33 * あの人への贈り物 グレイセルの場合
「ご相談があるのですが」
「いや怖っ!!」
グレイが突然目の前で正座し畏まって話しかけてきた。
なんの前触れ?! 天変地異?!
「一日」
「うん?!」
「休みを頂けないでしょうか?」
「……取りなよ、私と一緒でブラック気質だから遠慮せず取ってよ」
「そのブラック気質の妻にも一緒に休みを取ってもらいたいのですが」
「……はあ、まあ、たまにはいいんじゃないでしょうか?」
何故か眼の前で同じように正座をして丁寧語で返してしまった。すると突然旦那は満面の笑みを浮かべた。
「よしじゃあ明日は休みだからな」
「急だね?!」
「いいじゃん休みなよ働いてばっかりだもん、休める時休まなきゃ」
「そういう制作主任もだぞ、キリア」
「……はい」
明日休みを取るから迷惑かけるけどごめんねとキリアたちに言えば快諾してくれたけれど、余計な一言を言ったせいでとばっちりを食らった本人はお口にチャックをして静かになる。
「何処かに行かれるんですか?」
セティアさんが穏やかないつもの顔でそう問いかければグレイも穏やかな笑顔で頷いて返す。
「ああ、ジュリの誕生日デートで砂漠に」
穏やかな笑顔のままセティアさんが、お口にチャックをしたままのキリアが、そのままビシッと固まった。
私、デートで砂漠へ連れて行かれるらしい。
見渡す限りの砂。
砂、砂、砂。
「誕生日旅行が砂漠とは斬新すぎるわ」
ヒュオー……と乾いた風が吹く中、腰に手をあてがい仁王立ちで開き直ってそう言葉を発したらグレイが面白可笑しく笑う。
「現物を手に入れて見せるより、出来る過程を見せるとジュリは喜ぶだろうと思ってな」
「ん? どういうこと?」
「ここは特殊な砂漠なんだ」
曰く、転移でサクッと来たけれどここは北方小国群の一部に広がる砂漠であると。ヒタンリ国の北西側に位置し、時折ドラゴンやワーム種でもレアなキングワームなる強い個体が発生するという大陸でも珍しい砂漠タイプの魔素溜まりであると。ただし発生するのはレア種ばかりなので魔物の遭遇頻度はとても低く案外安全なのだと。でも砂漠なので迷うと普通に死ぬ可能性があるので人が寄り付かないと。
「つまり私はここに放置されたら間違い無く死ぬ場所なのに、それでも連れてきたってことは素敵な物がある砂漠ってこと?」
「そういうことだ」
『それ』は地球なら絶対に生成されないもの。
「『星泣きの石』?」
「ああ、雲一つ無い新月の星が美しい夜に生成されるそうだ。魔素溜まりや地下に魔核がある砂漠で魔素が集まり出来、魔石になりそこねた物だと言われているがまだその詳細は解明されていない」
「へー」
「先日丁度新月だったし、天気もよかった。もしかしたらと思ってな。さあ、探そう」
「おー! ……ちょっと待って? 探す? この砂漠の中から?」
「心配するな、魔素を放っているから私が感知出来る」
「ああ、だよね、じゃなかったら宝探ししてて遭難して死ぬパターンだもんね」
サッ、サッ、とグレイに手を引かれるままに砂を進む。程なくしてグレイは立ち止まって足元付近に視線を落とす。
「この辺?」
「ああ」
私はしゃがみ込み、砂に手で触れる。とてもサラサラとした湿度を全く感じない砂で、砂漠はみんなこんな感じかななんてことを考えると、ふと手に当たる物があった。
「あ、石か」
摘んでポイッと捨てようとしたら。
「まて、それだ」
「えっ」
どうみてもただの石。この砂漠の砂として風化する前のものなのか黄色味の強い石という以外は特徴らしい特徴のない石にしか見えない。
「それをそのまま、太陽の光に当ててくれ」
「ええ?」
不信感丸出しの顔をしたらしく、目が合ったグレイは笑う。
騙されたと思ってな、とその何の変哲もない石をグレイは私の手の平からつまみ上げて太陽に翳す。
北方の砂漠故か、ジリジリと焼け付くような暑さではないけれど、それでも日差しは強くて太陽を直視しないようにしていてもかなり眩しく光が強く感じるので見上げているとすぐ辛くなった。目を細めるものの直ぐに限界が来て視線を落とそうとしたその時。
「あっ?」
キラッと、光るはずのないその石が一瞬端の部分が輝くと、みるみるうちに変化していく。光ったそこからどんどん透明化し、形と黄色味はそのまま、ガラスのようになっていく。その変化は驚く程に早く三十秒かからずにまるで違うものへと変化していた。
「これが、星泣き石……」
グレイが再び手に乗せてくれた。
琥珀よりも明るい黄色の透明な石は、よく見ると中に針状の模様らしきものが無数に走る。その針状の所で光が反射して角度によって白っぽく見えたりもする。
「擦ってみるといい」
「擦る?」
言われるがままに指で表面を擦ると。
ヒューン、ヒューン、と甲高いけれど抜けるような乾いた音が発せられる。
「この砂漠の夜の風の音を閉じ込めていると言われている。実際はどういう原理なのか分かっていないが……面白いだろう?」
「うん、これ、面白い」
「それに綺麗だ」
「うん」
「なかなか黄色の魔石や天然石で気に入る色のものが見つからずいつも困っているだろ?」
「え?」
「これはなかなか希少なものだから商品には使えないし、ジュリの求める黄色とは少し違うかもしれないがコレクションにするならいいかと思ってな」
「グレイ……」
そう、いつも探している明るく可愛い色合いの黄色。これに該当するもので、商品にメインカラーとして使えているのは一部の魔石とリザード様の廃棄鱗のみ。琥珀やオレンジ、ベージュに近いものは探すと割と見つかる、というより黄色い物を探すとそれが届いたりする。思うようにいかないなぁと私を悩ます代表格と言っても過言ではなくて。
それをグレイはいつも言葉にしないだけで気にかけてくれている。
今日のようにこんなふうに。
「ありがとう」
嬉しさが込み上げて自然と笑って言えた。
それからしばらく二人で、ほとんどグレイが探索してくれて星泣きの石は合計で八個見つかった。大小様々、形も様々、全てが琥珀かより明るい黄色で針状の模様が内側にある。擦ると鳴る音は微妙に違ってこれも面白い。
見渡す限り砂だけの観光地とは程遠い場所での一日デートは石拾い、というのが私とグレイらしいのかもしれないと思ったり。
家に帰って砂だらけで歩くたびに砂が飛散る様に二人で笑って豪快に振り落としたら使用人さん達に『外でお願いします!!』と怒られたり。
カメラで撮影して思い出を残すことは出来ないけれど、こうして思い出に残るものがひとつあれば見るたび思い出せるから、まあいっか、と呑気に思ってみたり。
いいお誕生日デートでした。
「誕生日当日はご馳走を好きなだけ食べれるようにするからな」
「じゃあ気合い入れてお腹すかせなきゃ」
「誕生日プレゼントはもう一つあるからそれも楽しみにしておいてくれ」
「さきイカじゃないの?」
「さきイカ食べたいのか?」
「最近食べてないよね?」
「ああ、じゃあそれも追加しておく。それと」
「誰かを消してほしいとかそういう希望はないから」
「……」
え、なんで悄気げた顔するのよ。
当日。
食べすぎて動けなくなり心を無にしてソファに横になる眼の前、グレイの顔がニョキッと現れた。
「大丈夫か?」
「いつものことよ……」
「そろそろ年齢的に無理をしないほうが」
「うるさい」
アラサーだけど私の胃の強さを舐めんなよ! とムッとするとグレイは笑う。不機嫌な顔をする私など構わずダランと垂れ下げたままの私の手を握ってきた。そして手の平に当たる冷たく硬い小さな感触。
目をパチパチさせるとグレイは目を細めて笑う。
「なに?」
「なんだと思う?」
「……指輪?」
「ああ」
重たいお腹を気合で支えて体を起こす。それでもまだグレイは私の手を握ったままで、そして両膝を床についたまま私を見上げる。
「なかなか思うようにコントロール出来ず何度も失敗した、なんとか一つ思うような物に仕上がったよ」
ゆっくりとグレイは私から手を離す。
とてもシンプルな指輪だ。
普段から二人で身につけている結婚指輪のように模様のない台座。
ただ、メインにキラリと光る小さなダイヤモンドが目を引いた。
「魔法付与を、してある」
「魔法付与……」
「魔力がないせいで治癒魔法もポーションも効きにくいだろう? ジュリは疲労回復なども自然に任せるしか無い。それはそんなジュリでも比較的効果がある補助魔法の体力維持が付与されている。直接能力向上に働きかけるものではないほうがジュリの体には合うようだから。苦労したよ、付与自体初めてだったし」
「ちょっと待って? グレイが魔法付与? ホントに?」
「ああ」
「……凄く、頑張ったよね?」
「そうだな、凄く頑張った」
「そうなんだ」
呆気に取られ、私は間抜けな顔をしているはず。グレイが魔法付与したというダイヤモンド部分をじっと、ただじっと見つめる。
「私はリンファやハルト、マイケルのように治癒魔法は使えないから」
いつだったか。
戦闘に特化した能力についてグレイが『優れているとは思わない、欠点がある』と言ったことがあって、私は正直コイツ何言ってるんだと贅沢な悩みだと怒った事がある。グレイに憧れて追いつきたいと思う人達に失礼だから二度と言うなと結構本気で怒ったの。
「だが、万が一ジュリが目の前で血を流したら何もしてやれない、全く役に立てない」
怒る私を宥めてグレイはそう言ったのを思い出す。
「こんな……いいのに。そこまでグレイが気にしなくていいのに」
「私のエゴだな。これで少しは私の不安や不満が解消される。だから貰ってくれ」
「……うん、ありがとう」
愛情たっぷり、重めの彼の気持ちが込められたプレゼントは、その場で結婚指輪の上に重ねる形で着けてもらった。
「マイケルが教えてくれたんだね、だからグレイでも出来たんだ」
「戦闘に特化しているグレイセルだから付与自体がまず全く向いてなくて苦労したよ」
「ありがとう、それからごめんね、グレイが迷惑掛けたんじゃない?」
「そんなことないよ、僕も楽しかったから。グレイセルはそもそも小さな物に魔力をゆっくり細く流し込むことが苦手で最初は秒で魔石を粉砕しちゃって」
「……うん?」
「練習何回したかなぁ、五十くらいまでは数えてたけど途中で面倒で止めたよ」
「マイケル?」
「少しずつ慣れてきてじゃあ試しに付与しやすい値段が高めの輝石にやってみようってやらせると緊張するのかやっぱり流し込む魔力が不安定で秒で破裂させちゃって」
「ちょっとストップ」
「なんだい?」
「……今更だけど、相当練習したのよね?」
「そうだね」
「私の貰った指輪、ダイヤモンドなんだけど、練習で使った魔石と輝石って、なに?」
「……あー、そんなに高価なものではないよ?」
「マイケル、今変な間があったよね?!」
「あはは」
「笑い事じゃないよね?! ねえ一体練習で魔石と輝石をどれだけ駄目にしたの?!」
「えっと、うーんと、あ、僕この後ケイティとジェイルとご飯を食べに行くんだった!!」
「逃げんなマイケルー!!!!」
「ちょっとそこに正座」
「はい……」
「で? まず一つ目、どれだけの魔石と輝石を駄目にしたの?」
「……百程」
「正確に」
「百四」
「二つ目、一切その手の請求書を見かけていないけど私財でやったのね? 総額は? 正確に」
「……百三十、リクル」
「単位を正確に」
「百三十万リクル」
「……ほう。三つ目、このダイヤモンド以外は、全部爆散させたのね?」
「……はい」
「……なんて、なんて無駄遣いを!! グレイ、今後二度と魔法付与しないように!! あんたは戦闘狂なんだから向いてないことしちゃ駄目!! コレクター、宝石好きの貴婦人、魔法付与を仕事にしている魔導師全員に謝れ! 代表して私が聞いてやるから今ここで誠心誠意謝れぃグレイセル・クノーマス!!」
そして旦那は正座したまま深々と頭を下げた。
「大変、申し訳ございませんでした……」
結論、慣れないこと、不向きなことをグレイがすると悪い方向にお金を散財する。
この後クドクドとそれはそれはしつこく文句と説教を聞かせた成果として、以降二度とグレイが魔法付与に挑戦することはなくなる、私の知る範囲では。
ただし、魔法付与に向かない戦闘特化の者によって付与されたダイヤモンドリングがあるというまことしやかな噂が流れ、それこそコレクターが探し求める垂涎の品になり、私が複雑な心境になるのはずっと先の話であり、旦那から貰った大切なプレゼントなので手放すことがないため、そのへんの話は割愛する。
グレイセル、お前って奴は……。




