32 * 闊歩しながら
ライアスが断固拒否してきた。
「俺は今これを作ってるんだ、弟子を貸し出すからそっちにやらせろ」
「……大作だね」
針金をペンチと専用の工具でクネクネ曲げながら、ゼムクリップとは最早言えないサイズの針金アートを作るライアスは私が作って欲しいものを描いた紙を一瞥しただけで手に取ろうとすらしない。
「どうすんの、こんなに」
「どうもしねぇだろ、お前と一緒だよ、作りたいから作る、以上」
「勝手に売らないでね、そのうち纏めてオークションにでも出すから」
「おう、そのつもりだ」
はあ、とため息を漏らしそして笑っておく。仕事を放り投げてまでする人ではないので好きにさせるよ。
ライアスにはハロウィーンイベントは重要ではないらしい。祈りの儀式に参列してから彼はこうして《ハンドメイド・ジュリ》の工房で物を作っていつも通りに過ごしている。
イベント時にククマットに来る貴賓たちの中にはライアスに会いたい、話を聞きたいという人も少なくないけれど、彼はそういうことを煩わしいと感じるため逃げる口実としてこうして工房に籠もっていたりする。こうしていれば邪魔をしてはならないと皆遠慮してくれるのでその良心を利用しているわけだ、案外腹黒い。
「しかし、この短時間でよく思いついたな」
「クリスマス仕様のデザインを見たからじゃない? それに透明なオーナメントは既に擬似レジンで作ってきてるし去年からはガラス製もちょっとずつ増やしてるし。ヒントはいくらでもあるよ」
ようやく手を止めたライアスが肩を解しながら勢いで描いたデザインに目を通してくれる。
「コースター専用の枠を作ってオーナメントにも出来るようにする、か。面白いじゃねぇか」
可愛いクリアなコースターを飾れたら。
そう出来たら良いなと思ってふと頭を過った。
枠を作ってその中に嵌め込めるならオーナメントとしてツリーにも飾れるし、扉や壁にだって飾れると。
コースターとして使うかどうか、それは個人の問題で自由でいいと思う。私もかつて集めたコースターでお気に入りは飾って全く使わなかったんだよね。
「金属、木製の枠は留具をどうするかだな。……うーん、刺繍枠のような形がいいかもな。革紐ならコースターの側面をくるっと囲って、それこそ洗濯バサミのようなものできつく留めるだけでいい。うん、いいんじゃねえか? そのためのしっかり止められる可愛い留具があればって話だな」
「早いご理解ありがとうございますぅ」
「おう、けど弟子のとこに持ってけな、後で確認はしてやるから」
針金アートを一通り作って満足するまでライアスはあてにならないのでコースターアタッチメント (仮)は彼が落ち着いたら一緒にお弟子さんを訪ねることにした。
「私、ライアスさんがジュリさんの提案やお願いを断るのを初めて見ました」
セティアさんは私達のやり取りを黙って見ていたんどけど、かなり衝撃的だったのか店の外に出ても信じられないと言いたげな顔をしている。
「断るっていうか、実はライアスはいつもあんな感じ?」
「えっ?」
「断らないタイミングだろうな、って時に私も話を持ってくから。道具の調整や相談以外は休憩の時と、休みの日、道具を触っていない時じゃないと耳を貸さない時もあるの」
「そうなんですか?!」
「本人も自分のそんな性格をよく理解してるからあんまりお店に顔を出さないんだよね、作りたいものがある時にお願いされると嫌なんだって、どっちも半端になりそうで。だからああやって断ってくるのよ、人前で私達があまりそのやり取りをしないだけ」
私は軽く苦笑を返す。
「最近は更にその頻度が高くなってて、ライアスのご機嫌取りをして特注品を作ってもらいたい人たちは結構苦労してるんだよね、そのご機嫌取りすらする機会に恵まれないから」
以前作ったバッグフック。輝石や魔石を贅沢にカット・研磨して小さな円の中に風景を作り上げたこの世にたった一つの、ウィルハード公爵様がオークションで競り落したあれ。
あれが彼の金物職人だけじゃない卓越した技術を持つ証明となって、バミス法国からジワジワとその名が広まりつつある。
ライアスに作って欲しいものがある、と打診して来る人は後を絶たない。フィンやキリアと違って定期的にお店に商品を出しているわけではないから打診して私とグレイが相談してライアスに話を持っていく、その段階を経て初めて作るかどうかの話になるのでその価値は本人の知らぬところで高まっている。
というか、作らないんだけどね。
「なんで俺が」
って、こういう話があるんだけど作れる? と聞くと返ってくる。『金物職人に作れとか、意味わからん』と首を傾げるだけで作らない。そして私も自分の無茶振りが出来なくなるのが嫌だから絶対に無理させない。
そこまで聞いたセティアさんが珍しく遠い目をした。
「つまり、この環境と状況だとライアスさんはそういう依頼は受けることはないんですね」
「ないね、全く。だからそれはそれで大変なのよ、守らなきゃいけないからね、商長として伯爵夫人としての責任。そして養父の自由と安寧を願い守るのは養女としての親孝行であり愛情であり、やっぱり責任だと思ってる」
「そうですね」
そしてセティアさんは優しい笑みを浮かべた。
「私ではなんの役にも立たないかもしれませんが、そんなジュリさんを支えられるようこれからも精進します」
ありがとうセティアさん!
大好きだー!!
そして羊の着ぐるみ姿でその笑顔が更に可愛く見える!!
うん、眼福。
夜になればさらに人がククマット領に集まって、一層仮装パーティー色が強くなる。
「着ぐるみ、いいですね。温かい……」
セティアさんがめっちゃ着ぐるみ気に入ってしまった (笑)。
「露出もないからねぇ、ローツさんも怒らないし。来年も着ぐるみかな、おそろいにしてみる?」
「……あの物凄く丈の短いスカートを見た時は本当に驚きましたけど、私としては色々挑戦してみたいなぁ、と思ったりしてますよ」
「セティアさんって見かけによらずチャレンジャーだよね、そういうとこ好き。でもミニスカートはローツさんの反応を見るに私が殺されそうだから、他を考えるわ」
魔女と羊が並んで歩いてそんな話をしていても目立たない、というこの状況が面白かったりする。
今年もなかなか奇抜なデザイン? のハロウィーンのために作ったと思われる格好の人達に時々目を奪われながら、キリアと友人のシーラ、スレインと合流する。
「展示場、面白いことになってたよ」
スレインが含みある笑みを浮かべて突然そんなことを言い出した。
「なに、面白いって」
「……あの新しいコースターセットをプレゼントしてて」
「ああ、フィンたちがすぐに対応してくれたんだ?」
「そう。でも配る準備手伝ってたらマイケルとケイティが来てね」
「ん?」
「ジュリが貴賓にプレゼントするって言ったんでしょ? それをあの二人ったら興味を持った人に先着順で配れば?って提案してきたの」
「おや」
「だって、このハロウィーン一色のククマットに来て展示場に真っ先に来るってことはそれだけククマットの、 《ハンドメイド・ジュリ》のものつくりに興味があるってことだからそういう人たちにこそサービスするべきじゃないかって」
「あはははっ!」
つい大声で心の底から笑ってしまった。
うちの店で売ってる物が一覧で見れる展示室というのを今回設けているけれど、既存のものだけなので、観光客以外はあまり立ち寄らないらしく、受付が混んで大変なんてことも起きずに穏やかな状況になっている。当然、よく知る人たちが立ち寄る可能性は低い。だってそこら中でハロウィーンを存分に楽しめる、わざわざ既存のものを急いで見に行く必要はないもんね。
マイケル、好き勝手やってくれるね、それだけククマットに来る貴族や権力者に対して文句を言ってやりたいことをされたってことかな。
「最初それ勝手にはマズイでしょって止めたからね?」
シーラもそう言いつつ、何故かニヤニヤしている。
「なのに、マイケルたちが入ってくるのが見えたからって立ち寄ったグレイセル様がさ、『ああいいぞ?』ってサラッとオッケーして」
「くっ、くくくっ、ああ、そうなんだ? なるほど、なるほど。それで?」
「まあ、こっちとしては領主がオッケーなら別にぃ? でしょ、だから言われるがまま人が疎らな展示場に来る、あのハロウィーンコースターの前で立ち止まる人に配ったらね」
「どうなったの?」
「いやぁ、これがねぇ」
勿体ぶるシーラ。
「暫くしたら来るわ来るわ、見たことある顔ぶれが。慌てて走って来て息切れしながら『貰えるって聞いて』って。何あの必死さ、笑い堪えるの大変だったから」
そこまで聞いてセティアさんが不思議そうにする。何でそんな事になるのか見当が付かないってところかな。
「スライム様とかじり貝様のみで作られたものなのよ、あのコースター」
「そうですよ、ね?」
「あの中に混じってるんだよね」
「え?」
「キリアが最初から最後まで手掛けたものが」
「……あっ!」
聞いて少し逡巡したセティアさんは僅かに甲高い声を上げて立ち止まる。
「魔物素材のみの、不純物なし……。最初から最後までキリアさんが作ったものなら、もしかすると、魔法付与が出来るものが」
「そういうこと」
うちの商品、作品は意図してガラスの粉末などを添加し、不純物が含まれる状態にする。
そうしないと私とキリアに関しては本来は魔法付与が出来ないもしくは難しいとされるランクが低いとか強度や耐性がほぼない屑素材でも恩恵によって付与が可能なものが出来てしまうことがあるから。
一方で今回のようにイレギュラーで作られたものは売るのを目的としていないため意図的な添加をしていない場合が多い。というか忘れる……。
それを付き合いが長くなった人たちは把握しているわけで。
「スライム様とかじり貝様って魔石すら魔法付与が難しい位弱いのに、私は勿論キリアが加工すると無色透明なスライム様でも軽微の付与が出来る物になるときがある。たとえ軽微でも付与が出来ないはずのものに付与が出来る事自体が異常なことだから、研究材料として欲しがる人は山のようにいるもんね」
「それ目的で作ってる訳じゃないけどね」
不服そうな顔をして、キリアはため息を漏らしながら頭を掻いた。
「こっちとしては純粋に可愛いから綺麗だから、使いたいからって買って欲しいんだけど? 魔法付与とか研究とか優先されて可愛さ二の次ってなんか腹立つ」
「んー、その辺汲んでくれてのマイケルの提案だったかもよ?」
スレインがケラケラと愉快そうに笑いながらキリアの肩を叩いてそう声を掛ける。
「マイケルとケイティもジュリやキリアの作るものを可愛いから、素敵だから、好みだからって買ってくれてるでしょ。純粋に見て楽しむ人達だよね」
「あー、なるほど。マイケルいい仕事した!」
妙に力を込めて叫ぶようにそう言ったキリアを私達は笑い飛ばす。
ハロウィーンコースターはセットにしてしまったからそんなに数はない。慌てて展示場に行った人たちで手に入れられた人はどれくらいいたかな。多分既に後の祭りで不特定多数の一般のものつくりに興味がある人達の手に渡ってしまって追跡も難しい。
「本当に欲しい人に渡った方がコースターも幸せでしょ、コースターとしての役目を全うすることが出来るから。研究とか付与されるために作られた訳じゃないからね。そしてこういう時って案外何も知らずに貰った人達に付与が出来る貴重なコースターが渡ってたりするもんよ」
「はっ、ざまぁみろって感じ」
キリアの吐き捨てつつも気分が良さげなその発言に、少しだけドキリとした。
キリアにもある。
身分への不満。
未だ根強いこびりついている格差、差別。
キリアの実力であれば面と向かって彼女に立場を利用して圧力や嫌がらせをする人はいない。そもそもそうならないようアストハルア家が彼女に護衛を付けてくれているし、グレイやローツさん、そしてクノーマス家も周辺を統制してくれている。
それでもこんな風に言うのは、それらを掻い潜り彼女へ圧力、嫌がらせ、もしくは強引な勧誘をしようと試みる力があるということ。それを、直に感じる事はなくても守られているその外側に目を向けると不意に入ってくるのかもしれない。
権力者になりたいわけじゃない。
人より優位に立ちたいとも思っていない。
ただ、好きに好きなだけ好きなものを作りたいだけ。
それを邪魔する人がいる。
その大半が権力者だ。
身分違いの、本来は会話どころか顔を見ることすらないまま一生を終える筈の極めて遠い関係の、関わることのなかったはずの人達。
ふと辺りを見渡せば。
必ず視界に、元は私たちと住む世界が違った身分の人達が入ってくる。
当たり前になったこの光景。
光景だけが当たり前になった。
同時に身分差がなくなったわけではない。
今もなお確実に『不快感』をこうして時々落として残していく。
「そう簡単には変わらない、ってね……」
独り言。
賑やかでハロウィーン一色のこのククマット領を友達と闊歩しながら呟いた。
「アベルさんあたりが貰えてなくて顔を真っ青にしてそう」
キリアがニヤニヤしてそう漏らす。
「あー、あの人、運なさそうだよね。クジなら絶対にハズレの人」
シーラが戯けながら笑った。
「それで泣きついてくるのよ、『まだありませんかぁ〜』って」
スレインがわざとらしいモノマネをして笑いを誘った。
それを、セティアさんが苦笑して見ているのが印象的だった。
(ここにも、ちょっとだけあるのよね、『差』が。……この場合は価値観? 身分差? それとも、何だろ?)
他人事、というわけではない。
でも不思議とこのやり取りを俯瞰的に見ている自分がいる。
何故だろうという疑問が浮かんだ。
(ああ、そうか)
気付いた。
(私自身がまだ、心の部分でそのどこにも属せずにいるせいか)
このキリアたちのちょっと黒い部分、実はずっと前から書きたかった内容です。
見えないところや触れないギリギリのことろで感じる格差や差別への不満。
憤慨するほどではなくてもどこか燻るものがあって、そういう話になるとつい人間味というか、人間本来の汚さが僅かに出てしまう、そんなちょっと黒い話でした。
書いててなんですが、無くならないと思うんです、貴族制度とか徹底した身分社会は。そのため身分差、格差、差別、ありきのお話になるんです。
こういうお話、嫌いな方もいらっしゃるかと。
でもご了承下さい、今後も出てきます。その点踏まえて読んで頂けると幸いです。




