33 * あの人への贈り物、結婚二年目
「あったらスッキリしてて良いと、思う……」
ボソッと呟いた私の側、聞き逃さずにグレイが無言でチラッと横目でこっちを見た。
……。
何故無言?
「時期的に私へのプレゼントかと思うと聞かないでおこうか、それとも聞いてしまおうかという葛藤が……」
「ああ、なるほど。そうそうグレイの誕生日プレゼント。楽しみにしておく?」
コクリと頷くグレイ、ちょっと可愛い。
「因みにジュリへのプレゼントは今年はちゃんとしたものだ」
「別に去年みたいに大量のさきイカでも私は構わないんだけど。皆で焼いて食べてお酒飲んで楽しかったし」
「今年はちゃんとしたものにした」
「あ、うん……グレイ的に納得してなかったんだね、分かった、うん」
さて、今年の旦那へのプレゼント。
以前からどうしようかなぁ、作ろうかなぁ、とのらりくらりと考えては忘れ、思い出しては忘れを繰り返していたものに決めた。
こういう非常にマイペースなノリで作るものといえば、男性向けになる。
「あんたホントに男性向けの物を作る時のテンションがグレイセル様が関わらないと凄く低いよね」
「そう、いつでも低空飛行よ、分かってるよ自分でも。物に性別を持たせるのは好きじゃないけど見た目がね、男性に似合うものだとねぇ、手が動かない」
今年もキリアが側に当たり前のように陣取り、私の描いたデザイン画を見つつ苦笑する。
「だって作りたいものの殆どが可愛いものキラキラしたものだから女性に好まれる傾向のあるものでしょ? この手のものはね、思いついてもね、気分が乗らないわけよ」
「……まあ、いいけどね、 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》で売れるものを優先して開発してくれるからあたし的にも問題ないし」
ということで、男性小物専門店は制作主任もこんな感じなので当分先でーす。
「で、これ何ていう鞄なの?」
「これはね、『ビジネスバッグ』っていうの。主に勤め先に持っていく鞄。薄いから書類を入れるのに適した形をしてるのが特徴といえば特徴かな」
そう、今年のプレゼントはビジネスバッグ。
何時も思ってた。
持ち歩く物に適したバッグって、大事。
この世界の手に持つ鞄といえばボストンバッグのような形が圧倒的多数を占めていて、あとは巾着やエコバッグ的な感じになる。
富裕層の女性が社交界で使用するクラッチバッグのような小さな物もあるけれど、じゃあ他に何がある? と探してみると、個性的なものは多々ある反面用途に適したバッグというのが、少ない。
「ここだけの話し、セティアさんが私の秘書としてギルドに登録とか貸部屋で商人と商談する時に同行して必要な書類を持ってくれるんだけど、その時に鞄が使い難そうに見えたのがこのビジネスバッグ作ろうかなぁって思った切っ掛けなのよ」
「……グレイセル様じゃないじゃん」
「だからここだけの話し」
「ちょっと聞きたくなかった、ジュリ」
ごめんよー (笑)。
「でもグレイにも持って欲しいなって思ったのも事実だからね? だから第一号はグレイの物にするんだから」
微妙な顔してるキリアは無視しておく。
「あとね、これ鉄板仕込んでいざという時盾になるようにしてもいいかと。ネタとして」
中学生の頃、お兄が読んでた漫画を暇つぶしに私も読んでてそこから得た知識です。そういうオプション的なのがあると面白いというかグレイが食いつきそうな気がするんです。
と、ふざけてたら。
「え、何それ凄いじゃん。絶対それいいよ」
あれ。キリアに普通に絶賛された……。
え? 鞄が防具になるっていうのは、私的にはネタなんだけど。
「側近とか護衛がそれでサッと主人を守ったらかっこいいよね?!」
私が知る鉄板が仕込まれた鞄を持ってたのは、不良少年なんだけどなぁ。今時そんな奴いる?! って完全にハルトと大笑いするつもりだったんだけどなぁ。
どうしよう、キリアが目をキラキラさせてる。
「どうしよう、ハルト。ウケなかった」
「マジで? ネタにならねぇの?」
「本当に鉄板仕込むことになりそう……」
「それ、使っても誰も笑わねぇんだよな?」
「笑わないと思う、皆に絶賛される」
「……その価値観ちょっと嫌だな」
二人で真剣にそんなことを語る。
じゃあいっそのこと本当にそういう仕様にしてしまおうとなりまして。
……。
……。
ネタじゃなくなった。
気を取り直しまして。
革に関してはルリアナ様のご実家であるハシェッド領から沢山の見本を貰っているので選り取り見取り。問題は、大きさと厚み。
紙の質が無視できないんだよね、まだまだ未発達な世界なので。
だからといってあまり厚くなるのは個人的には好きじゃない。あくまでスマートな見た目を追求したいので。
「……黒じゃないんだな」
「ビジネスバッグにありがちな黒はね、この世界だとちょっと違和感があるから」
「そうか?」
「形とスマートさからいくと、確かに黒がいいのかもしれないけど、持つのがサラリーマンじゃないわけよ。服装がまずあの定番が似合わない」
「なるほど」
用意した革はキャメルや茶色、ワインレッドや濃い緑など。並べるとわりとカラフルにも見えるそんな色。
「角も少し丸みをもたせて、縫い糸の色を意図的に目立つようにしてもいいよね。手帳と御揃いっていうのもありかもと考えた」
「お、それいいじゃん」
デザインとしてはよくある少しだけ横長な長方形で、中に仕切りが二つ、取っ手がカバーに付いていて片手で持ち歩けるかなりシンプルなもの。試作も兼ねてるので余計なものは付けない。使っていくうちにあれがあるといい、なんてことは出てくるはずなのでその都度改良していくつもり。
ちなみに、書類を入れるためならば、『書類用カバン』という意味のブリーフバッグが正しいんだけど、分かりやすくというか、私にはビジネスバッグという言葉に馴染みがあるのでね。これからカバンの種類が増えてくるなら名称変更も検討すべきだろうけど今はそこまでは拘らなくていいと思ってるのでビジネスバッグと呼ぶことにした。
「んー、だからと言ってこのシンプルすぎる感じは面白くないよね」
「そうか? 俺はこれでも十分だと思うけどな。そもそも紙を持ち運んで出し入れしやすいものを目指してのこの形だろ?」
「機能としてはそれでとりあえずいいんだけど、見た目を何とかしたいわけ」
「んじゃどうするんだよ?」
「……グレイのオリジナルだから、留具に家紋を入れちゃうのもありかな、と。しかも、蝋印風の」
「え、なにそれちょっとオシャレじゃん」
「でしょ?」
そう、単に家紋を入れるとよくあるタイピンやブローチと変らなくなってしまう。そこで一風変わった見た目でなおかつちょっと柔らかさのある雰囲気を出せるものはないかと色々見て気づいたのが封蝋の歪でありながら手作り感のある風合いを感じる見た目。
「あれが入ることで鞄の持ち主が誰なのか一発でわかるでしょ? 名札の意味もあるわけ、結構便利なんだよね」
まあ、一発でわかるかどうかは無数に存在する家名と紋章を把握してないといけないから私は無理だよ!
「……それより、気になるんだけど、今回は欲しいって騒いだりしないんだね?」
「手帳の時と一緒。後からならデザイン増えて選ぶ楽しさがありそう」
「なるほど」
「あと俺、わりとブックバンド気に入ってんだよ」
ハルトの言うブックバンドとは、硬めの布で本を巻き、それを紐で縛るこの世界特有? のもの。私が改良してからはかなり色んな種類が 《ハンドメイド・ジュリ》から販売されており、現在ルリアナ様の実家のハシェッド伯爵領の革製品の工房にも生産を委託しているほど昔から定番であり人気のあるもの。
「物持ち歩くのそんなに好きじゃないんだよな、そうするとブックバンドのあの小脇にサッと抱えて持てる気軽さが俺的には好き」
「確かにそういう男の人は多いかもね」
男性はズボンの後ろポケットに財布、スマホを入れてサイドポケットに鍵を入れて出かけたりするよね、私から見ると考えられない位の軽装なんだけど、ハルトの言いたいことはよく分かる。要するにバッグそのものが荷物に感じるってこと。
ただまあこの世界の、グレイもそうだけど貴族の人たちは自分では荷物を持つことが少ない。
大体はお付きの方に持たせていて、グレイの場合だとローツさんがいればローツさんが、元執事のエリオンさんやカイくん、ククマット自警団幹部さんたちがその担当だったりする。そんな荷物持ちの彼らのためにも少しは便利で楽なものをと考えるとやっぱりビジネスバッグはあっていいよね。
あえてベロア調のライトベージュの革を選択。開閉部分の上部のサイドに丸みを持たせて見た目の硬さを緩和する。本当はファスナーがいいんだろうけど品質のいいファスナーは現在開発中なのでまた後日改めてデザインするからそれは保留。
本体とカバーを止める革ベルトは黒に近い濃茶にし、金具類は金にする。銀にするとスタイリッシュに仕上がり、それよりも高級感に重きを置いて金にした。留具の飾りに封蝋風のデザインパーツをあしらって、取っ手つなぎ目部分にも一回り小さな封蝋風パーツを付ける。
……と言っても、革製品なので私は作らない、完全委託 、職人さん御願いしまーす(笑)。
今更ながらビジネスバッグって、本当に用途に忠実に作られたバッグだな、と当たり前のことに感心したりする。
いや、これ、考えた人凄いよね? だって、世の中どれだけの人が当たり前に使ってるか考えるとさ。
現代は紙に変わりノートパソコンやタブレットに中身は変化していったけどそれでも薄くて平たいものを持ち運ぶための仕事のバッグという特定の目的のためのこのビジネスバッグって、地球にどれだけ出回ってるんだろう? ショルダーとかリュックの人もいるけれど、それでもビジネスマンなら一度は購入し使う機会があるだろう事を考えると、今まで凄まじい数売れてる……。
この世界で売り出したら……儲かる?!
あ、駄目だ、ビジネスマン、いない。
「……ビジネスバッグ」
「そう」
「書類の為のバッグ」
「うん」
「もっと働けと言うことか」
「あ、そっちに捉えちゃうんだ?!」
想定外の反応に若干焦ったものの、グレイはフッと吹き出して笑ったので誂っただけらしい。
「冗談だよ、便利だな」
「そうでしょ?」
「折ったりする必要がなく歪んだりすることも少なくて済む、開閉部も広いことで取り出しやすい」
「そういうこと」
「ありがとう、大事に使わせてもらう」
「どういたしまして」
「そしてもっと働こう」
「そこは現状維持で大丈夫」
二人で軽やかに笑う。
「さて」
「うん?」
「明日は休みだから抱き潰すぞ」
「今年はどストレート」
「遠回しが良かったか?」
「そういうことではないし、普段から体力勝負だからさ、寧ろ多少遠慮して欲しい」
毎年思う、なんだこの会話……。ラブラブとかバカップルとか、そういう問題ではない気がしてきた。
ついでにブックバンドもお揃いで作って渡した。こちらも素材やパーツは同じもので、改良点一箇所。元々本以外は入れないものだったけれど、内布を二重にして袋状の部分を作り、両端に小さな開閉用フックを付けて小物を入れられるようにした。ブックマーカーや定規、小さな手帳などはここに入れられる。もしかするとグレイが普段持ち歩く事になるのはこっちになりそうかな。
早速この二つ、ビジネスバッグは側近として傍に控えるローツさんが、ブックバンドはグレイ本人が持って仕事時の往来以外にも持ち歩くようになり。
「ローツ用のもあるといいな」
「あ、じゃあ作ろうか。ついでにセティアさんのも作ろうと思ってて」
「そうだな、ジュリはいいのか?」
その何気ない問に、固まる。
「……自分で言うのもなんだけどね、私の荷物は基本グレイが持っちゃうじゃん。しかもセティアさんに秘書をしてもらうようになってからは尚更持たなくなってる……」
「あ」
今度はグレイが固まった。
そう、私、商長してるし旦那が溺愛してくれるという二つの条件が重なりまして滅多に自分で荷物を持つことが無くなったのよ。
慣れてきた自分がちょっと怖かったりする。
「いらないな」
「いらないの」
後日ローツさんとセティアさんのも完成し、二人にもかなり喜んでもらえることになる。
ただし。
思わぬ方向にビジネスバッグが進化することになる。
「ジュリさん」
「なに?」
「ビジネスバッグなんですけど……」
「あれ、どこか不具合あった?!」
「いえそうではなく、私のには金属板が入ってないのはなぜですか?」
「ん?」
「グレイセル様、夫のには仕込んでありますよね?」
「え、あ、いやあれはね」
「妙に軽いな、と気づいて確認したら入って無くて」
「セティアさん」
「はい?」
「普通のビジネスバッグには金属板は入ってなかったから! というか本当に入ってたら結構ドン引き案件だから!」
「でもそれはジュリさんが元いた世界での話ですよね?」
「は?」
「こちらでは入っているととても機能的だと思いますが」
「え、マジで……セティアさんも、そういう反応なの……」
「これにも仕込んで下さい」
異世界での新常識。
防具としての機能あり。
後に、革も色や質感よりも丈夫で耐久性のあるものが好まれるようになる。
(戦える)執事や側近たちの必需品として、愛されるこのバッグ。
ビジネスバッグではなく、ビジネス風バッグ (金属板入り)と呼ばれることになる話は、割愛。
すみません、ネタに走りました……。




