33 * 只今準備中……
月初めから始まったククマット領のクリスマス。
毎日どこかの店が、工房が、宿が、その日限りのお得な商品や割引をするようになっていて中央市場を飾るクリスマス一色のズラリと並ぶ屋台たちとは別に領全体を盛り上げてくれている。
自警団だけでは間に合わない治安維持のための巡回も、ハルトが経営する 《本喫茶:暇潰し》と連携しククマットに立ち寄ったり休暇で訪れる冒険者たちを日雇い雇用形式で人材を確保し安定的な巡回ができている。
「楽しみだのぅ。展示会もだが、協賛金の看板がどうなったのか気になる」
私の隣を歩くのはナグレイズ子爵家のご隠居。
「期待してて下さい、見応えありますよ」
「ほう! あえて今まで聞かなかったがお前さんがそう言うならば、それなりに出品してきた所が多いということか?」
ご隠居の問に私は間を開けて乾いた笑いで返す。
「……いやぁ、見ごたえは保証しますが結局出品出来たのがですねぇ、あ、ほら。見て下さい。一目瞭然ですよ」
中央市場の屋台村周辺に設置された特設看板エリア。そこに掲げられた看板を隅から隅までしっかり確認して、そして見逃しがないかもう一度見渡したご隠居が、ちょっと呆れたような顔をして振り向いて一言。
「これだけか」
ローツさんが『ジュリブチ切れ事件』と命名した、協賛金システムのこと知りたかったら、看板出したかったら物作り選手権に出品しろよ、という私の暴挙によって今回提出期限までに間に合ったのはたったの三家。
ツィーダム侯爵家、ローツさんの実家のフォルテ子爵家、そしてご隠居の子爵家。
見事に協賛金の出資、看板を出せたのはこの三家だけで、看板エリアは私の 《ハンドメイド・ジュリ》関連とクノーマス侯爵家、そしてハルトの《本喫茶:暇潰し》で殆ど埋め尽くされている。
「意外だな……公爵は間に合わなかったか」
「間に合わなかったというより、断念したと言ったほうがいいでしょうね。大きさ、重さに制限があった上に期間が短かったことと、工房の選定に難航したようです」
「……となると、バミスの枢機卿会もギルドも似たような理由かな?」
「はい、そちらはもう完全に横とか縦の繋がりが無視できないし兼ね合いだの忖度だのがつきまとって出品条件を工房や職人に伝える以前の問題で躓いたらしいです」
「ははは! なるほどな、ここに来て小回りの利く我が家やフォルテ家が本領発揮となったわけか」
「見事にハマりましたね、流石ですご隠居」
「なぁに、お前さんの助言を目をカッ開いて聞き耳立てて一語一句逃さずメモした甲斐があったし、その成果が出たというわけだ、大して褒められることでもあるまい」
実に満足げに、そして居丈高にわざとらしく笑うご隠居につられて私も笑う。
「しかし流石よな、ツィーダムは。お前さんが次々に世に送り出す物に釣られず独自にお前さんとの距離を詰めつつ保っているだけのことはある。 『ものつくりの祭典』の話を聞いてから既に今回のことを想定していたか?」
「みたいですね。あの家は元々私の作るものというよりは私の整える環境に目を向けていたように思いますよ」
「ベイフェルア一の金属加工技術を持つだけのことはあるな、目の付け所が違うということだ」
「ご隠居は穏健派なのにツィーダム侯爵様のこと好きですよね?」
「いつも難しい顔をして人嫌いそうな雰囲気を出してる割にはシレッとイタズラ仕掛けて来ては笑うだろ、しかもアストハルアに縦社会を無視して堂々と噛み付く厚かましさは嫌いではないな」
「貶してるのか褒めてるのか分からないんですが」
「褒めとるよ、一応は」
「一応」
面白可笑しくそんな会話をしながら到着したのは『ものつくり選手権』のメインとなる展示会場。
自警団の訓練場を利用したの。ここなら雨風凌げるだけでなく広いのでゆったりと展示品を飾れて人も歩きやすいから。
そしてご隠居がとある場所に視線を固定して立ち止まる。
「ジュリよ」
「はい?」
「展示品はすでに多く運び込まれているのだろ?」
「ええ、明日明後日うちの従業員総出で展示しますよ大丈夫です、間に合いますから」
「あそこはどう見ても間に合わないのではないのか?」
「あー、多分、大丈夫、かと」
「不安だな……」
そこは既に整然と並び白いテーブルクロスをかけられるのを待つテーブルが設置済みの準備万端の会場内では浮いてる状態だからねぇ。
三日後から開催のものつくりの祭典は初めてということで参加型の催しは初日のみとなっている。メインはこの会場の展覧会。二リクル払えば誰でも見られるように装飾などにはお金を掛けず実にシンプルな会場なのは入場に尻込みしたりせずに済むかなぁという考えもあってのこと。初回なので無料でも良かったという思いは拭えないけれど、取れるところから取らないとお金は有限だし何でも無料でやってくれると思われても困るしね。
そのシンプルな会場で、未だトンカントンカン、音がしているのは、特別展示エリア。
スミマセン、拘り過ぎてまだやってもらってるんです。
これみよがしに職人さんが『只今準備中』の立て札を立ててた。これライアスが書いたの、いつもの厳つい字で、『お前のせいだぞ』と私に向けて。
「何でお前はいつも思いつきで言いやがる!」
「だってこっちのほうが良いと思っちゃったんだよぉぉ!」
「最初の予定ですら搬入五日前の完成予定だったのになぁ!」
「うははは! 何とかならないかな?!」
「知るか馬鹿野郎! そして笑えば何とかなると思うなよ!」
というやり取りをしました。ごめんなさい。
「では、あそこに……エボニーとステンドグラスの作品を飾るのか?」
「はい、出品出来たナグレイズ家のご隠居様には特別に先行して教えますね。捻りは全くないんですが、『エボニー・ネオステンド』と言います。それが五枚、飾られます」
「エボニー・ネオステンド……」
「技法は私のいた世界で身近なステンドグラスに使われていたものです。ただその正式名称が人様の名前なので流石にそれをそのまま持ち込んでも伝わらないし伝えるのも難しいので、こちらにはなかった新しい技法ということで『ネオ』としました。私の世界でネオは『古いものを新しく』や『次世代』という意味があって、私は『次世代』という意味で広められたらと思っています。……古いものを新しくだと今までの技法を否定するような気がして。ま、個人的な感覚なんですけどね。今までの技法は、大聖堂や王侯貴族の巨大な窓にステンドグラスを入れるのに絶対に必要な技術です、そちらはそちらで無くしてはならない技法ですから」
「なるほど、な」
「ステンドグラスを手掛ける職人さんの多くは次世代の子たちになります、これからは、その子達はどちらの技法も身に着けてこそステンドグラス職人と呼ばれることになるかもしれません。どちらがいいかは好みの問題ですし、得手不得手もあるので武道の流派のように二分する可能性が高いんですけど、でも私としてはせっかくだからこれからの子達にはどっちも挑戦してどっちも出来るようになって、活躍の場を広げて貰えたらと思ってます」
「次世代を育てるのか。お前ももうそういう歳か」
「……言っときますけどまだアラサーですよ」
「なんだアラサーとは」
いい話で纏まりそうだったのに自分からその雰囲気をぶち壊してしまった私。変なことに食いつくなぁとご隠居の好奇心旺盛な顔を見て笑いそうになりながらアラサーとは、と語ろうとしたら。
「あ、ジュリじゃねえか!!」
「うわ、なに?!」
「なにじゃねぇだろ! 変更の連絡は早くしろとあれ程言ったのにお前はぁ!!」
突貫工事で特設エリアの仕上げをしてくれていた親方が私に気付いた。でも一秒も無駄に出来ないから手を止めることなくその場で大声で叫んでる……。
「追加料金払うから許して!」
「そんなん当たりメェだろ! 後で酒持って来いよ! 樽でな!!」
「はいはい、仰せのままにぃ〜」
そのやり取りを見ていたご隠居。
「お前さん、伯爵夫人だよな?」
「ですね」
「職人に怒鳴られる夫人なんぞ、初めて見たわ」
ご隠居に呆れなのか驚きなのか分からない顔された。
「ねえ、ご隠居とすれ違ったけど一人で大丈夫なの?」
ククマット領を散歩してくる、と会場を出ていったご隠居と入れ替わるようにやって来たのはキリア。
「ああ、うん大丈夫。グレイの話だとキリアのようにご隠居にはアストハルア家が影の護衛を付けてるみたいだから」
「えっ、そうなの?」
「元宰相補佐官長をしてた重鎮で穏健派の御意見番だからね、まだまだ元気で居てもらわなきゃならない人なんだって」
「ほほう、なるほどぉ……でも頭にトナカイのカチューシャを自ら着けるのはどうかと思う」
「あ、また着けてた? あの人被り物好きなんだよね、ルリアナ様と話が合いそうで今度引き合わせて見ようかと」
「どういう組み合わせ、それ。何が起こるか予想つかなくて怖すぎる」
「……うん、怖いね、止めとく」
「うん、やめとけ」
キリアは大急ぎで準備が進められる特設エリアをじっと見つめる。
「そういえば……エボニー・ネオステンドってあの五点だけの名称になるの?」
「そんなことないよ。エボニーと今回施した加工、新しい技法によるステンドグラスを使ってればエボニー・ネオステンドで良いと思う。だから例えば家具に反映されるならエボニー・ネオステンドの家具って言い方もできるしね。まあ、そのへんは追々決めていこうかと」
「それ、ちょっと勿体ないと思ったりするのはあたしだけ?」
難しい顔して唸りながらそんな事をいうキリア。
「なんで?」
「いやぁ、あの五点はさ、『それ』だけじゃないでしょ、これから作る物をいっしょにするのは勿体ない。せめてあの五点と完全に同じ条件を満たしたものだけをエボニー・ネオステンドでいい気がする」
「そう?」
「あんたと一緒にあれのもう一つの付属品作ったじゃん、作ってる時にずっと思ってたわけよ、この作業確かに難しくはないけど根気がいるし作り手の拘りを試される作業だなぁって。あれを単純に素材の価格云々で別物にされるのはちょっとなぁ、って」
「……わかった。グレイと今晩相談してみる。グレイにも似たようなこと言われてたから」
「でしょ?!」
グレイと同じ方向性だったと知りキリアは前のめりで私に顔を近づけて肩を両手でがっしりと掴んできた。
「あの状態だからエボニー・ネオステンドだと思うわけよ! ネオステンドグラスの作品がこれからは世の中に出回るようになるだろうけど、エボニー・ネオステンドだけはそうじゃなくていい、絶対にもっと名前もあの形も工程も大事にされていいはず!」
「はいはい、わっかりやした」
「なんでそんなに適当なのよ!」
「キリア」
「なに」
「親方がすっごい睨んできてる」
「あ、うるさい?」
「……出よっか」
「そだね」
未完成の特設エリアからの睨みから逃げるように二人で外に出る。
「正直にいうとさ、あたしはエボニー・ネオステンドは後にも先にもあの五点だけていいと思ってる派なんだけど」
「それ、侯爵様たちにも言われた」
「でしょ」
私は彼女のこれ見よがしな『でしょ』にため息を返す。
「でもあれ、凄く難しい技術が必要かどうかを問われると私は困るのよ。エボニーの加工以外は、慣れれば誰でも出来るから」
「そりゃそうだけど……」
「最初の五点に価値を付けろ、そう言われたのよ。……でも、あれはいずれ同じ物が作れる人はそう時間をかけず出てくる。そうなると贋作が出回る可能性も出てくる、それは望まない。シュイジン・ガラスと違って秘匿する技術は一切ないから、『価値』に拘りたくないの」
ネオステンドに必要な道具は数カ月後には作り方と共に特別販売占有権に登録して公開するつもり。
古典的なステンドグラスの作り方が秘匿されていない以上、ネオステンドだって秘匿されるべきではない。もちろんコパーテープとハンダコテの小型化はお前ら自分でがんばれよ、だけど。
なにより、増えたら嬉しいじゃん?
ランプシェード、ランタンだけでなく、例えば家具に、絵の代わりに、色んなことに使われて『これいいな』『素敵だな』って思えるものが日常に当たり前に溶け込んでくれたら嬉しい。
粗悪品が出回るのは嬉しくないけれど、何一つ出回らないよりも、人の目に付くことに意味がある。そうやって沢山の人の『知識』『きっかけ』そういうものになったらと思う。
「ということで、キリアはいつも通り好きに作ってください、ハンダコテ、コパーテープ、ガラス、使いたい放題です。世の中に広めてこそのものですから」
「商長。既に使いたい放題させて頂いております」
「でしょうね。ちなみに今まで通りリザード様の鱗やその他素材も使ってランプシェードお願いします」
「そちらも好き勝手使いたい放題してますので心配には及びません、商長」
ある意味期待を裏切らないそんなキリアと肩を並べてのんびり歩く。
さあ、今年のクリスマスイベント。
すぐそこに。
「ジュリー! 資材の搬入遅れてて特設エリアの完成が間に合うかどうかギリギリだってさ! 省略できるところがあるか確認に来いって呼んでたよ!!」
フィンが私を見つけるなりそう叫んだ。
只今準備中です。
間に合います、大丈夫。
多分……。
こちら、クリスマス前に調整のために用意していた閑話的話を加筆修正したものです。
そして下記に記載しますが。
今年はスペシャルではなく本編としてそのまま更新していきます。
ただ、せっかくなので12月23〜26日はクリスマススペシャルとして四日連続更新を予定しています。年末年始の兼ね合いもありますので変更する場合もありますが、その時は再度お知らせ致します。




