34 * 流石『黄昏』意味不明
うちで扱っているものはもちろん、貰った貴重なもの含め、ローツさんとロディムからも提供してもらい金属、輝石と魔石、つまり魔法付与出来る物を『黄昏』の粉の入った水に投入すること百回を超えた頃。
「ぜんっぜん反応しないよ?!」
キリアが半泣きでそう叫び、その隣ではロディムが困った顔をして首を傾げる。
「やり方が間違ってるんでしょうか? 例えば、煮詰めてドロドロにしなければならないとか」
ロディムの意見にキリアがパアッと顔を輝かせたところに悪いと思いつつも私は否定する。
「ハルトはこの『黄昏の粉が入った水』を補助素材って言ってた。つまり『水』と呼べる状態でなければ意味はないんだと思うよ、煮詰めても出来るのかもしれないけれど、そう簡単な話じゃない気がするんだよね。……だから、視点を変えてみよう」
魔法付与出来るものは硬質なものばかりじゃない。
一部の魔物の羽や毛など繊維状でも強い付与は出来ないけれど魔法付与素材として活用されているものがある。
例えばユニコーンの鬣は回復系魔法が付与出来るし、スパイダー系魔物が繰り出す糸も属性により付与が可能。
そして私としては今回是非やりたかったものがある。
クラーケンの甲の繊維。伸びるテグスの代用品にしたかったものの、その劣化速度の速さから商品化を断念したあれ。
「はぁぁぁぁっ! 流石ジュリ!!」
「よく思いつきましたね、凄いです」
恩恵持ちに褒められて胸を張ったよ、うん。
が。
甘かった、流石『黄昏』。
こっちの予想や希望の遥か斜め向こうに結果を出す。
「商長。感想お願いしても……?」
「溶けるとか、あり得ない。なんでよ溶けるとか本当に腹立つからやめてよ、クラーケンの野郎、何処までいっても私に抗うのかぁ!」
「繊維の欠片すら、残りませんね……」
はい、駄目でした。クラーケンの甲にとって黄昏の粉入り水は溶解剤でしかなかったです。
続いてはスパイダー系の糸。
「「「……」」」
物凄い縮れてそのまま固まり、編むことも針に通すことも出来なくなった。しかも脆くなった挙げ句魔法付与は出来ないということが急に調子の上がったグレイの【解析】で判明した。
じゃあユニコーンの鬣。
「ヤバいヤバいヤバい」
「ちょっ、これ、何ですか?!」
「ガラスボール割れそうだわぁ、ガラスの飛散に注意ねぇ」
何呑気なことを! とキリアに怒られつつも私はボールの中で暴れる鬣とビッシャビッシャと荒れ狂う水を見て失笑。なんだろう……糸と水が喧嘩してる? そうとしか言えない状態。
「どっちが強いんだろ?」
「だからそんな呑気な事を言ってる場合じゃない! って、ぎゃあ!!」
「意外! クセ強すぎのくせに負けるんだ?!」
「ジュリさん! そこじゃないと思います!!」
一瞬鬣がビヨーンと伸びて空中に跳ね上がり、それに驚いてキリアが叫んだ。水が突然シン、と静まりユニコーンの鬣が勝ち誇ったかのように水ボールからはみ出し水に浸かった部分がゆらゆら揺れている、ように見える、錯覚かも。
「……何か出来たよね? 色が変わってるから」
その鬣をトングで掴み持ち上げて見せた。
するとグレイが、今までのとんでもない状況を温かく見守るというどんな神経してんだよ? と誰かにツッコミされそうなほど大人しかった彼が、スッと椅子から立ち上がり近づいて来てトングに挟まれている鬣に顔を近づける。
ユニコーンの鬣はうちにいるアストハルア家からグレイの叙爵祝いで贈られた二頭のもの。どちらも美しい純白の体毛で特に鬣は白銀色で本当に綺麗なの。
光に照らされキラキラ輝くのはいつもの事だった。
でもトングに掴まれたそれは、キラキラ輝いているけれど色はまるで違う。
「綺麗ですね」
いつの間にかグレイの隣に来ていたローツさんも間近でそれを眺め、呟いた。
「これは……」
「『黄昏』特有の発色よね」
見る角度により無色透明だったり、オーロラカラーの混ざる薄紫になったりするのが『黄昏』の鱗。水が溢れ落ちてきそうな潤いに似た艶と照りを持っていて、それが鱗だということを忘れてしまいそうになる神秘的な透明感が特徴とも言える。それがそっくりそのまま移ったようにユニコーンの鬣は本来の白銀色を失っていた。
「つまり……この状態が、補助素材として定着した状態ってことだ。面白いね、塗布するんじゃなく、浸けるだけで素材に定着したんだもん。しかも、『黄昏』は選んでる。自分が補助素材として定着するにふさわしいがどうか。さっきの妙なあの反発はそういうことだよね。正真正銘、ユニコーンの鬣が『黄昏』の粉を抑え込んで力でねじ伏せたってことかも」
「そうなの?!」
「ん? 分かんないけどね。そんな気がするだけ」
「ええ、気がするだけ?」
キリアとのやり取りに、すかさずグレイが入ってくる。
「おそらくそれで間違いない、ジュリの直感が働いてそういう考えに至っているのならなおさら」
ローツさんがなるほど納得、という顔をして、ロディムが唖然としている。そんな中キリアは顰めっ面になるとトングに挟まれたままの鬣に、顔を近づけた。
「どれだけ斜めな方向に突き抜けた存在なのよあんたは」
鬣に話しかけてた。
こうなると早い。
つまり『黄昏』の粉が入った水が定着するのは『黄昏』の粉を抑え込めるだけの何らかの潜在的な強さがある素材のみとなる。
まあねぇ……。
『黄昏』の加工自体が極めて困難、というか私とキリア以外では恐らくロディムだけ。お? そう言えば今気付いたけど、ここにその三人が揃ってるんだ、これはこれで凄いことだわ。後でロディムに『黄昏』をカットさせてみよう。
加工する者すら選ぶ素材なら、当然己が定着する素材も選ぶことは予測の範疇ではあった。そして良くも悪くも期待を裏切ってくれた。
「魔石や宝石、金属には定着しないってことかも。クラーケンの甲とスパイダーの糸には反応しつつも定着しなかった。ユニコーンの鬣は抵抗しつつも定着した。つまり……硬質なものには定着しない補助素材、かな」
皆の視線が集まった。
急遽集められた柔らかな素材達。
「そして魔法付与出来る柔らかな素材は魔物素材のみ。『黄昏』の鱗の粉末入り水が反応するのは糸や羽といった水につけると吸水しやすい魔物素材で、その粉末状の『黄昏』よりも何らかの優位性がある素材だけに定着する。とにかくクセ強ってことは確定したわね」
ずらりと並ぶ素材。
クノーマス侯爵家にある物をグレイが急いで譲り受けて貰ってきてくれ、全てレア素材だ。ロディムからは自分も実家であるアストハルア家に直ぐ様連絡して転送魔道具で送ってもらおうかと提案してくれたけれどそれは丁重に断った。
「『黄昏』を扱っていることがバレると厄介かなと思っているから。気持ちだけありがたく貰うね」
と。ロディムが実家からレア素材を取り寄せる段階でスパイたちに気づかれるとヤバいよね。不特定多数のスパイが蔓延るこのククマットでは、私が何をしているのか目を光らせているから。
「何となく、予想はしてたけど、想像を超える反応だね」
「だからなんでそんなにあんたは落ち着いてるのよ」
ボールに移した『黄昏水』 (黄昏の粉入り水のこと)に素材を浸すとまあ見事な暴れっぷりで、気づけば部屋は再び水浸し。もう終わったらまとめて拭けばいいやと放置することにして、ボールの中で繰り広げられる戦いを幾度となく見守ること一時間。
「打ち勝ったのはこれだけ素材があってたったの三種類って、すごいよね」
呆れたような声でキリアが呟く。ビショビショのテーブルの上、キラキラと『黄昏』特有の変色と変光をする見た目に変化を遂げたユニコーン含めて三種類の素材が並ぶ。並ぶそれを身を屈めながら顔を近付け興味深く観察するのはロディム。その後ろでグレイとローツさんも身を乗り出し見ている。
ユニコーンの鬣の他に『黄昏水』に反応して定着したのは二つ。
一つはグリフォンの長羽根。両翼に一枚ずつしか生えないそれは、魔力を溜め込むことが出来る特性があり、グリフォンはそこから種の属性である風魔法を繰り出す。とても美しい緋色をしていて魔法付与できる数少ない柔らかな素材の一つ。魔法付与の成功率は低いものの成功すれば風魔法でも強力な竜巻や暴風を起こすことも出来るようになるため、風属性の魔導師垂涎の付与品として人気がある。
もう一つはシャドーライオンという見た目はライオン、でも色が黒という魔物の毛皮。シャドーというだけあってグレイのペットの『闇夜』のように暗闇もしくは影が出来るところであれば闇と影を利用して移動可能でありしかもなかなかに強いということで討伐の難易度も高く素材もレア。そしてこの毛皮には闇属性魔物に備わっていることが多い、光や音を遮断するという効果があり、付与が成功した場合は身に付ける人の気配を大幅に遮断する効果を齎すため、こちらはそれこそスパイや暗殺者が喉から手が出るほど欲しがる付与品となる。
「しかし、こうも見た目が変わると元がなんの魔物かも分からなくなるな」
グレイは面白おかしく笑う。
「そうですね、シャドーライオンの毛皮なんて元は真っ黒ですからなおさら想像もつかないでしょうね」
ローツさんは少々呆れたようなそんな声。
確かにね、三つとも『黄昏』の鱗と同じ輝きと色になってしまったから。
「……しかもだ」
グレイが目を細めて顎を撫でた。
「【解析】すると……元の素材名が文字化けする」
「「「「え?」」」」
「私の【解析】が調子が悪いわけではないようだな。これは……私以上の鑑定能力を持つ者か、【解析】の基となる【全解析】を持つハルトでなければ見られない可能性が出てきた。ロディム、鑑定はできるか?」
「あ、はい。しかし私の鑑定は父より劣性です、時間を頂いてもいいですか?」
「それでもいい、見てもらえるか? おそらく素材のところが見られないはずだ、そうなれば確定する」
『はい』と返事をしたロディムがじっと眼の前にあるグリフォンの長羽根を見つめだした。確かに時間がかかるらしく、グリフォンから視線を外して顔を上げるまで少なくとも三十秒以上かかった。
そして、『はあ』と妙な声を出す。
「なんですか、これ」
「なによその顔」
ロディムがスンとした顔になってるよ。
そしてグレイが笑い出す。
「『打ち勝った羽根』という名称になってますよ、グリフォンどころか、『黄昏』すら出てません」
ロディムが説明してくれた。
『名称は打ち勝った羽根、とある付与補助素材で強化されている、これに付与が可能な魔導師は限られる、付与出来るのは非攻撃魔法のみ』と。
それに笑いながらグレイが追加の説明をする。
『打ち勝った鬣』『打ち勝った羽根』『打ち勝った毛皮』になった。付与が可能な魔導師は一度の付与で魔力を八割以上奪われても心身に影響が出ない者のみで、それ以外の者が付与すると高確率で失神と長期間の魔力枯渇状態に陥り、低確率で即死することもある、と。付与が可能な魔法は非攻撃魔法のみ、かつ付与途中で魔力が変質する確率が高いため、希望する付与品とならない可能性が極めて高い、と。
ちなみに『黄昏』、『ユニコーン』『グリフォン』『シャドーライオン』の部分は完全に文字化けしていると。ロディムに至っては文字化けどころかそれらの単語を思わせる言葉すら出てこない、と。
グレイ以外、それを無言で見つめる。
変なのが出来た。
「父には報告しません」
床を拭いて貰っている間、私とロディムは使わなかった素材をかき集め、それぞれが入っていた箱に丁寧に並べ直すため隣の部屋に移動していた。二人でなんともおかしなものが出来たと笑っていたら突然ロディムが私に向き直ってそう告げる。
「なんで? 実験に付き合ってもらった特権として、公爵様に話すくらいならいいと考えてたよ」
「報告しません」
強い意思を感じる。手を止め私はロディムと向き合った。
「『黄昏』が使われています。……魔法付与をした場合、想像以上のものができるはずです」
「そうだね、私もそう思ってる」
「ジュリさんとキリアさんが加工して出た粉末は、水に溶かされただけで絶大な効果を持っているんです。あんなもの、世の中に出回っていいものではありません。……たとえ現物がなくても父がよほど神経を尖らせて情報を管理しない限りは父の研究に携わる誰かに知られる可能性が極めて高い、そして外部に知られる可能性も高くなる。『黄昏』の入った水はアレだけですか?」
「そうだね、屋敷に保管してるだけしか存在しないわよ」
「屋敷から出しては駄目ですよ、絶対に」
「うん、わかってる」
「補助素材として使い切って、付与品にしてコンパクトにし保管するべきです。あの状態では何かの拍子に外部に知られてしまうかもしれません、あれだけ奇妙な水は必ず噂になってしまいます、すぐに使わないのならせめて地下室や宝物庫に移動するべきです」
「ありがとう」
『えっ』と、声の上擦った驚いた反応が返ってきた。
「心配してくれて、ありがとう」
「……ジュリさん」
「あんたは『こっち』のことを本気で心配してくれるんだね」
「『こっち』って……」
「私やククマットのことよ。ありがとうね、肝に銘じておく」
「……はい」
感想、誤字報告等いつもありがとうございます。
ここまで読んで好みだな、続きが気になると思っていただけたらイイネ、そして☆をポチッとしてくださると幸いです。
まだまだ続きますので次回以降も引き続きお楽しみ下さい。




