34 * 子供に負けてない人達
こちら文字数多め。
これに似たもの持ってた人いたりしますかね?
日々凝り固まりがちな思考を解すためにも色んな人と意見交換するのは本当に必要だなと実感したお茶会は無事に済んだ。
たぶんロビエラム国王女とヒタンリ国王子妃がいてくれたからだと思う。
あのエリス様が大人しい時点でね、王族の存在って偉大だと肌で感じました、はい。
なにより、ものつくり選手権でのことが王族二人の存在感を強めることになった。
お忍びで来ていたロビエラム王太子殿下が気に入って購入を打診してきたのがヒタンリ国が出品してきたミラー・ネックレスというもの。王太子殿下が妹の王女殿下のプレゼントに、と望んだのよね。それの取り次ぎをして以降文官レベルでの両国の接触が増えているらしい。今回のお茶会でロビエラム王女が王太子に代わり良い品が見つかりましたと御礼を、ヒタンリ国王子妃が国王と職人に代わりご購入ありがとうございますと御礼を、というやり取りがなされた。つまり、その場限りとはいえかなり良好な関係のお二方が参加のお茶会に水を差すようなことは決して起こせないというのがご夫人たちの暗黙の了解、総意となったのよね。
「平和だった」
お見送り後に身内だけになった瞬間にそうつぶやいてたから。平和は素晴らしい。
さて、そんな終わり良ければ全て良しなお茶会後となった今日は、クノーマス侯爵家にキリアとセティアさん、そしてフィンとオバちゃんトリオを伴って訪れている。
理由はヒタンリ国王子妃からの要望があった『なりきりセット』用の、ステッキではなく扇子のことで相談するため。
ちなみに同じくなりきりセットのステッキの代わりとしてロディムの弟リウト君からの要望でもある剣の話し合いやデザインはグレイやライアスに任せた。剣の知識がないから私。分かる人に任せたほうがいいでしょってことで。
「……こうしてみると確かに扇子の材料って、繊細なものばかりですよね」
シルフィ様とルリアナ様にご協力頂きまして、手持ちの扇子を全て出して頂き手に取り受けた第一印象がそれだった。
「そうね、そもそも本当に仰ぐための扇子は侍女や執事に持たせているから」
シルフィ様が後ろに控える専属侍女さんを呼んで彼女にバニティーケースをテーブルに置いてもらい蓋をあける。
そうそう、バニティーケースは最近侍女さんに持たせて貴婦人たちの後ろに控えさせる、というのが流行りだしてて、その中にはお直し用の化粧道具の他に予備の手袋にハンカチ、そして今回の話の中心とも言える実用性のある扇子などが入れられ、主人からの細かな要求にすぐさま対応出来ると貴婦人たちよりも侍女さんたちからの評判がすこぶる良いという話が伝わってきてるのよ。ただし、入れれば入れる分だけ重くなるため、今はバニティーケースの下に猫足のような可愛い脚を付けて置けるようにしたらどうかと 《タファン》の店長オリビアさんがアイデアを出して改良中とのこと。バニティーケースがこの世界独自の進化を遂げそうなのでちょっとワクワクしてたりする。そのうち可動式にしたいとか言い出しそう、キャスター付きになったりして。
「塗料によっては補強にもなるし、白とかピンクならそれだけで雰囲気変わるし何とかなりそうと一見思いますが……一番の問題はかざり、ですかね」
そこまで言うとルリアナ様が頷きながらも困った顔をする。
「羽飾りなんてとてもじゃないけれど付けられないと思うの、私達ですら気を遣うものだから」
「ですよねぇ……羽飾りに限らず扇子の開閉でギリギリ壊れない範囲での薄い飾りや羽です、そして基本、貴婦人たちは会の間に扇子を開閉することってあまりないですよね? あくまで嗜み品でおしゃれアイテム、そこに実用性は求めてないんですよ」
そう、実は社交場で何度も扇子を広げて口元を隠す人は少ない。あまり表情を見られたくない時は基本的に開きっぱなしになるし、それ以外ではあまり大きな声で話すべきではない状況とか、演奏を聴くなどの会話を控えるべきという時に『私は気を遣ってますよ』と証明するための行動のようなもので、普段は扇子は本当に飾りとして、おしゃれアイテムの一つとして閉じて手に持っている。つまり、『開閉して使う』ことをあまり想定して作られていない。だから閉じた状態で非常に美しい細工が施されたものほど高額になったりすることが多いんだよね。
なので良く言えばとても繊細。悪く言えば壊れて当たり前の脆さに作られているのが貴婦人たちの持つ扇子。
バニティーケースに入れて侍女さんたちが主人を仰ぐためのものは丈夫。というか、余計な飾りがついてないのとしっかりした布が貼られているので当たり前、何より使うのが侍女さん、丁寧に扱うので壊れる心配が殆どない。
「逆に開閉が当たり前の丈夫さを求めるとなると、この実用性のある扇子ってことだね。……これを活かして可愛い柄を入れるとか?」
メルサの疑問を呈するような言葉には、前向きさは感じない。
「可愛い柄、ねぇ。どうだろうか? うーん」
ナオもちょっと反応はよろしくない。
「それだとなりきりセットの中で扇子だけ見た目が浮いちゃう気がするね、デコれないんだから」
ハッキリと答えを出したのはデリアだった。
トドメは。
「……直近の販売に合わせて無理に扇子は作らなくていいんじゃないかい?」
フィンだった。
これには私とキリアが迷わず即答することになる。
「「やっぱりそうだよね」」
全く同じタイミングで同じ言葉が出た私達にシルフィ様とルリアナ様が驚いた目を向けてくる。
「二人が同じ意見ならば私は何も言えないけれど、王子妃殿下の希望だから……開発が難しそうだと伝えてから断念した、とするべきよ。そうすれば角は立たないはずだし」
「そうですね。でも、あくまで検討するとしか伝えていまませんので断念したことをハッキリ伝えても問題はないと思います。怖いのは、無理にそれに応えようとして納得しないまま作り上げて売り出してしまうことです。そういうものを売り出したらたぶん後悔するので、出来ません」
シルフィ様が心配してくれることに感謝しつつも私はきっぱりと言い切った。そもそも、納得しないものに愛着は持てない。さらに言えばギリギリの所まで進めておきながらやっぱり止める、と言う可能性がある。納得出来ない状態で進めて完成間近で止めるということは、それだけ無駄を生み出す。それは単に赤字を出すというだけではなく、それに携わった人たちに無駄なことをさせたという罪悪感まで持ってしまう事で、きっとそのことを私はかなり引きずって色んな部分に悪影響を与える気がする。
だからダメなのよ。
納得しないものを作るのは。
それがたとえ高貴な身分の方の希望や要望だとしても。
「だからといって、扇子が駄目だから三点セットのままでいいじゃない、って気持ちにはなれないわけよ」
帰りの馬車の中はちょっと空気が重かった。シルフィ様とルリアナ様も扇子に期待をしていたらしいので、私が『白紙に戻します』という決断を言葉にすると非常に残念そうな顔をした。それをフィン達は初めて間近で見てしまい、かなり動揺したことは私には分かっていたけれどそこで変に優しい言葉や気休めになる適当な事を言えば自分の首を締めることになることは分かっていたのであえて見て見ぬふりで彼女たちを家まで送り届けた。
「何か、別案があるのか?」
夜、グレイと二人のんびりしている時間に扇子は無理かもしれない、なので開発は白紙にするという決断をしたことを話せばいつもの如くグレイは『ジュリが作りたくないならそれがいい』とサラリと流す。それにホッとして、ふたりきりということもあり、一人重苦しい場所の中で呑気に考えていた事があったのでその事を話すことにした。
「要するに、『特別感』『自分だけのもの』『大人の真似がしたい』っていう子供の純粋な欲を満たせれば扇子にこだわる必要はないのかなって思って。考えてみてよ、妃殿下の御息女が扇子に興味を示してしまうのは綺麗だからだけじゃなく『子供は駄目』と言われるのが大きいと思うのよね」
「『子供は駄目』か」
「うん、それは壊す可能性がある、危ない、高価、そういうことじゃなく、『大人が持つものだから』っていう線引がね、絶対にあるのよ扇子には。だって貴族子女が扇子を持ち始めるのは十六歳の成人、つまり正式な社交界デビューを果たす頃でしょ? 扇子自体が社交界を渡り歩くために必要な嗜み品の一つ、大人になってから持つものの一つなのよ。だから余計に『子供には持たせられない』ってなるんじゃないかな。なら子供に持たせてもいいものを考えればいいよね。そして『壊れにくい』『特別感がある』が含まれればいいわけよ」
冷静になると扇子の開発が難しい点がさらに浮上した。
なりきりセットはステッキとポシェットと髪飾り。この時点でステッキは扇子同様手に持つ前提の商品。手に持つ。扇子も手に持つ。両手塞がるじゃんね、と気付いた。
じゃあポシェットに扇子をしまえるようにすればと思うけれど、ポシェットって小さいんだわ、それに入る扇子ってかなり小さい。可愛いかもしれないけど、それは求められてない気がする。
「だから全く別物がいいはず。そしてポシェットに入るもの。ポシェットの開け閉めが楽しくなるものがね」
自分の経験談から子供の頃に母親の物を使って怒られたことが何度かあるんだけど、その最たる物が化粧品。
口紅使ってみたくて出しすぎてボキリと折ったりファンデーションを手の甲や頬に塗りたくり気づけば結構な量を消費してたりしたなぁ、なんて懐かしい記憶が蘇る。
貴族令嬢ともなると化粧は当たり前に施されるわけ、ティルエ嬢のようにたとえ五歳だろうが最低限の嗜みとしてね。子供だと殆どは口紅。薄っすらとピンク色を乗せて可愛らしく華やかに見せることが多い。今回のティルエ嬢もまさにそうだった。
「口紅と鏡、それが一体となった入れ物」
コンパクトミラーを持つ変身系ヒロインがいたような……。と、ふと頭を過ったの。あれがヒントになった(笑)!
「開けると、鏡が蓋にあって紅筆と口紅の乗るトレーが入るピルケースのような形状の物はどうかな、って」
口紅じゃなくてもいいよね、ネックレス一本だけ入るような小物入れにしても良い。とにかく、ポシェットから取り出して使える自分のものがあるだけで気持ちは違うと思うのよ。しかもケースがキラッキラにデコられてたらテンション上がる気がする。
なんてことをツラツラと話せば何故かグレイの眉間にシワがよる。
「何その眉間」
「ヒーローなりきりセットにももう一点欲しくなるじゃないか」
「あ、ごめん、ヒーローのは思いつかない、分からない。ハルトとマイケルに相談して。いいのが思いつけば提案するけど期待はしないでねぇ」
悲しそうな顔しない。
「ジュリさん、なりきりセットはうちのお店で先行販売させてもらってよろしいかしら?」
嗜み品専門店 《タファン》の店長オリビアさんが訪ねてきて開口一番それだったので笑ってしまう。
「なんかもー、シルフィ様がここ数日頭抱えたってのが想像できますよオリビアさん」
「んまぁ! シルフィったらジュリさんに何を吹き込んだの?!」
先日相談に行った時、帰り際見送りしてくれたシルフィ様とルリアナ様が頰に手をあてがってそりゃもう申し訳ないって顔をして。
「オリビアが絶対に先行販売は うちでさせてもらうって意気込んでるの。止めたわよ? デザインから素材選び、子供用品だからジュリは通常の物より時間をかけて開発するからそういう話はもう少し先にするわって」
「でも、ラパト将爵令嬢用に先行して作るなら凡その見当はついているしすぐに取り掛かるはずだって。お義母様がちょっと待ってあげてと説得はしたけれど……」
と言われていた。
なのでこの人がこうして乗り込んで来るのは想定内。そして追加アイテムの扇子がコンパクトミラーケースになるかもしれないという話を翌日にはシルフィ様達に伝えていたのと、トミレア地区に用があったローツさんとセティアさんにオリビアさんにその事を仄めかして来てほしいと頼んでいた。
「シルフィ様とルリアナ様にはざっくりとしたこれと同じデザイン画は渡してあります」
「……」
「これはオリビアさんが持って帰っていいですよ。変更したい所や加えたいところがあれば教えてください」
「凄く」
「はい?」
「物凄くキラキラしたコンパクトケースじゃありません?」
「ですね、子供用なので。ポシェットから出した時のインパクトを優先したんですよ、大人の貴婦人が持つ洗練された華やかさより、ひと目見たその瞬間ぱあっと気持ちが明るくなる物がいいかなって」
「……確かに、子供ならそっちですわね」
「それに、扱いやすいようよくあるサイズより一回り大きくするので、装飾は中途半端にするより極めてシンプルか派手なくらい飾り付けるかのどちらか、だと思うんですよインパクトを狙うなら。で、子供用なので後者を選びました」
するとオリビアさんはお付き? 恋人? のどっちか分からない若い男性に持たせていた鞄からサッとメモ帳を取り出して何やら真剣な顔をして書き出した。
「子供用は、扱いやすい用に一回り大きく……。ポシェットから、出した時のインパクトを、優先」
どうやら私が言ったことを書き留めて入るらしい。その真剣な眼差しからは貴族家の未亡人なんてことは微塵も感じない。目の前のこの人は間違いなく、侯爵家直営の嗜み品専門店というセレクトそのものに気を遣うような、生半可な気持ちでは決してやっていけない責任の重い立場を背負う自立した女性。
「わからないこと、疑問に思うこと、些細なことでもいいですよ、気になったらいつでも聞いてください。忙しい時は一筆書いたものを届けさせてくれるだけでもいいので。私もオリビアさんが進めている化粧ポーチの追加デザインや量産計画に興味あるので教えてもらいたいしお互い臨機応変に協力しましょう」
すると、彼女はピタッと手を止めメモ帳から目を離して真っ直ぐ私を見つめる。
「ん? なんですか?」
「ジュリさんが、私に教えてもらいたい事なんてあります?」
「え、私の事なんだと思ってました?」
「アイデア無限発想脳」
なんか、さり気なく重い事言われたんだけど……。
「オリビアさん、人生なんて死ぬまで勉強ですよ。学校卒業しても、淑女として完璧になれても、商長としてそれなりの影響力を持っても」
「……」
「これ以上覚えることはない、これで完璧だって思ったらそこで終わりです、伸びません。私は少なくとも沢山の従業員を抱えるまで大きな店に出来たので、その従業員の為にも頑張らなきゃっていう責任もあります。だから余計そう思うんですけど、人がやってることでこれ良いな、これ面白い、ってことは教わるようにしています。そこから私自身がインスピレーションを得て新しいアイデアやデザインに繋がったりするので。なのでオリビアさんからも沢山のことを教わろうと思ってますよ」
すると、オリビアさんがフンスと意を決したように息をつく。
「分かりましたわ、そんなジュリさんに気圧されたりしないよう私ももっと勉強します。こちらこそこれからも沢山指導して頂くことになるからよろしくお願いしますね」
「ええ、あらためてよろしくお願いします」
嵐のように去っていったオリビアさん。
きっと渡したデザイン画からインスピレーションを得て彼女独自のデザインを生み出すに違いない。
いやぁ、しかし。
私の周りの女達。
子供より目をキラキラさせてるときがある。
うん、良いことよ。
玩具じゃなくても、一時期ガラケーや小物をキラキラド派手にデコるのが流行った記憶があります。
あれがきっかけで自作、つまりハンドメイドを始めた人もいるかもしれません。
何がきっかけになるかわかりませんね、ハンドメイドは。
だから面白い。




