34 * 嫉妬は立派な原動力
「あの、ジュリさん」
「んー?」
「なぜ私はキリアさんに睨まれるんでしょうか?」
「あれは羨望の眼差しよ、決して憎んでるわけではないから大丈夫。キリアはロディムをとっても可愛がってるしいつも温かな気持ちで指導してるしなにも心配しなくていいから」
「えっと……そのような柔らかさは皆無に感じます」
「だひゃひゃひゃ!」
キリアにめっちゃ睨まれてビクビクするロディム、ウケる!
キリアは気に入らない。
とっても、凄く、すこぶる、気に入らない。
自分が望んだ恩恵がロディムに与えられたから。
いやね、そもそもその点は恩恵がどうのこうのというよりは個人差のように私は思っていて、私の守護をしてくださっているセラスーン様だってそんな細かいことまで調整してない気がするわけ。
自分で言うのもなんだけど、セラスーン様が執着を示す人間は私一人だから。これはセラスーン様ご自身だけでなくハルトも認めている。神は元々人間に執着しない存在で、長い年月の中で人間に執着するのは本当に奇跡的なことらしい。それを踏まえると、私個人に与えた恩恵をわざわざ一人一人調整して与えるってのは考えにくい。
ローツさんが白土の扱いとつまみ細工の恩恵を授かった事がいい例。
本当に恩恵を与えたいなら彼の人より不自由な左手を完璧に治したほうが効率がいい。そのうえでものつくりの恩恵を与えていれば彼の立場は違っていただろうし、グレイにだってそれなりにものつくりの恩恵を与えていれば秘匿したい技術の継承などの問題に私が頭を悩ませる日々はもっと少ない。でもそうじゃなくてそれこそ個人差が著しくてもはや私もグレイも最近は詳細を知るのは手間が掛かりすぎて時間の無駄だと思うくらいにはランダムに与えられているように思う。
だからロディムもキリアも強く恩恵を授かったけれどそれは二人が純粋に私の周りで突き抜けてものつくりを楽しみものつくりを真剣に考える人間だからで、そのうえで、個人差とか生まれ持った性質と与えられた恩恵が上手く噛み合い恩恵に個性が出た、と思った方がいい。
基本神様は気まぐれ、人間に平等で、そしてあんまり人間に興味ない。
かつて何度か恩恵についてハルトとマイケルと語り合ったけれど、結局その点に話は落ち着く。
恩恵は予測できるものでもなければ選ぶことも望むことも出来ないものなわけ。
ソワソワしつつも今日は研修棟でレフォアさんたちと素材の耐久試験をするロディムが工房を出て扉が閉まったのを確認して私はキリアの前に座る。
「いいなぁ、いいなぁ……あたしも好きに加工したい……やってみたい」
作業台に突っ伏してキリアがブツブツ言ってる。
キリアが唯一制限を受けていることだからね。
『稀少魔物素材の加工は必ずグレイの承認を得ること』という制限。
不活性魔素を高い確率でかなりの量を放射させちゃうからね。魔法付与しやすいものに仕上げてしまう可能性があって、その時点で一般販売は危険なものになり、彼女の身の安全も危ういものになる。いくらアストハルア家が彼女のために何人もの影の護衛をつけてもそれなりの穴はあるだろうし。
「やればいいじゃん」
「……ふぇ?」
「ようはお店に並べず、オークションにも出さず、誰にも見せず売らなければ」
「それって個人で素材買って好きにやれってこと?」
「うん」
「そんな金はない!!」
「ぶははっ!」
キレられた。
「ロディムのジレンマに比べたら可愛いものよ」
「なんでよ」
「キリア、忘れちゃいけないからね? ロディムは必ずアストハルア公爵領に帰るんだから」
キリアは体を起こして私を見つめる。
「シイちゃんと婚約したでしょ。あれで穏健派は両派閥総意で二人を認めたことになる。普通ならすでに結婚式の準備が終わっててその日まで秒読みの段階だよ、派閥の摩擦が起きる前に済ませたほうがいいんだから。しかも、ロディムの基礎的な教育は終わってるってグレイとローツさんが言ってた。今は実践方式で仕事させてるけど、立場上そんなことさせなくていいんだよ。そういうことはロディムの直属の部下となる人達にさせればいい。あの子は動く側じゃなく、動かす側の人間なんだから。……それでもやらせているのはアストハルア公爵様のなんでも学ばせてやってほしいという意向とグレイとローツさんの次期公爵への教育っていう責任感があってのこと。そこが噛み合ってるから期日を設けずにロディムはここにいる。でも、本来ならもうここを離れていていい立場だし、なんでも柔軟に即座に吸収する頭脳を持っていて、離れた場所から書面で随時追加で教えるとか、時々来てもらうだけでももう大丈夫なところまで進んでる。私が一言『もう大丈夫、帰りなさい』と言ったら、あの子は、ククマットから出なきゃいけない立場なんだよ、キリア」
「……」
「そうなったら、もう今みたいに目を輝かせて私達の物を作る手元を見つめることはできなくなるし、デザインしたり、試作したり、悩んで悶えて、そして笑って楽しむ事が、許されない。……自由な立場ではなくなるから。辛いと思うよ、ずっとそのことを引きずるかもしれない。そのへん汲んでやってほしいかな」
キリアが俯いた。
ロディムに八つ当たりじみた目を向けた事を反省してるのかな。
「いやそれでも! だってそのへん金で解決できるじゃん! 父親の公爵様が魔物素材の研究とか言って似たようなことしてるよね?! あの人の息子ならやれるよね?! 地位と金で何とでも出来るってずるい!!」
全く反省してなかったわ!
キリアの事を話せばグレイとローツさんはブルブルと肩を震わせて大笑い。居合わせたセティアさんも吹き出して笑ってしまって咳払いでごまかすくらいには大ウケしてる。
「キリアらしいというかなんというか……欲望のままに生きてる女らしい発言だなぁ」
目に涙を浮かべるほど存分に笑ってからようやく落ち着いたローツさんは目元を指で拭う。
「もー、うるさいから以前ネルビア首長国のレッツィ様から押し付けられた魔石から好きなの選ばせて渡してきた。今頃研磨機で鼻歌交じりで磨いてるはずよ」
「今日のノルマは大丈夫なんだろうな?」
「好きなことひと通りさせたほうが効率が上がるから大丈夫、彼女が期限に間に合わないってことはないしね」
「ああ、確かに。……で?」
「うん?」
「お前がロディムに事実を何処までどう伝えるのか気になっているんだが」
「ああ……『恩恵でてるよ』って言うよ」
「それで?」
「え、何が?」
「え?」
「え?」
何だ、ローツさん。何が言いたい。
「それだけなのか?!」
「それだけだよ?」
「本気で言ってるのか? 俺はてっきり二号店の話をするのかと」
「それはするよ」
「……あ?」
「恩恵と二号店の話は別問題だと思うから」
別問題じゃないだろう? って顔をするローツさんと、私の言葉の真意を知りたくて物言いたげな表情を浮かべるセティアさん。
「二号店をアストハルア公爵領で出せるとする。でもそこに今回発覚したロディムの恩恵をそのまま落とし込むのはかなり危険でしょ。知らないままでもいいと私は本気で思ってるよ。……不活性魔素を放射させず素材本来の状態のまま加工できる人は現在いない。私とキリアの真逆でありながら、私とキリア同様あの子は特別な手を持つことになってしまったの。アストハルア家は素材の研究をしているよね、父親の公爵様の生涯の趣味であり生き甲斐であり使命みたいな扱いになっている研究であの子のその能力を活かす環境が出来たら? 公爵家のその事業はどこへ向かうんだろうって、正直不安。……公爵家の柱の事業になってしまったら? あの子のあの能力が、魔石研究の、魔石産業の今後を左右する財とさらなる権力を生み出すことになったら? アストハルアならそのままトップをひた走ることは可能かもしれない。でも、果たしてロディムはそれを望むかな。……あの子は、きっと違うと思う、そういうことを望んだりしない。キリアはとても羨んでいるけれど、本人は案外その能力を知った時逆にキリアのことを羨むかもしれない。『私はあなた達と同じ恩恵が欲しかった』って」
ローツさんは少しだけ考え込んでからうつむいて『そうだな』と一言小さな声で呟いた。
「ロディムさんは研究がしたいわけではない、それは普段見ているとよく分かります」
セティアさんが苦笑する。
「研究はあくまで素材の知識を蓄えるためにしている、という風に見えます。学ぶことに貪欲な方なので公爵様のように研究が好きなのかと見えますが、愉しそうにするのは明らかに物を作る時ですよね」
「そう、あの子はね、学ぶことを苦としないから誤解されがちなのよ。可能なら全部ぶん投げてキリアの隣でキリアの作るものを見様見真似で作ってキリアに色々とツッコまれたり褒められたりしたいんだよね」
するとセティアさんがフッと笑った。
「そうですね、よくキリアさんの隣にいますよね」
「キリアの作るものと自分が作りたいものが似てるんだろうね、あの二人を一緒にしておくと同じ作品の事で延々と語り合うよ、そんなに話すことある?! って私がビビるから」
「そこはジュリじゃないんだな」
「んー、ロディムにとってキリアは師匠、私は師匠の師匠って位置付け? なんか謎の距離感がたまにあるのはそういうことが影響してるのかも」
すると今まで黙っていたグレイがクッと喉を詰まらせてから笑い出した。
「まあ……とにかく。どこまで話すかはジュリに一任する。気が進まないようだが、いつまでも黙っているのも本人も焦れったいだろうし周りが探り出すかもしれない。折を見て商長が詳しく話してやると信じるしかないな」
わざとらしく私を笑顔で見る旦那。私もわざとらしく笑顔を返しておく。
そこから四人でシイちゃんとの結婚式はどんな式になるのか予想したりとか、本日の事務処理やらなにやらを進めながら色んな話で盛り上がっていたら。
「商長!!」
ドバーンと扉が壊れそうな勢いで開け放ってキリアが突入してきた。
「面白いもの出来ましたー!」
私とセティアさんが肩をビクンと跳ね上げた事などおかまいなしに、テーブルの上に広がる書類もお構いなしに、キリアが箱をドン、と置く。
「題して『魔石は何処でしょうか』!」
「「「「え?」」」」
キリアが意気揚々と蓋を明けたその箱を覗き込んだ私たちの目が点になる。
そこにはどう見てもリザード様の廃棄鱗しか入っていない。レッドリザード様の鱗で薄ピンクやオレンジがかった赤みのものなど様々な赤系鱗のみが入っている。
「この中にファイアラビットとベヒモスの魔石がレッドリザードの鱗に似せて紛れてます!」
「「「「え?」」」」
二度目、目が点に。
ちょっと待て、キリアさんよ。
私が数時間前に渡した魔石をカットと研摩したのはいいけど、あえてリザード様の鱗に似せたものにした? おはじきのような、少し歪なあの丸っこい形にわざわざこの辺では発生しない魔物の魔石を、取り寄せしたらけっこうな値段になるあれを加工したの?
「ちなみに皮膚と接してるいつもなら削ってしまう白い三日月分部も螺鈿もどきの廃棄の白い層と擬似レジンをいい具合に混ぜて再現してみました! 因みにルックの樹液混ぜて速乾させてから形を整えたのでもう既に固まってます、触って大丈夫です、さあどこでしょうか!」
「キリア」
「ん?」
「天才! なにそれおもしろすぎー!!」
「流石商長、分かってるぅ!」
「「「え?」」」
三人の視線が痛い、でも気にしなーい。
「ほら、あたし加工すると不活性魔素が抜けるわけでしょ、なら抜けた状態に似てる魔素がほとんど含まれてないモノに混ぜたらどうなるんだろうと思ってさ。最初はアクセサリーのルースとしてカットしてブレスレットにでもしようかと進めてたのを途中で変更してこれよ」
「キリア、ちょっと黙ってて」
「これか? いや違うな」
「こっちは……違った!」
「これも違うみたいです」
「おお、楽しんでる、楽しんでる」
まんまとキリアの思惑にハマった私達。数百ある鱗を箱からテーブルの上にひっくり返し、広げて真剣に探す。
凡そ五分、ようやく見つけた魔石は見事にリザード様の鱗に姿を変えられていたことに四人で素直に驚き称賛する。
「しかし、一粒数万リクルするベヒモスの魔石を、あえてこれに似せるか」
「タダだし好きにしていいって言われたから出来たことですよ。その代わり欠点もあります、グレイセル様は【解析】で判別したってことは不活性魔素が抜けてるってことですよね? つまり、すこぶるいい魔法付与が出来るものになってしまったので売れないです」
「「「ああ……」」」
三人の反応が一緒で面白い。
「でもこれ面白いよ、『◯◯はどこでしょう』シリーズとしてテーブルゲームになりそうじゃない? 何も魔物素材や魔石じゃなくてもいいんだからガラスや格安天然石でもできそうだよね。あとは木材とか……そういえば、『ウォー◯ーを探せ』は小学校のころどハマリして友達とシリーズものになってた本を大分漁った記憶があるわ」
後に、『◯◯はどこでしょうか』は近所の木工加工工房から沢山の長方形の中にたった二つだけ正方形が混じっているというものが第一号として発売される。そしてそれを皮切りにパーツを大きくし数を減らしたものが 《ゆりかご》で、今日キリアが作った物のように天然石と魔石で作られた高級品が 《タファン》で販売されることになる。実に簡単なテーブルゲームとして瞬く間に国内から国外にまでその口コミが広がる頃、『ウォー◯ーを探せ』をやけに気にしていたグレイがハルトとマイケルを巻き込んで、印刷技術の最先端をひた走るロビエラム国の印刷工房に制作依頼する。
何と一冊千リクルという高額なその本は、カラフルなだけでなく実に細かな絵が評判を呼び、値段とは裏腹に飛ぶように富裕層の間で売れ、神殿や修道院、学校などへの寄贈品としても大変人気を博すことになり、グレイがその版権で財産さらに増やすことになるのは数年後。
ちなみにその本の名前は『ハルートーを探せ』。
大変ふざけた名前である。
「ロディム」
「はい」
「気になってるでしょ、この前自分が『黄昏』を粉に出来たこと」
『あ、はい』と返事をしたロディムは酷く緊張して見えた。
「『黄昏』を単に加工できるだけじゃないよ」
「……」
「ロディム、あんたは恩恵を授かった」
「っ……」
「あんたはね、男では珍しくライアスのように強い恩恵を授かった。私の勘がそう言ってる」
「……ジュリさん、私が……」
「うん」
深刻なロディムとは裏腹に、私は日常の他愛もない会話をするように告げた。
「ものつくりの恩恵を、与えられてるよ」
キリアの嫉妬と意地が新商品を生み出した話でした。
さてロディムは今後どうなるんでしょうね。




