34 * 情報収集って大事
ラパト家のご令嬢ティルエ嬢、御歳五歳。
本日は淡い黄色と白のコントラストが可愛らしいふわふわのドレス。靴もそれに合わせて白。お母様のリアンヌ様譲りのお耳と尻尾がピコピコ動く様がその可愛らしさを倍増させる。
「あらまぁ、なんて可愛らしいこと!」
明らかに高揚した弾む声を出したのはロビエラム王女。
「花の妖精みたいだわ、なんて愛らしい」
優しい笑みを浮かべ呟いたのはアストハルア公爵夫人。
以下、出席者はもれなくホワァ……と柔らかく和やかな空気を室内に充満させるような顔をして出迎えてくれた。あのツィーダム侯爵夫人のエリス様ですら。
「私の幼い頃にもああいう物があれば少しはドレスを我慢できたかもしれないな」
と、茶目っ気ある笑顔を見せたほど。
大物 (王族二人)も来ることになったお茶会だけど、招待したご夫人たちは勿論今日のためにお手伝いをお願いしたクノーマス家とツィーダム家の侍女さんたちも特別な雰囲気に飲まれることなく穏やかな時間と雰囲気を壊さないよう配慮してくれたことに感謝! あの鷹揚とした王女と王子妃を前にするとよくわからない漠然とした不安が襲ってくるのよ、何事もなく開始出来て心底ホッとしたからね……。それでも公爵家二家のご夫人たちは平然としてたのは流石だわ。
前回のお茶会に参加したご夫人たちが今回も見事に全員予定を合わせてくださって参加していて、人数が少し増えたことも影響して賑やかになった気がする。大物二人の登場の際一瞬空気がピリッとしたからどうなるかと心配したけど。
ティルエ嬢の完全勝利。可愛さしか勝たん。
いやぁ、我ながら人選大成功でしょ。ティルエ嬢の可愛さハンパない、キリアが息子の嫁にしたいと叫んだ気持ちがよく分かる。
手には先日勢いでキリアと合作したヒロイン・ステッキが、肩から腰に向けて下げるポシェットが、猫耳の両方の付け根下にはヘアピンが。『ヒロインなりきりセット』がこれ程似合う子他にいる? いやいないでしょと叫びたい。
白を基調としたステッキ本体にピンクのガラスや石、金属パーツを散りばめたのでポシェットの白地にピンクのレースとガラスパーツをふんだんに使ったそれに実に合っている。カチューシャの代わりのヘアピンは白のレースのピンクのリボンでお花に見立ててそこにピンクガラスのパーツをあしらっている。ヘアピンにしたのはリアンヌ様から猫属性や犬属性などの耳が上にある人たちはカチューシャ本体が耳に当たると気になる人もいるし、付ける位置、飾りの位置によっては耳が塞がったりするので出来ればピンが良いという要望があったから。
なるほど、こういう事を知るためにもやっぱり身分問わず聞いてみるものだな、とまた一つ勉強させてもらった。
黄色と白に差し色効果でピンクが入り、なんとも春らしい明るく華やかな印象になっている。
ティルエ嬢も皆に褒められ照れながらも嬉しそうに笑う。
今後も子供の参加、アリ。
お披露目が終わればティルエ嬢にプレゼントしたセットを見本とした製作予定の『ヒロインなりきりセット』と『ヒーローなりきりセット』がそれぞれ四種類ずつキリアとセティアさんの手で並べられる。
大きなテーブルにずらりと並べられたそれらは手にとって実際に触ってもらったり、詳しい素材をキリアとセティアさんに聞けるようにした。
そしてこのタイミングでティルエ嬢と共に主役になったのがリウト・アストハルアだ。
今回が彼のお茶デビュー (仮)ということだったけれど、まあ私のお茶会ですから、ゆる~いので礼儀もマナーもありません、無礼講です、エリス様を筆頭に普通にワインとかシャンパン飲み始めたのを見てロビエラム王女殿下もヒタンリ国王子妃殿下も寛ぎモードで飲み始めたので、そんな緩すぎるお茶会に戸惑うのがアストハルア公爵家の子どもたち。ロディムも『え? いいの?』って顔をしてる。
その中で、リウト君が動いた。
この子度胸あるなぁと感心させられた。
なんと自分から母親の公爵夫人に『皆様をご紹介してください』とお願いをしたのよ。
「息子のリウトですわ、先程お顔は合わせていたかと思いますが改めてご挨拶をさせてくださいます?」
公爵夫人に声を掛けられ柔らかな笑みを浮かべながらリアンヌ様がカーテシーで返す。そして姿勢を戻すと彼女は公爵夫人の隣に立つ少年に視線を合わせた。
そして交わされた挨拶。穏やかで上品でお手本のようなやり取りをした夫人とリウト君。
ちょっとまて。……リウト君十歳だよね?『ご挨拶出来て嬉しいです』って伝えるのに『恐悦至極』って言葉が入ってた。そんなん普段使わないよ私は。これが高爵位の子供か、恐ろしいな。こんな感じでサクサクと挨拶を交わしていくんだから貴族って凄いと改めて思い知らされたわよ。
なんてことを考えている間にあれよあれよと話が進み、リウト君は直接ティルエ嬢に話しかけることが許され、『なりきりセット』について質問を始めた。どうやら直接使い心地などを聞いてみたかったらしい。
こういう場では親がちゃんと紹介の許可を出さないと子供同士でも会話が許されない。何故なら。『間違い』があってはならないから。なんだよそれ? と思うけどセレーナちゃんくらいの年齢に置き換えるとナルホドと納得できる。つまり、親の知らない所で手を出したり出されたりして実は敵同士でしたとか婚約者いますとか発覚したらその後が大変なわけよ。よくさ、小説なんかで子供が窮屈で退屈なパーティ抜け出して偶然似たような子と裏庭で出合って後に運命の再会を果たす……なんて展開あるけども、実際問題として美談にならない事が殆どなのでこの世界の貴族はそうならないように徹底するらしい。だから貴族の親は子をどのタイミングで慣らしの意味がある今回のような場での仮デビューをさせるか相当悩むわけだ、貴族とは名ばかりの変なのと出逢って運命の出会いをしたなんて言い出したらたまったもんじゃない、ってこと。
大したものよ、それを理解しているし当たり前のことだから自ら紹介して欲しいとお願いし。さすがはロディムの弟というべきか。ロディムが心なしか誇らしげにみえるわ。
あれ? 大物二人が登場した時もそうだけどお二人の前に皆が並んで挨拶したときはロビエラム王女殿下、ヒタンリ国王子妃殿下の順だった。地位がそうさせたんだよね。そうすると姉でありバミスの公爵夫人アティス様が先じゃ? と疑問が顔に書いてあったらしい。
「あの、先程キリアさんにリアンヌ様が仰ったことと似たようなことかと……」
セティアさん、つまりそれはリアンヌ様だけじゃなく公爵夫人も『この子との政略結婚アリかも?』って思ってるってこと? そのために優先順位を変えてあえてリアンヌ様を先にした? アティス様も微笑ましく見てるってことは『アリよね』ってこと? そしてアストハルア公爵家の子供たちよ!!お前たちのその顔はなんだ、お前たちもわかっててその笑顔か?!
こんな緩いお茶会なのにそんなこと計算されてるの?! なんかちょっと怖い!
そんな考えも顔に出てたのか、察したセティアさんが笑顔のまま遠い目をした。
「お茶会、だから大変なんですよね……」
ホントだね、大変。いや、怖いよ……。
「気になるなら手に持ってみていいよ?」
一通りの挨拶を済ませ肩の力が抜けたリウト君がロディムと共に『ヒーローなりきりセット』の前で何やら話し込んでいたので声をかけてみた。
「あ、はい。ではお言葉に甘えます」
リウト君が手に持ったのはステッキだ。シンプルな銀の短いもので、ロディム曰く魔導師が持つ自身の属性魔法を強化する為に魔石をはめ込んだ普段持ち歩く杖に似ているというもの。参考にしたわけではないけれど意図せず似てしまったのを見てロディムがちょっと驚きつつ笑ったのは、子供の頃は魔法の操作が不安定なため魔力を増強させる杖は持たせてもらえない、だから一時期杖に憧れた過去があるからだ、と。
なるほど、憧れ。
思惑通りだ!
なんてことを心で自画自賛していたら。
ふと気がついた。リウト君、確かに凄く楽しそうに見ているけれど……。
そこまで憧れとか、欲しいとか、そういうのを感じないような。寧ろロディムのほうが子供の頃にあったら良かったなんてことを饒舌に他のご夫人と談笑してて。
「……リウト君的に、何か気になる点がある?」
「えっ、あ、いえっ、大変素晴らしいです!」
「うーん、そうじゃなくて、私は」
「どうかした?」
直ぐ様察して近寄ってきた公爵夫人。母親に肩を抱かれたリウト君は一瞬困ったたように眉を下げたもののすぐに笑顔を貼り付けた。
「ジュリさん、リウトが何か失礼を?」
「ああっ! 違います違います! 気になった事があって質問しただけで!」
「気になった、事?」
「ええ、実は……ステッキを手にした時に、こう、何ていうか、しっくり来てないのかな、という反応に見えたので何か気になる点があるのかと」
「……そうなの?」
僅かに心配そうな表情で夫人はリウト君の顔を覗き込む。リウト君は母親のその顔に動揺したのか笑顔が強張った。
「あの、何も」
「リウト君、遠慮なく教えてくれる?」
「え?」
「このお茶会はね、意見交換会でもあるのね? リウト君も立派な招待客で、私は貴方にも遠慮なく気になる点や要望を言ってもらえたらうれしい。ティルエ嬢はね、『もっとピンク色を入れてほしいです』って言ってくれたし、貴方のお兄ちゃんなんてね、『私が五歳の時に遡ってこれを作って下さい』とか訳わからん我儘言ってキリアやお店のおばちゃんたちを爆笑させてたよ」
私の暴露にご夫人達と談笑していたロディムがチラチラと心配そうにリウト君を見ていたその目をサッと逸らして、公爵夫人が笑顔のまま背後にどす黒いオーラを放ちながら目を逸らした息子を凝視しだしたのは見なかったことにする。
「だからね、遠慮なく言ってみて。貴方の意見でもっと素適な物が生まれるかもしれないから」
リウト君はギュッとステッキを握って伏し目がちになって、暫し無言を貫いた。
私はこの子が言葉を選んでいるのかもしれないとじっと待つ。
「……あの」
「うん」
「僕」
「うん」
「伯爵に憧れていて」
……うん?
想像から遥か彼方にあるワードが出てきた。
「クノーマス伯爵が最年少で王立騎士団の試験に合格、さらに騎士団団長になった話を聞かされて、凄いなって思っていました。家宝の宝剣に選ばれその実力は大陸屈指、剣使いとして騎士団では右に出る者はいなかったと聞いています。しかも、しかもっ冒険者としても上級クラスで大陸でたった数百人しか認められていない上から二番目なんですよね。おまけに剣だけじゃなくあらゆる武器を使いこなし戦場では百戦錬磨、あのネルビア首長国の大将軍であるビルダ将軍が唯一『真なる騎士』とお認めになられて―――」
「ストップストップ、リウト君ストップ」
たまらず私はお兄ちゃんそっくりな、好きな物を語る時の顔になった少年を止める。
「……あの、確認なんだけど」
「はい」
「それ、私の旦那の、グレイセル・クノーマスのこと、言ってる?」
「はい!」
マジか。
私は膝から崩れ落ちた。
まて、なんで気になる点がグレイにつながる? いやその前にキリアの息子のイルバ君といいケイティの息子ジェイル君といい、この子といい……なんで、なんでよりによってあのグレイに憧れる。
あれだよ、私のことになると常識ぶん投げてぶっ飛んだトコを平気でするし、裏で何やってるか私も全部把握しきれないくらい黒いところあるし、ハルトやマイケルとそこら中に穴あけるわ粉々にするわ消し去るわで碌なことしないし。
「……アレに憧れちゃだめっ!!」
崩れ落ちた私に皆が駆け寄りちょっと慌ただしくなった中でそう心から叫んでいた。
「剣」
病気でも体調不良でもなく単に私が脱力しただけだと理解してもらえその場が落ち着いた後、改めてリウト君を囲んで意見交換会となった。そしてリウト君が躊躇いがちに述べた。
『ステッキではなく、剣が良いなと思いました。短剣でもいいです』と。リウト君はロディムの話で大活躍間違いなしの魔導師になれる魔力量を持っていて、いずれは魔導師としての道を歩むだろうと聞かされていた。
「剣、か……なるほど」
だから私は『ステッキについて』意見を聞ければと思っていた。子供の視点で男の子視点でいい意見が聞ければ、と。
「そうだよね、全員がステッキに憧れるとは限らないもんね。はー、やってしまった、また固定観念に囚われて見落としてた」
「商長、私達もまだまだでしたね、精進あるのみってやつですよ。剣、剣かぁ……うちのイルバならぜったいそっちだぁ……」
キリアが吹っ切れたのか慣れたのか、胃痛によく効くポーションを一本呷った後は気付けばいつもの様子に戻っていた。そんな彼女も私の隣で『やっちまった』と言わんばかりのしかめっ面で額を押さえた。
「あのジュリさん」
二人で悶絶するように不甲斐なさに嘆く姿をご夫人達に晒し、そして笑いを取る中で、場の空気を乱さぬ絶妙な柔らかな雰囲気でスッと手を挙げ私を呼んだのは、ヒタンリ国王子妃殿下。
「あ、はいっ?」
「もし、剣以外にもあったら良いかしら、と思うものがあったなら、この場で私が申し上げても?」
「!! 勿論です!!」
すると王子妃はニコリと微笑み、己の手にある扇子をスッと頬まで上げて寄せた。
「私の娘は、最近私の持つ扇子に非常に興味を持っていまして、目を離すと直ぐに手に取ろうとするんです。侍女たちがどんなに見張っていてもいつの間にか手にしていて。……私達の持つ扇子は嗜み品、実用性は殆どなく、その見た目が重要視されてますでしょ、ですからとても繊細で一日、いえ半日娘に貸したら無惨な姿になりますわ」
そして王子妃は頬から扇子を離して広げて見せる。
「丈夫で、キラキラした扇子……あったら私はすぐにでも娘に沢山持たせますわ、そうすれば私も侍女も安心して娘の前で扇子を出せますもの」




