磨できるのでついつい使い込んじゃうんですよ、お陰で消耗激しくて」
「わかるー!」
「あ! ロディム!! 鱗が手に入ったって?!」
「はい! キリアさん今からお時間有りますか? 夕方まで自由時間が確保できたのでこちらで作業出来ればと」
「いいよ! 作業場確保してくる!! あんた明日は時間取れるの?」
「残念ながら明日は厳しいですね」
「じゃあ盤の仕上げはあたしとジュリでだね」
「ハルトに聞いてみる? 陛下のストレス発散になるから渡すと喜んでハンマーをバンバン振り下ろすからね。呼べば来るよ、たとえ五分でも」
「そういえば陛下の手持ちの鱗、在庫は少ないはずです。呼べなくてもお渡ししても良いかもしれませんよ」
「おおっ、じゃあ陛下にもやってもらえたらやってもらおう」
「んじゃハルトに連絡してみる。頼むねー、やる時場所だけは教えて近づかないから。魔素酔いヤダ」
知るのはほんの一握り。
ロビエラム国王陛下がストレス発散でハンマーを一心不乱に振り下ろすことと、時折ククマットになんちゃって庶民様に変装しやって来てキリアと後のアストハルア公爵ロディムと三人でお茶をしながら密室でハンマー振り下ろしながら談笑することを。
貴重で高性能、これを超える研磨機はもう出てこないだろうと言われるそれを、消耗など全く気にせずおもちゃのように己の欲望のままに鼻歌交じりで使う私とキリアとロディムの姿が度々 《ハンドメイド・ジュリ》と 《ハンドメイド・ジュリ:二号店》の工房で見られる事を。
「ジュリは国王を仲間にした!」
ゲームだったらそんな字幕が出そうな話が書きたくて黄昏の粉に再び登場してもらったのですが、ちょっとイメージと違う仕上がりになってしまいました。
「なあ、ずっと俺が運び屋みたいに転移であいつの送り迎えしなきゃいけないのかよ?」
「あのお方の身の安全はお前が確保するのは当たり前だろう、巻き込んだのはお前なんだから責任を持て」
「お前だって長距離転移できるだろしかも連絡の手間とかなくなるしさ! 俺をなんだと思ってるんだよ?! 《ハンドメイド・ジュリ》の運び屋じゃねえぞ!!」
ハルトとグレイのそんなやり取りを聞いて驚いたのは若い従業員。
「えっ、運び屋じゃないんですか」
ちなみに従業員の殆んどから気づけば【彼方からの使い】であることよりも運び屋として認知されていたことが発覚し本人が打ちひしがれ、健在のおばちゃんトリオが大笑いするのはまだまだ先の話。




