33 * 内緒の話
先日『どうせなら〜』が四周年を迎えていました。気づいたら過ぎてました、びっくりですwww
時にダラダラ、時にモヤモヤ、進行遅いな!! 話逸れたな!! と自覚ありつつの更新は今後も続きます。
読者様には寛大なお心で、そしてゆる~い気持ちでこれからも読んでいただけたら幸いです。
ロディムから折居って話がしたいので時間を取って欲しいと言われた。
そのことをグレイに話せば静かに穏やかに笑う。
「牽制以降、ギクシャクしてるせいか」
「私はロディムのことは別と考えているのに。あの子は少し距離感が掴めなくなっちゃってるような気はしてる。あんなんで公爵なれる?」
私が疑問と呆れを零せば肩を竦めるグレイ。
「それだけロディムにとってお前が重い存在になっているんだな」
「ええ?」
「恋愛感情とは全く違う、強い情が湧いているんだ。そこには私も含まれているらしい、最近は私もロディムが距離感を掴めず悩んでいるのは感じている。指導しているときは以前と変わらないがいざ世間話となるとな。……自分からどんな話を振ったらいいのか分からない時があるように見える」
王都の学園卒業後、クノーマス家の末っ子シャーメインことシイちゃんは家に戻らずそのままアストハルア家に後の公爵夫人としての教育を受けるため入った。そのためロディムとシイちゃんは遠距離恋愛中。転移でサクッと行き来出来るシイちゃんだけど、それはしないようにと両家から止められている。今はお互い将来のために学ぶとき、婚約したのだからどんと構えて自己研鑽に集中しなさいということで二人は決められた日以外ではイベントがあっても会えない。会えばお互いパワーを貰って頑張れそうだけど、まあ、私が口出しすることでも無いので見守るに留めている。
なので、シイちゃんからパワーを貰えないロディムをこのギクシャクした関係を打破しつつ私なりのパワーを与えてやりたいな、と考えていた矢先ロディムから話がしたいと打診された訳よ。
「アストハルア家との関係は、今以上深くすることはないからね。というか、十分親密だと思ってるし。ロディムとしては……私達ともっと親密になっていきたいのかな?」
「ははっ、これ以上? そうなると親と子、兄弟といった家族と変わりない」
グレイは小気味よい軽い笑い声をあげる。
「グレイは笑うけど、割とロディムの中ではその願望は強いと思うよ。あの子はこちらにこれ以上傾倒すると、アストハルアを出る可能性があると私は思ってる」
「……は?」
私の発言が一瞬理解できずグレイはぽかんとした。
「まさか……ジュリまさかそれはない」
一蹴する嘲る笑い。グレイの中ではそんなことは有り得ないという固定観念のようなものがあるから出たその笑いだと思う。
「グレイ、ロディムは薄々気付いてる、自分に私の【技術と知識】による恩恵が出ていること」
「それ、は」
「そして……あの子はね、しっかり公爵様の気質を受け継いでる。公爵様は魔法付与の研究を生涯の趣味だと公言してるって話があるよね? ロディムは作るのが好きだよ、探究心、好奇心、父親譲りのその気質がものつくりに向けられてる」
グレイがグッと息を堪えた後、ゆっくりと吐き出して、額に指を充てがい肘をテーブルに付けてそのまま項垂れる。
「ロディムは生涯、ものつくりから離れられない。私という存在に接触した時点で……決定事項としてそれは定まった気がしてる」
「……無理だろう」
絞り出すような声。
グレイも少なからずの『情』がロディムに湧いている。そして、私の恩恵を受けていることに気付いていて、その濃さは周囲にものつくりで影響を与えていくことになるだろうことも。
ここに来たときからそうだった。
何をやらせても学習能力の高さと吸収力でアッという間に熟していく中で、目を輝かせる瞬間はいつでも私やキリアの物を作り出すその手元を見ている時。純真無垢な幼子のように、決してそれを表情に出さないけれど目は誤魔化せなくてキリアもそんなロディムが可愛く思えて依怙贔屓して作り方を教えてしまう程にはその目は誰よりも作りたいという欲求で満ちている。
神が強く濃く、私を通して恩恵を授けるほどに。それは間違いなくキリアに匹敵する。
「……次期侯爵の兄上ですら、物作りの時間がそうそう取れず趣味程度で終わっている。アストハルア公爵の魔法付与研究は、あれは国や世間のためにもなることで、事業として成り立っているからできることだ。恩恵を受けていても、ロディムがこのククマットを出たら物作りに携わるのは難しい」
「じゃあ、もし私が 《ハンドメイド・ジュリ》の二号店をアストハルア領に出したいと言ったら?」
「え?」
「私の恩恵を、キリア同等の恩恵を授かっているかもしれないロディムに、将来今の 《ハンドメイド・ジュリ》と同じ規模、同じ品質、同じ品数の店を任せたいと言ったら、話は変わるよね?」
「ジュリ、お前……」
「最近ずっと考えてた、結局のところ私は搾取される側からなかなか抜け出せない状況を打破するために強引な牽制してみたり条件突きつけたりしてきたけれど、ソレが起こるのは 《ハンドメイド・ジュリ》がまだ一店舗しかないっていう大きな問題も抱えてるから。内職から近隣の職人さんありきで存在する 《ハンドメイド・ジュリ》をこの先ククマット、クノーマス領で展開するのは難しいのはグレイも把握してるよね? ククマットとクノーマスのものつくりは密接に関係していて、規模も未だに拡大中、作り手を増やそうにも拡大に合わせて何とか確保してる状況で、二店舗目は難しいってことを」
「わかっている、その話は何度もしてきている」
「でも、このククマットから切り離せるものがあったら? ロディムのようないつかこの地を必ず離れると分かっている人物で、強い恩恵を持っていて、そして私達に対して特別な情を持ってしまったなら、どう? ……ロディムは必ずここから切り離すことになる。その時あの子に託すことは可能なんじゃない? もし、託すことが出来るなら、アストハルアに背を向けて裏切ることもなく、ロディムは生きていける」
「……」
「違う?」
「ジュリ、確認したい」
「なに?」
「お前がそこまでロディムに情をかける理由は何だ?」
顔を上げたグレイ。
額から離れた指の間から覗く青緑色の目は、鋭い。
それは嫉妬に近いもの。
私が他の男にここまで情をかけることが許せないという、強い強い、感情。
それを宥められるかは未知数。
でもいい機会だ。
話してしまおう。
「分からない」
「なに?」
「自分でも、よくわからない。ただ一つ言えるのはそれは愛とか恋といったものではないってこと」
「……」
「自分でも不思議な感覚なの。ロディムを『育てなきゃ』って強い衝動に駆られる瞬間が時々あるから」
「育て、なきゃ……だと?」
虚をつかれた顔をして、グレイは完全に手を下ろす。
「ものつくり然り、【変革】が起きたこと然り、とにかくロディムに教えなきゃ、伝えなきゃって、駆り立てられるのって、【彼方からの使い】として何らかの使命故のものなのかもしれないって感じる時があるの。それはあの子のためなのか、それとも私のためなのか、アストハルア領のためなのか、それとも『未来のため』なのか、わからない。わからないけど、確かに私の中にあるのよ、ロディムに対する妙な感情。焦燥感にも似てて、自分ではどうにも出来ないものなのよ」
グレイはそこまで聞いて困惑し、それを隠せないのか瞳を僅かに揺らす。
「アストハルア家に利用されたくない、飲み込まれたくない、だからこれからも適度な距離を保ちつつ牽制する。あそこは公爵様個人がバミス法国と枢機卿会と太いパイプで繋がってるからあの人が公爵である限り取り込まれてしまったら一度に二つの権力を相手に抵抗して抜け出せなきゃならない。でも、ロディムなら? あの子が公爵になったら……時代は少し変わってる、動いてる。そう思わずにはいられないのよ」
ロディムと会って謝罪された。
「私がこうして頭を下げられるのは今のうちです、ですから、どうか、この、謝罪受け入れて下さい」
それは次期公爵としての決意の表れに見えた。
私達の前で見せる年相応の豊かな表情は鳴りを潜めていた。
アストハルア家として父親が私から貰えるものは貰いそれを領の発展に、自身の権力の礎にと考え行動している部分があると知っていて止めなかったことを謝罪してきた。
一方でそれを止める権利がないこと、いずれ自分もそうする時が来るかもしれない、だからその時は迷わず今のように牽制してもらって構わない、それを恨むことは決して無く、対立することもないとロディムは真っ直ぐ私の目を見て言ってくれた。
「私は、一日でも長くジュリさんの近くで学びたい。あなたに、少しでも追いつきたい」
「私に?」
「だってそうでしょう、ジュリさんはいつも前を歩いているんです、追いつきたくても追いつけない、近づいたと思うと引き離される。……どうしたらあなたのようになれるのかと、いつもいつも、考えます。追いつけない自分の不甲斐なさに腹を立てることさえあります。それを解消するためには望むだけここにいて学ぶしかないんです」
「そう……」
「でも、私の立場はそれを許しません。私がここにいられる時間は限られています。だからあなたの近くで学びたいんです、置いてけぼりを喰らわぬよう一つでも多く知識を、技術を、身につけて悔いを残さずここを去れるようにしたいんです。だから、気まずいままは嫌でした。謝罪をしない、出来ない父の代わりに、せめて私が謝ることで、少しでもわだかまりを消したいんです。自己満足でしかないことはわかっています、それでも。……これからも、ここで学ばせて下さい」
「時間の許す限りね」
「はい」
「追いつきたくても追いつけない、ねぇ」
わだかまりを解消し晴れやかな顔をして帰路についたロディムの姿が見えなくなるとスッと現れたグレイが含みのある言い方をした。
「盗み聞きよくないわよ」
「自分の家だ、文句を言われる筋合いはないな」
「まったく……」
はあ、とため息をつけばグレイがわざとらしく肩を組んできた。
「際どい台詞にも聞こえるが、あれに愛や恋がないっていうのは分かった、ジュリと同じだな」
「当たり前でしょ、甘い感情はぜーんぶシイちゃんに向けられてるし私が向けることもないからからご心配なく」
「それは否定しない」
「それって、じゃあ何よ」
「私に似ている」
「は?」
「執着」
「……」
「少なくともジュリに対して何らかの執着があるよ、あれは」
「……気づいてるじゃないの」
「勿論気づいていた。ただ……その執着でアストハルアを自ら捨てる選択をする可能性は考慮していなかった。ジュリはロディムがその選択をする気がしてならないんだな?」
「あくまで私の感覚でしかないけど」
「ならば、それは『確かなこと』なんだろう」
「ロディムは公爵になるべきだよ」
はっきりと告げれば僅かにグレイは目を見開いた。
「なるべき、というより、なってもらわなきゃ困る。公爵様が今得ているもの、これからも得るものをそのままそっくり引き継いで、さらにロディム本人がそこに新たに次世代に引き継がせるものを得て欲しい。私が残すものは、ククマット、クノーマスだけじゃなく他でも根付いて残ってもらわないと、なにがきっかけで消えてしまうか分からない。ロディムに託すということは、保険の意味もあるから」
「そのために、二号店か」
「……過酷な道だよね、多分、私よりきっと困難にぶち当たる。公爵でありながらものつくりを自ら先導して教えて育てて広めるなんて、常識から考えても無理だと思う。でももし、ロディムがその道を選ぶなら、与えようと思う」
「何を?」
「【技術と知識】のすべてを。自分の生涯を費やしてでも、 《ハンドメイド・ジュリ》を別の地で発展させ維持していくための後継者の一人としてね」
「……そうか」
「十歳くらいしか離れてないけど、ロディムを養子にしてもいいかなって考えたことがあるのよ」
「!!」
「それだけ、可能性を秘めてるって私の直感が訴える。でもアストハルアを継ぐロディムを私の後継者にすることは不可能でしょ、そこはすっぱり諦めてるよ。その代わり、期待してる」
グレイは一言『そうか』と返してきた。
「ジュリの残すものを……このククマットだけではなく、ロディムにも、託すのか」
「恩恵を授かったから。すごく、そこに意味があると思ってる」
「そうだな」
まだ二人だけの秘密。
キリアにもローツさんにも【彼方からの使い】仲間にも言わない。
いつか、とても近い将来、私はロディムに選択を迫ることになる。
私の残すものを、私の望む形で引き継げるかどうか。
その責を、負うのか。
ロディムくん、がんばれ!!




