33 * エルフってもっと神秘的なはずじゃ……?
作者の息抜き回。
クリスマスシーズンに入り、徐々にククマット領では中央市場を中心にクリスマスオーナメントを始めクリスマス仕様の屋台や露天商が増え始めている。
すっかりクリスマスのにぎやかでキラキラした雰囲気に包まれたククマットで、見覚えのある人とすれ違った。
「……ん?」
「どうした」
ライアスと共にクリスマスイベントと合同開催の物作り選手権でお披露目する作品のことで打ち合わしたあと、今日は我が家でフィンも一緒にご飯を食べて泊まって行きなよと誘って自宅である屋敷に向かう途中。
とても人の良さげな優しい男性とすれ違って立ち止まり、振り向く。
「……この見覚えのある感じ。覚えてるけどぼんやりした感じ」
そうつぶやいたらその人に聞こえたらしい。ピタリと立ち止まったその男性は振り向いて帽子を外しニコリと微笑んだ。
「御無沙汰してます」
「……なんで、いるかなぁ」
つい遠い目をしてしまったじゃないの。
だって。
眼の前にいる男性は、変化の術で姿を変えたエルフの長であるアズさんだったから。
「ちょっと頻繁に外界に出過ぎじゃない?」
『せっかくだからご飯食べてく?』と声を掛けるとなんともあっさりと『お言葉に甘えます』と付いてきたアズさん。先に屋敷に戻っていたグレイとフィンも驚いている。
別に人が訪ねてきて驚いているんわけじゃないからね、ハルトやマイケルなんて当たり前のように突然来るからそんなことでは私達も驚いたりしないから。
エルフでしょ、あんた。人間嫌いでエルフの里に引きこもってる種族でしょ。
なぜ、こうも頻繁にククマットに現れる?
そういう驚き。
「エルフの変化の術はバレることなどありませんからね、魔力を使ってるわけではないので」
「いや、まぁ、そう言われるとごもっともだけど」
「クリスマスオーナメントやガラス細工を買いに来たんです。里ではまだまだクリスマス仕様のものは珍しいので喜ばれるんですよ」
「はあ、そうなんだ」
気の抜ける相槌を返せば彼は実に面白そうに笑う。
既に面識がある私達なので今アズさんは変化の術を解き本来の姿に戻っていて、その壮絶な美しい笑顔にフィンとライアスがちょっと間抜けな顔をして眺めている。
「それと、花環の追加注文をお願いできればと思いまして」
「……花環を」
「ええ、三台では済まなくなってきたんですよ」
何が?
アズさん曰く、嗜み品専門店 《タファン》の開店時にドドーンと店前に並んだインパクト大のあの花環がエルフの里でとても活躍しているそうで。
「出産祝に誕生日、結婚記念日などは当たり前。先日はエルフの里で毎年行われる剣舞会で優勝した祝勝会に使われました。ああ、五十年禁酒達成祝いにも使われましたよ」
「ん?」
「私の家のお隣さんは子供が初めて学校の成績で優良を修めた祝いで使いました」
「……実に多岐にわたるお祝いだね?」
「エルフはそんなものですよ。何せ寿命が長い、暇をもて余す事のないようになんでも挑戦しますから。その過程で些細なことでもお祝いしあうんですよね」
「なるほど、そんなこと前にも聞いた気がする」
「それと、寄せ書きも人気ですよ?」
「「「人気?」」」
グレイとフィン、ライアスの三人がハモッた。
「お祝いに駆けつけられない人たちが寄せ書きに祝いの言葉を書いて渡すんですよ」
かつて、しんみりした気持ちで作った寄せ書きだけど、エルフの里では用途が広がったらしい、良いことです。
「実に便利です。あ、可能なら 《ハンドメイド・ジュリ》製の寄せ書きを定期的に買いたいのですが、その相談も乗ってもらえますか? 里の花の種類はこちらとは全く違うので希望者が多くて」
「うん、まあ、納品期限をこちらに任せてくれるなら全然問題ないけど」
「そうですか!! では花環も期限は設けません、都合の良い時で構いませんので追加で十五台お願いします」
「多いな!!」
叫んだ私、悪くないよね。
「ああ、本当に魔力を頼らず作られていますね」
食事の後に契約書を交わして一息ついてから、アズさんからロケットペンダントの件であれ以降悩まされていないか確認されたの。彼なりに私の心配をいつもしてくれているようで有り難いと思いながら、悩みの内容が変わった事を告げれば彼はそれに興味を持った。
ライアスが作った工具を見せられ、アズさんは非常に真剣にそれを隅々まで観察する。
「エルフの里で作られる工具と同じです」
そのなんてことないつぶやきに私達は固まった。
「どういうことだ?」
グレイが堪らず僅かに身を乗り出して問いかける。
「以前ジュリさんと伯爵にも軽く話した記憶があるんですが……そもそも我々エルフはこの外界に満ちる魔素や魔力に頼る必要がない別の力があります。そしてジュリさんの作るものは時折我々が必要としないその魔素を、完全に抜き取り『空』にする。その『空』のものに我々は我々独自の力を吹き込める。そうすることで、我々エルフに馴染む『エルフ製の物』とほぼ同じになります。違和感や異物感を感じず使えるんですよ。……この工具、魔素が抜けている訳ではありませんが魔力を纏った事がないので、魔素と魔力がぐちゃぐちゃに混じり合って『それ以上』にはなれない状態になってませんね、これなら我々エルフも違和感なく扱えます。いい工具です」
「ちょっと、待て? 魔素と魔力がぐちゃぐちゃに混じり合っている、とはなんだ?」
困惑を隠せないグレイの問に、アズさんは瞬きをしてポカンとしたけれど直ぐに『ああ!』と思い当たることがある少し大げさな反応を返す。
「あなた達は感じ取れないですよね、そもそも魔素と魔力を生まれた瞬間から持っていて毎日当たり前に浴びていますから。魔素と魔力は全くの別物で魔素が体に馴染みそれが魔力に変換されて使っていることはあなたがたもご存知でしょうが……エルフからみると、常にこの外界のものは魔素に晒されているのにそれを別物に変換された魔力で無理やり形を変えたりしているものが余りにも多い。そしてそういうものは全て、例外なく、魔素と魔力がぐちゃぐちゃになった状態で物として固定されてしまっているのでそこから耐久性を上げたり硬度をあげたり出来ない。修復や調整にも魔力を放ちながらしないとその物が受け付けないでしょ? エルフはそんな事しませんよ、するとしたら……ジュリさんが秘匿しているシュイジン・ガラスの炉のやり方なら魔力も使いますが」
無意識にヒュッ、という何とも言い難い声が出た。グレイもすかさず彼の言葉に反応してピリッとした空気を纏う。けれどアズさんは非常にリラックスした様子でにこにこしている。
「大丈夫です、この事はエルフの里でも私しか知りません。あなた方が秘匿していることを誰かに話すなんてことはありませんよ。……魔石や輝石には隠し持つ、いや、自身を構築する秘められた属性がある。そこに同じ属性の魔法付与をし、その効果を高めるためにさらに同じ属性の魔力持ちにより同じ属性の魔法を流し込む。これほど自然で理にかなった使い方はありません。魔素を自然に体内変換している人間は本来は魔力をそうして使うものですよ」
「え? そうなの?!」
「もう外界では失われた知識であり、技術ですがね」
私達は自然と言葉を失って、アズさんがにこっと微笑む。
「魔法付与したものに単純に魔力を纏わせたり流し込めば便利なんですよ、僅かな魔力で物を動かしたり属性の効果を発揮させたりできますから。でもね、それだと魔法付与の効果を無駄にしているだけですよ、そしてなまじ便利だからその使い方しかしない。魔法付与したものを使って効果を高めた所に同じ属性の魔力を流し込めば、壊れるのは当たり前なんですよ、だってそれだけ効果絶大なんですから負荷も大きい。だからそれに耐えうる改良をしなきゃならないんですけど、人間はそれをしない。魔法付与できる者が少ないこと、魔法付与出来る物質が限られていること、それ故に高額になりやすいこと、そのせいで破損を恐れ魔法付与した魔石や宝石に負荷を掛けてどうなるかという実験を極力避けてきた。かつてはこの外界にもあったんですよ、そういう研究をする所が何箇所も。けれど時の権力者達はその成果よりも莫大な出費に尻込みして、次々にその研究を止めさせていったらしいです。だから、未だ半端なんですよね外界の魔法って」
私はちょっと驚いた程度なんだけど。
グレイたちがねぇ……。あまり見ないとんでもない顔して驚いてて。
「あれ、もしかして……リンファから聞いてたけど、古代魔法……今の魔法の基礎となった魔法が廃れて失われたのもその魔法付与の研究が廃れた時期と、一緒?」
恐る恐る聞いてみた。
「おや! よく気づきましたね!!」
アズさんが笑顔で。
「そうなんですよ、魔法付与がこの外界で広く普及したのは百年程前ですが、実際はもっとずっと昔に今と同等、いや、それ以上の魔法や魔法付与の研究がされていたんですよ。あれ、ジュリさんはその辺の歴史は習ってないですか?」
ちょっと待て。聞きたくないことをこの人、喋りそうな気がする。
「あの、アズさん」
「私の祖父から聞いた話では、七百年程前に人間同士の覇権をめぐる戦争が激化した時代があったそうで、その時代にそれらの研究の要であった魔導士等の魔法に長けた者たちが駆り出されて戦死したことが技術継承を困難にし莫大な資金を必要とする研究に歯止めを掛ける要因になったと言ってましたね」
「あー、えっとねアズさん」
「はい?」
「それ多分、私だけじゃなく、殆どの外界の人間が知らない事実かも……」
「……え、そうなんですか?」
都合の悪い事実は大体隠されるか湾曲されて伝わるよね!!
「外界の歴史ってどうなってるんですか」
アズさん! 呆れた顔しないでよ!! グレイたちが悪いわけじゃないんだよぉ!!
グレイと二人、アズさんを見送るついでにクリスマスの雰囲気に染まり始めた屋敷近くの道を並んで歩く。
「ああいうことを軽々しく話さないでよぉ」
恨めしい気持ちを込めてちょっと大袈裟に言えばアズさんが変化後の姿で不本意そうな顔をする。
「そんなこと言われましても。私こそ驚きましたよ、あの事実が歴史から消えていたなんて」
「……そちらの里では古い時代について詳しい資料があるのか?」
グレイはそんなアズさんに問いかけた。
「ええ、引きこもり人種になる前の歴史は大陸中の重要な出来事などはほぼ網羅してますね。籠もってからはそうでもありませんけれど。外のことを知らなくても我々は困らないことが分かりましたし」
彼は驚くほどあっけらかんとした顔でそう言った。
「でも最近は外も楽しいですよ、特にここは。いいですね、こうして良い成長をしている土地を見ることが出来るのは」
話を逸らされたかな、そんな事を考えたらアズさんの目が私に向けられた。
「過去に技術が失われたのは当時の人間の奢りと欲のせいです。ジュリさんや伯爵が憂いを抱える必要はありませんよ、望んでこの大陸の人々はそういう歴史を作ってきたんですから。そして今、またその技術が芽を出そうとしている、それだけです。種がね、このククマットに蒔かれて育って、花になる、実になる、種になる。その種が人によってまた別の土地で蒔かれるのか、ただ保管されるだけで終わるのか、それもまた人間が決めること」
吐く息が白い寒い夜、アズさんは続ける。
「ジュリさんが蒔く種は実に多岐にわたる。それを活かすも無駄にするも人間次第、私達はそれをのんびり観察し続けるだけです。それがこの世界の在り方です、歪で未熟で彷徨い続ける……実に愉快な世界なんですよ。私はそのままでも構わないと思っていますけどね、だって私達は傍観者ですから。生き方も価値観も違い、生きる場所も違う私の目にはこの世界は長い演劇のようなもの、喜劇も悲劇も何でもありの騒がしい演劇。そんな演劇にあなたは加わる必要はないです、種を沢山与えているんだから。役者たちがその種を拾い育て、舞台に飾るのか己の身を飾るものにするのか、それとも、蒔かずそのまま存在を忘れるのか……育てても枯らして終わりなのか。人それぞれですね。そのバランスで世界の進む道が決まっていく、面白いですよ」
「……ちょっと怖いような理解が難しい思考に感じるのは私が人間だから?」
「さあ、どうでしょう」
アズさんはニンマリ、そんな表現に相応しい笑みを浮かべた。
何となく、アズさんの言ったことを理解したようなしないようなふわふわした気持ちでいたら中央市場にたどり着く。
「ここまでで結構ですよ、この後買い物をして帰りますから」
「そうか、また訪ねてくるといい。いつでも歓迎する」
「じゃあまたね」
「ありがとう伯爵、ジュリさん、また伺います」
あっさりとした別れ。この人はいつもそうなのよ。名残惜しむこともなく、余韻を引きずることもなく、風のようにスゥと。
「すみませーん」
一般人に紛れ、変化した姿でクリスマスオーナメントがぎっしりと飾られた屋台に立ち寄るアズさん。
「全部下さーい」
……。
……。
……ん?
「待て待て待て、買い占め禁止だ、ククマット領内の店、工房すべて買い占め禁止条例がある。というかアズは知ってるだろ」
「えー、そうでしたっけ?」
なんだ、このエルフ。すっとぼけた顔して。変化してるからあの美しい顔じゃないから、なんか腹立つ。
「お金ならありますよ?」
「そういう問題ではない」
「一回くらい見逃してくれてもいいと思いますよ」
そして腹の立つ顔のままこっちを見たアズさん。
「ジュリさん、うちの里の果物一箱とぶどう以外の果実酒一箱でどうですか?」
「ジュリに振るな!!」
……あ、えっと。
エルフの里の、果物。
果実酒、すか。
ええっと……。
「ジュリ!! お前が定めた条例だぞ!! ダメだぞ、ダメだからな?!」
「今なら菓子も付けますよ」
「アズ!!」
……。
さて、ジュリは条例撤廃なんて暴挙に出ず、誘惑に負けず、我慢できたでしょうか。ご想像におまかせしますwww




