33 * ささやかな贈り物
私とフィン、そしてライアスが次々と登録する特別販売占有権。
これらの版権を買いものつくりを進めることで少しずつ可愛いもの、きれいなものが色んな場所から売り出されるようになってきた。
とてもいいことだと思う。こうやって小さな変化でものつくりの環境が整って発展していくならきっとこの世界もいつか皆が物を選ぶ楽しみを当たり前に享受できるようになるはずだから。
先日から始めた資産整理。
その中で一つ、決心したことがある。
スライム様、つまり擬似レジンの取り扱い占有権の版権解除。
これからは誰もがスライム様を自由に取り扱い出来るようになる。
元々版権の価格が安かったので解除しても問題がない上に扱いも難しいものではないのでタイミングを見計らっていたものではある。
フィンの持つククマット編みやフィン編みのような複雑なデザインや編み方が要求されるものとは違い、基本の扱いさえ覚えてしまえば比較的誰でも扱いやすいスライム様なので、これからは皆にその有用性を知ってもらって活用して欲しいなぁという期待をしている。
「ではこちらの書類が受理された時点で占有権の解除となりますのでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
ククマットの民事ギルドではこの事で今日は少し慌ただしく職員さんたちが動き回った。
なんせ、占有権解除は滅多に起こらないから。
そりゃ、わざわざ利益の出るものを解除して他人に利益を出させるなんて事は珍しいことかもね。
そのためその滅多に起こらない事を見届けようと何故かレフォアさんたちまで立ち会って書類やその手順を見ているという奇妙な事が起こっている。今後はかじり貝様の螺鈿もどきの扱いも時期を見て版権解除をするのでその手続きを円滑にするためグレイとローツさんもやり取りを真剣に見てメモを取っている。版権解除よりもその手続きに皆が真剣な姿がちょっと面白い。
占有権が解除されると版権購入者に対しその事が通知され、今まではその扱いに設けられていたレシピとは違うやり方で扱っても擬似レジン製品として販売が可能になるので可能性は広がることになるけれど、ただまぁ、気泡が入りやすいとか固まるとそれを溶かす溶剤が今でも見つかってないので土に埋めるしかないとか、扱う問題点や欠点が無くなった訳ではないのでそのへんはガンバって解決してもらうことは変わりない。
「はー、終わった!!」
ギルドを出て両腕を突き上げ背伸びをした私。
「結構書類多かったしややこしいのもあったよね?」
「重要な書類は支部に置いてないから 《ギルド・タワー》から取り寄せるというのも初めて知ったな」
「そうですね、その取り寄せに日数がかかることも。魔法紙で作られるから仕方ないんでしょうが」
グレイとローツさんも初めての経験にそんな会話をしつつも肩を回したりしている。
「全部の手順を覚える必要はないけど、あれはセティアさんとフィン、ライアス、それからキリアには一回説明しておかないとね」
そんな事を話しながら戻る途中。
お店に訪ねてくる人の対応などを任せているセティアさんが小走りで正面からやって来る。
「ジュリさん」
「あれ、セティアさんどしたの?」
「よかった、ちょうど手続き終わったんですね」
「うん、それより誰か来た?」
「はい、約束をしていたわけではないのでゆっくり待つと仰って下さったんですが、知らせるべきだと思って」
「てことは、大物」
私が雑にその一言で済ませればグレイは勿論一緒に戻っていたレフォアさんたちまで苦笑した。
「バミス法国のウィルハード公爵夫人です」
「……モフモフが自らやって来てくれた」
そこじゃないぞ、とグレイからツッコまれた。
「先にお伺いの約束を取り付けるべきところなんでしょうけれど、どうしてもジュリ様に見せたいと気が急いてしまって」
「なんですか? アティス様からそう言われるとちょっと期待しちゃいますよ?」
「あら、そう言われると少し不安ですわ」
ウフフ、と優雅に、けれどどこか茶目っ気ある笑い声のウィルハード公爵夫人のアティス様。
お付きの方に合図を出すと、その人が彼女の前に一つ箱を置いた。その箱を閉じるために結ばれた紐をアティス様が解いて、そして蓋をあける。
「我が家の職人が作りましたの。良い出来でしたから私と妹とジュリ様の三人でお揃いで持ったらどうかと主人が申してくれまして、お言葉に甘えて一つこうして持って来ましたわ」
「……え、これ」
「万華鏡です」
そこには、とても斬新で、とてもきれいな万華鏡が一つ収められていた。
「筒は擬似レジン、そこにいらっしゃるフォルテ男爵から以前頂いたカトラリーセットを職人に見せて擬似レジンに模様を入れた透明な筒が作れないか模索してもらったんですの」
「……つなぎ目が無いですね、筒状のものに一回り小さな筒ガラスを入れて型取りですか?」
「流石です、気泡が入らないものに仕上げるのに運任せな所があると職人が困りつつも笑ってましたわ」
コロコロと転がるような軽やかな笑い声。アティス様は箱をスッと私に向けて押して来た。
「是非、手にとって見てくださいませ」
筒全体に細やかに掘られた柄は幾何学模様に似たもので、例えるなら江戸切子のような模様。すりガラス風に彫り込まれた事で手に持った時に滑るのを防止する役割も果たしている。
「中の鏡の処理もとてもきれいですね」
「そこに気づかれるんですのね、ジュリ様は。……筒が透明ですから、中の見える部分にも気を遣ったそうです。薄い金属を貼ってつなぎ目処理にも拘ったのでどこから見ても綺麗です。オブジェクトを入れる部分も覗き穴部分も同じ金属で統一感を出したそうです」
「覗いても?」
「勿論、それはジュリ様のものですから」
キラキラ、キラキラ。
四角や三角、ひし形に整えられた美しい宝石や魔石たち。意図的に砕いただけの自然な形のものが無限に変わる光景のアクセントになっている。
「……苦労したでしょう、これ。オイルの中に気泡が入ってませんね。気泡が入らない状態で綺麗に密封する工程は手間がかかるので」
「はい、ライアスさんと同じかは分かりませんが、職人が独自にその製法を編み出しました」
しばし、その無限に変化するキラキラとした世界を覗いた。
シン、と静寂が支配していることに気づかずに。
皆が固唾を呑むように、私がその手を止めて万華鏡を下ろすのを待っている。
それに気づかずに私は魅入っていた。
キラキラ。
綺麗だな。
本当に、綺麗。
目元から万華鏡を離して、そのままテーブルの上に持ったまま下ろす。
美しい外側の模様をゆっくり回転させながらしばし眺めた。
「……ジュリ様?」
ハッとした顔をしたアティス様が僅かに腰を浮かせて私を見つめる。
「ありがとうございます、大事に、します」
それが私が言える精一杯のお礼だった。
ボロボロと自分の意思を無視して涙が零れる。
なんでこんなに涙が溢れるのか分からない、止めたくても止められらない。
なんで私は泣いているんだろう。
分からない。
「良かったな」
不意に隣にいるグレイに頭を撫でられた。涙が止まらない目を向ければそこには嬉しそうに微笑むグレイの顔がある。
「待っていただろう、この時を」
「……そっか、うん、そうだね」
笑ったつもりが涙が止まらない顔なのできっとブサイクだったと思うけれど、グレイはそれでもやっぱり嬉しそうに頭を撫でてくれて、眼の前のアティス様も優しく嬉しそうに、 微笑んでいた。
グレイやフィン、キリア以外からこうして物を貰うのは初めてだ。
正確には『心から驚かされた』ものを貰うのが、初めて。
今までは特定の人からしか貰えなかった『感動』。
この世界に来てから、私の中で燻っていたものが一つ昇華した気がする。
かつていた世界。
家族や友達から当たり前に貰っていた誕生日プレゼントや旅行のお土産、何となく買ってしまった物のお裾分け。
染み付いていたそんな贅沢は、この世界には存在しなかった。
グレイが恋人になって夫になって、裕福な彼だからこそ沢山の愛と贈り物を貰っているけれど、『外側』はそれが特殊な環境だということを嫌というほど思い知らされ続けてきた。それを打破したくて、もっと自由に、もっと楽しく誰かを気軽に喜ばせる環境を目指して頑張ってきたけれど。
結局のところ、一番それを望んでいたのは、欲していたのは私なのかもしれない。
「ありがとうございます、とても、嬉しいです」
意識せず、私はアティス様に深々と頭を下げていた。
笑顔で満足げな様子で帰ったアティス様に続いてレフォアさんたちフォンロンギルドの三人が帰ったとき、神妙な面持ちだったとグレイが教えてくれた。
「これを見たら彼らならそうなるよ」
細部にわたり手の込んだ造り、見た目は勿論、触り心地や大きさなど細部に拘った処理は職人のこだわりを強く感じ取れる。
私が齎したものをそのまま活用するのではなく、そこから独自性を出そうと努力すること、進化させようと努力することがこの万華鏡から伝わってくる。
「利益の追求よりも前に、ウィルハード公爵家の職人は物を作る工程やそれを工夫してより良いものにする努力を優先したんだよね」
「オークションで入手したライアス製のバッグフックが相当堪えたらしいからな」
「あれはねぇ、規格外な出来だから」
わたしとグレイは肩を寄せ合い面白おかしく笑いながら万華鏡を眺める。
「綺麗だな」
「うん、綺麗だね」
「あぁぁぁぁ、先を越されましたか……」
両手で顔を覆って悔しそうにそう声を大にして言ったのはヒタンリ国第三王子。
クノーマス領の視察に訪れたこの高貴な方はそれに合せてどうしても私に見せたいものが、プレゼントしたいものがあるとわざわざ訪ねて来てくれた。
ソレを出された瞬間の私。
「あは、あははははははっ!」
大笑い。涙が出るほどの笑い泣き。
笑いが止まらなくてグレイや第三王子、王子の側近の方や護衛の方をしばし固まらせることになったのは、気にしなーい。
「凄いですね!」
「でも、バミスの公爵に先に越されたのが何とも……」
「これは別物ですよ、しかも、まさか私の知る形そっくりだなんて」
「え?」
「これ、くじ引きとビンゴからヒント得たって言いましたよね?」
「ええ、職人がくじの手軽さと、ビンゴの回す楽しさを上手く組み合わせられないかと思って試行錯誤したものです」
「ありましたよ、これ」
「え?」
「私の世界にありました」
第三王子が持ち込んだもの。
ハンドルを回すとガランガランと中に入る玉が音を立てながら混ざり合い、一回転させると一つだけ、中の玉が出てくるあれ。商店街の福引なんかでよく使われるあの道具。
本来独自にそれぞれが確立して使われてきたものが、この世界では掛け合わさってハイブリッド的な形でこれになるとは誰が想像するか。
正式名称、新井式廻轉抽籤器。新井さんという方が考えた物らしく、よくガラガラやガラポンと呼ばれるアレ。正式名称なんてあるんだ?! とびっくりしたことがあって覚えてたのよ、覚えてた私偉いでしょ。
それが目の前にある。
「呼び名としては、ガラポンがいいですかね? わかりやすくて覚えやすい。これはこのまま特別販売占有権に登録するといいですよ」
「そうですか!!」
第三王子は満面の笑みで頷く。
「これ、下さるんですか?」
「はい、是非。職人がジュリ殿がどんな反応するかとても楽しみにしていましたから、見て大笑いしたことをそのまま伝えようと思います」
「大笑いした意味がちゃんと伝わりますかね?」
「大丈夫ですよ、きっと。ヒタンリを訪れる際は是非どこかの商店でガラポンを回して下さい」
「はい、そうさせて頂きます」
出てくる玉の色はなんだろうと皆で一喜一憂しながらハンドルを回した。玉の色は工夫して金や銀があるといいとか、回しやすいようにハンドルはもう少し大きくても良いとか、そんな話で盛り上がった。
「素敵な贈り物をありがとうございます」
別れ際、そう心を込めて伝えたら第三王子が目を見開いてそしてとても嬉しそうに、微笑を返してくれた。
「面白い」
「いつまで回すつもり?」
「最後の一つが出るまで」
「先長い! しかも一等と二等すでに出てるのに回す意味が分からない」
「いや、まだ三等が……あ」
「最後の三等の一玉出たね。あとはハズレの白だけだよ」
「いや、最後までやると言ったからには」
「何なのその頑なさは」
回す感じはビンゴとそんなに変わらないでしょといっても聞かないグレイがずうっとガラポンを回す姿を私は取り敢えず呆れつつも笑い飛ばしておいた。
美しい装飾と手の込んだ細部の処理まで職人のこだわりを感じる万華鏡。
いいとこ取りをしてみたら偶然生まれたこの世界では新しい、私には懐かしいガラポン。
「ささやかなものですが」
アティス様も第三王子もそう言って貰ってくれると嬉しいと私にくれた。
私が齎した【技術と知識】には遠く及ばないけれど、と謙遜する姿がどちらもとても印象的だった。
謙遜なんて、必要ない。
もっとドンと来い!
私は待ってる。
もっと私を喜ばせる物。
楽しませてくれるもの。
そんな物を、いつでも待ってる!
ジュリ良かったね、この世界に来てからの望みが少し叶った瞬間だね、これからの楽しみが増えたね、という話でした。
そしてここまで読んで下さいましてありがとうございます。
感想、評価、イイネに、誤字報告、いつもありがとうございます。
好みのジャンルだ、続きが気になるという方、作者の今後の励みになりますので☆をポチッとしたりイイネを下さると嬉しいです。




