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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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34 * 色んなことの合間に

 



 マーブル模様の紙で事務所があふれるという事態に陥るのを何とか阻止したり、そして選考してデザインを渡していたバミス法国の王女様の天然ガラスのヒロイン・スティックがようやく制作開始したという話が齎されたり、ロビエラム国王女からはシャドー・アートの額縁の準備が順調だという手紙が届いたり。

 クリスマスシーズンがまだ続くククマットは色とりどりのオーナメントやツリーが今でも賑やかさに彩りを添えている。

 そんな中で、時期的にちょうど落ち着いているということもあって、私はずっと見て見ぬふりをしていたものに手を付けることにした。


「何回も言うけど……あの時の慌ただしさと苦労の中でよくこれ捨てずに保管して置こうと思ったね」

「いやあ……だって捨てられないでしょ、生き物みたいに動いてんだもん」

「そうなんだよね、そのまま捨てるのがちょっと怖いというか、未知数過ぎて困惑してるというか」

「これ、このまま捨てたら、問題起きそうだよね」

「キリア」

「うん?」

「本当に、これを捨てずに保管しようと思ったキリアは偉いと思うよ」

「そうでしょうとも、だって、動いてるんだもん」


 私とキリアの目の前にあるもの。

 それは。

『黄昏』の鱗を加工した際にでた粉末入りの水。

 大樽五本にもなるそれは加工後処分に困り我が家にグレイが運び込んでいた。

 研磨機を動かす時、研磨で必ず出る粉末が飛散するのを防止するために少量の水を流しながら、それ本体も濡らしながら研磨するのがこの世界の研磨機を使う時の基本となっている。

『黄昏』は硬い、の前にクセが強すぎて私とキリアしか加工できなかった代物。加工する者を選ぶという理不尽の極みと言っていい『黄昏』はやっぱり粉になっても私達を悩ませた。


 まず。

 普通さあ、粉なら沈殿しない?

 これが沈殿しないの。

 しかも、動いてる。

 ずっと、水の中で一定方向に動いてるの。怖いのは日によって動きが違ってて時計回りだったり反時計回りだったり、上下に対流してたり、一番怖かったのはなんだか音がするからとグレイが蓋を開けたら洗濯機みたいに回ってて。

 更に日によって色も違う。キラキラと薄紫かがったパールパウダーが漂っていると思えば、翌日何故か無色透明とか。

 ……そんなの怖くて捨てられないでしょ。

 グレイとエイジェリン様に調べてもらったのよ、『黄昏』の粉の処分方法を。結果、加工自体が殆どされてこなかったので処分方法なんて分かるはずもなく。

 なので、屋敷の物置き部屋と化している部屋にずっと放置されてきた。


 でも流石に邪魔だよね、と片付ける決心をしたものの、やっぱり改めて調べても処分方法がわからず、グレイと話し合って決めたのは私とキリアで何とかするしかないって事だった。

 そして今日、洗濯機の日だった。ザバザバと音を立てて回転している。時折勢いよく水しぶきが立ってそばにいる私達にその水滴が跳ねてくる。

「跳ねてきても人体に影響ないっぽい」

「でもジュリとあたしって加工した人間で、しかも恩恵あるからそれが関係してるかもよ?」

「それだと人体に影響あるかどうか分かんないね。……誰かで人体実験するかぁ」

「商長が怖いこと言ってます! 副商長! 止めて下さーい!!」

 キリアが叫んだ。


「で、その人体実験に俺が呼ばれるとか、もはや俺の人権ってどうなってんのよお前の中で」

「だってリンファの猛毒飲んでも死なないでしょ」

「いやその前にお前の旦那の【解析】で見ろよ?!」

 ハルトの訴えにグレイが目を閉じた。

「グレイの【解析】は本日ご機嫌斜めなのですよ。そして今気付いた、ハルトの方がよりしっかり詳細知れるじゃんね?」

「ホントそれな!!」

「でも人体実験してもいいよ」

「しねえわボケ!」

 といういつもの無意味なやり取りをして、気が済んで気を取り直し。

「……へえ」

【スキル:全解析】で解析したハルトが奇妙なほど感心した声を上げた。

「これ、腐らないって」

「え?」

「この水、腐らずこのままずっと置いておけるらしいな。百年は自浄作用があって綺麗なままだって」

「凄い、なにそれ」

「ただし、飲めない」

「そんな気はしてた」

「でもジュリは飲めるな」

「何故?!」

「魔力がないから。魔力に反応して粉が飲んだ人間の魔力を吸収するって。排泄されるまで魔力を吸い続けるから魔力枯渇で人によっては気絶とか寝込むとか大変なことになる」

「だからと言って飲まないけども」

「それと……」

 ここでハルトが言い淀む。

「この水自体が、『加工する者』を選ぶらしい」

「……ん? 加工って」

「この水、魔法付与できるぜ?」

「えっ?」

 これにはグレイとキリアも驚いて互いに顔を見合わせる。

「いや、正確には『魔法付与の精度を上げるもしくは付与内容の効果増幅を促す数少ない補正素材』って出た」  


『補正素材』。この世界の魔法付与に使える全ての物質の中で極めて安定的で高確率でその効果が得られるものは現在三つしか存在しない。

『ホワイトドラゴンの胸骨』『フェンリルの牙』『ゴーストキメラの蛇骨』。この三つは粉末にし魔法付与したい物に適切な方法で塗布し定着させることで、その付与の成功率を飛躍的に向上させたり付与内容をレベルアップさせたり出来る。ただし、この三つを入手するのが極めて困難。そもそもホワイトドラゴン、フェンリル、ゴーストキメラは災害級の強さで知能が高く人語を理解し話せる個体もいるため、討伐自体できる人が限られている。ハルトとかね。討伐出来ても補正素材として使えるのは部位がそれぞれ一箇所のみ、そしてその加工も『黄昏』同様難しく……。

 なのに、そんな、貴重なはずのものが目の前にデカい樽で五本。これが付与を助ける貴重な物として我が家の一室を占拠している。

「……え、これって新発見ってやつじゃ?」

 ついそう呟いた。

「そうだな」

 ハルトがスンとした顔で、乾いた笑いで答えた。












 高性能な補助素材が貴重という話だけども。

「そもそもジュリが加工した螺鈿もどきやスライムも補助素材のような役割をしていると思うが」

 サラッと言った旦那の口を手で塞ぐ。それ今ここにいる人皆んな思ってるからね、言っちゃ駄目なやつね。

 私が魔物素材を掛け合わせると飛躍的に付与率が向上する、付与できる質が向上する、という話はなかったことにして。


「この状態でも使う人が制限されるクセの強い魔物なのに、『黄昏』討伐したハルトはどうやって討伐したんだろう?」

「剣で首と四肢を切り落としたらしい。『黄昏』の討伐記録が殆どなくてな。ならば体当たりだと考えなしに突っ込んで行ったと聞いている」

「頭いいのにやることが単純なときあるんだよねぇ……」

 そんな話をしていると、キリアが戻ってきた。

「連れてきたよー」

「呼ばれました」

 ロディムである。


 扱えるんじゃない?


 そんな事がふと頭を過ったのよね。それでキリアに頼んで連れてきてもらった。何か作業していたのか今日はうちの店のエプロンを着けている。そして本日絶好調に洗濯機稼働中のようにザバザバ動く水を見て硬直した。

「それなんですか」

 魔法でザバザバさせている訳では無いと気づいたらしいロディムがドン引きした顔をして、目だけを私に向けてきた。

「すっごい怖いでしょこれ。今日は絶好調でさ、朝から蓋してないと水しぶき飛びまくり」

「だからそれはなんですか?!」

 慌てるロディム、珍しいからまじまじ眺めてたらグレイに咳払いされた。


『これだからここの人達は……』と、ブツブツ言ってるロディムはそのままに、私はハルトから聞かされた事で気になる点があり、腕を組んで唸る。

「そもそもの話、これどう扱うべき?」

「ん?」

 キリアがキョトンとして、意識がようやく正常になったロディムが振り向いた。

「だって、補正素材って……全部使い方違うじゃない?」

「あっ」

 ロディムが上擦った声を上げる。

「そうですよ、有名どころなら……ゴーストキメラの蛇骨はゴーストキメラの血で、フェンリルの牙は回復ポーションでも重度の火傷による皮膚さえ再生させる上級ポーションで、そしてホワイトドラゴンの胸骨は永久氷河帯から採れる藍の氷で……それぞれ、練り合わせる物が決まっています。それ以外では補正素材としての効果を発揮しません」

「聞いただけで手に入りにくいもの!」

 ロディムの説明にキリアが憤慨した。

「しかも藍の氷ってなに?!」

「バールスレイド皇国にある永久氷河帯でのみ採掘可能な氷です。氷河帯を住処とするドラゴン種の放つ魔力を浴びて出来る氷ですね。魔力が濃ければ濃いほど藍色に染まるんです」

「……」

 キリアが黙っちゃった。


「唯一、補正素材の共通点が、『塗布』なんだよね。でもこの『黄昏』の鱗の粉の入ってる水はこの状態で補正素材ってこと」

 私がそう言うとキリアもロディムも、ずっと私達の動向を観察しているグレイとローツさんも困った顔をしてしまった。

「ということで」

 まあ、悩んでもしかたない。そう思って軽く言えば。

「嫌な予感」

 キリアが顔を顰めた。私はガラス製のボールとお玉をキリアとロディムに渡して私も同じものを両手に持った。

「うだうだ考えても仕方ない! 実践あるのみ! 手当たり次第にこの水に突っ込んでみよう!」

「言うと思った!」

「そして私は飲んでみる」

「「「「えっ?!」」」」

 びっくりした顔の四人の目の前でお玉を樽に突っ込んだ。ザバザバと水しぶきか上がってるから袖がビッシャビシャになりつつ、掬ってそのままお玉を口に運ぶ。

「ジュリ!!」

「……」

 グレイが椅子を倒して駆けつけて、お玉を奪われた。

「粉っぽい水、特に味なし、また飲もうとは思わない」

 私の素直な感想に、グレイがその場にしゃがみこんで他三人も盛大なため息を吐きながら脱力していた。そしてみっちり説教された。いいじゃんね? ハルトから私は大丈夫って言われてたんだから。


 私の突飛な行動で混乱したけれど、それよりもやっぱり気になるのが樽の水。

 本当に今日は元気だぁ、ずっと洗濯機状態だよ。

 しかし。

「あれ?」

 お玉で掬ってボールに入れた瞬間。

「大人しくなった」

 水に対しておとなしいってのも変だけど、あれだけ元気にバシャバシャしてた水はキラキラと光る粒子が対流するだけの水になった。

「えっ、あれ?! なにこれ」

 キリアが続いて掬ってボールに入れればこちらも水は大人しくなった。

「……掬って移すと静かになるなんて不思議ですね」

 ロディムがボールに移した水も大人しく。

「もしかして大量に一箇所に集まってると影響をうけるとか?」

「そうかもしれませんね、単純に影響し合うものが少ない状態で『黄昏』の性質が抑えられているのかもしれません」

「じゃあ扱い易くなっていいね!」

 三人で勝手にそんな結論に至って、じゃあ実験は沢山のボールに水を入れてそこに色々といれるからグレイとローツさんにもお願いしてボールに入れて貰うことにした。

「あー……なるほど」

「流石『黄昏』だわ」

「だひゃひゃひゃ! ウケる!!」

 ロディムとキリアが遠い目をする側、私は一人で大笑い。

 なんと、グレイとローツさんが掬って移した水はボールの中で跳ねまくって一滴も残らずそこら中に飛び散った。

 つまり。

 掬って移すだけでも、扱う人を選ぶのが『黄昏』。


 これではっきりした。


 ロディムは。


 恩恵を授かっている。


 私の技術をこの世界に広め定着させるために必要な者として誰よりも恩恵を強く授かったキリア同等の恩恵を。


 水浸しになった床を皆で拭きながら『黄昏』のクセ強すぎ案件で笑い合う間、時折グレイがじっとロディムを見つめる瞬間があった。私が見ているのに気がついて目があって、彼は僅かに目を細めた。そして互いに頷きあって。

 グレイも確信したみたい。ロディムの恩恵に。


「これ、拭き取ったのいいけど雑巾とか絞った水とかどうするの?」

「纏めて地中深くに埋めるしかないな。地表に捨てた場合どういう影響があるのか未知数だ」

「一応魔物素材だから他の魔物素材みたいに還元されるよね?」

「おそらくは。ただ、体内に取り込むと魔力を吸収するんだろう? ジュリとキリアが加工して『空』にしたものだ、普通の状態ではないことは忘れてはならないからな」

「この水の中の粉も『空』ってことになるわけね?」

「理論上はそうなるな。細かすぎて一粒一粒には大した力はないだろう、と信じたい」

「信じたいって、怖い言い方しないでよ」

「ねえ」

 グレイと話してたら。

「早く実験やろうよー!!」

 キリア激おこ。


 そういえば、結構時間は過ぎているのにやったことといえばボール数個に水を移して水浸しの床を拭いただけ……。


 うん。

 実験しましょう。















 ちなみに、好奇心旺盛というか私がやったことはやってみたくなる旦那が小さなコップの半分ほどを飲んだら、元々多い上に【称号】を得てから更に魔力が増えたにも関わらず、翌日まで魔力を上手くコントロール出来なくなる程絶えず魔力が抜ける感覚に襲われ不安定な状態になり、魔力を一気に奪われたせいで二日酔いのような目眩と体調不良を訴えて『二度と飲まない』と後悔することになるのは数日後。





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[気になる点] 飲んだって事は出てくると言うこと…… 浄化槽大丈夫かなぁ [一言] 強者を弱体化されるのには有効そうよな
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