33 * 公爵、息子と語る
閑話的な。アストハルア公爵様に語ってもらいます。
文字数多めです。
ウィルド・カーシック。
現カーシック伯爵家当主。
強権派筆頭家ベリアス家の懐刀と呼ばれた騎士を多く輩出してきた家である。
二代前には当時の当主がベリアス家の娘を妻に迎えてもいる。
「はあ……」
私のため息に、その伯爵があからさまに嫌悪を示した。顔を顰め、顎を引き、胸を突き出す。
「手を引けとあれほど忠告したにも関わらず」
「分かっている」
「何が分かっている、だ」
「公爵家の目を欺くには突然手を引くのは難しいとあれほど―――」
「それで手練れの者がグレイセル・クノーマスに瞬殺されたのを忘れたか」
被せるように遮り事実を突きつける。
「っ……」
「何人やられた? 騎士家系と名高い歴史ある家の暗部が壊滅だ、何のために私がそちらに支援をしたと?」
「それはっ」
「強権派を内側から崩したいと言ってきたのは伯爵だ、没落寸前の家を立て直し人材育成の環境を再構築し直したいと、それが出来るならいくらでも従うと言ってきたのは、そちらだ伯爵。その上でわざわざ誓約書も用意した、互いにサインした、なのになんだ、なんでまた、『拉致奴隷化計画』に手を貸した? やはり魔法紙での誓約書にすべきだった」
グッと息を詰まらせた伯爵は、僅かに俯いた。
「端金に飛びつくなとあれほど忠告したのに」
「!!」
「私が知らないとでも?」
「なっ、なっ……」
「ベリアス家の金の出処がどこだと思っている? 家計が火の車である強権派の、位の低いベリアス家に逆らえない家が無理をして、犯罪に手を染めて集めた金だぞ。それを受け取るということがどういう事かわかっているだろうに……こちらの言うことに従えば都度必要な金を出すと言ったのが信じられなかったか? それともなにか? そちらがちゃんと従ったかどうか私が確認してからでは遅いとでも? プライドで家が立て直せるならこのベイフェルアで没落する家などなかっただろう。早急に金が必要だったならひとこと言えば良かったんだ、先に用立てて下さい、と。歳下の私に何度も頭を下げるのが嫌なのは分かっているが、そんな状況に家を追い込んだのは、自分を追い込んだのは自身だぞ、伯爵」
食いしばったその口元には、明らかに私への敵意が感じられる。
それでももうこの男には後がない。
「あの時も、直ぐに話してくれれば良かったな。……全ての手柄がウィルハード公爵家とラパト将爵家のものになってからではどうしようもない。一日でも早く私の所へ情報を齎してくれていれば、大枢機卿に動いてもらえた。法王の心証もウィルハード側に傾くこともなかった。……あの時も、私に、頭を下げるのがいやだったのだろ?」
「違う、違うんだ説明させてくれ」
「もういい」
「公爵!!」
「声を荒げるな、不愉快だ」
「っ、す、すまん……」
「もう一度言う」
ヒュッ、と眼の前の男が青ざめ声にならない声を出した。
「本気で家を立て直したいなら、強権派を崩してでも抜け出したいなら、ベリアス家の息子とは接触するな。あの男相手に口で勝てると思うな、父親のように取り入って煽てていれば操れるなんて甘い考えは捨てろ」
「……どうだった?」
伯爵が屋敷を出た後、見計らったように書斎の扉をノックしたのは息子のロディムだ。
許可を出し、入室してきたロディムにそう問いかければ小さなため息を返してきた。
「やはり、軽い何かが掛かっていますね」
「そうか」
ロディムには特殊な能力がある。時々我が家系に生まれる能力の一つで、人に掛かっている呪や術を可視化することが出来るというものだ。
「あれが、ベリアス家次期当主が使う【誘導】ですか?」
「私には見えんからな、お前が見えたならそうなのだろう」
「誘惑、魅惑といった類のものとは色が違いますから……少し厄介ですよ」
「やはり解除は難しいか?」
「ええ、誘惑や魅惑であれば一時的に魔法耐性を上げるだけで効果を弱体化させられるのでわりと解除は簡単ですよね?」
「そうだな、その後はポーションや魔法付与品で簡単に解除できる」
「なんでしょうね、あれは……呪いに近い物です。でも、近いだけで呪いではない」
「やはり、ベリアスの息子のあの能力は【スキル】によるものか。呪いでなければ呪解品やリンファ殿の呪解のポーションも効かぬ可能性もあるな」
「ただ、かなり劣性【スキル】かと思われます。能力的に自分より魔力耐性が強い者には掛からないように見えました。それと、そう何度も使える物ではなく、何らかの条件を満たす必要もあるかもしれません。優性だった場合、今頃ベリアス次期当主の取り巻きでベイフェルア国内は溢れているでしょうし」
「たしかにな。……ベリアスの息子の魔力は」
「並程度です。カーシック伯爵も騎士としては大変優秀ですが魔力は少ないですから、そこに目をつけられたのではないでしょうか?」
ここで、沈黙が流れた。
互いに深刻な空気を醸し出すでもなく、ただ何となく、会話が途切れた。
「……ハルトさんの【全解析】なら、簡単に解除法を見つけて下さいますよ」
それは息子故の素直で捻りのない、純粋な父親への意見だった。
「ベリアス家の獣人拉致奴隷化を静観している我が家が頼めると思っているか?」
「頼めませんね」
何のためらいもなく淡々と息子は答える。
「頼んだら最後、間違いなくハルトさんが死ぬまで我が家は服従することになります」
「分かっていて言うのか」
「それくらい問題だって言いたいだけです。ハルトさんも我が家の動きは把握しているでしょう、その上で何も言ってこないし独自の解決策を模索しているようですから、その時点で一切こちらからはこの件では相談なんて出来ません。……クノーマス伯爵とジュリさんを巻き込みたくないというのも大きいでしょう、ハルトさんは獣人拉致問題の話をジュリさんの前では意図的に避けているように思えます」
「……」
「私としても、お二人を決してこの件には巻き込みたくありません。私が公爵になった時、まだ解決していないとしても、決して。どう考えても、バミス法国とベイフェルア国の戦争の引き金になりますし」
「……」
「そうなれば、間違いなく、ジュリさんの特異なあの能力……弱い魔物素材であっても魔法付与できるものに加工してしまう可能性がある、あの技術をなんとしても得ようとします。否応なしにジュリさんが戦争の道具の一つに見做されます。それは神が許さない、きっとこの大陸をそうなる前に滅ぼすはずです」
私が黙っているのを気にも留めず、ロディムは淡々とした口調で続ける。
「神よりも前に……ヒタンリ国が黙ってはいません。同時にバールスレイド皇国が、ネルビア首長国がジュリさんの後ろに付きます。大陸全土を巻き込んだ戦争になりますよ、ジュリさんを守るという大義名分を盾にしたベイフェルア国を滅ぼすための戦争です」
ゆっくりとした歩調でロディムは窓に近づき、外の景色を無表情で眺め始めた。
「不思議ですよね、どこがどう戦争を始めても、そこにジュリさんの名前が浮上する。ハルトさんじゃなく、他の【彼方からの使い】ではなく、あの人の名前が浮上する。……ベリアス家も王家も、今は静かにしていますがジュリさんの【技術と知識】を完全に無視しているわけではありません。ただ、父上は以前おっしゃってましたよね? 今の距離感とかつてあったトラブルから感じるのは【神の守護】を注視しているからかもしれない、と。その割にはジュリさんの【神の守護:選択の自由】がどういうものなのか少しずつ分かってきているのにそれが正しく王家に伝わっていないのではないか、と。……既に利用されてますよね、ジュリさんが。ベリアス次期公爵に、どのような形かはわかりませんが、利用されてますよ。あの『誘導』という妙な能力で【選択の自由】が曲解され伝わり誰がどこまで彼の都合の良いように動かされているのか分からない。巧妙です、遠く、自身の手を下すこと無く間接的に王家にまで手を出していて、それがジュリさんに届いています」
「ああ、そうだな」
そこに特別な感情はない。
分かっていて、止めるわけでも抗うわけでもない。
今がその時ではないからだ。
力ずくで出来る、そう自負はある。
だがその力ずくで行う掃除は必ず数多の傷を残すことになる。
柵が多い。
だからこそ、権力があっても出来ないことはある。
それに私は善人ではない。
私が、このアストハルアが、守りたいものが傷つく事がないよう、それが最優先される。
「……まあ、分かっていました。父上がそういう反応をすることは。私としてもそれで構いませんし」
「ならば何故わざわざその話しをした」
ようやく言葉を発した私に、振り向いて息子はやはり淡々とした口調で告げる。
「いえ、深い理由なんてありません。単に確認しただけです。今更気持ちが揺らいだなんて言われても困りますし」
そして、見せた。
僅かに上った、口角。
「父上」
「なんだ」
「ジュリさんを巻き込むつもりはありませんね? 何があっても、あの人を父上は自分の権力の為に取り込んで利用してやろうなんて考えませんね?」
「当たり前だ」
「良かった」
「何が言いたい」
―――アストハルアを裏切ることにならなくて良かったと、そう思っただけです―――
「全く……」
微笑。
息子のあの緩やかに細く孤を描いた目と口元にゾッとさせられた。
そこまでジュリに、絆されていたのかと。
「送り込んだのは間違いだったか……いや、それはないな……困ったものだ」
ロディムはククマットで学ぶことを恐ろしい速さで吸収していると聞かされている。事実、それがここで実践され活用されていることが日々増える程に、覚えたことを次々とこちらへと回してくる。
元々私に似て物を作ったり観察することが好きな息子ではあった。
それがジュリの元へ送り込んだ途端。
「なんか、面白いですよ」
ジュリが息子のことをそう言ったことがある。
「どうって? ……そうですね、目が、キリアに似てます。学ぶ時、物を作る時、物凄くキラキラしてます。ちょっと怖いくらいですね、周りが見えなくなって没頭して殻を被って妄想の世界に入り込んでる感じ? ちょっと頭のおかしい人、みたいな」
あはは! と、笑って言われたのだ。
息子を頭のおかしい人と言われてはいそうですかと頷く親などいるはずもなく反論しようとしたら。
「その代わりそれだけの集中力で学んだり作ったりするせいか、たった一度で覚えます。あれは才能です、限られた人間しか与えられない貴重な才能ですよ」
と。
「それを伸ばしてやれたらと思ってます。面白いじゃないですか、手に取るように成長するのが分かるんですよ? こんなに人材育成が面白いと思ったのは初めての事です、グレイとローツさんと三人で結構楽しんでます、すみません」
当然のように。
言われた。
黙るしかなかった。
あんな人間に認められ育てられたらどんな男になるのだろう。
不安と期待。
そして。
嫉妬。
どうして、私が若い時じゃなかったのか。
と。
「ははっ!」
堪らず声を出して笑った。
「これが無いものねだりか」
「父上、昨日聞きそびれた事がありました。言える範囲でかまいませんので教えて下さると助かります」
「言える範囲でな」
「……まだ、キリアさんをアストハルアに引き込みたいと、考えていますか?」
その事か、と囁いた。
息子は椅子に深く座る私をじっと見つめる。
「そうだな、いずれククマットの成長が落ち着く頃に再び勧誘はしようと思っている。それが数年後か十年後か、はたまた更に年月を必要とするか分からないが」
「それはなぜですか?」
「ジュリをアストハルアに呼べないからだ」
「それだけですか?」
「はっきり聞け」
「【スキル】で、見えたんじゃないですか?」
息子は今日も淡々と言葉を口にする。
「父上の【スキル:星の先詠み】で」
探る目。
「何が見えたんですか?」
「……何度も言うが見えるのとは違う。もっと漠然としたもので言葉として聞き取ることも」
「そんなことを聞いていません」
ピシャリと遮って来るのは珍しく。
よほど、『気に入らない』らしい。
「……教えて下さい」
―――『キリア』がアストハルアに根付く時、望む栄華を齎す―――
フー、と深く長く吐き出した息は何を意味するのか。息子の眉間に深いシワが刻まれた。
「それは、本当にあのキリアさんですか?」
「他に誰がいる?」
「……知る限り、同名はいませんが」
「なら彼女だろう。……お前は私の星詠みを疑い、無視するつもりか?」
「可能であれば」
「……お前は、どこまでジュリの味方をするつもりだ」
「どこまでも」
「なぜそこまで」
「お言葉ですが、私の立場であったなら、父上もきっと同じ道を辿っていましたよ」
わかっているのか、息子故に。
「ジュリさんがキリアさんを手放すことはありません、キリアさんもジュリさんの傍を離れるなんてありえません。あのククマットという土地が、きっと二人を繋いでいるでしょう。だから私は、もし父上がキリアさんを」
もういい、と投げやりに発していた。ロディムは僅かに目を見開き驚き口を噤む。
「きっと、私ではないのだろう。……ジュリと共にこれからの時代を担うのは、私では無く、お前なのだろう。好きにすると良い」
昨日のように、沈黙が流れる。
嫌な沈黙ではない、私とロディムではよく有ることで互いにそれが当たり前のことだと感じている。
「……では」
スウ、とロディムは息を吸い込んだ。
「父上はこのままベリアス家と王家を静観なさって下さい。私もそうします、次期当主として、穏健派筆頭家としてそれら含め、引き継ぎます。そして然るべき時、父上が動く時、私もその時出来る事を全力でします。……しかしその時の【彼方からの使い:ジュリ】の立ち位置次第では私はあなたを、家を、止めることもあるでしょう。それだけは、どうかお忘れなきよう」
「覚えておこう。願わくば、子に手をかける親にしないでもらいたいがな」
「それは父上次第、そして、時代の流れ次第でしょう。……お時間ありがとうございました。この後ククマットに戻ります、シイの事をよろしくお願い致します」
「ああ、何も案ずるな」
「はい」
「もう少しゆっくりしていったらどうだ? 下の子達がククマットやジュリの話しを楽しみにしているというのに」
「すみません、明後日に試験があるんです」
「試験?」
「伯爵から出された会計関連の試験なんですが、赤点だったらジュリさん、キリアさん、シーラさん、スレインさんの『朝まで飲み会』に強制参加だといわれていて」
「ああ、女四人の飲み会らしいな」
「……強制参加させられる男は終了時ボロボロになっているそうで、あの伯爵ですら、遠慮したいと言う飲み会らしいんです」
「……何となく、分かるな」
「ですよね……なんとしても、避けたいです。なので戻ってギリギリまで勉強します」
「それがいいだろう」
『大変なんですよ』という言葉の割に楽しそうな顔をしてロディムはククマットへと戻って行った。
「……フッ」
気づけば笑っていた。
何だかんだ言いつつ、楽しそうな息子が、成長する息子が、この目で見れた事が嬉しいのだ。
色々な問題が少しずつ積み重なって、形になってきているとしても。
「まあ、せいぜい伯爵とジュリにこき使われ、おもちゃにされ、今を謳歌すればいいさ」
カーシック伯爵を公爵が受け入れたのは単にベリアス家の息子の【スキル】がどんな物が確認して対策できればと考えているから。
鞍替えして真面目に公爵に忠誠誓って家を立て直せばちゃんと護ってやるつもりはあるけれど、そうでないのなら捨て駒として利用するだけでしょう。
それは息子のロディムも同じ。
そのへん書きませんでしたが、この二人が公爵家を背負ってる時どんな感じなのか雰囲気を知ってもらえたらなぁと思って書きました。




