32 * 結果を申し上げますと
「ようこそおこしくださいましたー!……あ?」
挨拶は大事にしてますよ、だから大きな声で小学生に負けない純粋な気持ちで室内に入ったら空気が重くて変な声が出た。
ハロウィーンイベント最終日。
ククマットは中央市場を中心にハロウィーン一色に染まって既に朝から観光客やその人たち目当ての商売人が忙しなくそして騒がしく楽しそうに過ごしている。
そんな外とは全くの別世界の様相を呈するこの室内の空気。
クノーマス伯爵家迎賓館で行われるロンデルの版権オークション。
錚々たる面子が揃っているのはいいけれど、だーれも喋らない。
せめて挨拶返せよ、と思ったことは後でキリアやシーラ、スレインあたりに愚痴ろう。
(見事なまでに空気張り詰めてますねぇ)
出品者側なのでね、そんな呑気なことを考えながらあたりを見渡してグレイと共にローツさんに促されるまま所定の椅子に着席する。
そしてグレイが手に持つ箱をそばに設置されたテーブルへ置くと、皆の視線がその箱に集中する。
この中に一切の書類と、見本のロンデルほか重要な物が入っている。既に書類には私とグレイ、そしてローツさんのサインが入っていて、落札者が名前を入れるだけになっている。
この場で落札してサインをした人がこれからロンデルの開発・製造・販売を独占することになるわけで、ロケットペンダント同様今後の精密部品開発への足がかりとなり、喉から手が出るほど欲しい版権だと判断した人たちが今ここにいる。
たかがロンデル、されどロンデル。
この世界のものつくりの未熟さから考えると、このロンデルを、そしてロケットペンダントを私のデザイン画と説明から作り上げたライアスの腕は私の恩恵を受けているとしてもそれ抜きで優れたもの。ライアスは宝飾品を作る職人ではない、高価な金属を扱う金細工職人でもない、にも関わらず極めて優れた技術を持っていることが知られ始めた今、ロンデルが公にされ売られることは『今までとは違うだろう』技術革新の鍵を手に入れる第一歩。
参加した人達のこの緊張感はその重要性を物語る。
「え?」
「だってお前がそうだろ」
以前、ライアスの言葉にあ然としてアホ面で固まった事がある。
「お前は魔力がない。魔力がない中で自分の感覚と力のみで物を作ってるんだ。お前のその細っこい腕で出来て俺に出来ない訳がない」
『お前を参考にして、魔法付与された道具やその手の道具で作られた物を使わず作ってみた』
そう言って出されたのが、今では事務所に無いと大騒ぎになるほどなくてはならないものになった穴開けパンチの改良版。
その言葉以降ライアスは道具の製作に魔力、魔法付与品を使わずに挑戦することが増えた。
なので私とキリア、そしてフィンの三人が使う道具は実は少しずつそういったまだ全貌が解明されていない魔法、魔力に頼らず作られた道具と入れ替わって数を増やし始めている。勿論、加工の難しいファンタジーな金属などは刃が立たない場合が殆どで一概には言えないけれど、現状ライアスが感じていることは『頼らなくても作れるものが多い』ということ。
そして、その重要性は密かに早い段階から始めていたロケットペンダント、先日作ってそして秘匿が決定したトンボ玉作りに欠かせない高火力バーナーの時に決定付けられた。
魔法付与は魔石や宝石などにされる。それを道具にはめ込んで強度や耐性を上げたりとコントロールしやすくする。なので魔法付与された道具のほぼ全てが『付与された石を嵌め込むためのスペース』が必要となる。
それが大きさにダイレクトに出ている。
どこかしらが付与された石を嵌め込むために大きくなってしまいバランスや使いやすさをそれに合わせるため道具が自然と大きくなってしまっているという事実。
ところが、その魔法や魔法付与を完全無視して物を作ると、作り手の技術がそのまま物に反映される。そんなん当たり前じゃん? というのは地球生まれの私の感覚らしい。
ライアスは私がネイルアートで爪に乗せる極小パーツを扱うのを見て不思議に思ったのがきっかけだという。
「針一本でスイスイと砂粒同然の小さな砂金をケイティの爪の上に乗せたりずらしたりしてるのをみて大したもんだと思ったんだ。お前の使ってた針は何て事ないその辺で売ってる普通の針だった。魔法付与品で手元を安定させる必要がないくらい器用なんだな、って気づいて疑問に思った。俺たちは当たり前に付与品を便利なものと思ってるが、便利なだけで、物を開発・製造するには必要ないんじゃないかってな。シュイジン・ガラス専用の炉は魔法付与の石で火力コントロールがしやすいようになってるが、それ以外は他のガラス開発の過程で誕生した耐火性と強度が高められた素材が採用されている、それは魔法付与とは関係ない土の配合や焼成を何度も試して生まれているだろ? 『魔法付与による負荷に耐えられる』ものが、魔法付与なしでも作れたことを考えると……物作りには魔法付与は無くてもいいんじゃねぇか?」
と。
それを聞いたときの私、ゾクッとしたからね。
だって、それって地球でやってることだもん。
地球には魔力や魔素といったファンタジーな力がない。先人達が知恵と努力で考えて考えて何度も失敗してそして生み出してきたものが積み重なって、『動力』や『エンジン』と言ったものを世に送り出した。
全てのものが手作りだった時代に、もっと便利に、もっと豊かにを貪欲に追い求めて物を作っているうちに効率を求めるようになって、生産力に目を向けるようになって、そして手動から自動への時代がやってきて。
その礎にあるのは、ものを作る人たちの苦労して生き抜いてきた開発努力。
そしてそこに賢人達の難しい理論や発見、発明によってそれらが世の中に公表され開発が飛躍的に向上したから今のあの世界がある。
石油、ガスなどエネルギー源があって然りの地球だけれど、それも先人の【技術と知識】があって世の中を便利にし、人々を依存させ、なくてはならないものへと押し上げた。
ほんっと、当たり前のことなんだけどね。
魔法や魔法付与は便利だけれど、物の開発や精密化の弊害になる。
そのことに、ライアスが気づいた。
そして自分が得意とする道具作りや調整、修理の仕方をそれらに頼らず工夫し始めた。どうしても付与石が必要な場合以外は頼らない、と。
そうして完成する道具たち。
世にあふれる道具よりも一回りも二回りも小さい。そして何度も何度も試作するゆえ道具に使われる金属そのものがその道具に適したものが選ばれていく。無駄が省かれ、強度が増し、そして精密化していく道具。
自然とそれから作られるものは小型化していく。
精密化していく。
(まず、ライアスの作る『私の知る普通の道具』作りから躓く)
ローツさんが今回のオークションに参加した人たちにロンデルの大まかな説明をすると同時にセティアさんと会計部門長のロビンが概要の書かれた紙を渡して回る。
その紙を順に目を通す人たちが、ふとあるところで必ずや目を止める。
今回先に送っておいたロンデルの版権オークションの詳細が書かれたものには記載していなかった追記の部分。
―――ライアスが実際に使っている道具の一部も譲渡する。―――
その一文に、皆が目を止め、連れや側近たちと目配せしたりヒソヒソと会話を交わしたり。
特にアストハルア公爵様とロディム。
二人がやけに険しい顔をした。
ロケットペンダントの試作が既に暗礁に乗り上げてるって話だしね。なんでかっていうと、やっぱり道具。曲げる、そのたった一つの工程に必要な道具の開発そのものが難しいと直ぐに気づいたそうで、ライアスの道具を早速一つ譲渡したんだけど、その道具作りに四苦八苦。
なんでだよ?! って思うけど、道具を作るための道具が精密化されてないっていう根本的な問題よ、しかもその真似出来ない道具をさらに量産に向く形に改良しなきゃいけないわけで。
……ちなみに、うん、ライアスは既に量産しやすい道具に進化させちゃってるけどね。
頑張れアストハルアの開発者たち! たまにはヒントを与えるからね! 魔力と魔法付与に頼よるなよってことは、しばらく教えないけども。
というゆるさで共同開発していくつもりなので、アストハルアは今大変らしい。
アストハルア家が何が何でも競り落としに来るかな? と呑気に考えてたら、室内はさらに緊迫してきた。あんまりピリピリするとうちの旦那がイラッとして暴走するから気をつけて。
「呆気ない」
ポカーンとしてそう呟いたら隣でセティアさんが無言で頷いた。
「いや、呆気ない、というか……」
ローツさんが頭をかいた。
「そもそもオークションではなかった」
グレイは呆れたようにため息をついて額をおさえた。
「はは、ははは。こんなことって、あるんですね」
ロビンが黄昏れながら笑った。
何が起きたか。
「それではこれより」
意を決してオークション開始を告げようとしたローツさんを止めた人がいた。
「オークション前にここに来た皆さんのご意見を伺いたいのですがその時間を貰えますか?」
手を上げて大きな声で皆に呼びかけるようにして話したのは。
フォンロンギルド職員のレフォアさんだった。
「……どうぞ」
ちょっとびっくりな顔をしつつ、私に許可を取るような視線を向けてきたローツさんに頷いて返すと彼はスッと手をレフォアさんに向けてそう声をかけて話すことを促した。
「ありがとうございます。では、私がギルドの今回の参加理由についてまずはっきり申し上げます。……ギルドとしては、ロンデルそのものというよりは、ロンデルという小さなパーツを作り上げる技術とその工程、それらを可能にする道具の入手もしくは道具製作技術が欲しくてオークション参加を決めました。……皆様はどうでしょうか?」
すると、迷わず手を上げたのがツィーダム侯爵様だった。
「同じく。私はロンデルそのものも今後我が領の宝飾品開発と販売に将来性を与えてくれるものだと思っていることだけは先に言っておく。それを抜きにして、あの特殊な形状パーツを均一に仕上げるに必要な道具はその先を見据える者としては絶対に入手したいと思っている」
「ありがとうございます。これは私の勝手な憶測ですが、皆様少なからず同じ思いで参加されているはずです。………そして、その道具、技術を手に入れた場合……それらを秘匿、保護する難しさも、排除できずにいるのでは、と」
サワサワとした妙な雰囲気が漂っていた室内がシンとする。
「……あくまで、個人の意見として聞いて下さい。私としては、追記にあるこのロンデルを作るに必要な道具が一部譲渡されるという点……何れ、問題になるかと思います」
レフォアさんの目が一瞬、バミス法国代表で参加しているアベルさんと枢機卿会数名に向けられた。
「そう時をかけず、落札者がそれを欲する権力から圧力をかけられる可能性があるでしょう。そこまでとはいかなくとも、煩わしい交渉に引き出される可能性は、視野に入れる必要があります」
アベルさんが目を細めた。レフォアさんはそれを見ていたかどうかわからない。
でも今の発言……。バミス、いや、枢機卿会ならやりかねないってことだよね。そしてこの場で、レフォアさんはギルドとして牽制したわけだ。
おっと、雲行き怪しい。
という展開になりかけて。
パン!!
物凄くいい音で手を叩く人物。
本日のラスボス、マイケル様です。
主催はクノーマス伯爵夫妻の私達ですが、ラスボスはマイケル様でござます。
「じゃあこうしよう、落札条件に」
にっこり微笑んだ彼が言った。
「譲渡される道具についてはジュリの判断で時期を見計らい今この場に参加している所に公開する、というのは?」
最終決定権私かい!! と叫びそうになったけれど。次の言葉で喉まで出かかっていたものが引っ込んだ。
「そもそも道具の譲渡自体が破格の待遇だ、そしてジュリの恩恵、【技術と知識】が影響したライアス作のもの。それを権力や利益でどこかが独占する、っていうのは理に反するというか、【彼方からの使い】を召喚した神が納得するのか疑問。ジュリが許しても、神が許すのかどうか、些か不安が残るんだ」
それは多分マイケルが私のことを守るため、必要以上に私が他者から搾取されないために言ってくれたこと。
セラスーン様が私のやることでそこまで干渉してくるかな? というのが私の本音で、だからこれはマイケルなりの優しさなのだと思った。最近私が牽制したり強気で対応して疲れているのを知ってるから。
「根本的な部分で価値観も視点も違う君たちがライアスのように道具を開発出来るとは思えない、となると必ずやジュリを頼ることになるんだ、ジュリが完全に手放して無視していいことだとしても。だから……独占の条件、そこに必ずジュリの判断による技術や道具の公開が入るべきだと思うけど、どう?」
……魔王だった。
完全に、魔王だったよ、マイケルはハロウィーンで魔王のコスプレするべきだったよと言いたくなる迫力だった。
そしてグレイ曰く『あれは確実に殺意だった』という空気を纏ってその場を支配した彼と誰も目を合わせられない参加者たちは。
「まどろっこしいことは止めよう、はい、落札に用意できる最高額を皆開示して」
強制的に出せるお金を言わされた。『ま、妥当だね』とマイケルは感情の籠もらない平坦な声で呟いて、書類をバミス法国、つまりアベルさんに向けて差し出した。
「その上限額、全額出して買いなね」
「……はい」
落札金額の所にマイケルがバミス法国の上限の最高額を記入した。そしてアベルさんからサインさせて、サッと奪って私とグレイにそれを差し出してきて。
「良かったね、かなりいい値がついたよ」
……オークションとは……。
魔王マイケルの暴挙により、ロンデルの独占権が私達の希望を遥かに上回る額で売れた。
ハロウィーンイベント最終日。
最後らしく? 濃い時間を過ごした。
マイケル、よほど嫌なことがあったのかな?
……後で労い兼ねて何かプレゼントしよう。
そしてそんな魔王の理不尽な殺意に晒された人達にも何か贈ろう、うん。
そして。
「なあ誰か俺のコスプレ褒めろよ!!」
ハルトが腕を組んで仁王立ちして叫んでた。
「毎年言う、これからも必ず言う。ハルト、意味が分かって褒められる人は私だけだから」
「これの良さがわからねぇってか?!」
「私以外分からねぇわ」
今年のハルトはルフィナにホワイトデーのお返しで貰った全身赤の目元のマスクが格好良い、中身も金髪イケメンのあの主人公よりもコアなファンが多そうな悪役に扮していた。
中身がハルトなので、台無しである。
ジュリの周りの人間模様やゴタゴタしてることが分かるお話というよりは、彼女のいる世界の魔法やそれを利用した魔法付与は実はそんなに万能じゃないってことが書きたくてライアスに頑張って貰った話になりました。
魔法や付与を自在に操れる人は少なく、皆が当たり前に使ってるけどその原理も仕組みもよく分かってないから実は全然使いこなしてない、そんな世界ですね。
そしてマイケルの暴挙、作者は彼のこういう所に困る反面助けられてます。なのでまたそのうち暴れます。何故でしょうね、魔王だから? 暴れさせてもストレス感じない……www




