34 * その能力の詳細
「これ、ちょっと砕いてみ?」
「は?」
「はい、ハンマー」
「え?」
「『黄昏水』扱えたでしょ、これカットしただけの研磨前の鱗。まだ『空』じゃないから不活性魔素が残っているはずで、その量に比例して扱いも難しくなる。今のところ鱗をハンマーで粉に出来るのは恩恵持ちの中ではキリアだけなのよ、はい、ロディムやってみよう」
「ちょっと待って下さい!!」
「うん?」
「研磨すれば間違いなく『空』に近いものになるかもしれないこれを割るんですか?!」
割るんじゃなくて粉にするんだよ、と言ったらロディムが固まっちゃった。
『黄昏水』をボールに移せた時点でこの子も『黄昏』を扱えることは分かってるんだけど念の為確認したいなぁ、そして粉を他のに混ぜたらどうなるんだろうなぁ、という探究心と好奇心がごちゃ混ぜになった欲望に抗えず、用意したのは大まかにカットだけされた『黄昏』の鱗。
『覇王』騒ぎの時に全てを研摩できたわけではなくて、当然カットに失敗し欠けたものヒビが入ったものもある。譲り受けていた三枚の鱗は全てカットもしくは研磨され、うち七割はカットのみのまま残っている。グレイと侯爵家からこれ以上の研摩は禁止されているのよね、『魔素酔い』とそれを更に酷くさせる『共鳴』をしてしまう私なので、私の健康のために絶対に駄目だと普段は結界が強力に張られた地下室の奥の奥、隠し扉の向こうに安置されている。
それを今回一部グレイに出してもらい、ロディムに加工させてみようと。
ガンガン! バキッ、ガキン! パン!!
ロディムがその音に肩をビクリと跳ね上げて振り向いた。
「ん?」
キリアはなんてことない顔して振り向いて目を見開いているロディムに首を傾げて見せる。
「な、何を……」
「粉にしてスライムに混ぜたらどうなるのか実験するから」
袋の上から微塵のためらいも見せずキリアがハンマーを振り下ろす姿のなんと勇ましいことか、惚れ惚れするわ (笑)。ロディムはガクブルしてて、その温度差が面白すぎる。
何てことを思っていたら。
「う」
ユラリ、視界が揺れた。
「大丈夫か」
ガシッと肩を後ろからグレイに支えられて自分の体が傾いていたことに気付いた。
「えっ! こんなに離れてても駄目?!」
キリアが立ち上がり、ローツさんが直ぐ様窓を開けてくれる。
「ひぇぇぇっ、広い部屋の端と端なのに! あたし別の部屋でやってきます!」
「悪いな、そうしてくれ。ローツ、キリアをジュリの作業部屋隣の空いている部屋に案内してくれ」
「分かりました」
グレイに抱えられ私はソファまで運ばれるとそのまま彼の太ももに頭を乗せ膝枕をされた。
かなり小さくカットされた状態で、残っているとはいえ不活性魔素は大分抜けているとマイケルから言われてた鱗。離れていれば不活性魔素が空気中に霧散して薄まり、魔素酔いはしにくくなると言われていたけどこのザマよ。恐るべし『黄昏』。
「ふー……冷たい風が気持ちいいわぁ」
暖炉で温まった室内を一気に冷やす冬の空気。突如襲った目眩と胸焼け、そして皮膚のひりつきのような症状にはこの冷たさが心地よい。
「ごめん、寒いでしょ」
「気にするな、それより悪化はしていないか?」
「一瞬だったから大丈夫」
暫くしてグレイが室内を見渡した。魔素の流れを確認して感じ取れなくなったのか、窓を閉める。
「……出来ると思うか?」
「ロディムのこと? 出来るよあの子は間違いなく」
あの後ハンマー片手に慌てて部屋を出ようとしたキリアに引ずられるようにしてロディムが連行されてたわ。『ロディムはこっちだ。さあ、やってみよう』とカット済み鱗の入った袋を押し付けられてローツさんに背中をグイグイ押されて問答無用だった。
「そのことをどう捉えるか、受け止めるか、流石に私はわからないけどね。それと……キリアは魔素酔いしないけど、ロディムが魔素酔いするなら話は変わってくる。次期公爵に体調不良を起こさせる素材は扱わせるわけにはいかない。もしそうなら今後の対応も検討し直ししなきゃね」
「そうだな……だが、なぜだろうな」
フッとグレイは穏やかな顔をして笑った。
「キリアに手を引かれローツにグイグイ押されている姿を見ていたら『あ、普通に加工できるな』と思ってしまった」
「あー、ローツさんも恩恵持ちだからね。恩恵持ち二人に加工部屋に連行されてる時点で誰でもそう思うよね」
フフッと私も微笑ってしまった。
「魔素酔いした私より酷い顔してるけど大丈夫?」
一時間後、スッキリした顔のキリアとは対象的にロディムは顔色悪くげっそりしていた。
「……無理矢理、無理矢理ハンマー持たされました。物を壊せと脅迫されたのは、人生初です……」
「じゃあいい経験したね」
「そういうことではないと思います……」
「で?」
ロディムの後ろにいるキリアに問いかけた。彼女はそれはそれは素晴らしい笑顔でグッと親指を立てて見せてきた。
つまり。
ロディムは『黄昏』の鱗を粉に出来たということ。
そしてキリアはほぼ同じ状態の、粉となってもなお美しくキラキラと輝く『黄昏』が入った瓶二本をグレイに差し出した。
「右があたしで左がロディムです。一応分けておきました。グレイセル様の【解析】でどういう状態なのか見てもらった方がいいってローツ様に言われたので」
「預かろう」
グレイは二本の瓶を手に、まずはキリアが加工した物だという粉が入った瓶をじっと見つめる。
無言のまま、暫くの後、瓶を持ち替えロディムが加工した粉が入る瓶を見つめた。
「これは……」
「何か分かった?」
「……詳細は後日で構わないか?」
キリアは構いませんよと呑気な返事をしたけれど、ロディムは何となく、本当に何となくだけど何か言いたげな顔をして頷くだけだった。
そして。
今日はグレイ、ローツさん、キリアの他にマイケルに来てもらった。魔法付与と言えばこの人しかいないのと、情報漏洩しないという厚い信頼を寄せられる人物でもあるしね。
「ロディムがいない理由って何です?」
単刀直入、全員揃ったところでキリアが切り込んで来たのでグレイはその勢いについ笑いがこみ上げてしまったらしい。肩を揺らして前屈みになった。
「落ち着け、マイケルが説明するから」
「気になって気になって寝不足気味なんですよ、笑い事じゃないし落ち着いてもいられません」
「分かった分かった。……結果をロディムに伝えるべきかどうか迷っていてな。それで呼んでいないことは先に言っておく」
キリアの勢いが一気に落ちて探るような目をグレイからマイケルに移す。
「えっと、どういうこと? 何か問題おきた?」
「まずは『黄昏水』が適合した素材がどう変化を遂げたのか説明するよ、ロディムの話はその後にね」
マイケルはユニコーンの鬣、グリフォンの長羽根、シャドーライオンの毛皮をテーブルの上に並べた。
『黄昏』は魔法付与をされるとその輝きや照りが格段に上がる。補助素材として定着したこの三つもそれに習うようにマイケルが付与をして以降は独特の紫がかった光沢が強くなり、角度によっては鏡面のようにメタリックな輝きを放つようになっていた。
「ジュリが加工したことで出た粉が殆どのせいか、完全に非攻撃魔法しか付与が出来ない。そして、それぞれの素材が本来込められる魔力を大幅に上回る許容量になった。ユニコーンには僕の予想通り『身体再生』が付与、例えば皮膚だけじゃなくその下の肉ごと噛みちぎられても短時間で再生可能なレベルの極大に近い大が付与。グリフォンの長羽根は『風・火魔法耐性:大』で、グリフォンの主属性の風だけでなくおそらく個体別に備わる副属性である火に対しての耐性まで同時に付与できた。柔らかい素材で二属性付与は極めて珍しいしかもレベル大だ。そしてシャドーライオンの毛皮。これがね、気配を消す隠蔽を付与したつもりなんだけど。……『空間移動』というのが付与された」
嫌だよもう、何だよそれって話でね。『空間移動』っていう魔法がそもそも存在しない。これに似てるのが『転移』なんだけど。転移はグレイも出来る瞬間的に離れた場所に自分含めて人や物を飛ばす魔法。
じゃあその転移と何が違うのかというと。
「ぎょわっ?!」
キリアが素っ頓狂な声を上げた理由は、マイケルが自分の足元に吸い込まれるように沈んでいくから。
そして、トプンという、粘着質な物に沈むような独特な音を立てて完全にマイケルが姿を消したその直後。
「んぎゃぁぁぁぁっ!!」
……鼓膜が破れるかと。
キリアが絶叫したのは仕方ない。何故ならマイケルが少し離れた所にいるローツさんの足元の影からにゅるーんと、そう、人間の体の構造無視で波打つように揺れ動きながら姿を現した。全身が完全に出て影から離れるといつものマイケルがローツさんの隣に立っている。
いやぁ、これ、先に見せられた私も絶叫したよ。
そしてこれ、『闇夜』や『新月』と同じ。ブラックワームの影を利用して異空間を移動するあの能力。それが出来る、と。
「これには参ったね」
「ま、参るね……」
ニコニコのマイケルとガクブルのキリアの対比が怖いよ……。
「結論、ユニコーンの鬣もグリフォンの長羽根も国宝級。そしてシャドーライオンの毛皮に関してはもはや前代未聞、前例がない付与になってしまったから国宝とかそんな次元じゃなく、世の中に出せないんだ。『魔法付与全集』っていう専門書確認したけどそれらしい文字すら見当たらなかったから。困るね、またこの屋敷にお蔵入りのものが増えちゃうね」
笑顔が素敵よマイケル。
私も結論言う。
私は『黄昏』加工しちゃダメ。魔素酔いと共鳴で大変なことになるし、頑張って加工しても結局売れない碌でもないものになるから一リクルも入ってこない。触るだけ無駄!!
キリアの心臓が落ち着くのを待ち、改めて『本題』に入る。
「こっちがキリア、こっちがロディム。グレイセルもはっきり違いが分かったくらい、これの違いは面白いよ」
砕いて粉になった『黄昏』の鱗が入る瓶が二本。マイケルは名前の記入もないのにどちらが加工したものなのか分かっている。
「この二つには明確な違いがあるんだ」
マイケルは二つの瓶を並べる。
「キリアが加工した『黄昏』は、不活性魔素が八割以上取り除かれている。一方で……ロディムの加工した『黄昏』はね。ジュリとキリアがカットしたままの状態を保ってた。つまり、不活性魔素が一切抜けなかった」
マイケルは驚くべきことだとはっきりと言い切った。
「加工による不活性魔素の放射はこの世界では無視できない現象だ。ジュリは自由に加工できる、そして不活性魔素をほぼ全て放射させる。おそらく加工が困難とされるものでも例外なくジュリは出来てしまうと思う。キリアはそれに準ずる加工が出来る。だから不活性魔素も同様に放射させられる。それならロディムもある程度加工されていたとはいえ、『黄昏』をハンマーで粉にするまで砕けたなら、キリアと変わらない程度に不活性魔素を放射させられるはず。……でも、残ってる。カットしただけの『黄昏』に残る不活性魔素と変わらないままにね」
それはどういうことなのかと質問した。
マイケルが僅かに笑った。
「素材本来の、あるがままの状態を保って加工が出来る。……加工者によって放射出来る魔素が全然違って、そのため同じ素材に同じ属性のものを付与してもその程度にかなりの差が出てしまうせいで統一された魔法付与品を用意するのが結構大変だ。でもロディムは不活性魔素を放射させない。不活性魔素が元々少ない大きな素材を細かく大きさを揃えてカットした時、全てのパーツに含まれる不活性魔素が均一になる。つまり……付与すると、均一なレベルに仕上がる確率が飛び抜けて高くなる。これって、結構衝撃的な事だと思うよ」
そしてロディムが粉にした『黄昏』の入った瓶を手にした。
「しかもね。キリア同様、ジュリに準じて加工できない素材はほとんどないはず。そして不活性魔素を放射させないということは、魔法付与が出来ない状態もしくは最低限の程度の低い付与しか出来ない状態を保つことも可能で……宝石や魔石を観賞用、つまり宝飾品としての価値だけに抑えることが可能になる。付与だなんだと振り回されることなく、純粋にその美しさを楽しむ物に加工が可能なんだよ」
そしてマイケルは一拍おいて続けた。
「それは、ジュリが望んだ『手』をロディムが得たということでもあるよね」
これにキリアが固まった。顔が強張り、動揺を隠せない表情で。
「もう一つ。この世界の人たちにとってはこっちが重要かもしれない。加工する順番を変えたらどうなる? 先にジュリとキリアがある程度加工した後、それをさらに細かく均一にロディムが仕上げたら? 付与内容は勿論そのレベルすら高い状態で統一された魔法付与が可能になるんだ、それってさ、軍事面から見ると凄く、魅力的だよ。均一の魔法付与は、配られる量が多ければ多いほどに安心感を植え付けるし、程度の違いによる不満も生み出さない、物凄く優れた軍事用品になる」
マイケルは、自分の意見を締めくくるため、ゆっくりと話を続けた。
「どこまで本人に話すか、ジュリに任せるけれど……僕としては彼の立場を考慮してなるべく情報は本人含め厳しく統制すべきだと思う。公爵家の後継者であり、特殊素材の加工が出来る手を持ち、しかも今後の魔法分野に影響を与えそうな恩恵を得ていることは、身の安全を考えると、決していい事ばかりというわけではないように思えるよ」




