表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

458/638

33 * クリスマスシーズンだからってクリスマスっぽいものとは限りません。の続き

クリスマススペシャル最終日です。

 



 なんちゃって庶民様が頭を引っ叩かれてもなんてことない顔して笑ってるのは良いのか悪いのか判断することが馬鹿らしくなったのでもう無視することにし、引き続き私はオススメを紹介していく。


「ん? これのどこが『冬』なの?」

「ふふふっ、パッと見てそう思うよね、フォルテ家と似た感じだからね。これはね、『冬の新作』なのよ」

「あっ、そっか!!」

 ルフィナは驚き半分納得半分でポンと手を叩いて軽やかな音を立てた。

「そして何より、私はこれにかなりの衝撃を受けたわけよ」

「どうして?」

「だってこれ、私のいた世界にあった売り方だもん」

「えっ」

 それは爪染め液、つまりマニキュアの生産拠点として一気に知名度を上げているナグレイズ子爵家が出品してきたもの。

 よく思いついたな、という感銘と感動と素直な称賛でもってこれを見た時自然と顔がニヤついたのを思い出したわ。

 今回ナグレイズ子爵家が出してきたのは爪染めの『今季:冬の新色』である二色と、細く華奢な爪ヤスリ、爪のお手入れをした後に使える瓶入りハンドクリームがセットになったもの。爪染めとハンドクリームの瓶はなんとこの新色限定のために少し凝ったデザインにもなっている。それらが専用の白い楕円の陶器製の入れ物に緩衝材のモシャ君が敷き詰められ、その上に綺麗に並べ詰められた状態で展示されている。

「これね、私のいた世界でクリスマスの時期に冬の『限定コスメセット』として色々なブランドが売り出してたんだけど……それと同じ売り方なんだよね。冬の新作、もしくは期間や数量限定の口紅とか化粧品を限定のケースやポーチに入れてて。特に冬を意識した柄にしなくても例えば金色をふんだんに使って見た目を豪華に演出したりすることで『冬の特別な商品』って抵抗なく受け入れられてたのよ」

 もうね、正直に言うわ、めっちゃテンション上がったからね (笑)!

 うわー、買ってたよ! ネット検索してどれ買うか悩んだりしたよ!! って一人騒いだくらい。

「爪染めだけじゃなく、化粧品関連の起爆剤になるよ、これから。花やケーキといった定番のプレゼント以外に季節ごとに限定セットを出すことでアクセサリー以外のちょっと値段は高いけど宝石よりも遥かに手が出しやすい価格でこうした華やかなものが、特別感のあるものがプレゼントに仲間入りする」

 今私が監修している、カイくんがオーナーのマリ石鹸店では少しずつ少しずつ、ギフトセットが売上を伸ばし始めている。石鹸とタオルを籠に並べただけのものでも立派なギフトセットとして喜ばれている。いずれはこの石鹸も限定品が定期的に用意できるなら入れ物を高いものにし季節限定セットを出せればと思っていた矢先のこのナグレイズ家の出品だった。

 テーマと重さと大きさに決まりがあっただけ。

『それ』をどう捉えるか、表現するかは指定も制限もしていない。

 その事を実に上手く汲み取った出品だと思っている。

「ご隠居がやけに上機嫌だし余裕かましてたのはコレのお陰かぁ」

 ハルトも感心した様子でその爪染めのセットを眺める。

「私が絶賛しちゃったからね。欲しい欲しいって大騒ぎするの見てそりゃもうドヤ顔してたわ」


 そして私はオススメの四品目、そこへ皆を引き連れ向かう。

「私のイチオシ最後はツィーダム侯爵家のものです」

 するとなんちゃって庶民様がピタリと立ち止まる。

「派閥の筆頭に気を遣わずともよいのではないか?」

 思わぬ言葉にいきおいよく振り向くと、そこには少し表情を曇らせたなんちゃって庶民様がいた。

「それとも強要されたか?」

「まさか! 違いますよ、本気のオススメです」

 慌ててそう返したけれどその方の表情に変化はない。

「……まず、見て頂けますか。そして私の説明を聞いてくださいますか」














 貴族の階級制度とはとにかく厳格なもので、線引がはっきりとしている。

 このやんごとなきお方が私が最後にツィーダム侯爵家の出品をオススメとして紹介するのを『誤解』するのは仕方ないといっても過言ではなくて。それだけ、クノーマス伯爵とツィーダム侯爵の力関係は世間一般からするとはっきりと上下に分けられる。だから実際に立場を利用して紹介をねじ込んで来ようとする貴族は無数にいて、私のお店に少々強引に依頼を受けさせようとする家も爵位が上がれば上がるほど回数も内容も比例して多く厄介になる。

 けれど私にはそれをする理由も利点もない。

 そもそも、私に『査定』『評価』されるのが嫌な所は出品してきていないし。私の半端な立場でそんな事をされたら普通ならイチャモン付けて黙らせるという手段が取れるのだろうけど、私にはある程度のそういう厄介事を払い除ける後ろ盾があるため、下手に口と手を出せば恥をかくだけでなく制裁という貴族にとって致命傷になりかねないリスクを背負う可能性も出て来る。だからここには私が『気を遣う』ものはない。

「こちらです」

 見た瞬間、なんちゃって庶民様が目を見開いた。


【ものつくりの祭典】じゃなく、第一回目のゆる~いものつくり選手権とはいえ、れっきとしたテーマありきの展示会。

 うちの愛すべきおばちゃんたちや職人さんたちはそりゃもう好き勝手にテーマに沿って作ったものを出品している。そこには『家柄』『名誉』『体裁』など全く、微塵も存在しない、自己満足百パーセントの作品ばかり。

 けれど、ツィーダム侯爵家は貴族。しかも同派閥中立派筆頭家の一つであり大陸有数の鉱山や鉱脈が発生するダンジョンを所有しつつ金属加工で財を成した家。たとえ小さな展示会だろうと、その威厳を損なうようなことはしない、そう思っていた。

 そんなツィーダム家がまさか『これ』を出してくるとは思いもよらず。

「鳥肌ものだね」

 と、見た瞬間溢したほど。


 ああ、本気だな、と思ったの。

 ツィーダム家が本気で『国を変える』と決心したことを、これを見て私は察した。

 数多の権力者が羨み欲する鉱山から採掘された輝石や魔石ではなく。

 大陸でも限られた鉱山やダンジョンからしか採掘されない、侯爵家という地位まで押し上げたファンタジーな金属でもなく。

「マジか、やるじゃん」

 ハルトがニヤリとほくそ笑む。


 ツィーダム家が出品したのは指輪。

 加工のし易い庶民でも比較的手が出しやすい金属で低価格に分類される銀製の指輪だった。

 そしてなによりそのデザインと発想が今までの『貴族』の看板を背負う工房や店ではあり得なかった。

 指輪の中央、メインとなる所に石がない。そこはテーマにそって冬に咲く花が銀で立体的に可愛らしく施されている。そしてその両側に小さな小さな石が嵌め込めるデザイン。

 けれど、そこには石がはめ込まれていなかった。

 嵌め込まれていたのは、ガラス。

 いわゆる宝石ならカボションカット、ガラスなので半球の小さなガラスが、輝石や魔石の代わりになったもの。

「これ、今はテーマに沿った冬の花ですが……来春から販売するにあたって、花の部分は誕生花もしくは季節の花にして毎月売り出すそうです。そしてさらに、両脇のガラスは買う時に好きな色が選べるようにするそうです」

「なんと……」


 この世界にも誕生月に合わせた誕生石という概念がある。そして地球がそうだったように殆どが輝石やそれに準ずる品質、価値のものでとてもじゃないけれどこちらの庶民には簡単に買えるものではない。

 だからツィーダム侯爵家お抱えの職人さんたちは考え、そして作った。

 私が物を作る時に誰にでも綺麗なもの可愛い物を楽しんで貰いたいという思いで作っていることを意識して。

 それが今、形になってこうして並んでいる。

 色とりどりの小さなガラスが見本としてずらりと円形に並べられ、その中央に完成品の、サイドのガラスが真っ赤なまるでルビーのような色をした目立って綺麗で可愛い指輪が立てられている。


 大きな輝石や魔石では高すぎる。

 自分の生まれ月の誕生石が好きとは限らない。

 誕生花だって好きとは限らない。

 だったらメインに石を据えなければいい。

 毎月出て来るデザインから好きな物を選べばいい。

 両端には自由に好きな色を入れればいい。


 そうして生まれた。

 若者でもちょっと背伸びをして、頑張ってお金を貯めれば買える自分だけのオリジナル指輪が。

「敢えて、これを出品しようと決断した侯爵様を私は尊敬します」

「……本人が?」

「はい。他にも候補は並べられていたそうです。でも、これ一択だったと言ってましたね。テーマや規定、制限もですが……侯爵様は『お前が見たいのはこういうものだろう』と言ってくださって」


 ものつくりの基盤の見直しと再構築の計画の段階でツィーダム家は今まで禁忌とされてきた貴族の在り方をものつくりから排除した状態で一部を試験的に運営することにした。

 貴族、権力者よりも圧倒してこの世界を占める庶民。圧倒的数は時として暴力にもなると言われるけれどそれは経済にも言える。


 本気でそこに目を向けた。

 それを私が現在進行系でしているのを目の当たりにして侯爵家は決断した。

 富裕層が独占するような市場にメスを入れ、富裕層を優先優遇する商売に重きを置くことは止める、と。

 それが、階級制度を頑なに守り続けるこのベイフェルア国王家と富裕層にとっては目障りとなる考えだとしても。

 危険因子とみなされるとしても。

 ツィーダム侯爵家はさらなる力を得るために経済面において選択肢を増やす決断をした。


『時代は変わる。必ず、変わるものだ』


 これを持ってきた侯爵様がそう言葉にした時の顔は、決意の顔だった。


 小さな領の、初めてのゆる~いものつくり選手権の展示会にも関わらず。

 これほど決然とした顔をして、なんでそんな事を言ったのかと疑問を抱いた。抱いて、すぐに頭を過った。

 この国の在り方にこの人もまた、不満を抱えていると。燻る仄暗い感情を持っていると。

 変えたい。

 この国を。

 ツィーダム侯爵様は本気で、変えたいと。

 クノーマス侯爵家ともアストハルア公爵家とも違うやり方で、少しずつ、少しずつ、変えたいと。


「ツィーダム家レベルでこんな大胆な事をしてくるか。……宝飾品界は荒れるかもな、面白そうじゃん。高級品だけが宝飾品じゃないって宝飾品のトップを争ってきた家が正々堂々と言っちゃうんだろ?」

「ハルト、なんて顔をしているんだ」

 なんちゃって庶民様から困惑した顔で窘めるように言われたにも関わらず、ハルトは珍しく悪そうな笑みを本気で顔に浮かべている。

「面白いだろ、マジで。今まで注目されてこなかった小さな工房が脚光を浴びるかもしれないし、逆に老舗があっという間に失速して潰れるかもしれないし。どういうところが生き残るのかリサーチして統計出すのもいいかも? あ……久々にシュレディンガー方程式について語りたい! マイケル取っ捕まえて語り尽くしたい!」

「ハルトたまに数字好きが突然発作のように出るよね」

「数字は美しいんだぞ! そして完璧! この世で絶対不変の唯一のもの!」

「その数字愛とか数字のうんちくとか謎の公式の好きなところ十個発表とか、今みたいな全く無関係で脈絡ない方程式の強制討論会とかもういい、というか今絶対必要ないから黙ってて」

 それにグレイが興味を示すともっと面倒だから本当に黙って。


 《ハンドメイド・ジュリ》として 《レースのフィン》として看板を背負い出品したものはない。

 ぜーんぶ、個人が好き勝手に思うままに作って出品。

 ガラス製品のイチオシであるとんぼ玉も専用バーナーを所有する工房の職人さんに展示会用に出品してもらって私とキリアは作っていない。

 このとんぼ玉もほんの数ヶ月で実に多彩なデザインと色合いになって、今後はその生産量をどう伸ばしていくかの課題に取り組む段階に来ている。

 キラキラと輝くとんぼ玉を前になんちゃって庶民様が目を細めた。

「綺麗だな」

「ええ、綺麗です」

「こんな小さな物に、世界が閉じ込められているようだ」

「ご理解下さってありがとうございます。職人たちはそれぞれが一つ一つに自分が表現したいものをこの小ささに如何に落とし込めるか、それを日々研究しながら作っています。世界が閉じ込められている、その言葉ほど嬉しい言葉はないかもしれません」

「そうか……では、『私の名』でその者たちに是非伝えてくれるか。素晴らしい感性と技術を持っている、ぜひぜひこれからも活かし守っていって欲しい、と」

「かしこまりました、責任持って伝えます」


 そしてそのなんちゃって庶民様が会場の作品を見て回って最後にたどり着いた特設エリア。


「……来て、良かった」

 噛みしめるようにそう呟いた。

「これからの世の中が楽しみになった」

 身分を隠すために外すしていたまっ白な手袋をわざわざ取り出したその方は、手袋を嵌めてそっと手を伸ばす。

「触れても?」

「はい」

「ありがとう」

 手袋ごしに、その指が細やかな凹凸のあるネオステンドに触れる。しばらくそれを撫でて、そして透し彫りのエボニーへ。再び離れた指が最後に螺鈿もどき板に触れた。

 慈しむようにその指がエボニー・ネオステンドを撫でるその光景が印象的だ。

「ジュリ」

「はい?」

「私も協賛金制度に興味はある。だが、そんなものがなくても、次から私の名を伏せての資金援助を約束しよう」

「え?」

「その代わり……こうしてこっそり見に来る事を許してくれるか? ちゃんと入場料を持って正面から入るよ」

「……ははっ」

 堪らず笑ってしまった。

「金貨はダメですよ? お釣りを用意するの大変なんです」

「ちゃんと一リクル硬貨にするよ。変装ももっと拘ろうか、そうすれば領内の観光も自由にできる」

「その責任は負えませんよ?! あ、でも便利な運び屋が同行してくれるならそっちに責任取らせるので構いませんけど」

「それ俺だろ、しかもなんだよ運び屋って」

 ハルトが私となんちゃって庶民様のふざけた会話に不満げな顔をして割り込んで来た。

「でも便利な運び屋よ? 大陸一の運び屋」

 奥さんがさも当たり前な顔してそんな事を言うので今度は悲しそうな顔になる。

「ルフィナ、もう少し言い方……」

 今日は静かなグレイがフッと噴き出して、笑いを堪えようと口を押さえて肩を震わすと今度はムッとしてハルトがグレイのふくらはぎを蹴った。

「笑うな!」


 展示会の中、ハルトの憤慨する大きな声と私達の笑い声が他の人たちの笑い声や驚きの声に溶け込んだ。


緩く気負わぬ形で開催したものつくり選手権。

外で行われている競技も大盛況、笑い声が絶えず声援も響く。

展示会も蓋を開けてみれば身内が殆どといっても沢山の作品が集まった。

皆一生懸命考えて、自信を持って出品して。

先の未来を期待させる物もあって、純粋に心から私自身が楽しめた。


少しは見えたかな。


この地を 《職人の都》に。


そんな未来が。





クリスマス時期って限定物がとにかく沢山売り出される。だから年末はお金が飛んでゆく。毎年分かっちゃいるのになんか買ってしまう。ちなみに最近の作者は福袋は買わない派。欲しいもののみ狙い買い。

次のお話もクリスマスかじってます。


◆お知らせ◆

下記が年末年始の予定となります。変則更新となりますのでご了承・ご注意ください。


12月30日 本編の通常更新

12月31日 年末スペシャル 単話:※20時更新

1月1日 アケオメスペシャル 単話:10時更新


その後作者冬休み。


1月13日本編の通常更新再開予定となります。


よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ツィーダム侯爵家の指輪、指輪の重ねづけとか、隣り合った指にはめて初めて一つのデザインになるとか。展開が広がりそうですね。 指輪をチェーンに通し、他のパーツと組み合わせたりとか。 おしゃれ番…
[一言] 業界に激震走る( ˘ω˘ )
[良い点]  ジュリにも読者に対してもクリスマスに相応しい、キラキラ(わくわく)する贈り物でした。ありがとうございます!  運び屋、格好いい車とドライビングテクニックで魅せる映画みたいじゃないですか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ