34 * そのまま活かす方法
そう、これ。
歪だけど卵型。
加工次第でもっと綺麗になる。採掘時の姿を損なうことなく整える程度でいい。
「アベルさんとしてはアクセサリーじゃなきゃ駄目なの?」
「え、どういうことですか?」
「さっきも言ったけど、希少性という点を省くとこれをカット・研磨してルースとして仕上げても輝き、艶、色、透明度は天然石や魔石に劣る。話題性は望めるけれど、それって流行と一緒なわけよ。一年も経たずに確実に他の宝飾品に埋もれるよ、 《ハンドメイド・ジュリ》監修や加工っていう看板が欲しいんだろうけど、まあ期待外れに終わるね間違いなく。それでもいいなら、信頼できる工房にまかせたらいいよ。お勧めしないってことだけは強調しとくけど」
ぐうっ、と詰まるような何とも言い難い声で唸りアベルさんは腕を組んで考え込んでしまった。
「アクセサリーにしなければならない理由があるのか?」
その疑問はグレイだけでなく、私も感じていた事。
「これを持ち込んだ時に話したけれど、この天然ガラスはバミス法国のとある山脈で発見されたんだ。その山脈で見つかったのは実に十年ぶり、稀に各地で見つかってはいたけれど大きさといい透明度といい久方ぶりの良品でね。とても注目を浴びたんだよ」
「そういえば、バミスでは天然ガラスはほとんど採掘されないんだったか?」
「そうなんだよ、それもあって特に今回注目を浴びている。しかも黄緑と言っても黄色味が強いだろ?縁起のいい色だから主への献上品の候補にという話にまでなったんだ」
「献上品の候補に。なるほどな、加工してアクセサリーにする方向になるか」
「宝石や魔石が献上されると基本宝飾品になるからね。これも例外ではないんだよ。……献上品にはならなかったけれど希少性から法王家が購入した時点で宝飾品にするだろうと皆が思ってしまってるし」
二人の会話を聞きながらなるほどね、と自分なりに納得し解釈してみる。
大雑把に言えば周囲の期待や慣例を裏切れない、そういうことなんだよね。
でも大きさから身につけるものに仕上げるのは難しい。難しいならせめてうちのブランド名を冠したものにしたい、と。バミス法国では 《ハンドメイド・ジュリ》の名前は広く知れ渡っているので話題性を更に上乗せできるって算段があるのかな?
アクセサリー以外で、人目に触れやすいものかぁ。
「ちなみに、加工したとすると……誰のものになるの? いくら希少性のあるものとはいえ獣王様と王妃様が身に着けるってことはないでしょ?」
「ええ、これは末娘である第二王女殿下のものになります」
「てことは、まだ……十歳くらいだよね?」
「そうですね、まもなく十歳になられます。その祝いの品の一つになります」
「ああ、なるほど。それもあってアクセサリーに、かぁ。そういうのはもっと早く言ってくれないと」
「す、すみません。……あれ? もしかして作ってくれます?」
「ん? やらないよ、アクセサリーにはしたくないって気持ちには変わらないから。ただ、提案はできるかなぁと」
「「え?」」
アベルさんだけでなくグレイも驚いた顔をした。
「アニメとか漫画の変身系ヒロインって、変身アイテムってのをよく持ってるんだけど、それにしちゃえばいいんじゃんって」
コンパクトとか、スティックとか。なんかそういうのあるよね? 玩具売り場でコスプレやドレスに混じり陳列されているすっっっごいキラッキラのアレ。
「この卵のような形を活かすなら、カットして研磨してもいいと思う。それならほぼ原型のままでしょ」
「しかし、それではアクセサリーには……」
「スティックにすればいいよ」
スティックといえばこの世界だと紳士の嗜みで持つ杖のことを指す。余談としてベイフェルア国含む大陸東側だとステッキと言うことが多い。なので二人共ピンと来ていない顔をしているので、こういう時こそ絵を描いて見せる。
「いい? 例えば……卵型にカット・研磨すると中のインクルージョンが目立つから、それを隠すための装飾を施す。インクルージョンの位置の把握が必要になるから、その後に装飾のデザインをする必要があるから早めの加工をしなきゃいけないよ。でもそれより先に出来るのがスティック本体と、天然ガラスをスティックに固定する為の台座のデザインと製作。果たして受け入れられるか分からないけど、まだ幼い女の子を意識してデザインしていいなら、スティック部分は真っ白、先端と台座は可愛いデザイン、そして台座と天然ガラスを繋ぐ役割とガラス保護にもなる装飾は同じ金属で金色がいいかな。そしてガラスの上に小さなティアラやアクセサリーを思わせる装飾のやっぱり同じ金属の飾りを乗せる。この金属を全て繋ぐことでガラスは落ちないよ。天然ガラスのインクルージョン隠しのための装飾は透し彫り風のデザインにすると自然になるよね。もっと盛るなら天然ガラスの両脇に鳥の翼が広がる装飾してもいいかも。うん、かなり派手になるね、でもドレスを着て人前に立つ王女様になら、これは似合うことはあっても浮くなんてことはないはず」
ドレスを纏って王妃様そっくりなゴールデンレトリバーのような垂れ耳の可愛い王女様が、コテッコテのキラキラ特盛のスティック持ってたら絶対に可愛い。『へんしーん!』とか言ってくるっと回って欲しい。
……あれ、男二人が黙ってる。
「もしかして、こういう王笏に似たような物は獣王様以外は持てないとか法律にあったり?」
たまーにあるんだよね、その手の法律が。そんなことが頭を過ったからの質問だったのに。
「ジュリ」
「うん?」
「提案料をぼったくれ」
旦那が急にニヤリとほくそ笑んだ。しかもぼったくれとは。
アベルさんが私の描いたそれを手にしようとした途端、サッとグレイが先に手にしてほくそ笑んだままの顔を彼に向ける。
「ど、どれくらいが望みだ!」
あれ、アベルさんがボッタクリに遭う気満々だ。
「五万」
「……三万」
「五万」
「三万五千でどうだ」
「提案というよりこれは最早完全なる完成されたデザインだ、しかも未発表、話題性も望める。五万だ、値切りは受け付けない」
「予算オーバーだっ、一度戻って相談してくる」
「いい返事を待つことにしよう。ああ、盗用されても困るので魔法紙による誓約書を用意するから待ってくれるか」
たかが一個の為の、ものの数分で描いたデザイン画に随分な値段をつけたなぁと少々呆れてため息をつくと、グレイは笑いながら誓約書の複写をテーブルに置いた。
「父からアドバイスされていたからな」
「侯爵様から?」
「ジュリが思いつく、考える新しいデザインは相手の懐を痛めるくらいで売りつけるといいと」
「なんで?」
「自分の提示額でなんでも作ってくれるという甘い考えが出来なくなる、自ずと安易に相談して来ることは減るだろうとな」
「あー、なるほど。確かにね、それは言えてる」
「しかもアベルの立場でもそうなら他の者なら更に尻込みするようになる、全体的な抑止力に繋がりこちらの心労も減るわけだ」
「義父に感謝……後で何かプレゼントしよう」
侯爵家のある方に向かって合掌しておく。
「しかし斬新な発想かつデザインだったな」
「ねぇ、本当に法律に違反するとかはないよね?」
「アベルがデザインを持って帰った時点でそれは心配しなくていいだろう」
「それなら安心。今後は知り合いの娘さんのプレゼントとして作るのもありだよね?」
「そうだな、ジュリならデザインをもっと抱えているんだろ?」
勿論ですとも!! そういうので遊ぶような子供ではなかったから沢山思いつくわけではないけど。
「例えばさ、私のいた国だと二分の一成人式なるものがあったのよ。私が召喚される前のままなら成人は二十歳、その二分の一だから十歳にお祝いしましょうってあの手この手で企業が顧客獲得営業成績向上のために考えたお祝いの一つとか言われてるけどね」
敬老の日に対して孫の日までいつの間にか出来てたよね、じーさんばーさんに金を使わせる為の日だったよね (笑)!! 二分の一成人式もその様相は呈していた記憶がある。祝日、記念日を増やせば増やすぶんだけ、出費が増える仕組み、恐ろしい。
「こっちだと、十六が成人だから八歳ね、富裕層ならああいうキラキラ特盛の豪華なスティックをそのお祝いに贈るっていう習慣とか好みそうじゃない? あれだと女の子向けになっちゃうから男の子用にちょっとカッコいい感じ……難しいけど、そういうのもアリでしょ。女の子でもカッコいいのを欲しがる子はいるだろうし、男の子でも派手なのを好む子はいるだろうから、どっちにも似合いそうなのも考えるといいかもね」
「おもしろそうだな、そして『成人式』というのをやるのか」
「あ、そっちに興味がいっちゃったかぁ。でもククマットでやってみるのはアリかも」
天然ガラスの扱いの話が、いつの間にか比較的新しい文化の『二分の一成人式』と、ついでに『成人式』をやってみようって話になってた……。
「スティックの話より二分の一成人式で盛り上がるとは思わなかったわ」
あの後正式にデザインを採用させて下さいとアベルさんがやってきて、提案料 (デザイン料含む)五万リクルを持ってきた。獣王様に相談したらその場で秒でこちらが提示した提案料を支払えと命令されたんだそう。なのでその場で契約を交わしデザインを更に改良し渡した。
インクルージョンを隠すための装飾は不自然にならないように蔦模様や波のような流線模様の透し彫り風にするといいとか、卵型に整える際に出る小さな欠片も無駄にしないよう、形を整え研磨したものを使いバレッタやカチューシャなど普段遣い出来るものに仕上げてもいいだろうとか、ボッタクリの分はしっかり助言してあげた。あとは職人さんたちの頑張り次第だね。
「祝い事が増えると金も動くというジュリの意見に大いに同意するよ」
契約書に不備がないか確認をしたローツさんは契約書を専用の箱に入れて棚にしまうとククマット領で今後検討したい項目に追加された二分の一成人式、そして成人式について書かれた紙を手にし椅子に座った。ローツさんもスティックより興味があるらしい。
「負担になる家も増えるだろうな」
「だから二分の一成人式、成人式はククマット領の領主グレイの領民への還元って形でやれればいいってことよ。私のいた国だと冬にその式をする地域が多かったけど、こっちは学校の卒業式が夏の終わり頃が多いしククマットの冬は雪が無視出来ないから、秋の初め頃がちょうどいいかも」
「こうしてククマットはイベントが増えていくんだな」
「そうだよ、やれることは取りあえずチャレンジあるのみでしょ」
苦笑するローツさんに真顔で返しておいた。
「……それで、話は変わるが、天然ガラスはやはり扱わない方向か?」
「そうだねぇ、侯爵様とエイジェリン様に相談するけど……うちと侯爵家で扱うのは危険な気がする。ガラス製品の価格をどんどん下げているククマットとクノーマスにしてみれば天然ガラスは高すぎる。透明度が高まって置物やシャンデリアの生産も安定してきたし私には秘匿しているシュイジン・ガラスもあるわけで。極めてせまい範囲にはなるけど、優れた細工技術と均一性、そして透明度の高い種類豊富な商品とシュイジン・ガラスがある時点で、天然ガラスを扱う利点がまるでない。コレクターには垂涎の品でも、そうじゃない人にしてみれば、もっと綺麗な物が買える工房に行ったほうが良いと思うのよ。今回のように依頼でデザインを手掛けるくらいはするけれど、商品として扱うことは慎重にならざるを得ない、美しさを重視する人にしたらインクルージョンがあるガラスに魅力を感じない可能性は高いしね」
「なるほどな」
ローツさんは納得した顔をして浅く頷く。
それよりもね。
「名前、名前……」
「ん? 名前?」
「そう、スティックの名前。単純明快が万人受けするよね、こういうのは。捻らず命名しちゃう」
『ヒロイン・スティック』と『ヒーロー・スティック』。これでいいや。
安直な命名にローツさんに笑われるかなと思いきや予想外に彼は頷いて納得してくれた。
「安直でいいんじゃないか? 悩み過ぎて捻ろうとすると誰かの口から『シマダ』が出て来るから」
「困ったら私の旧姓を使えばいいじゃんっていうあの流れ、いい加減止めて」
二人でそんなふざけた会話をしていたら。
「商長!」
夜間営業所兼研修棟でフォンロンギルド職員や従業員の指導にあたっているはずのキリアがやって来た。
「なに? 問題でも起きた?」
「何か作ろうとしてませんかー!!」
「え?」
「商長が何か作ろうとしている匂いがしまーす!」
ローツさんとハモった。
「「匂い」」
と。
ヤバい、うちの製作主任が変なこと言い出した。
と二人でドン引きしたら。
「あたしの居ないところで何か思いついてない? ねえ何か作ろうとしてない?」
「……『ヒロイン・スティック』のことかな」
「ほらやっぱりー!!」
「その前に匂いって何よ」
「え? 匂いは匂いよ、何か作りそうな匂い」
「……」
ちょっとよく分からない。製作主任のそれも恩恵っぽいけど、意味が分からない。
「今お取り込み中ですか?」
私とローツさんがキリアの摩訶不思議な能力? に暫し固まっていたらロディムが現れた。今日は領民講座でユージンや他の講師の補佐をしながら講座経営の勉強をしているはずなのに。
「どうした? 何かあったか?」
彼の登場にローツさんが椅子から立ち上がった瞬間。
「あ、いえ。今ちょうど休憩に入ったんですが、ジュリさんが何かしそうな気配が少し前からしていたので来てみました」
「「気配」」
ローツさん、またハモったね。
「ヒロイン・スティックなるものを考えてたらしいわ」
「え、やっぱり。そんな気がしたんですよ」
「お前の恩恵、怖いよ」
「私もそう思う」
セラスーン様、あんまり妙な恩恵は与えないで欲しいです……。
成人式、作者には凡そ四半世紀前のことになります、最早思い出というよりぼんやりした記憶www
夏に開催の所も増えてきましたね、集まりやすさとかそういうの考慮して自治体が配慮してくれるのは良いことです。
そしてアンダラクリスタルからの繋がりがスティック。これのために調べ物ガンバった思い出もぼんやりした記憶になりかけてます。こうして更新が遅れる危機を自ら生みだすんですね、気を付けます。
ちなみにステッキやワンドという方が聞き慣れている、馴染があるかもしれません。今回スティックにしたのは日常使いの機能性の杖や魔法の杖とは違うこと、短くて全く機能性がない物ということで、スティックにしました。




