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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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32 * ハルトとお喋り

 



 ロビエラム国王女から急遽ハロウィーンへの視察のため数名ククマットに行かせる、という手紙を貰った。

 彼らは王女の名代ではあるけれど突然の視察であること、普段尽くしてくれている側近でその人たちへの慰労のための休暇も兼ねているので放っておいて結構、ということが書かれていた。

 秋の実り、豊穣への感謝を示す儀式で使われる石碑や出店される屋台や領内を巡回し宣伝カー的な役割もする移動販売馬車を見たりと気楽な視察らしい。シャドー・アートの相談については早速お抱えの画家にデザインをお願いしたのでそれが完成次第相談に行くのでまだ先になることも丁寧に説明がされていた。

「【スキル】持ちとかは送り込むなよって念を押しておいたから放置で大丈夫だぜ?」

 ハルトに手紙を見せたら事前にその話をされていたようで、その視察のことは気にしなくていいというお墨付きを貰った。

「ああそれと。シャドー・アートの提案料と指導料は最低でも侯爵家の額縁よりも上で請求してくれって伝言貰ってる」

「あ、やっぱり。侯爵様にそのこと相談したらそう言われるだろうって言われて。だから一割増で請求するつもり」

「五割ましでも問題ねえだろ」

「欲しいものくれるって言ってたからそっちにね」

「なるほど。……ジュリ的にはサンドワームの砂か?」

「それはユージンがサンドアートをものにしたらの話で大丈夫。お店で出してるガラスの器入りサンドアートは元々生産数を決めて作ってて砂の在庫に悩まされることはないから焦ってないよ。それより……最近レイス君の入荷が滞ることが増えてきてるから、ロビエラム国内で融通してもらえるようにお願いするつもり。ロビエラムもレイス君の発生しやすいダンジョンとか魔素溜まりいくつかあるでしょ」

「ああ……」

 ハルトの纏う空気が少し冷えた気がする。

「テルムス公国がギルドの要請でレイス発生ダンジョンでの討伐最低依頼料を引き上げたんだっけか?」

「困ったことにね。マイケルが定期的に個人依頼として私のために行ってくれてるから品薄で困るなんてことにはなってないけど……いつまでもマイケル頼れないし。何より、レイス君の討伐をする人が少ないのを理由に討伐料を上げるって話ではあるけど、レイス君の需要が伸びててうちだけじゃなく購入希望が増えてきてるでしょ」

「値上げして利益を出そうとし始めたか」

「うん。このままだとギルドを通してレイス君を仕入れると1年後には三倍になりかねないのよ、前回の引き上げからまだ二ヶ月でまた値上げだもん」

「いつの間に。そんなにか?」

 私はハルトに冒険者ギルドからもらった今後討伐依頼料が上がる予定の魔物や、最近発生が減少傾向にあり素材の入手率が下がっているということが書かれた一覧表を差し出す。

 ざっと目を通したハルトは大袈裟に眉間にシワを寄せる。

「おーいおい、しばらく見ないうちにかなりの数が引き上げされてるじゃん」

「ハルトが討伐をするのは特級とか上級の強い魔物だからこのへんはあんまり把握してなかった?」

「そうだな……ここ数年は冒険者の稼ぎを横取りする形にならないようあんまり手を出さないようにしてたしやったとしても慈善事業みたいなもんだったしな。いや、マジでちょっと多すぎじゃね?」

「グレイも難しい顔して唸ってた。うちで扱うもので価格が上がってるのはレイス君だけだから影響はないけど、他では懐事情に結構影響してくるんじゃないかって。それでマイケルもちょっと怒ってるっぽい」

「冒険者とギルドはこれでいいだろうけどな。……素材を買う側と魔物被害に悩む側としては納得いかねぇな、引き上げ率は低くても頻繁にされちゃジュリの言うようにあっという間に数倍になるものも出てくるな。なにやってんだギルドは」

 ハルトは馬鹿にした感じで鼻で笑ってから一覧表を戻してきた。

「ハルトとしては静観?」

「ギルドなんざ構ってられるかって。買う側、依頼側のジュリには悪いけどさ、利益を追求しだしてギルドに不満を抱えるやつらが増えたとしても俺が何とかしてやる義理がない。最近のギルド総帥とテルム大公もあんまり良い噂聞かねえから当たり障りない程度の付き合いしかしてねぇの」

「あ、それ聞きたくないやつ」

 わざと耳を塞ぐとハルトが吹き出すように笑う。

「分かってるって、吹き込むと俺もグレイに怒られるしな。言いませーん」

「ありがと」

 そしてハルトは両手で頭を抱えるような姿勢を取りながら椅子により掛かる。

「まあ、いいんじゃねぇの? これ以上親密になる必要もないしな。ギルドとの窓口の役割をレフォア達がしてるし『ダンジョンドリーム』でギルドにはイメージアップの宣伝効果齎してやってるわけだし、直接 《ギルド・タワー》と値下げ交渉とかする必要なんてねえよ。あっちとしてはお前に頭を下げて欲しいんだろうけど現状マイケルと俺に言ってくれればレイスなんていくらでも討伐してやるし、グレイだっている。ギルドのやることには『はいそうですか』って軽い返事をする距離でいいよ。ロビエラムのレイスについては王女に俺からも言っておく」

「お言葉に甘えてその辺お願いするわ」

「おう任せとけ」

 ニコッとてらいもない笑顔でハルトが頷いた。

「ところで」

「うん?」

「宝箱風物入れ、『ダンジョンドリーム』だけど、名称変わったよね?」

「……」

「とっくに『ダンジョンドリーム』じゃなくなったよね?」

「……」

「迷走に迷走を続けて『浪漫ボックス』になったってギルドから連絡きたけど……」

「『ダンジョンドリーム』でいいじゃんか」

「短命だったね、『ダンジョンドリーム』」

「『浪漫ボックス』なんて命名したやつ誰だよ?! ダサいだろ!!」

「どっこいどっこい」












 素材の値上げとかギルドの最近の話とか、絶賛迷走中の宝箱風物入れの名前についてハルトと話し込んだけれど、今からようやく本題。

「うん、これで大丈夫じゃない?」

 見せられた数枚の紙に目を通し終えて私がそう言えばハルトがホッと息をついて笑顔になる。

「よーし、これでロビエラムでも本格的にハロウィーンやれそうだな」

「でもこれ、来年の話でしょ?」

 そこにはハルトがククマットのハロウィーンを基にして計画しているハロウィーンイベントの詳細が書かれている。

「まあな。王太子がこの前の腕っぷし選手権にお忍び視察に来た時ここの雰囲気が物凄く気に入ったらしくてさ。ハロウィーンにも来たいって言ってたけど流石に何回もお忍びはマズイから止めたんだよ。その代わりに来年からハロウィーンをロビエラム王宮のある首都でも出来るように俺が計画立ててやる約束したから。流石に間に合わないから来年ってわけだ」

「素直に嬉しいねぇ、王太子殿下がククマットを気に入ってくれてまた来たいって言ってくれるなんて」

「でもな、王女が堂々とお前のところに額縁見る名目で訪ねることをダルちゃんが許可したのがおもしろくなくて拗ねちゃっててさ、自分もククマットや 《ハンドメイド・ジュリ》に注目してるってのを主張したくて仕方ないらしい。ロビエラムでのハロウィーンの計画の主要メンバーに加えてやるって言ったら素直に喜んでた」

「あらら、想像以上に可愛い理由だ、うん、可愛い!」

「弟みたいで俺もつい甘やかしちゃうんだよなぁ」

「……王太子殿下を弟みたいって言えるあんたが怖い」

「なんでだよ」


 また話がそれた……。

「あ、一つ注意」

「なになに?」

「秋の実りを祝う、感謝することを全面に押し出してのイベントにすることは徹底した方が良いと思う」

「……ククマットみたいに仮装メインのお祭り騒ぎはダメってことか?」

「ざんねーん、ククマットのハロウィーンはハルトが思っている以上に初期のころからちゃんとしてまーす」

 そう。

 神様に実りの度に感謝する。元々農地に囲まれたこの土地ならではの根強い習慣。

 その習慣があったからこそ、春のイースターとハロウィーンは驚くほど寛容に受け入れられた。そして祭りの初日に、領主による石碑前での神様への報告・感謝を示す儀式を公開するということに、領民が積極的に関わろうとしてくれるのが準備の段階から肌で感じられる。

 石碑前に捧げる花や収穫物を、家で家族皆で実りに感謝しながら食する料理を、用意するため準備と計画をする領民たち。

 祭りのスケジュールを確認して参加するために仕事や用事を調整する人も増えた。

 賑やかでソワソワと浮ついた空気が漂う反面、どこか粛々とその実りへの感謝の儀式に参加しようとしている面もある。

 不思議な二面性が見え隠れする最近の領内を見て、イースターもそういう雰囲気だったことを思い出したからこそ、ハロウィーンに新しいイベント要素を入れなくても良いと判断した経緯もある。

「神様に感謝する場所、機会を与えるって、この世界の人たちから感謝されることはあっても否定されたり忌避されることはまずないから。領主としてグレイがもっとこの地の人たちに愛され信頼されるためにもとても大事なことだし。ハルトもその辺をロビエラム王家に伝えてくれると嬉しいかな。……富裕層や権力者が思ってる以上に、庶民はもっと自由に信仰する神様に感謝する場を求めてるよ、神様の存在が明確なこの世界で、権力者よりも敬われるべきは、神様でしょ。神様信仰を推奨するわけじゃなく、単に、人の信仰や思想を大事にしてやって欲しいなって思ってる、少なくともそれを大事にすることでククマットの領民は、グレイを領主として認めてくれているから。それを、ククマットのハロウィーンで見て欲しいかなぁ、皆には」

「……なるほど、なぁ」

 ハルトは苦笑して頭をかく。

「なによ」

「いや、なんつーか、やっぱお前すげぇわ」

「は?」

「そういうとこだよな、【スキル】【称号】なくても、信頼されて頼られて自然といい奴等に、囲まれる。勿論変なのも引き寄せはするけどさ……それを跳ね除けられるものを同時に得られてる。その視野の広さとか寛容さとか、それが引き寄せる良縁とか、素直に褒めとくし驚愕だよ」

「はあ」

「なんじゃい、その馬鹿にした相槌は」

「んなこと言われてもピンとこなくて。やりたいようにやってるだけだし。割りと自分勝手で自分とグレイのためっていう単純な理由だったりするから」

「ははっ!」

 急にハルトは面白そうに大きな声で笑う。

「単純な理由でも、人のためになることに繋がってるんだから凄えことだよ」

「そりゃ、それなりに偽善者ぶってるとそれがいつの間にか本当になる部分が出て来るっていうか……自分勝手なことに正当な理由付けして商売してるとこんなもんじゃない?」

「さあ、どうかなぁ、世の中ジュリみたいにやってもジュリみたいになれる奴は、少ないと思うけどな」

「そう?」

 私が思うよりハルトはハルト独自の視点で私のことを見ているらしく、その視点でみた私の評価は高いらしい。

 何とも言えないこそばゆい思いが沸き起こり、ちょっと困りつつ私は肩を竦めるに留めた。


「とりあえずこの計画で進めてみるよ。さっきのアドバイスも忘れずに盛り込んでな」

「まあ頑張って。相談ならいつでも乗るから」

「おう頼む」

 計画書を鞄に丁寧にしまったハルトはふと思い出したことがあったようで、一度ピタリと静止したと思ったら改めて真面目くさった顔をして姿勢を正してきた。

「あのー、ジュリ様」

「なによ改まって」

「……お願いがあります!!」

「嫌です!!」

「まだ本題言ってねぇ!!」

 こういう流れ、よくないよ?

「着ぐるみ余ってたら譲ってくださーい!!」

「何でよ?! ちょっと待って、ルフィナたちが随分製作に力入れてるでしょ? 今年はかなりの数を作るって意気込んでたよね? それなのになんで今このタイミングで?」

「……着たいって言うから」

「誰が」

「……ダルちゃん」

 待て、ハルト。

「待って待って、なんでロビエラム国王が着ぐるみ着たいって言うのよ、どういう経緯でそんなことになるのよ」

「ルフィナの作る着ぐるみ、着心地最高じゃん?」

「ああ、うん、確かにルリアナ様が気に入ってるパジャマタイプのヤツとかは滑らかで柔らかい素材で作るのもあるけど……は?」

 ほら来た、嫌な予感的中だわ。

「あんた、もしかして」

「あはは」

「まさか、国王陛下に着せたの?」

「冬に肩とか足が冷えるっていうから、お試しで」

「それで着ぐるみ着せたの?!」

「だってあれ、冬にめっちゃ便利じゃん。これから寒くなるからなお一層重宝するっていうか」

「しないしない、重宝しない! 王族で着ぐるみが重宝するなんてありえない!!」

「部屋着として欲しいってせがまれたんだよぉ、けどルフィナのはもう予約分全部埋まってて冬に間に合わねぇし。ククマットなら今の時期に合せて大量にあるだろ? な、二〜三枚でいいからさぁ。なんか王妃も冷え対策に欲しいって言ってるし」

「そんな理由でっ、どんなにお金積まれても絶対にやらねぇわ!!」

 この後しつこくてしつこくて根負けした私は、新品未使用の可愛いクマさんと黒うさぎの着ぐるみを渡した。

「頼むから……王族にはこれから変なの与えないで」

「本人たちがいいならいいだろ、別に。変じゃなかったぞ、わりと似合ってた」

「そういう問題じゃないってば……」


 ハロウィーン前。

 何故かどっと疲れが押し寄せて、ちょっとアンニュイな気分になった。



今年はハロウィーンネタを本編として扱うことになりました。

この話みたいにちょっと書きたいことが多くてですね、季節モノ扱いが無理だと気づきまして。

なのでこのお話から数話、ハロウィーンネタに誰かさんの凶行? が含まれたりと長めになってます。



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― 新着の感想 ―
 そのうち王族が住まう区画は着ぐるみ天国と化したのであった(笑)
 ロビエラム王室の部屋着、着ぐるみ(笑) ハルトがダルちゃん呼びなのはスルーしましたけど、王族が部屋着見せられるほどのリラックス空間に通される客って、とてもとても近所の兄ちゃんで(笑)
[気になる点] どっちがクマでどっちがウサギなのか……
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