33 * 問題解消のために
新章です。
布を使う縫わないクラフトにこんなのもありますよ、趣味でやってる人も結構いるみたいですよ、というお話。
「きめこみって知ってる?」
「……喧嘩上等な雰囲気感じる言葉」
「それカチコミ……? そしてハルトに聞いた私が馬鹿だった」
なんだその会話、という物凄く呆れた顔したグレイ。
「俺の発言でカチコミが出てくるお前もどうかと思うぞ」
「あんたにだけは言われたくないわ」
「俺にハンドメイドの用語っぽいのを聞くほうが悪い」
「ホントにね、大失敗、汚点」
「そこまでかよ? 流石に悲しくなる」
「まだ続くのか?」
グレイがジト目で見てきた。ごめん。
さて。
「これが『きめこみ』」
ハルトの前に出すと彼は『ん?』と声を出して驚いた顔をして。
「あれ、俺これ知ってる。婆さん家の壁に飾ってあったな」
「お、現物は見たことあるのね? これが『きめこみ』技法で作られた絵」
「へー! 名前を知らないだけで俺これ知ってたんだ、なんか不思議だ」
きめこみは日本の伝統工芸の一つで、きめこみ人形としてその技法が確立されたもの。人形は主に雛人形の事を指していて、お雛様の木型に合せて布を木目に目打ちなどで押し込んで形成していく。だから『木目込』と呼ばれるもの。
柔らかな板もしくは近い素材に刃物で切り込みを入れ、その切り込みに合せてカットした布の端を目打ちで押し込んで絵や柄に仕上げていくものを近年では木目込アートなんて呼ぶようになっていた。
私が知る『きめこみ』はちりめん素材や和柄の布を活用して色彩豊かな和風の絵にしたものと、艶やかな鞠の、球体の飾り物。ハルトが見たというお祖母さんの家のも和柄だったらしいけれど、アートというくらいには、色んなデザインのものが出回るようになっていたと思う。
「次の新商品か?」
「ううん、これは商品化はしない予定」
「あ、そうなのか」
「グレイとも話し合ったんだけど、これ領民講座の新講座としてやろうかな、って」
そもそもの話。
私がこれを今出してきたのは最近とある相談を受けたことと、パッチワークで活用される布の切れ端だけどパッチワークでもさらに切れ端が出てしまうのと、使われにくい不人気な布の処理についての相談を受けた事が発端と言える。
「不人気な布なぁ。そりゃ仕方ないな」
「定番商品とパッチワークでは余り方も不人気の傾向も違ったりして大変なのにそれでも無駄が出ないよう皆が頑張ってくれてるんだけど、それでも切れ端や不人気で減らない布はどうしても出るのよ。その無駄を更に無くしたいって元々何度か相談されてて頭を悩ませてた所に」
思い出してつい私は苦笑して、グレイは失笑した。
なんでグレイが失笑したかって?
遡ること数週間前。
「私もやってみたいです」
とある従業員が、『講師』をやってみたいと言い出した。
領民講座で従業員が講師をしているのはフィン編み、ククマット編み、簡単アクセサリー作り、パッチワーク、刺繍、基礎裁縫など多岐にわたる。
しかし、多岐にわたると言っても講座で講師を務められる人は限られる。
うちではちゃんとした知識と技術を身に着けて帰って欲しいので、恩恵持ちもしくはその人たちの直属部下とも言える安定した技術を身に着け第一線で商品作りを任されている人たちから選出している。
一人がやりたいと言い出せば、我も我もとチャンスとばかりに挙手するわけで、うちのパワー漲る女達に囲まれたローツ学長が耐えきれず私に泣きついて来た。
「どうにかしてくれ名誉学長!!」
と。
こういうときだけ名誉学長、利用される……。
で、布は専門外の私なりに問題を一気に解消出来るようなこと何かあったかなぁ、と頭をフル回転させていた時に不意に目の前で起きた事。
キリアが珍しく手元が狂ってプツッとナイフを指先に刺して。
「いっ、いった……久々、やらかした!」
と、痛がりつつショックを受けるキリアの手元を見て思い出したのが木目込。
「プツッと刺したのがきっかけで思い出しちゃった……なんかごめん」
「何気に、酷い……でも新しいことを思い出したなら幸運とも言える、私の怪我もこれで報われる」
「とりあえず、止血しようか」
そんな状況で思い出した木目込だけど、無理に人形という立体にする必要はない。
「柔らかい木材に下絵を好きに入れて、ナイフで切り込みを入れて、布をカットしてそこにはめ込んで絵にしていく。最終的には硬めの板にそれを貼り付けて補強して額縁みたいな装飾に仕上げる所までを領民講座でやってみたらどうかなって思ったのよ。これなら布はこちらから提供する物から使ってもらうことになって更に廃棄は減らせるし、布を使う講座は人気だから数名の講師を確保してもいいはずなんだよね。受講は……全ての工程を一人で仕上げるなら十二回コースがいいかも。既にデザインが決まった下絵が入っていてその絵も簡単ならその半分、六回コースでもいいのかな。うん、初級、中級、上級コースとして講座は多く用意できそう」
そんな計画をしながら作った木目込アート。
私が作ったのは実に単純。四角と三角が整然と規則性を持って並ぶ幾何学模様のようなもの。
ぱっと見、パッチワークにも見えるそれ。
不思議なもので作り方は全く違うのに意識してこうして作ると極めて類似性がありそれにしか見えなくなる錯覚に陥るから面白い。
「……というか、私みたいに裁縫が苦手な人でも布と触れ合える機会になるんだよね、これ」
「お前、相変わらず裁縫は恩恵発動してねぇの?」
「うん、全く。清々しいほどに」
「……一生変わらなさそう」
「私もそう思う」
「それでいいのかよ」
「諦めって大事でしょ」
「確かに」
私とハルトは真面目に会話してるんだけど、グレイは乾いた笑い。今日の旦那はちょっとご機嫌斜め。
さて、完璧に問題解決したか、と言われればそうでもない。
切れ端はともかく、不人気で余った布。
この手のものは木目込アートに持ち込んでも人気が出ない可能性がある。そこで考える。
「どうするんだ?」
「講座を受講する人に、練習用布として配布したらどうかな。練習用布込みの受講料にしてしまうのよ、元々不人気の布はそのまま廃棄になるものもあったから、原価かもしくは原価割れしても構わないよね、ただ棄てるくらいなら練習用として配布して、例えばそれを家に持ち帰って別の木目込アートに仕上げてもいいし、他の小物を作ってもいいんじゃない? それでも不要なら捨ててもらえばそれでいい。練習用ならパッチワークでも活用できるよね」
「なるほどな」
納得して頷くグレイは私が作った木目込アートをじっと見つめる。
「何? 何か気になる?」
「やはりこれも」
「うん?」
「恩恵持ちが誕生するだろうか?」
「……どういう恩恵?」
「わからんが」
木目込アートは恩恵出にくそうだけどね。
どういう恩恵よ、想像つかない。
「分かんねぇことはここで悩んでも仕方ねぇな!」
ハルトがあっけらかんと笑いながらそう言ったらね。
グレイが殺気ダダ漏れにさせてハルトを睨んだ。
「うおっ?! なんだよ?!」
「なんだよはこちらの台詞だな。ハルト、お前が来た時にも言ったが今日は私とジュリが久しぶりに遠出のデートをする予定だった。なのにお前は暇だから遊びに来たと邪魔をした挙げ句、ジュリに最近なんか面白いことがないのかと質問をして、結局今仕事の話になっている。お前のせいですでに一時間以上、貴重な時間が潰されている。なのになんだ今の言葉は。お前から話題を振っておいて仕方ないだと? その一言で終わらせるだと?」
旦那がご立腹。デートの予定を狂わされてご機嫌斜めでした。
「あ、あははは……ごめん」
顔を引きつらせてハルトが謝る。
「本当に悪いと思うならその命で償え」
「代償でかすぎる! ちょっ、待て!宝剣抜くんじゃねぇ!!」
「切られるのが嫌ならリンファの試作のポーションの試飲だ」
「どっちも確実に死の淵彷徨うやつ!!」
結局、ご機嫌斜めな旦那がハルトを執拗に追いかけ回すことになり、この日はどこにも出かけなかった。
私は木目込アートを作ってのんびり過ごしたよ。
はい、出ました。恩恵。
木材に恐ろしい速さでナイフを走らせ切れ込み入れるし目打ちではみ出す事なく布を綺麗に押し込むソレも、『見てると具合悪くなる』とつい言ってしまう程速い。
その柔らかい木材は試作用に仕入れただけなのでそんなに在庫ないんです、ちょっとその手を止めてくださいませんか、と止めないといけないレベルで仕上げるのは。
キリアは除外。この人は何やらせてもその感性と才能と恩恵で作れちゃうの。フィンとおばちゃんトリオも布や糸に特化した恩恵が出るから当然のクオリティと速さなので除外。
「まさかのエイジェリン様」
「これ、面白いなぁ」
たまたま顔を出しに来たというエイジェリン様。木目込アートを見て興味を示しやってみたいと言うのでセットを渡したら。
たまたま?
いや、これ、なんというか……。
「恩恵が引き寄せたんだろうな」
当然のようにいるハルト。先日は土下座して謝って許されたと聞いているけど今日は大丈夫なのか?
またグレイに追いかけ回されそうな彼はニコニコしながら木目込アートをし続けるエイジェリン様の手元を見てそんなことを呟いた。
「恩恵持ちになる奴を、【技術と知識】が引き寄せてる」
「そうだよね? そんな気がしてたのよ、以前から」
「……ジュリがククマットに召喚されたのもその辺影響あんのかな?」
「え?」
ハルトが私も薄々感じていたことを口にした。
「ククマット自体が、物作り、つまり【技術と知識】の恩恵を受けやすい血筋が生まれやすいとか、向いてる性格の奴がこの大陸の中で一番多いのかもな」
そう、ずっと気になってた。
いくら何でも身近な人が、特定の地域の人がこんなにも簡単に恩恵を受けるのって、何の条件も無く起こることなのかな、って。
ククマット、クノーマス領にやっぱり意味があったんだ。
ここで私が物を作ることに、意味がある。
うん。
そういうことなら、うれしい。
ククマット、好きだもん。
面倒なことも増えてきて悩んでいる時間も増えたけど、それでもやっぱり私はここが好きだ。
「ところで、私は恩恵は授からないのか?」
「ああ、ほら、グレイはものつくりに関しては徹底して並のレベルから脱しないから。セラスーン様も諦めてるよきっと。それに他に色々貰ってるから今更いらないでしょ」
「……」
ヒタンリ国訪問前にキリアが恐ろしい勢いで作った布製品であるカルトナージュ。
あれも領民講座でやってみることにした。
カルトナージュのいいところはやはり縫製が必要なく、接着剤で貼り付けていくのが基本のため針を扱うのが苦手な人でも気軽に布と親しめるところ。
こちらも木目込アート同様どうしても余ってしまう布を練習用は勿論講師が使う見本などで消費できるので、ロスを減らす目的にも役立つ。
こうして布を扱う講座を増やし講師を選ぶことになって、数名が念願の講師となることになった。
彼女たちは基本おばちゃんトリオなど既に経験済みの人たちからそのノウハウを学びつつ徐々に回数を増やしていければなぁ、と考えている。
ただ、木目込アートもカルトナージュも、どちらかと言うと『商品』にはなりにくく、あくまで『趣味』として定着する気がしているので、この二つで生計を立てることはかなり難しいことは講師達にちゃんと説明をしないといけない。中には講師をしたあとにそれらを個人で制作して販売を目指す人も出てくる気がしているから。
私が商売を始めた頃のように露店のような気軽に出店する程度なら問題ないとは思うけれど、特殊な道具、技術のいらないものはアッという間に世間一般に浸透して、自分で好みの物をつくる人が出てくるし、それこそ才能が開花してとてつもなく素敵な物を作る人も出てくる。
そういう人たちと切磋琢磨してもっと良いものを作るという気概がなければ、店を持つのはおすすめしない。きっと埋れてしまうから。
ものつくりを教える責任として、そういった浮き沈みもあることを教えないとね。
「商売って難しいんですよ」
「いきなりだな」
エイジェリン様が私のぼやきを聞いて目打ちをサクサクと迷いなく動かしながら笑った。
「どんなに得意だとしても、良いもの作れるとしても、必ずそれが商売として成功するかなんて保証はどこにもないじゃないですか? そう考えると私って相当な勝負師だって、今更気づきました」
「はははっ! 負けなしの勝負師だな、世の中の勝負師が羨む勝率だ、誇るといい。間違いなく成功者だから」
「だといいんですけど」
戯けて笑って返しておく。
「兄上……」
「なんだ?」
「いつまで居座るつもりですか、そもそも何をしにきたんですか」
「……ルリアナに、怒られて……家に居辛い」
「え?」
「ウェルガルトが高い高いをしてやると凄く喜ぶからやってあげたのに、『高すぎます!!室内でできる範囲で!!』って怒られて」
「どこまで高くしてるんですか」
「屋敷の屋根超え」
「「高すぎる!!!!」」
グレイと二人、ハモった。
「喜ぶんだよ、凄い笑ってくれるんだよ、そんなに怒られることか?!」
エイジェリン様とウェルガルト君の感覚が一般常識からかけ離れてることが分かった。
ちなみに。
クノーマス侯爵家にはこの後定期的に廃棄予定の布が届けられることになる。
エイジェリン様がルリアナ様に木目込アートを教え、夫婦揃っての趣味となり、二人で天気の悪い日などにのんびり語り合いながら楽しむ。
私が作るものをゴミだろうが失敗作だろうが未だに集めて保管している『収集部屋』と、最近減ったら減った分だけ届くせいでなかなか空かない『塩部屋』に引き続き、クノーマス侯爵家には『木目込部屋』と喚ばれる部屋が出来ることになるんだけれど、それはもう少し先の話。
「侯爵家の部屋がどんどん何かに侵食されてるような……なんだろう、なんか、責任感じるのは気のせい……?」
キリアがそんなことを言うのは、数年後。
そして恩恵といえばあの子。最近大人しい。




