34 * 天然と人工
本日より通常更新に戻ります。
それでは新章開始です。
ガラスのお話ですがいつもとは少々毛色の違うものになってます。
皆さん、アンダラクリスタルってご存知?
「「「「「知るか」」」」」
はい、ハモっての返答ありがとう。
アンダラクリスタル。
クリスタルという名前がついているけれど水晶の類ではない。
では何だと言われると、ガラス。
「あ、じゃあシュイジン・ガラスみたいなもの?」
フィンが良いとこ突いてきた。
「そう、あれも元はクリスタルガラスという、人工的にクリスタルに似せたガラスだよね、でもあれはクリスタルガラスと明確にガラスであることを言ってるんだけど、アンダラクリスタルは、ガラスとは呼ばれてないのよね」
「それはなんで?」
キリアが目を輝かせて好奇心旺盛に身を乗り出してきた。
アンダラクリスタルは一言で説明すると。
『自然生成されたガラス』と言われている。
ただ、どのように自然界で生成されるのかは未だ謎と言われている。
何故なら。
不純物の少ない透明度の高い綺麗な状態で発見されることが多いのと、多彩なカラーが狭い範囲で採掘されること。特に二番目、本来自然界で形成される輝石含む鉱石類はその土地の成分に大いに影響される。含まれる成分によりカラーが変わるから。なのにアンダラクリスタルは狭い範囲で一色に偏らず多彩なカラーが発見されることがあるため、その生成過程が謎と言われる。
そんな物なので、宇宙から落ちてきたものとか、実は意図的に色ガラスをそれらしく加工して埋められた物とか様々な推測で語られる。一方で性質はガラスでありながらその未知なる存在故にヒーリングストーンとしても人気があった記憶がある。なのでガラスではなくクリスタルと呼ばれる、という一説も。
私は残念ながらアンダラクリスタルを購入するかどうか悩んでるうちにこちらに召喚されてしまったので現物を見たことも触ったこともない。
「ジュリが購入に躊躇う理由とはなんだったんだ?」
素朴なローツさんの疑問に苦笑を返す。
「鑑定しても、人工か自然生成された天然鉱物に分類されるか判別できないのよ」
それを聞いたマイケルが『あ』と声を出した。
「そうか、ほぼ成分がガラスだとしたら、分からないか。いくらでも偽装できてしまう。それこそ地球のガラス加工技術ならそれなりの見栄えにいくらでも改変できる」
「そう、ネットで調べてるうちにアンダラクリスタルとして出回ってる物って人工の偽物が含まれてることがあるから注意が必要って書いてるいくつかのサイトを見つけちゃって。それで迷って買わず終いよ」
それを聞いていたこの世界生まれの全員が顔に疑問符を浮かべる。
「「「何故?」」」
と。
皆、最近感覚が麻痺してるわけよ。
【全解析】という超チートな【スキル】持ちのハルトを知ってるから。そしてこの世界の【称号:鑑定士】による鑑定できる内容に慣れ親しんでしまっているから。
「地球の宝石などの鑑定はね、成分やその割合を完璧に知る手段として有効だけど、この世界のように『誰が加工した』とかは分からないから」
マイケルの言葉に目から鱗な顔をした人達。
そう、この世界に存在する【鑑定】なる特殊な能力は、その鑑定内容が少々ファンタジーより。
例えば金塊を鑑定するとする。すると出て来るその金塊の情報は元素が何パーセント、その他不純物がそれぞれ何パーセントか、ではなく。
『金の塊。不純物が少ない貴重なもの。〇〇産』
という内容が出て来るの。
ちなみに【解析】を持つグレイだと、調子がよければ。
『金の塊。不純物十五パーセントで、重量十二グラムの比較的純度が高めの塊。ダンジョン〇〇に発生した鉱脈からこぼれ落ちたもの。未加工だが一部欠損している』
などと更に詳細を知れる。
そしてハルトとなると。最早超高性能成分分析機械のように全種類の元素もしくはこの世界特有の物質の不純物のパーセンテージの他、ファンタジーな内容も漏れなく詳細を知れる。その中で今回のアンダラクリスタルの話に繋がる特に重要な部分である『人工物か天然物か』も、ハルトの場合はその【全解析】で正確に判別することが可能。これに匹敵する【スキル持ち】は現在フォンロン国にいる【彼方からの使い:ヤナ】様だけで、それ故フォンロンの至宝などと呼ばれるんだけど。
「そうか……ジュリ達のいた世界の解析方法は、こちらとは全然違うと言っていたな」
ローツさんが唸る。
そうなのよ、そもそも知りたい内容がこちらと地球では違うのでね。その知りたい内容が違う故、【解析】とか【鑑定】なる【スキル】がそれに適応していったのかもしれないと思ってる。
で。
話をアンダラクリスタルに戻しましょうか。
「今回持ち込まれたこれは間違いなく天然の色ガラス。つまり、地球でいうアンダラクリスタルで間違いないってこと」
これをグレイも解析してくれているので本物。『極稀に自然生成される色ガラス』と出たそうなので。
今これが私を悩ませている。
何故なら。
「……今まで、これの類って物凄い価格で取引されてるんだっけ?」
この世界のガラス。ここ数年で一気に技術革新が進んで種類も色も多岐にわたるようになったといいたいところだけど……。それが叶っているのはごく一部。そう、このククマットを中心としたクノーマス領と、その周辺、同派閥、私と繋がりが出来た国や家。そしてガラス加工の技術を秘匿してきたその他の地域の工房など、本当に限られる。最近の私の周りは虹ガラスを主軸に一気にガラス製品が増えて、ガラスのコップが日常使いというのが一般家庭でもかなり当たり前になってきている。窓然り、飾り物然り、ガラスが生活に馴染むほど、価格は下がり安定し量産が進んでいる。
そんな中で見つかったこちらの世界の自然生成ガラス。
僅かに不純物が見られるものの発色の良い黄緑色で、卵サイズの大きな物。
これがなんと、一万三千リクル。日本円換算百三十万円。
ガラス自体はもちろん色ガラスがまだまだ普及していない上に、自然生成でこの透明度。故にこの値段になるんだとか。特に黄色が金色、黄金を連想させることから高値で取り引きされ、目の前にあるこれも黄緑色ということでコレクターに好まれる色なんだとか。
「……これ、作れるんだよねぇ、ククマットで」
ポツリと呟けば全員が苦笑したり遠い目をしたり。
採掘時に割れたのか、それとも生成中の自然な圧力による損傷かは分からないけれど、全体が欠けている。
……塊作って、ハンマーとか工具駆使すればこういうの作れちゃう。
しかもですね、これ、ガラスじゃないですか。魔法付与出来ないんですよ。更にはこの世界、ヒーリング効果も魔法付与で全部、明確に、確実に出来るのでガラスに対しては全くそういう物を求めていないのです。
つまり、本当にコレクターが【鑑定】により自然生成された貴重なガラスとして探す垂涎の品、というだけで高値が付いてる。ホントそれだけ。
「貰っても、あんまり喜べないと思うのあたしだけ?」
キリアが言ってはいけないことを言ってしまいました (笑)!
「どうするんだ?」
ずっと黙っていたグレイ。いつもならこういう変わったものを持ち込まれると興味丸出しで期待のこもった目を私に向けてくるのに今日はそれの逆、煩わしさを滲ませた冷めた顔をしている。
「そんな顔しないの」
あからさまなその態度に呆れてそう返せば、彼は片方の眉毛を釣り上げた。
「こんなややこしい物を加工してくれなんてよくも言えたものだなと思ってな」
「うーん、まぁ、グレイの気持ちはわかる。うちじゃ既にこれを活かせるアクセサリーを天然石でやってるからね。この大きさをアクセサリーにするのは無理、だとすると加工が必然なんだけど……」
天然石の、採掘時のそのままの自然な美しさを活かしたアクセサリーは、針金を駆使して台座や爪代わりに固定するワイヤーアクセサリーとして売り出していてこれは開店初期からずっと人気がある。それは単純に天然石の加工料がかからず、デザインから形成といった工程を経て完成する台座や爪と違い自在に形を変えられる手軽さでかなりコストカットになるため気軽に買える値段におさえられているから。
このワイヤーアクセサリーにガラスは現在使っていない。だって魔石含めて地球よりも色の付いた石が多く入手出来るので。無理にガラスを使う必要がないんだよね。
ツィーダム家が販売を計画している指輪にはガラスが使われるけれど、あれは石を小さなカボションカットにする手間を省き、ガラスによる品質の安定を図るため。低価格に抑えるには小さなガラス玉を量産してしまえばはるかに安上がりだから。
同じアクセサリーでも使い方次第で高くなったり安くなったり、一概には言えないのでちゃんと見合った物を使う、加工するという良い例よね。
「総合的に考えて、これは扱いが困るのは確か。ガラスといえど希少な自然生成ガラスで宝石と同じ扱い。価格を考慮すると、一番しっくり来るワイヤーアクセサリーに仕上げるためにこれを適当に割って如何にも天然石風の仕上がりにするには勇気がいるわけよ。かといって、じゃあこのままの大きさでアクセサリーにできるかと言ったら無理だし、これを丁寧にカットして研磨したらどうかと問われれば、シュイジン・ガラスのような透明度や輝きがないので台座に填め込むデザインではちょっと安っぽくなるから良さは活かせないと言わざるを得ないのよね。うん、面倒なものを持ち込まれたわ」
するとグレイは大袈裟に頷いてため息を漏らす。
「返そう、ジュリが悩む必要はない」
「えー、それ大丈夫?」
「大丈夫もなにも、『出来ればジュリさんに加工して貰いたい』と言っていただけだ。正式な契約をしたわけでもないし、返事すらしていない。一応検討すると言って預かったに過ぎないんだ。ジュリが面倒だと思うなら製作依頼を受ける必要はない」
「……なら、アクセサリーに加工するのはお断りの方向で」
「そうしてくれ」
断ると決めたものの、他所ではこの自然生成ガラスをどのように加工しているのかグレイとローツさんに調べて貰うと、ああなるほど、と納得する事実が判明。
コレクターがこぞって買い求めるものなので、そもそもアクセサリーに加工されることは極めて少ないので情報がごく僅かしかなかった。そりゃそうだ、コレクターは加工目的じゃない、あくまで収集、観賞用。あるがままの自然な姿を求めているんだからね。
つまりよ? これを持ち込んだ人はアクセサリーに仕上げることで話題性を期待してるんじゃない? コレクター垂涎の品をアクセサリーに仕上げたとなれば結構騒がれるよね、そこに目を付けたってことかな。
でもさあ。これをわざわざアクセサリーに?
うーん、やっぱり価格とか希少性、見た目や輝石や魔石と比べた時の輝きといったことを全部ひっくるめて考えると、手を加えるのは勿体ないし、余計な手間としか思えない。
「アベルさんにその辺説明してうちでの加工はきっぱり諦めて貰おう」
そして翌日。
依頼は受けませーん、返すので取りに来てくださーいと魔導通信具で連絡したら、すぐに来たアベルさん。
「ダメですかぁ」
パンダ耳が心なしかヨレて見えるのは気のせい?
「バッカンバッカン割ってワイヤーアクセサリーにしていいならするけど」
「うっ、それは……」
「嫌でしょ?これはこの大きさと形と色だから高値で取引きされたんだもんね。割って小さくしたら意味ないから」
アベルさんにはグレイやローツさんたちと話した事を言い聞かせ、しっかりお断りした。
でもここで食い下がるのがアベルさんよ。
どうにかならないかと泣きそうな顔をする。
それを見て不愉快そうに顔を顰めるのはグレイ。
「ジュリにその顔を見せつけて同情でもって加工させるのか?」
するとアベルさんは目を見開いて一瞬固まる。
「え、いや、そんなつもりじゃ」
「なら他の商人や貴族があくまで取引きや商談をするのと同じように情を挟まず話をしてくれ。これは依頼だと話を持ってきたのはそちらだ、報酬を出すと提示もしてきている。大きな金が絡む時点で情はトラブルの元凶となる、こちらはそちらの思う加工は出来ないと言っているんだ、後はそちらが引き下がるかもう一度検討し直すかだろう。違うか?」
「……すまない」
虚を突かれた顔をしてから、アベルさんは直ぐ様佇まいを正して頭を下げてきた。
「ジュリはアベルを友達だと公言している。もし、その友達という言葉故に 《ハンドメイド・ジュリ》含むジュリの事業全てに対して今のような情で訴えるような事を今後もするなら、ジュリには付き合いを改めさせる。立場から考えると馬鹿を見るのはジュリだ、決してアベルではない」
こういう時のグレイは怖いんだぁ。
バミス法国の大枢機卿相手に本気で殺気を向けるから。アベルさんもそれに反応してピリッとした空気になるけど、我慢しているのが分かる。グレイには叶わないと判っているし、何より私のことになると歯止めが効かない、下手に反論でもすればグレイが簡単に剣を抜くことも知っている。
獣人って人間より身体能力は高いし魔力も豊富なはずなんだけどね。うちの旦那はね、規格外で面倒くさいのよ。獣人だとしても相手にはしたくないよね。
「心配ありがと。でも少し落ち着いて、大丈夫だから」
グレイを宥めれば素直に殺気を散らしてくれる。アベルさんがホッと安堵の息を吐き出したので私は苦笑し肩を竦めた。
アンダラクリスタルについて調べるのに時間がかかり以前のお休み(夏休み)長めに頂いた経緯があります。有名な産地やヒーリング効果については知ることが出来たのですが、作者の求めることは難しく。
そのためボツになりかけ、でもボツにするとこれに関連して誕生するものを出すタイミングが難しくなる、というジレンマに陥り悩みに悩んで、詳細についてはぼかす形で収めました。
アンダラクリスタル。
謎多き存在です。




