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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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32 * 祭の後の反省会

 




 イベント後は必ず都度反省会をしている。

 勿論今回も例に漏れず反省会。

「反省することなんて、なかったねぇ」

 のんびりゆったり、紅茶をすすりながらにっこり微笑んでそう言ったのは 《ハンドメイド・ジュリ》関連で最高齢、パッチワークで恩恵を貰ったメーナおばあ。展示場に彼女の一点物として飾られたパッチワークでここまで出来るのかと驚愕させられた絵画みたいな冬景色の特大マルチカバーは、どうしても欲しいと懇願してきたバミス法国のラパト将爵夫人リアンヌ様に売ることになった。因みにしばらく売るつもりがなかったものを買えたお礼ということでバミス産の果物や高級お菓子のほかまた岩塩を山のように貰い、クノーマス侯爵家の客室にグレイが運び込んでいた。

 バスソルトとバスボール、それに合せて開発されたドライフラワーのフラワーボールとフラワータブレットの生産も少しずつ進んでいるし、それを使わずとも種類豊富で上質なドライフラワーやフルーツが用意できるククマット領なので現在は本格的な安定的生産と販売に向けて体制が整いつつあり、塩もいい感じに消費できている。……できている傍から増えていては実質減っていないのでは、というエイジェリン様のボヤキはルリアナ様がさり気なく論点をズラして無かったことにしてくれているらしいので気にしないことにしたの、うん、グレイも『全く気にする必要ない』って言ってくれたし。


「メーナおばあ自身はなくても周りはあったでしょ」

「ああ、そうだっけ? ……歳取ると駄目だね、すぐ忘れる」

 とか言いつつ、彼女は普段柔和な優しい目を細めてその下から覗く眼球に宿らせた鋭い視線をとある方向に向けた。

「そこ、お前たちだよ、バカトリオ」

 ……バカトリオ。『彼女』たちにそんなことを言ってもキレられないのはこのメーナおばあだけだと思う。

 おばちゃんトリオはバツが悪そうに目を逸らし、特に一番長く睨まれた姪のメルサは冷や汗ダラダラでガクブルしている。


 さて、メーナおばあが睨むほどおばちゃんトリオが反省しなければならないこととは。

「悪気があってやったわけじゃないし」

 キリアがなんてことない感じで言ったらメーナおばあの鋭い目がギュン!! と彼女に向けられて堪らずヒッと声を上げたキリアは私に抱きついてきた。

「悪気があろうがなかろうが、勝手にやったんだ、 《レースのフィン》の商長はジュリが、責任者は主催という立場でフィンがやってる。その二人の許可を取らず勝手に店を開けて客を入れるなんて、何様だ」

 そう。

 彼女たちがやったこと。

 それは、ハロウィーンに合せて今期の開店をしようとしていた 《レースのフィン》に、馴染みの貴族から先に買うことは出来ないかと頼まれて前倒しで店を開けて入れたこと。

 開店目前のことで、商品の陳列も既に終わって準備万端の状態だった。 《タファン》とは違うデザインのカットワーク刺繍の日傘や小物、新作のレースにヒタンリ国から仕入れが始まった新しい魔物素材の糸を使った物など、今期も目新しい物を多く揃えている。そこには作為的に広大な田畑を荒らされ収穫物が激減する事になり色々と大変なことになってしまったマーベイン辺境伯爵がそれでも何とかすると穀潰し様の確保と出荷に尽力してくださったお陰で品薄品切れを回避できそうな目処が立ったマーベインとハシェッド領ファーボンボンの各種新作見本も並んでいた。

 それをおばちゃんトリオが、顔馴染であることとフィンの一点物や販売規制をかけている数量限定品ではないこと、そしてなにより開店日を目前に控えていたためちょっとくらいなら良いのではと思った、という事が重なり 《レースのフィン》を開けてしまったのよ。


 彼女たちに悪気が全くなかったことは既に分かっている。

 何故なら。

「いやぁ、たんまり買ってくれたよ!!」

 と、そりゃあもうこっちがポカーンとするくらいあっけらかんと報告されたので。

 流石に今後は勝手にやっちゃ駄目だと怒って、グレイも必ず許可を取るようにと諌めてその時はそれで済んだんだけど……。

 彼女たちに声を掛けた貴族が、そのことを翌日顔を合せた私達に一言も言って来なかったってこと。誰一人、素知らぬ顔してそのことに触れてこなかった。

 つまり、彼らは最初から私に内緒で店を開けてもらえたらラッキーと思ってたってこと。

 因みに、ほぼいつもの催促の手紙を寄越す面子。ほんっと、びっくりするくらいいつものメンバー。

 こりゃ駄目だと思ったのよ。

 商長の私に無断でお店を開いたおばちゃんトリオも悪いけど、頼んだ人たちの言動も私の心にモヤモヤを残したわけ。


 そこで 《レースのフィン》の正式な開店後の忙しい日にも関わらずお店はフィンやキャリアが長くなった従業員たちに任せて予定を前倒しして反省会を行う事となった。

「あの人たちは一度制御出来なくなるともう私達の手には負えなくなるから今後二度としないように。デリアたちの彼らとの私的な交渉や手伝いを黙認はしているけど、それとは訳が違う。もし、またするようであれば解雇だからね。脅してるわけじゃなく、お店の規則として頭に入れておくこと。……馴染みのお客さんを優遇したくなる気持ちは分かる、彼らありきの店ともいえるから。でも、それを簡単にやっちゃうと、わざわざ時間をかけてここまで来てくれる人達が、本当に頑張って危険を冒してまで来たのに心から欲しいものが既に開店前に富裕層が買ってしまってたら、悔しいだろうし、納得もしない。扉を開くなら、それを閉じる瞬間までは、全てのお客さんを平等に扱う。正当な理由や条件なく私情で店を動かすことはその平等っていう理念を根底から覆しかねない。……三人だけじゃなく皆も今一度その事を心に留めておいてね。勿論、例外はあるし私も人を制限したり優遇したりするけれど、皆がやっちゃうとさ、何かトラブルがあった後ではもう遅い、私やグレイがどうしてやることも出来ないことに発展するかもしれないって事だけは忘れないでね」










 解散し、グレイとセティアさんと三人になってから。

「……あまり、深刻に捉えていないように見えます」

 セティアさんが私の顔を物凄く物言いたげに見てたのでどうしたの? と声を掛けたらそう返ってきた。そのやりとり見てグレイは笑う。

「想定していたことだからな」

「想定もなにも、普段から勝手にやってるしやらせてたからいずれやるって確定だったと言っても大袈裟じゃない」

「そうなんですか?」

 驚いて口元を覆ったセティアさん。

「泳がせていたとも言える」

 グレイはゆったりと椅子に凭れて口角を上げて目を閉じた。

「これでわかったのはこちらの意向に完全に寄り添ってくれているのはクノーマス家を除くとやはりツィーダム家とヒタンリ国だけ、という事だな。他は隙を見て優位に立つための情報なり物を手に入れたり、親しい仲だという仮面の下で虎視眈々と獲物を狙うような目でこちらを見ている」

「最近あからさまになってきたもんね」

「利用して申し訳ないとは思うが、トリオがこれでへこたれて物作りが出来なくなるような繊細さはないから出来たことでもあるな。今後もその辺りは利用していくつもりだ、炙り出しにこれほど使える者達も珍しいから大事にしていくさ」

 エゲツないことを笑顔でグレイが仰るけども。事実なのよ、本当にあの三人の精神力は称賛に値するから。怒られて反省会が終わったその瞬間に『規則を破らなければ何しても良いんだね?』と確認してきたのよ、勿論と答えたら足取り軽くあれ作ろうこれ作ろうとお喋りしながら出ていった。それ見てイラッとしたメーナおばあがどこから出したか分からない鉈を振り上げたのを見て三人が悲鳴を上げて逃走していったけどね。


「この前の話し合いで多少は大人しくなってくれるかなぁと思った私が馬鹿だった。というか、そう思ってるのを見透かされた気がしないわけでもないからなぁーんか、腹立つのよ」

「まあ、間違いではない。ジュリの優しい部分を理解しているからこそ出来ることだしな」

 グレイが軽やかな声でそんなことを言ってくる。

「どういう意味?」

「だってそうだろ? ……私が商長なら、既にあの三人は解雇している。『次』なんてない、私が決めた規則を破った時点で信用に値しないと切り捨てる。そのうえでもし反省している後悔していると泣いて縋ってくるなら、許しを請うなら使い潰すまで。しかしジュリはそれをしなかった、いや……しないだろうな。余程の損害か、犯罪で店を傾けるなり信用を潰すなりされない限りは何だかんだ言いつつ従業員を守る方向でギリギリまで動くだろう。デリアたちが何かやらかしてもすぐに解雇することはないし、自分たちがちょっと困らせても直ぐに関わりを断つこともしてこない、この前の『ジュリのブチ切れ事件』でなおそれを確信したからこそ起きたこと。普通あれほど怒りなり不満を示したら『次』や『猶予』なんて与えない。なのに、どんなに怒っていてもジュリなら許してくれるという証明をここ最近でしてしまっていることになる」

「……」

「つきあいが長くなれば長くなるほど、ジュリのそういう一面を知ることは可能だ。ジュリが私のようにいざとなれば誰であろうと切り捨てる覚悟が持てない限りは、どんなに親しくなろうとこちらの足元を目をギラギラさせて見続けるのが貴族や権力者というものだ」

 楽しそうに言うことでもないはずなんだけど、グレイは妙に楽しそうだ。

「だからこそ、私はいつでも絆されることなく剣を向ける覚悟が出来ている。それが良いことか悪いことかは分からないが時折見える外部への『疑問』『不満』は、守りたい物がある者にとってはとても重要で大切な感覚で。……まあ、何が言いたいのかと言うと、ジュリは今のままでいい。彼らがどう動こうとそれに対して自由に喜怒哀楽をぶつけて好きに物を作っていいんだ。そして時々見えてくる『疑問』『不満』がジュリを煩わせたり立ち止まらせるようなことになれば、その時は私が動けばいい。今回の件も、どうしても不満が消えないなら、誰か消そうか?」

「物騒なことを笑顔で言わないでくれる?」

「はははっでもそれを言わせるのが、ジュリだ」


 あれ。

 これって。

「もしかして私今説教されてる?」

 そしてグレイの満面の笑み。

「説教のつもりはないが、反省会だからな。多少はその意味も含まれていると思ってくれ」

「ぐうっ……そうだよね」

「私はジュリを自由に好きにさせる。それは今でもこれからも変わらないが、判断や決断が甘くてそのツケがジュリ本人に返って来るような時は諌めなければならない責任はある、副商長であり夫としてな。あれだけ喚き散らしておいて招待状は有効なまま歓迎するなんて『私は甘いです』と言ってる様なものだぞ?」

「だったら言ってくれればいいんじゃないの?!」

「大きな問題には発展せずこちらが優位に立っていることには変わりないなら私はジュリのやることに声を大にして反対なんてしないさ、今回はいい経験、授業だったと思えることだった。大した被害もなく済むならこれからもこういう経験は悪くないかもな、ジュリの甘さが悪化しないように」

 テーブルに突っ伏して地団駄を踏んだらセティアさんが頭をなででヨシヨシしてくれた。


「他にも問題点はありましたね」

 セティアさんがペラペラと紙をめくり目を通すのはハロウィーンイベントの運営に携わった人達とそれらを支えてくれたボランティアの人達のアンケートを纏めたもの。

 一頻り言いたいことを言って満足したグレイに反省会の続きをするぞと促してきたので不貞腐れながらも顔を上げてセティアさんと同じ資料に目を通す。

「……結構ポイ捨て多かったんだね」

「はい、美化ボランティアの方々が驚いていたのは仮装に使った小道具や装飾小物が多かったことと、屋台等では直ぐ側に食べ残しを捨てられるゴミ入れがあったり自警団とボランティアの見回りや警備があったのでポイ捨てはなかったそうですが、メインとなる中央市場の外側になると仮装して途中で壊れた物や邪魔になった物をその場に放置するのがかなり目立ったようですね」

「うーん、民家の前にポイ捨てもあったみたいだし、来年はもっと対策しないとだね」

 そう、人を集めることに成功した反面、その集めた人達による問題が目立つように。

 これは最近のククマット領のイベントに限らず人の流れの活発化による自然発生的な問題。

 他にも細々と去年同様問題は発生していて、再び私はテーブルに突っ伏す。

「さて商長、どうしますか?」

 グレイ、わざとらしいな。

「……市場組合と話し合いの場を設けてもらうよう調整御願いします。ゴミ問題はうちだけの問題じゃないので」

「仰せのままに商長」

 腹立つな、グレイ!!


 反省会、本当に反省会になった。

 いや、うん、それでいいんだけど。


 こうしてハロウィーンイベントは私が地団駄踏んだり不貞腐れたりして終わることになった。


 微妙。








ハロウィーン編? はここまでです。ちょっと色々詰め込みすぎたかもしれません、が。懲りずに今後も大きなイベントは詰め込むと思いますのでお付き合い下さいませ。


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[一言] 次は……クリスマスと正月かな?
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