34 * 話はどんどん広がるもの
なりきりセットでも作りやすい考えやすいそして売れそうという独断と偏見でヒロイン・ステッキを先行して販売する方向で話が纏まる頃。
「……リアンヌ様の所を一番にしたら問題になるかな?」
「何が?」
「販売もだけど、知り合いに幼いお子さんがいるならその子の誕生日とか、何かのお礼になりきりセットを贈るのもアリだよねってグレイと話してたんだけどちょうどリアンヌ様の娘さんが誕生日だから」
「あ、そうだっけ?」
キリアはセティアさんが纏めてくれた主要な貴族や取引のある人たちの奥様やお子さん達の誕生日が書き込まれたカレンダーの前に立つ。
「……あと一週間しかないじゃん」
「そう、ギリギリ」
『いや、ギリアウトってやつでしょ』とキリアのつぶやきはスルーして、私は 《レースのフィン》から届いた新作の小物たちの中から一つポシェットを取り出す。
「なりきりセットはステッキをメインにするのがいいんだけど、試作の意味を含めてますってことにすれば、このポシェットと合わせてステッキとカチューシャを作るのは無理でもないのかな、と」
「ジュリ、これって」
パッと目を見開いた彼女の顔が確かにこれなら、という納得の顔をした。
時々オバちゃんトリオがテンションが上がって作るキラッキラ可愛さてんこ盛りの小物がある。
特にクラッチバッグと、子供向けのポシェットは、その傾向が強く、度々あまりの派手さにお店が違う方向にいきそうになるのではと不安になるほど。
今回もそんなのがいくつか紛れ込んでいて、私の承認待ちとなっている。
その中の一つ。
真っ白な革でがま口の丸形というちょっと珍しい形のポシェットは、ピンクのレースとプリーツの効いたリボンで飾られ、毛足の長い穀潰し様の白いファーボンボンが二個ワンポイントでショルダー紐の両サイドに揺れるデザイン。さらにリボンの形になる見えるようにいくつかのパーツにカットされたピンク色の天然石が中央に貼り付けられている。
なかなかにインパクトがある濃ゆい可愛さのこのポシェット。
「これに合わせたステッキとカチューシャなら作れる気がするわけ」
「うん、作れそう」
「リアンヌ様の娘さんは五歳になるから……凝った作りよりも、インパクトある可愛さの方がウケがいい気がするよね?」
「確かに!」
何より、ステッキも小さめで細やかな細工よりはっきりとした大きめパーツでいい。カチューシャならキリアと私だとサクッと作れるし。
ということで、先日揃えた見本や候補となる棒とその他使い慣れた素材やキラキラ系パーツを集めキリアと共にあーでもないこーでもないと言い合いながら数時間。
カチューシャはポシェットに使われているリボンやレースを使って立体的にお花の形にしたものも貼り付けたのでボリュームある感じに仕上がった。ポシェットと同じ白い革を本体に貼り付けたのでそこでもちゃんと統一感は出ている。
そしてステッキ。
「作れるもんだね」
私が自画自賛すると深く頷いたキリア。
「いい仕事したよ、あたし達」
彼女も自画自賛した。
「細い棒に何かを貼り付けるのって面倒だけど、革なら多少伸びるから調整しやすくていいね」
キリアは担当してくれた柄の部分に貼りつけた白い革をにぎにぎしている。
「そうだね、見た目の高級感を優先したデザインを考えたから薄い金属板を考えてたけど、白や黒なら品もあるから革でもいいね。しかも滑らないから小さなお子さんならむしろこっちがいいかも」
「そしてここに来ても大活躍のスライムよ」
「スライム様、大好きです、一生プチッとさせて頂きます」
「ジュリ、スライムに永遠に嫌われるよ」
メインと言えるステッキのトップの飾り。
板状に固めていたスライム様をハート型にカットし、そして中もハート型に抜いた。抜いたそこには螺鈿もどきラメとピンク系の天然石とガラスと魔石を二人でハンマーで砕きまくった物を混ぜてスライム様に投入した物を流し込み固める。外側透明部分の側面には見栄えを考慮し白く塗装してから金属パーツで大小様々なハートとピンク系のカットガラスを貼りつけキラキラさせた。柄の下には小さなラメ入り擬似レジンの球体の小さなパーツ付き。そして仕上げにポシェットとカチューシャに使われたレースを擬似レジンに浸してから固まり始めたところで立体的に曲げ、柄とトップのハートのつなぎ目部分にリボンを結んだように見えるように貼りつけた。そして完全に固まればそう簡単には崩れないリボンが完成。
「「……」」
まじまじ三つを眺めて。
「「エグい特盛セット」」
こんな言葉でハモることある!? という言葉でハモってた。
可愛けりゃいいんだよ、と二人で互いに言い聞かせ、会議が終わった頃を見計らいグレイとローツさん、そしてセティアさんに来てもらう。
「「「……」」」
この三人の無言はどう捉えるべきか。
キリアもサクッと作ったなりきりセット試作一号(このままリアンヌ様の娘さん行き)を見つめる三人のこの無言がイマイチどういう感情なのかわらないため若干の不安を滲ませる。男二人はその可愛さてんこ盛りに目をパチパチさせている。
「あの、これ」
顔を上げ、第一声を発したのはセティアさん。
「これが、なりきりセットというものなんですか?」
「ん? そうだけど……なんで?」
セティアさんは私が想定した反応とはかなり違った。彼女なら『可愛い! 素敵です!!』といってくれるかな、と思ってたのに。
「ジュリさん、これは、なりきりセットというより」
「え?」
「完全な『社交場での装い』小物として使えます」
「ん? うん、そういう場で使ってもらって構わないよ? ポシェットは既にそうして使われてるみたいだし」
「いえ、あの、そうではなく」
あれ、話が噛み合わない? 私とキリアは顔を見合わせる。
「ジュリさん、子供を社交場に出すか出さないか、親が悩む原因をご存知ですか?」
「へ?」
それは富裕層というか、階級制度特有の問題点だった。
「貴族の社交場は、階級制度が支配する場です。ルールやマナーは勿論爵位が物を言う場です。その階級が支配する社交場で位の低い家、特に子爵家、男爵家、裕福ですが爵位のない富裕層はなるべく良家の御子息御息女を自分の子供の伴侶に、と願い望みます。そのため、デビュタント前から母親や姉妹の茶会へ社会勉強を名目に参加させます。早い段階で社交場になれさせることもできるのでほとんどの貴族がなるべくそうします。しかし、爵位が高ければ高いほど、その茶会も参加ルール、つまりドレスコードやテーマが求められるのですが……この時、爵位が低いから、お金がないからという言い訳は通用しません、社交場に出てくる以上、最低限ではなく今できる最善の努力で身だしなみを整えるのが絶対のルールです。招待してくれた夫人や令嬢に恥をかかせないため、会の品位を損なわせないため、その場に立つ者は必ずルールを守らなくてはなりません。それは大人も子供も関係なく、です」
「つまり……子供だからって、ドレスだけじゃだめってことだ?」
はい、と返事を返してくれたセティアさんは噛みしめるように一瞬ぐっと唇を閉じてから頷いた。
「でも、ジュリさんも既に感じているかと思います。貴族だからといってすべての人が裕福とは限りません。……子供の為に全てを整えてやれる家は案外限られています。新しいものを用意せずとも代々子に引き継がれる宝飾品を使えば良いという方もいますが、正直子供には分不相応で、物によっては似合わないどころかその場にそぐわないマナー違反と見做されることもあります」
「だろうね、細かなルールや暗黙の了解がある世界だから」
「はい。でも、これなら……。この三点セット、価格はどれくらいを想定してますか?」
「そうだね……最低三百リクルになると思う。富裕層相手のセミオーダー品としてなら、三点共に素材にもそれなりにこだわるから最低でも七百リクル前後を想定してる」
「……宝石のあしらわれたネックレス一つ買うよりずっと安上がりです、しかも子供用品という線引があって、嫌味がありません。子供の持つものという明確な線引があるために一点ものである必要もないですし、姉妹や兄弟で使い回しても気にする大人は少ないと思います。下手に高額な家宝の宝飾品を身に着けさせて周囲の大人から嘲笑されることもなく子供らしい物をもたせることでその場に子供として馴染み大人が主役であることが引き立ちます、新品もしくは綺麗、珍しいものであるにも関わらず価格が高くないのなら主催の夫人や令嬢の機嫌を損なうこともないでしょう。……これ、とても有りがたい商品になるんじゃないでしょうか?」
誰にとってありがたい商品か、という主語はなかった。でもそんなのは話を聞いていれば分かる。
きっと、セティアさんは自分の幼い頃に重ねていたんだろう。
爵位、威厳、矜持、それを守るための結婚を望まれてきたセティアさん。
伯爵家とは名ばかりで家は物心ついた頃から財政難で彼女含む兄と姉を王都の学園に入れるため苦心したらしい。それでも何度も社交場に連れ出されたという。着飾って、誰よりも輝けと、誰よりも視線を集めろと。
嫌な思いを何度もしてきたんだろうな。
子供の頃から、ずっと。
大人になっても嫌なことばかりで、逃げ出して、絶縁されて。
それでも彼女が捻くれず素敵な女性になったのはローツさんのお陰かな。
この陰りある顔も、過去の自分に照らし合わせ、そして今なお自分の過去のように苦しむ子息令嬢を思い心を痛め。見ず知らずの若い人たちのためになりきりセットを眺めて何か出来るんじゃないかって考えてる。
「ただ、どれくらいが許容範囲か……私は作り手でもありませんし、男爵夫人になったとはいえ、社交場にはほとんど出ませんから最近の社交界の流行なども把握しているわけではなくて」
「……誰かに相談してみようか、シルフィ様とルリアナ様は当然として、他にも色んな意見が欲しいよね」
「はい! それがいいと思います!!」
セティアさんが満面の笑みを溢した。
よし。
「第二回、ジュリ・クノーマス主催ゆる~いお茶会開催!!」
「「「え?」」」
セティアさん、グレイ、そしてローツさんがハモった。
「ウフフ、ジュリのお茶会、楽しみだわぁ!」
シルフィ様がウキウキ。
「私も楽しみだわ」
ルリアナ様がウキウキ。
新商品について相談がある、そのためにまたご夫人たちを集めて意見を伺いたい、なので協力して下さいとお願いすれば速攻で快諾してくれたお二人。並んで座るセティアさんと共にホっと胸を撫で下ろす。
「お披露目はその時でいいわよ、先に知ってしまうと皆さんに嫉妬されちゃうじゃない? 皆さんと共に一緒に驚いて意見交換したいわ」
はしゃぐシルフィ様、可愛いぞ (笑)。
ルリアナ様は。そんな義母の隣で楽しそうにクスクス笑う。
「同感です、浮かれ過ぎないように気をつけないと」
そう言ったルリアナ様だけどすぐに苦笑。
「とは言いつつ、今開発しているものが何なのか知っているから他の皆様には既に申し訳ない気持ちがあったりするのよ、これでも」
「まあ、そこは仕方無いですよ。天然ガラスの扱いの相談をした時点でヒロイン・ステッキのデザインをバミス法国に売った事がバレてますから」
そう。天然ガラスの取り扱いを侯爵家に相談したんだけど、結局クノーマス領とククマット領では天然ガラス、特に透明の希少な物は加工を受けないことにしたの。元々天然ガラスの取り扱いをほぼしたことがないし、やっぱりその扱いの特殊さがね。下手に手を出してトラブルになっても困るから。
「それにしても驚いたわ、オニキスなど一部の天然石も実はガラスだなんて」
シルフィ様が頬に手を宛てがい困ったような何とも言えない顔で呟く。
「正確にはガラスが含まれる鉱物、なんですけどね。天然石で魔法付与が出来ない物は不純物が多い、硬度が低いだけじゃなくそこにガラスの性質を持つものという知識が世の中に広まるといいですね。ただ、じゃあその見極めはどうやればいいんだとかどういう違いでそうなってるのかと聞かれると説明がとても長くなるし私のいた世界にあった物理や科学という学問をまずは知ってもらわなきゃならなくなったりと途方もない年月を要することになるのであまり期待は出来ませんが」
「本当にねえ」
シルフィ様が困った顔をして頷いて、ルリアナ様も無言で頷いた。
この世界、天然石でも魔法付与に向かない、出来ない物が結構あるなぁと気になって調べたことがあるけれど、不純物や硬度だけじゃなく、実は結晶質と非晶質の違いも?! と気付いた時は大いに驚いた。
え、なにその妙な部分で科学的な事実は。そういうところは『ファンタジーだぁ!』って結論で良かったのに、と変なことで落ち込んだのよね。ガラスは非晶質なのでね、オニキスも非晶質、当然魔法付与出来ないんですよ、残念。そして結局魔素が集って形成される魔物から捕れる魔石ってなんぞや? というファンタジーに話が戻るとホッとするのは何故でしょう、その一言で済ませられるという安心感があるからでしょうか。
そんな訳で天然ガラス云々という話はヒロイン・ステッキとヒーロー・ステッキの開発に繋がり、そしてなりきり三点セットへと派生して、第二回私主催のゆる~いお茶会へと発展することになりました。
……前回、妙な後味の残るお茶会になった事を思い出してしまいました。
今度こそ、ゆる~いお茶会を目指します!!




