34 * 子供の頃に憧れた?
成人式や二分の一成人式は早くても半年以上先の計画で、そもそもイベント手当たり次第開催のククマットなので余裕 (人手と時間的に)があればやろうという話で落ち着いた。ククマットに貢献した人に年に一度贈られるククマット栄誉賞も出来れば今年のイースターイベント初日の神様への祈りの儀式とイースター開始宣言の時から始めたいというのがあるので、そちらの準備を優先することにしたのでね。
栄誉賞で贈られる物は初期の計画通り記念硬貨代わりに金貨の上である大金貨の専用ケース入り、つまみ細工の中央に金もしくはそれに準ずる金属のパーツをはめ込んだ勲章、そして栄誉賞を受賞した証を気軽に身につけ、一目で受賞者と分かる特別誂えの栄誉腕章に決まった。そして希望があれば一年間イベントの貴賓席に座れる権利も付いてくる。その場合ハロウィーン以外はドレスコードがあるので 《レースのフィン》製作の正装一式も完全無料で用意。
「お金渡して好みの正装を仕立ててもいいんじゃないの?」
「それだとカジュアルな物に仕上がる可能性があるからね。一般人が正装を身につけることはないから仕立てすらしないじゃない? そうすると裾の長さや使っちゃいけない色とか模様を知らないまま仕立てて困るのは本人だから」
「確かに。あたしも 《ハンドメイド・ジュリ》の正装作ってもらうまで知らなかったし、気にしたこともなかった」
ドレスのような豪華な作りの 《ハンドメイド・ジュリ》の正装は勿論、以前ロビエラム国の王女が額縁製作依頼でククマットを訪れた際に従業員たちが身につけた制服もちゃんとルールに則ったものになっている。
例えばこの大陸に存在する国にはそれぞれ王族やそれに近い立場の家があるけれど、まずその人たちの象徴の紋章に使われている剣などの武器の模様はどの国でも模様として服に刺繍することはタブーとされている。それはその武器が建国から伝わる物だとか、伝説や逸話に登場する『神具』だとか、門外不出の秘宝扱いのものだとか、その人や家を象徴する崇高な存在を模したものとされているから。
他には男性も女性も足首まで隠れる丈にする、薄すぎる生地は使わないなど正装として身にまとう物にはルールがある。
そういうのに触れる機会がない人がお金だけ渡されて最低限の基本の正装のルールを取り入れたものを仕立ててくださいと言われて作れるか? という話になるわけで。
ましてその手の服を作れる所というのは限られていて、人気の仕立て屋でも作れない場合もある。だってそもそもの話、それなりの地位の家は専属のお針子さんたちがいる。彼女たちは裁縫技術だけでなくそういう知識もちゃんと師匠となる貴族お抱えのお針子さんのところで習い経験を積んでいるので、正装以外でも厳しいドレスコードがある夜会や式典用のドレスは流行りや人気の店ではなく家で仕立てる。
侯爵家ともなればそういう店が各地にありそうにも思うけれど、実はトミレア地区と西端の地区の二箇所にお高めの仕立て屋があるもののそこでクノーマス家の人たちが正装を仕立てることはない。侯爵家の人たちの正装、なかでも特位正装と呼ばれる最も条件が細くて多い物は必ず専属お針子さんでもベテランの知識と経験豊富、そして信頼の置けるリーダー的存在が仕立てるし、物によっては生地や糸すらその人以外は触れないくらい厳重な取り扱いをすることも。
「正装にも階級があるって知ったのもその時だしね。庶民からしたら正直そんなにあるの? って驚きしかないわ」
「そうだね、私もグレイと結婚する時に作ってもらったけど侯爵家のお針子さんが作ったから。特位正装は原則国王への謁見とか、国の特別な式典の貴賓として招待されたときっていう貴族でもなかなか経験しない時のみだけどね」
まあ、何が言いたいかと言うと、細かな規則があるものなので、信頼する専属お針子さんに仕立てて貰うことでトラブルを一切無くすという保険をかけているんだよね。
そういう意味でも、一般人なら勝手に作らせて同席する富裕層に不愉快な思いをさせたり本人が恥をかかないようにするために、最近は専属お針子や人気の仕立て屋にも負けぬ知識を吸収しガンガン物作りをしているフィンとおばちゃんトリオに任せたほうが安心安全なわけよ。
そんな話でキリアと盛り上がりつつ。
「その流れで、規制なんて重い言葉は使う必要は全くないけどある程度決まりがあると楽なものもあるわけよ。それが『ヒロイン・スティック』『ヒーロー・スティック』ね」
「商長、説明御願い致しまーす」
「はーい」
若干の悪ふざけが入りつつ、私はキリアの眼の前に色々な素材を並べる。
「では製作主任、今複数のスティックの柄の候補を並べましたが、この中から選ぶとしたらどれを選びますか?」
全て長さ三十センチにカットされた棒状の素材。色は勿論太さも違う。
「手に取って見てもいいですか?」
「はいどーぞ」
キリアは全ての棒を手に持ち、見比べたり握ったりして確認していく。
「商長、決めました」
「では教えて下さい」
「コレとコレです!」
彼女が選んだのは、綺麗な木目の白木の棒と、細い金属パイプの棒。
「何故それを選びましたか?」
「えー、まずですね、太いのは省きました。子供が持つには太すぎるのは適さないと思います。そして硬さ。細いと折れやヒビが入る可能性があります。なので丈夫な物を選んだらこの二本です」
「なるほどー」
「商長、採点すると?」
「七十点」
「微妙! なんで?!」
生徒キャラを一瞬でぶん投げキリアが叫ぶ。
「子供が持つ、その視点までいったならもう一つ考慮して欲しいわけですよ製作主任」
「何を?!」
「重さ」
「……あー」
意気消沈し、今度は作業台に突っ伏した。
「ちなみに、ジュリならどれ?」
「キリアと同じで先ずは白木だよね、これは固いし塗装と艶出しでバリエーション出せるから。後はこっち」
「……理由は?」
私が選んだのは、一番細く少し頼りなくも見える普通の木の棒。
「硬質な感じ……うーん、いわゆるスタイリッシュとかクールとかそういう感じを好む子もいるだろうから金属を使いたいけど、金属パイプの棒をそのままだと重すぎる。だから軽い木材に薄い金属板を貼り付ける事で軽量化と耐久性のどちらも持たせられるからこの棒かな。まあ、これだけじゃなく滑りやすさはどうするか、木製なら傷つきやすさをどうするかっていうのも本来は考えなきゃいけないんだけど、技術的にまだ全てを満たせないからできる範囲で」
「ぐうぅぅっ……」
「いきなりだったからね、しかたないよ。それでも今後はキリアには子供が持つ物を開発する際の相談役としてその場で一つでも多くアドバイスしたり改善点を挙げたり出来るようになってもらえると助かる」
子供用品とくれば自ずとクノーマス侯爵家の 《ゆりかご》での販売も視野に入れることになる。現在開発品の最終チェックは私を中心として従業員、特に子供のいる人たちが意見を出し合いながらしているけれど、いずれ完全にこちらから切り離す
《ゆりかご》の商品開発時のアドバイザーに関しては常時確保しておきたいというクノーマス家からの要望がある。ただ、私の今の忙しさだと後回しになる可能性もあるので、私以外がアドバイザーとして活躍出来たらと思っている最中。
「やってやるぜ」
「頼もしい!」
フンスと意気込んだ彼女に拍手を贈る。
「しかしまぁ、なんというか、あれだね」
キリアが非常に曖昧で適当な言葉をしみじみとした声で言うので笑ってしまう。
「オバちゃんトリオが作る盛りに盛ったガマ口ポーチレベルにキラッキラだ」
『ヒロインスティック』と『ヒーロースティック』の 《ハンドメイド・ジュリ》オリジナルデザインを見ながらしかめっ面になって、一瞬黙った。
「……あたしはこれ、いらないかな。子供の頃に見ても惹かれなかった気がする」
「大丈夫、私もそんなに興味なかったから」
笑って答えればキリアが今度は驚いて目を丸くする。
「え、うそ、キラキラしたの好きなくせに?」
「子供の頃はそうでもなかった。キラキラした綺麗なものが好きになったのは天然石とかアクセサリーに興味が出始めて、色々ハンドメイド出来るって知ってからかなぁ? 全く興味が無かったわけじゃなく、他にもっと好きなキャラクターがいたからね」
「ほおぉ、確かに好みや趣味って子供の頃は変わりやすい子もいるし人それぞれだし」
女の子が好みそうなものはスティックのトップがハートや星、アベルさんに渡した翼のデザインに色ガラスや天然石をはめ込んでキラッキラにデコったスティックに、男の子が好みそうなものは魔導師が持つ杖をモチーフにやっぱりキラッキラにデコったものをデザインしてみた。
「……この翼のデザインはデコる石の色を変えると男の子でも好きそうなのになりそう。こっちの杖のモチーフも、ピンク系の石と白の柄にすれば女の子にも人気出そうだね?」
「そうそう、どうせ主に富裕層相手の商品になるわけだから、商品化するときはセミオーダー商品にしてもいいかと思ってて。もし店頭に通常商品として並べるなら人気のありそうな物に絞って、さらに一回り小さくして装飾も抑えることになるからもっとデザインを詰める必要があるけど、とりあえずは富裕層相手で流行らせられたらラッキーかな」
「なるほどぉ」
「いっそのこと『なりきりセット』にするのもありよねぇ」
「……なりきりセット、とは?」
小学校の頃、友達がクリスマスプレゼントに両親に買ってもらったと見せに来たのがポシェット、スティック、カチューシャの三点セット。その話をすれば。
「え、面白すぎる。でも 《レースのフィン》だと似たような物を揃えられるじゃん?」
キリアがニヤリ。スティックがメインなのでそれに合わせたポシェットとカチューシャだった記憶があって、三点とも当然キラッキラよ。でもそれ、女の子向け。
「男の子向けって 《レースのフィン》はなかったじゃない。だから……ベルトとマント、そしてステッキの三点セットもあればと」
「ホントに面白すぎる」
「面白すぎるんだ」
キリアのその反応にこっちが面白くなって笑ってしまったわ。
「私のいた世界だと衣装もあったわね、勿論キラッキラよ。でもこっちの富裕層は子供もキラッキラな服を当たり前に着てるから必要ないわけ。そもそも特定のそういうキャラクターがいないから好きに着飾ってっていう緩い感じでいいの、作る側としては楽でいいよね」
「確かに。それにこれをもっと安く仕上げられれば一般販売もできるよね?」
「出来るね、うちで扱うよりも 《ゆりかご》に卸すと販売がしやすいとかスティックは外部委託、マント、とベルトは 《レースのフィン》、カチューシャや他に追加される小物はうち、って生産も分ければ安定供給もしやすいとか、こういうセット物は色んなやり方に挑戦出来る所が面白いよね」
そこまで話しをして気がついた。
「……なりきり。……それなら、アレも使えそうだし……色味は……」
キリアが自分の世界に飛んでた。
「グレイとローツさんも子供の頃にこういうのあったら欲しかった?」
飛んだキリアはそっとしておくことにして、会計士達との会議が終わった後の二人を取っ捕まえて、ザッとまとめたスティックやなりきりセットのデザイン画をいくつか並べて見せた。
私の質問に二人はうーんと結構真剣に悩んでから苦笑する。
「欲しくなかったと言えば嘘になるな」
グレイは肩を竦める。
「ただし、両親が許さなかったと思う」
「え、なんで?」
「スティックを振り回し調度品を壊すからと持たせてくれなかっただろうな」
「あ、その言い方だと何か振り回して壊したことあるんだね」
「母のお気に入りの花瓶を木っ端微塵にした」
「じゃあ駄目だわ」
そしてローツさんに目を向ければ特に何も言ってこない。無言で見つめ合う。そうか、お前もか、何か持たせると振り回して壊す子供だったのか……。
うん、こういう事が起こり得るから子供用品の安全性って大事だし、何より武器にならないよう軽くしたり鋭くならないようにしなきゃなんだよねぇ、本当に大変よ。
「はぁっ?!」
飛んでたキリアが突然大声を出したので三人でびっくりして目を丸くしながら彼女に向ける。
「ジュリのいた世界になりきりセットがあったならハルトも知ってるんじゃ?!」
「ああ、そうかも。ヒーローモノは参考になるかも。聞いて私がデザイン画を起こしてみるのもありだわ」
「だよね?!」
この後、キリアの思いつきでハルトに声をかけると喜び勇みやってきて、色々聞き出せたのは良かった。というか、私はある程度見て記憶を頼りに絵をえがけるのは当たり前のことなのに、キリアがハルトの説明を聞いて描けるのは凄いと素直に称賛しておく。
そしてそこにマイケルも呼んで参考になればと聞いてみたけど。
「マイケル……それ、手から糸出るヒーローじゃん」
「だってヒーローのことを知りたいって言うから」
「ヒーローはヒーローでも、求めてるのは、違うんだよねぇ……」
そして、さらに。
「あ、俺アイ◯ンマン好き!」
言われるがままに私が描いた絵を見たハルトが笑顔ではしゃいだ。
「いいよねぇ、僕好きなんだよ」
マイケル笑顔。
だから違うって……。マイケル、意外なところで役に立たないのね。
ちなみに私が描いた手から蜘蛛の糸が出る人と全身金属で覆われた人の絵はマイケルが持って帰った。部屋に飾ると相当喜んでくれたので、まあ、いいか。




