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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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4 * 彼氏の次は同僚が欲しい

一話更新です。

 


 彼氏ができました。

 イケメンです。ハイスペックです。

 いやはや、お恥ずかしながらリア充です。


 と、言いたいところですが!!!


 忙しい!!

 もう忙しい!!

 デートとかイチャイチャとか死ぬ気で時間作らないと出来ないってなんなの?!

 ヤバイ、自らブラックな勤務体制のお店を作ってしまったらしい。ブラックは私だけに何とか留めてるけど。

 お付き合い一ヶ月記念とかやるキャラじゃなかったけどちょうど一ヶ月の日に工房に籠らない休みが重なった時は叫んだ。

「一ヶ月記念デートぉぉぉぉ!!」

 グレイセル様ことグレイは首を傾げて不思議そうにしてたわ。

「ジュリのいた世界ではそうするのか?」

 だって。

 しないから、叫んだりなんて。



「いそがしい……一日三十時間ならないかな」

 あれから。

 一ヶ月の前代未聞の休業から再開し、既に二ヶ月が経とうとしてる。あと少しで雪がぐんと減って気温も少し上がって、農家さんたちがそろそろ畑や田んぼで準備を始める季節になったんだけど。

 何もかもがギリギリ。

 お金の管理全般は、侯爵家から若い管財人さんが来てくれる事になったの。お店の経営は領地経営にも通ずる部分があるからいい訓練になると侯爵家の管財人の一番偉い人が送り出してくれて。毎日じゃなくても二日おきにきてくれるだけで全然負担が減って、なにより彼氏のグレイが管財人が来ない日はやってくれることになったの。

 え? いいの!? ってびっくりしたんだけど、まぁ、これも投資なんだな、とすぐに気がついた。グレイがそういうこと出来れば侯爵家は楽になるしリスクの回避にも役立つもの。侯爵領には港があって、そちらが最重要拠点だから、万が一領地の端で問題が起こっても責任者としてあらゆる方面で動ける人間が多ければそれだけ迅速な対処が出来てトラブルを最小限で抑えられるからね。


 あとね、グレイのお兄さんであるエイジェリン様も来たがったのよ、帳簿付けとか経理の部分で興味があるからって。

 丁重にお断りしました。次期侯爵が来ても気を使って皆の仕事が進まなくなるだけなので。

 グレイはね、いて当たり前感があるから皆平気なのよ、ライアスも最近はすっかり馴染んで珍しい道具とか見本になりそうなものを入手するのに相談したりして。

 領地の経営もお店の経営も通ずるものはあるからね、エイジェリン様もやってみたかったんだろうけど。

「領地見ろよ、お前が引き継ぐんだから」

 と侯爵様が至極全うなことを言って黙らせてくれたので大丈夫でしょう。ただ、グレイは『そのうち必ず来るはず』って冷ややかに断言してた。来るなら前もって知らせてね。


 そんな訳で経理問題はクリアしたのに、なぜこんなに忙しいのかというと、やっぱりね、作る人が圧倒的に足りない。

 今さらかと思うでしょ?

 落とし穴があった。

 春に向けておばちゃんたちが本業の農業で忙しく……じゃないのよ、そこじゃないのよ。

 マクラメ編みの露店がとんでもないことになってんのよ。


 お店のオープンから一ヶ月の休業、そして再開から今二ヶ月、計三ヶ月の期間で、遠方からのお客さんが爆発的に増えたのよね。冬にここに来るのは領地の人やククマットが通過点の旅人や冒険者、商人が中心だったけどその人たちが入手したものに興味を持って、季節が進むにつれてどんどん遠方から。

 そしてさらに一役買ったのが、私も忘れてたけど、自警団の腕章ですよ。

 あれ、ほかの領地の人が是非ともこちらでも取り入れたい、って貴族が侯爵家に相談してきたのよね。

 マクラメ編みはすでにほとんどフィンが責任者で私は関与してない。

 それだけこのククマットではマクラメ編みは技術が向上して、新しいデザインもちらほら生まれてる、私は基本的なものと知ってるデザインをいくつか教えただけなのに!!

 すごいよね!!

 異世界から持ち込んだものが、このククマット発祥みたいな扱いになってるんだよ、感動。

 こうなったら私はもう手を出す必要はなくて、特別販売占有権は完全にフィンに譲渡してしまった。


 で、それがどう関係してるかというと。

 私の手を離れたということは、それだけこの地に根付いて、そして今爆発的に世の中に認知され人気が出てきている。

 あのね、露店に毎日行列出来てるの。露店だよ?

 私のお店 《ハンドメイド・ジュリ》が予算オーバーとか個数制限であまりおみやげ買えない人とか、洋服を手軽にアレンジ出来るものが欲しいとか、とにかく、来るわ来るわ。

 ついにはこっちも一人五本までって制限をかけることになったの。じゃないと毎日露店開けないって。

 それでも売れる。

 だから必然的に商品が常に品薄になる。


 おばちゃん、若奥さん、お嬢さん、そして収入を少しでも得たい事情があって外で働けない人たちが、馬車馬みたいにマクラメ編みしてんの。

 収入増えて嬉しい悲鳴!! って皆の顔はいい笑顔なんどけどね。

 そのしわ寄せが 《ハンドメイド・ジュリ》に来ております。

 すでにマクラメ編みは完璧で、カギ針でのレース編みも得意なおばちゃんたちが最近確保したマクラメ編み人員への指導や商品チェックで時間が削られています。

「あんたの手伝いしてる暇がない」

 と一蹴されます。


 花瓶を置いたり小物を置いたりするドイリーって呼ばれる敷物のレース、あの手のサイズが 《ハンドメイド・ジュリ》でも売れ始めた。フィン作やおばちゃんトリオの作るのは百リクル越えるお値段なのに、売れる。露店やこの三ヶ月の間で噂になって、それを目的に買いに来る率が高まったから。

 つまり、うちの主力たちがレースにかかりきり。私の補助が出来るフィンと、簡単な作業をしてくれる人たちが全く私を手伝えなくなったのよぉ!!


 もう、泣きたいわぁ。

「ああ、一日三十六時間欲しい」

「ジュリ、それだとすでに一日半になる」

 彼氏よ、真面目なツッコミ、切なくなるからやめて。

「フィンがあと二人は欲しい、誰か魔法でなんとかして、増やして」

「そんな都合のいい魔法はない」

 ですよねー。

「他に補助なり新しい仕事が任せられそうな者はいないのか?」


 いたら苦労しません。


 店をオープンすると決めた時からそれはずっと探してたのよ。

 でも、これが困難を極めて。

 一つは私が『職人』ではないってこと。

 これがまさか仇になるとは思わなかったの。フィンやおばちゃんたちは小遣い稼ぎから始まったから良かったのよね。職人じゃなくても出来るのよ!! って私が見せられたから。

 でもね、これが人を発掘する範囲を広めた途端、通用しなくなった。【彼方からの使い】って信用してもらえないのか? って思ったらそうじゃなくて、私が職人じゃないから。特別販売占有権を持っていても、経験のある職人じゃなきゃ仕事をちゃんと教えてもらえないって、なぜか決定事項みたいになってて、どんなに説明しても納得しないの。

 そういうものらしいのよ、職人として名前が売れてないと教育出来ない、上質なものが作れないっていうこの世界の『あるある』話。


 確かにね、有名な職人じゃないと弟子として入っても高度な技術を得られないってことはあるかもね。


 まず、一つ目の弊害はそんな感じ。

 じゃぁ二つ目は? なんだけど……。


 私だった。

 原因私。

 次の冬に開店予定の《レースのお店・ククマット (仮)》を同時進行で計画したせいだぁ!!

「それは、確かにジュリが悪い」

 はい、ごもっともです。

「自分の影響力を分かっていたのに開店するなんて軽々しく言ったからだぞ」

 彼氏が呆れてる、うん、分かってますよぉ。


 侯爵様に言っちゃったの。

 やりますって。

 そしたらね、嬉々として侯爵様夫妻がおしゃべりしてしまい。広まった。

 延期できなくなった。

 てか、侯爵様の号令待ちで、すでに農地の一画に建物の建築資材が運び込まれるのを待ってる状態。侯爵様に会うたび『ジュリ、いつにする?!』って顔になってる。

 なので、そちらの準備をぼちぼち始めることになってしまい、絶賛レース編みの技術者育成中。

 フィンたちだけでは人数的に無理なので時間を作って私も監督してるのです。


 だから彼氏が怒っているのです。

「付き合ってるのにそれらしいことしてないなぁ、私たちは。連れていきたいところもあるのに」

 ああ、ごめんなさい、普通ならその台詞私が言うのよね。

 拗ねてるあなたも素敵ですよ!! イケメン彼氏!!

 ふざけてる場合じゃない。あとで冷静に説教される、黙っておこう。


「あー、レースを自動で編んでくれる魔法欲しいわぁ」

「だからそんな都合のいい魔法はない」

「じゃあ誰か一日を四十八時間にする魔法開発してー」

「それはもう時間どうこうではなく二日だ」

「じゃあいっそのことハルトにこの国滅ぼしてもらって、なんにも無くなってしまえばいい、そしたら在庫のこと考えなくていいわ、どうです? いい案でしょ? グレイ」

「ハルトならやる、だから冗談でも言わないでくれ。あと国がハルトに滅ぼされたらそもそも生きていないだろうから在庫どころの話しではなくなる」

「あはははは確かに!」


 おばちゃんたちが、淡々と私の会話を聞き流しながら物凄い速さで事務処理をこなすグレイとおかしなことをしゃべり出しながら手だけは何かを作り続けるという奇っ怪な私を見比べた。


「大丈夫かい、あのこたち」

「さあ……」

「人間、忙しすぎると恐いねぇ」

「おかしくなっちゃうんだね」

「似たもの同士だから、いいんじゃないかい?」

「ああ、まあね。そういう見方もあるか」

「可愛そうだからお茶でも淹れようか」

「あたしゃ菓子でも買ってくるか」

「これ以上変になったら踊りだしそうだね」

「そりゃ恐い、さっさとお茶の時間にしないとね」


 聞こえてるよ、皆。

 喋るなら外で。









「仕事帰りの時間も貴重ですよね」

 そう言って、裏口を施錠し、鍵を鞄にしまった私は、グレイの手を握る。グレイは笑ってその手を握り返してくれたわ。

「もう少しくらい充実した関係を望んでいたつもりだがな。まさか日帰りの遠出もなかなか出来ないとは思っていなかった」

 ……これ、ネチネチ言われるやつだ。しばらく言われるやつだ。

「……グレイのことを蔑ろになんてしてませんよ」

 一応言っとく。

「素材を見つめている時間が圧倒的に長い彼女の言葉は説得力がないように感じる」

 やぶ蛇だった。


 この日は大人しく彼氏にお持ち帰りされることにした。



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