34 * お茶会と書いて学習会と読む
第二回お茶会開催。今回は穏便に……。
さあ戦いの日がやってきました、第二回ジュリ主催お茶会開催です。
「気合い入れるぞぉ」
フンスフンスと鼻息荒い私の隣ではセティアさんが苦笑する。
「前回のようにはならないと思いますが、気を引き締めて挑むことには変わりないですね」
「そうそう、やることは前回と一緒で流れも把握はしてるけど、何せ今回は未成年の貴族子女も招待してるからね」
「私たちよりもラパト将爵夫人とお嬢様が緊張なさっているようですからそちらに十分配慮してあげましょう」
「うん。そういえばシルフィ様とアストハルア公爵夫人からもそうするよう助言貰ってるんだよね。セティアさんもお茶会デビューは緊張した?」
「勿論。でも私の場合は先にデビューしていた姉がいましたので初のお茶会はずっと隣に座っていればよかったんです、しかも母親の親しい間柄の方のお茶会で小規模だったので特に悪い思い出はなかったですね。寧ろデビューしてからが大変でした」
「まあ人それぞれだよね」
なんて呑気にスケジュール用紙を眺めながら話していると離れた所からうめき声が聞こえる。
「二人とも、余裕だね……」
キリアがげっそりしていた。
「あたしなんて、胃に穴が開きそうなのに……」
商品説明させるために強制参加させることにしたのでここ数日の彼女はこんな感じだった。それでも変わらずものつくりをしている姿はちょっと怖かった。
今回のお茶会も前回に引き続きクノーマス伯爵家迎賓館で開かれる。一応テーマは『まもなく春』。白とピンクを基調とした実にファンシーな色と飾りで室内を飾ってみた。桜の模様をふんだんに使い、お菓子もピンク色を多めにし、とにかくまだまだ寒い日が続くククマットでありながら春を先取りしてせめて室内だけは明るく暖かくをテーマにしようと思ったらこうなったの。
それに今回の主役と言える『ヒロイン・スティック』をメインとしたなりきりセットを実際にラパト将爵令嬢に着けてもらってお披露目するので、彼女ごと雰囲気に馴染むようにしてあげたいなぁという思いもあったから。そのためラパト将爵夫人のリアンヌ様には事前にお嬢様のドレスを指定しておいた。あくまで可愛らしく、子供らしく、とにかく可愛らしくを強調して。
「やっばい、可愛い、可愛い、可愛い、なにこれ可愛い」
キリアの語彙力が著しい低下を見せた。先に到着し準備を済ませてもらったリアンヌ様たちの最終チェック。現れたご令嬢を見たキリアが復活してその愛らしい姿にメロメロ。
「はぁぁぁ、娘がいるってこんな感じ? 凄いね、ホントに可愛い、かぁっ! 可愛い!」
「キリアさんにそう言ってもらえると凄く嬉しいわ、ねえ?」
「はい、嬉しいです」
「ぎょわあっ! モジモジして照れて! ヒイィィィ可愛い! イルバの嫁に欲しいぃぃ!!」
「よろしいわよ、キリアさんの御子息へ嫁がせられるなら主人も喜ぶもの」
「「「え?」」」
「イルバさんはクノーマス伯爵も目をかけている将来有望な力をお持ちのようだし、 《ハンドメイド・ジュリ》の主力のキリアさんと繋がりを得られる、教育面でも最先端を走るククマットで娘はもちろんいずれ生まれる孫も学べる、良いことづくめ。今この場で婚約のお約束してしまう?」
「「「え?」」」
「ふふっ、キリアさん、あなたとあなたの御子息はそのように見られているのよ? 不用意に『息子の嫁に!』なんてこと叫んではいけないわ。相手によってはジュリさんや伯爵だけでなく、クノーマス侯爵家やアストハルア公爵家を悩ませることになるの、気をつけてね?」
「べ、勉強になります!」
「うふふ、良かった。でも婚約の話は本気で言ったけれど」
「「「え?」」」
私とセティアさん、そして当事者のキリアが権力者の妻の怖さに心でガクブルすること数分。
「おっ、来たね!」
「約束より早く来てしまいましたが大丈夫でしたか?」
「平気平気、こっちも準備は済んで休憩してたとこ」
今回、もう一組他の人達より早く呼んだ人達がいる。
それはロディムと、その妹であるセレーナちゃん、そして、末の弟リウト君。次男君は現在ロビエラム国に短期留学中で招待出来なかったけれど、次は四人揃った状態でお茶会してもいいなぁ、なんて思う。
「お久しぶりでございます」
「……セレーナちゃんは会うたび淑女っぷりを更新してるよね」
「ありがとうございます、お義姉様という大変素晴らしい模範となる方がおりますから」
「ああ、シイちゃんね」
でもな、ああ見えてあの子もぶっ飛んだところあるからな、あのクノーマス兄弟の妹らしく本当に『ヤベェな?!』ってことする子だからな……。という心配はもちろん口には出さないけれども。
そして。
「へへっ、リウト君もひさしぶりぃ」
「お久しぶりですジュリさん、本日お招き頂きましてありがとうございます」
リウト・アストハルア。末っ子だからと甘やかされた様子は全く無く、流石アストハルアの子だと感心させられるキチッとした礼儀正しい感じがセレーナちゃんとロディムと血の繋がりを感じる。何より、ちっちゃい時のロディムってこんな感じだろ、ってくらいよく似てて、黒髪に親近感が湧く。そして特徴的なのがその目。右目はロディムと同じ青紫で、左目は母親の公爵夫人とセレーナちゃんと同じ明るい水色。アンバランスに見える瞳なのにどちらも澄んで綺麗な色だからまるで宝石のよう。
何故今回呼んだか。このリウト君は御年十歳でアストハルア家では唯一社交界デビューを果たしていないと聞いていた。元々アストハルア家は焦って社交界に出す必要もないほどの権力を有する家、本人がその気になった頃でいいという方針のため他所ではいつにしようかと頭を悩ませる中で『そのうちに』という実にのんびりした考えでいたらしい。ただ今回、ロディムが打診してきた。
「弟のリウトの社交デビューをジュリさんのお茶会でさせてあげたいんです」
と。ご両親の許可を取らずの打診ということで私とグレイは顔を見合わせたのに対し、まっすぐとこちらを見るロディムの目がとても優しい思いやりのある目をしていたことで快諾に至った。
「デビューで嫌な思いをする子供は少なくありません、私もセレーナも、そして下の弟レオンも、公爵家という家格があってなお、少なからず思うことがあるデビューでした。なのでせめて、リウトには『新しい形』を知った上で本格的な社交界に足を踏み込んで欲しいと思います。いつかリウトも結婚し、妻が茶会を開くことがあるかもしれません、そのときに、妻と共に……楽しんで、心からもてなす茶会を開けるよう、一つでもいい、良い思い出を得てほしいと思っています」
そういったロディムがねぇ、本当にお兄ちゃんの顔で。一肌脱ぎますよ! と思っちゃったわけよ。
「年齢的にちょうど良いのよね。アストハルアと縁を結ぶのも吝かでないわね。でもイルバさんは余計な柵がなくて理想的……どちらがよいかしら?」
リアンヌ様の恐ろしい発言を温かい優しい笑顔と無言でスルーする鋼の心のロディムとセレーナちゃん、流石公爵家の子供だな、と感心させられた。
さて、時間になると続々と招待したご夫人たちが迎賓館の茶会の開催される広間に集まる。わざわざ意図的に遅れてきて下さったアストハルア公爵夫人にはお礼の挨拶をするため別室にておもてなし。先に準備のために来ているラパト家の人たちが爵位が優先され公爵夫人である自分のせいで蔑ろにされないようにとアドバイスを貰っていた。
「お気使いありがとうございます」
「いいのよ、今回はバミスのラパト将爵夫人とご令嬢が主役、そしてロディムの我儘を聞いてくれてこちらこそ感謝だわ」
「こちらほんのお気持ちです、お納めください」
「あら、あらあらあらあら……」
公爵夫人は以前公爵様が偶然新作だからと買って帰った眠りアニマルシリーズという、白土製の小さな置物を収集している。今まで販売した数種の動物の色違いや型違い含めて五十に到達しようとしているそれを全て持っている夫人のために今回新作をいくつかと専用のミニミニクッションや猫ちぐらならぬアニマルちぐらを用意した。小さなそれらが整然と並ぶ箱を眺め目を輝かせた夫人はそそくさとお付きの護衛に蓋をして渡したところを見るに満足してくれたらしい。
「勉強させていただきましたので。爵位が優先されない例もあると」
「そうね、ロディムから話をされたときにシルフィ様からそのアドバイスをされるとは分かっていたけれど、それでも一応私からもお節介をしておこうと思ったのは事実ね」
「ある程度親しければ遅れてきてほしい理由を招待状に書いていいなんて今回初めて知りました」
「それが互いの証明になるから。私は嫌がらせで遅れてきたわけではない、ジュリさんは準備で他の方をもてなす時に他と被らないよう配慮した、その証明ね。招待状には色んな意味合いを込められるから皆気を遣うのよ、本来はね」
パステルカラーのマーブル模様がインパクトある招待状を公爵夫人が微笑みながらテーブルに置く。
「一部の方は嘘を書いて相手に恥をかかせようとするけれど、それは下品で無知を晒すことになることも覚えておいて。それは駆け引きでもなんでもなく、単なる嫌がらせ、淑女のすることではないのよ」
「ですよね。でも実際にされる方はいるんですよね?」
「いるわ、悲しいことにね。そういう方が社交界を乱すし品位を下げるし、良いことは決してないわ」
「社交界って大変ですよね……」
遠い目をして呟けば、公爵夫人が軽やかに笑った。
今回の参加者は、錚々たる面子になってしまった。
アストハルア公爵家から夫人、ロディム、セレーナちゃん、そしてリウト君。
クノーマス侯爵家はもちろんシルフィ様とルリアナ様。
ツィーダム侯爵家の夫人エリス様は呼ばないと堂々と文句を言いに来るので勿論招待。
バミス法国からはラパト将爵夫人とご令嬢の他に、当然ウィルハード公爵夫人。
前回参加してくださった穏健派中立派の他のご夫人たちもいる。
そして。
果たしてゆる~いお茶会に招待していいのかどうか、迷った面子が。
いや、というかね、相談する過程で呼ぶ羽目になっただけなんですよ、そんなつもり無かったですよ。
一応、確認はしたいじゃないですか? 『ヒロイン・ステッキ』『ヒーロー・ステッキ』って王族の方の前に出して無礼だったり法に触れることはないですか? って。ヒタンリ国へはクノーマス・ククマット領の視察を担当することになった第三王子ご夫妻に、ロビエラム国はシャドー・アートの件で直接手紙のやり取りをするようになった王女殿下に。サラッと『そういう物作って大丈夫ですか? 失礼にあたりませんか?』と手紙に数行、いつものやり取りのついでに書き込んだつもりだったんです。そうしたらやけに食いつくじゃないですか、現物見たいというじゃないですか。なら、近日お茶会でそのお披露目と意見交換会をするので来ますか? と社交辞令の手紙を出したら、正式な招待状くださいという返信がきちゃったんです。
……で、来ることになった。
うそだよね? マジですか。という私の冷めた呟きはグレイだけが聞いていた。
急遽ゆる~いお茶会の路線変更か?! となったのを止めたのがなんとウィルハード公爵夫人とアストハルア公爵夫人。
「ジュリ様のお茶会は噂になっておりますのよ? 普通のお茶会と違って実りあるものだった、と。皆興味がありますの、どうせ参加するなら有意義な茶会がいいと思うのは誰でも一緒ですわ。茶会を変えたりすることは出来なくても、何かを加えることは出来るもの、皆が期待する気持ちは分かってくださると嬉しいわ」
とウィルハード公爵夫人。
「先日のお茶会、貴重な経験となっただけでなく、親しい友人同士のお茶会の新しい形の見本になりうると思ったわ。ジュリさんが商品説明をなさったところを、私達なら趣味や興味があることの意見交換会や勉強会にしてもいいんだもの、単なる近況報告や噂話の共有よりよっぽど有意義でしょう?」
驚いたことに、お二人共通していたのが『有意義』という言葉。
社交界から切っても切り離せない御茶会や夜会に舞踏会などといった会は人脈作り、情報共有、そして食うか食われるかの駆け引きが複雑に絡み合って今更崩すことが出来ない状態で、逆に言えば階級制度がある限り雁字搦めとなった厄介なルールや慣例がなければ社交界は成立しない。『社交界とはこういうものだ』という一言で、すべてが済まされてきたしこれからもそうなんだと思う。
でも、国は違えどどちらも公爵夫人。その二人が『有意義』という私のお茶会。
変えるは不可能でも、そこに新しい在り方を『加える』ことは可能だと判断した。
判断したからこそ、その試金石であり見本となり得る私の茶会に参加してくれる。そのままでと言ってくれる。
無理に変える必要はない。変えられないなら加えてしまえばいいという考えが窮屈な世界で頂点に立ち牽引する立場故のお二人の考えなのかもしれないと思った。
なので変えないことにした。
ゆる~いお茶会。
お茶会とは名ばかりの新作発表兼意見交換会。
いや、最早学習会といってもいいんじゃない?
新しい素材やその使い方、見せ方、既存の素材もまた然り。学ぶのは職人や作り手だけじゃなくていい。興味があるならいくつになっても学べばいい。お茶を飲みながらお菓子を食べながら、肩肘張らずに言葉を交わす。これなら私もやってみようと思えるし。
好きになれない社交界、それでもなんとか落とし所を見つけて頑張ってみよう。
「……胃薬、下さい……」
キリアが既に疲労困憊な感じになっていた。
「今からだよ、お茶会」
「……」
「リンファさんから頂いたポーションのみます?」
「セティアさーん、ありがとうっ」
「ただ、味は一切考慮していないと言われたものですが……」
「……」
一緒に頑張ろーぜ!




