32 * 結局自分で仕事を増やしてしまうんです
ルリアナ様が妊娠したとき、外に出る機会が減ってしまうので室内で楽しめるボードゲームを豪華にして見た目でも楽しめるようにと作ったものがある。
地球で言うチェスに似た駒を動かして勝敗を決めるコラフというボードゲームがある。
その形もチェスそっくりで、富裕層は高額な素材で作られたマイコラフを持っていたりする。
私は駒を擬似レジン、つまりスライム様の透明なものとかじり貝様の螺鈿もどきラメが入ったものにし、ボードも透明と螺鈿もどきを貼ったもので市松模様に仕上がるようライアスにお願いして作ってもらった。現在は全く同じ仕様のものが我が家とローツさん、そしてルリアナ様に招待され共にコラフをした方々の極一部の方が所有している。
これは『侯爵家の額縁』の第二候補だったものからヒントを得て作っていた。
というか、擬似レジンに螺鈿もどきラメを入れたものは普通に商品化されていて販売され今でも人気が高くて従業員がせっせと作っているものの一つ。
じゃあそれがどう『侯爵家の額縁』候補になりそしてルリアナ様のコラフに繋がり、今更思い出してどうしようかなぁと考えるに至ったのか。
「これもなかなか面白いな」
「面白いんだけどね、最大の欠点があるのよ」
「欠点?」
「それ、材料がスライム様とかじり貝様なのよ」
「それのどこが問題なんだ?」
「『侯爵家の額縁』同様、特大の専用ガラス型が必要で、それがかなり高額なものにはなるんだけど、材料がね、あくまで試作や予備はカウントせず完成品だけに絞ると、スライム様中サイズ二十体とかじり貝様三体いれば出来ちゃうのよ」
言われグレイは瞬きしてから目を閉じた。
「ガラス型を除いた素材の加工前の原価、いくらだ?」
「聞かないで、安くてびっくりするから」
そう。
材料費がですね、とんでもなく安い。
というかですね、やろうと思えばタダにも出来るんですよ。グレイに『獲ってきて』と言えば済んでしまうのですよ。そこから内職さんにお願いして均一な輝きと粒のラメに仕上げてもらったりスライム様は飼育箱に入れてから様子見して不純物がない状態にしてからプチッとするなど、加工するとその素材原価はまた変わってくるけれど、ぶっちゃけますと。
「……流石に全部、そこらで簡単に捕まえられる素材だけでつくる勇気が私にはなかったのよ……」
「ああ、なるほどな……」
「私にも最低限の見栄とか躊躇いがあるんだって、あの時ホントに実感したわ」
グレイは自分が捕獲する姿を思い浮かべたらしい。
「私も流石に後で捕まえてきたことを額縁と共に賞賛されても、居た堪れない」
「ね、ヤダよね」
レーザーでクリスタルガラスの内側に小さな点(傷)を付けて立体的な模様を入れた置物を見たことある人は多いかな、と勝手に決めつけておくけども、沢山の点で白っぽい立体が浮かび上がるアレを内部立体彫刻、通称3Dクリスタルなどと言う。
あの雰囲気をかじり貝様のオーロラパールの量を調整することで表現出来ないかな、と考えたんだよね。あくまで雰囲気よ雰囲気。
オーロラパール粉末含有の擬似レジンを硬化させたものからオブジェを作り出し、透明擬似レジンに沈める。
この世界での視点で見ると完全非金属の額縁ってかなり面白いんじゃなかろうかと。
素材はとても安い、でもオブジェクトの制作は彫刻を専門とする職人さんへ依頼したり華奢なデザインであればパーツを作り組み立てたりすることで非常に手間はかかる。そしてさっきも話したようにガラス型の設計、作成にも専門の職人さんへ依頼をする。外部に委託する工程が多いので自ずと価格は跳ね上がる。
王族相手には売れなくても、富裕層相手なら。
素材が安くても手が込めば込むほど価格が比例して上がるなら。
目に見えて価格差や付加価値が分かりやすい物を望む、好む人たちにとって、疑似レジンと螺鈿もどきという新しい素材から生まれる『最新』のものは、とても魅力的なんじゃないだろうか?
「今から作ったら間に合わないかな」
「何に?」
「ハロウィーンに」
「……ジュリ」
「なに?」
「絶対に周りからもっと早く言えと怒鳴られる案件だからな」
「あはは」
うーん、じゃあどうしようかなぁ。
という顔をしていたらしい。
グレイが眉毛を釣り上げて睨んできた。
「無理はしないよ、大丈夫」
「……」
不信感しかない顔やめて。
今更だけど、今度のハロウィーンは特に目新しいことはしない。
去年同様みんなでコスプレしてハロウィーン一色のククマットを闊歩して出店やそこかしこで行われるイベントやこだわりある休憩テントで夜のお祭りを楽しむのがメイン。
去年と違うことといえば日中に今年の実りの感謝を捧げるために『収穫・豊穣・感謝』と刻まれた石碑を広場や公園に置いて皆がそれぞれ信仰する神様に祈れるスペースを設置すること。
そのうち『感謝』はメインの会場に置かれ、当主としてグレイとその側近としてローツさんが春のイースター同様神官様と共に祈りの儀式を行う。
おそらく今年からのその流れが今後のハロウィーンの定番となって、目新しさはなくなって定着していくのかな。
ここにきて、ようやく『定着』の目処というか形が見えてきた。
今後は季節のイベントに目新しさはなくなっていく。でも定着するならそれでいい。
季節のあるこのククマット、クノーマスならきっと季節の訪れや変化を感じながらイベントを楽しんでいけるはずたから。
「……でもねぇ、なーんか、『おっ?』と言わせたというか何と言うか」
私のボヤキにグレイは苦笑。
「今からでは正直難しいぞ」
諦めの悪い私は返事はしない。代わりにグレイが『相変わらずだな』と呆れ半分面白さ半分で笑った。
とりあえずスライム様とかじり貝様のことはおいといて。
いきなりですが。
『ロンデル』。
ロンデルとは、アクセサリーパーツの一つで主に平たい円盤状の物を言う。大きめビーズの間に挟むことで華やかになるだけでなく、大きめビーズだけを繋げた時に発生する糸やテグスのしなりの少なさによる硬さを僅かながらも軽減してくれる役割を果たすこともある。これらを総称してスペーサーと言ったり。
平たい円盤状が主流だけど、四角や球体のものもあるので使い方が限定される割りにデザインは豊富だったように思う。
特徴としては華やかさを演出する為に使われることが殆どなので側面にはクリスタルガラスやジルコンといった輝きの強いビーズパーツがはめ込まれていることが多い。
これに似たもの、と言っていいのか分からないけれど、エタニティリングからヒントを得てグレイのためにブレスレットを作ろうと考えている時にそういえばロンデルもそのうち開発したいなぁ、なんて考えて思いついたこと、くだらない事含むアイデアをひたすらに書き込むノートに走り書きしていたのを思い出した。
これ、使っちゃうか。
そんな私のいつもの思いつきでライアスやフィンから意見を聞きたかったのでグレイと共に二人の家をワインを持って尋ねる。
「……小さいな」
グレイはワインを飲みながら私が描いた図に書かれたサイズを見て少し驚いた声でつぶやく。
「ビーズとビーズの間に挟むものだから小さいのよ。しかも手作業で作ることになるからそれなりの製作料は覚悟しないとね。でもロンデルを作れれば、チェーンを使わないブレスレット、ネックレス類をもっと豪華に出来るし何よりデザインが多様化するのよ」
「なるほどな、面白い」
グレイとは反対にライアスは好奇心旺盛な目つきで図を眺めている。
「こいつは精密な作業を求められる、作れる職人は限られそうだがこういうのを作り出すことで成長するからな、良いと思うぞ」
「ライアスは明日朝に普通に作ってそうだよね、そんな気がしたから研磨済の小さい輝石いくつか持ってきたから渡しとく」
鞄から輝石の入った小さなケースを取り出して渡したら子供みたいに目を輝かせたわ。
「おう、何なら今やってくる」
グラスに残ってたワインを一気に飲み干してパッとケースを手に取ると颯爽と居間を出ていったライアス。焼き立ての魚の香草焼きを台所から持って戻ったフィンが呆れた顔で失笑する。
「香草焼きを食べたいっていうから作ったんだけどね」
「大丈夫、責任持って私とグレイで食べるから」
実にお酒が捗る魚の香草焼きを堪能しながら、会話は続く。
「量産出来ないから必然的に良い素材を使って作ることになると思う」
「そうなると、側面に入れるのは輝石でもそれなりの値段のものになるな」
「それでいいよ当面は。なんたって小さなパーツでありながらアクセサリー一つ買える価格になるだろうから。一つ一つ手作りだからね、そのへんは気にしないことにしてる」
型や道具を上手く組み合わせて量産化が進むパーツもだいぶ増えたけど、結局は人の手でそれを動かしているので手作りから脱却はしていない。
そんな状況下で、ロンデル。
ライアスしか作れないものを、急にハロウィーンでお披露目?
流石にそんなバカはしませんよ!!
「じゃあ、どうするんだ?」
「ロンデルのこの説明書と、ライアスの試作を招待する貴賓相手に売ろうかと」
グレイが椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。
「版権を売るのか?」
「そう、正式にはまだ特別販売占有権に登録してないから版権とはいえないけどね」
「急だな、どうした? ……未発表のものを売るなんて」
余程驚いたようで、グレイはまだ立ったまま。私はそんな彼の手を引いて座らせる。
「うん、急な発案っていう自覚はあるから」
まだ目を見開いているのが面白くてつい笑ってしまう。フィンも『この子何を言い出すんだ』って顔してて、こっちはこっちて面白い顔になってるから笑っちゃうからね。
「ただ、ほら、ロケットペンダントを共同開発って形でアストハルアに任せることになったじゃない、あれでねぇ、物凄く実感したの、ククマット領内の負担が減るなって」
本当に職人さん、内職さん、そして関係者さんたち。
いつも無茶振りしてごめんなさい、生産追いつかずパンクさせてごめんなさい。
……そんなのが常態化しちゃってるんだよねぇ。
うちの従業員については、うん、元気です。皆が常にやる気に満ちてます。勝手に量産して倉庫建てる建てないで揉めるくらいです。
でもそれでも時々目が血走って怖いことになるくらい大変なときがあるのよ。
全部をククマットで、というのに限界が来てる。あ、既に限界突破してる。
「ならば、信頼置ける所に買ってもらって開発・生産してもらって仕入れるっていうのもありじゃない?」
「確かに、そうだが……」
「物だけじゃなく、本格的に【知識と技術】を売る。その段階に来たのかもしれないと思ってる。この前あれだけ騒いだからね、作ったものを買ってもらうんじゃなく作れるものを買ってもらう、それも大事かな、と」
果たしてセラスーン様が【知識と技術】を売り物にすることを許してくれるのか?
と、不安になったものの『今更だわ!!』って気づいた。うん、特別販売占有権に登録し始めた時点で色々売ってる、金儲けしてる (笑)。
単純な話で、利益を出さないとククマットを発展させる礎になんてなれないんだから、手段は法的に問題なければなんでもやってみるべきよ。
勿論、占有権に登録しないので版権料は一切入ってこない。そのかわり欲しいという人には高額、一財産分はお金を出してもらう。その先で例えば版権登録した人が儲ける為に版権料をバカ高く設定したり私が現物を仕入れたい時に吹っ掛けて来たとしても、それは仕方ない。というか別に私にとっては痛手とはならない、だってこの世界に持ち込んだの私だしね。いざとなれば作ればいいので。
「……なら」
グレイがしばらく難しい顔をして俯いていたけれど、ふと顔を上げる。
「この際だから、資産整理をしてみるか?」
資産整理。
自分の死後誰に財産を譲るか、ということではない。この場合今ある全ての資産を必要なもの、不要なもの、どちらでもなく浮いているものに分類し、それらを売却や譲渡のほか、事業であれば統合や縮小、変更することを言う。そこには特別販売占有権も含まれ、グレイは主にとんでもない数になっている私の版権について言っている。
「そういう時期に入ったよね」
「ああ、もし本気で今回ロンデルの版権登録をせずに売却するならば今後は必要に応じてイベントで版権を売却する場を設けてもいいかもしれない。欲しがる人は数多だ、買い叩かれる心配もなくこちらの言い値で問題ないはずだ、損はないだろうな」
ぶっちゃけますと、大変なんですよ。占有権の利益受け取りとか版権購入者への同意販売権の許可とか、物凄い大変。実はこの対応 (書類関連)だけで会計部門の三割を占める。最もその数が多いのは私のスライム様の擬似レジンとかじり貝様の螺鈿もどき、フィンのククマット編み、フィン編みの版権。この四つだけで専任の会計士がいるほど。そしてライアスが次々と開発する道具に対しても専任の会計士がついていて、私たち三人だけで会計士が日々対応し、そしてその確認や可否、調整にグレイとローツさんと会計部門長ロビンが動いている。
……。
うん、売ろう。
整理は大事だ。
ということでハロウィーンの準備中ですが、それとは別にやることが増えた。自分で仕事増やしてる。
だからブラックって言われちゃう。
スライム様とかじり貝様、ロンデル、そして資産整理。
同じタイミンで思いついたものなのに方向性が全部違う。
私のせいで残業する人増えそう……。
ごめんなさい。
ロンデルについては、『平たく円盤状のもの』が一般的、という説明をすることが多いので今回ジュリがそれに近いものを提案したという設定からロンデルという名称を優先して使っています。
ただ、本編でも軽く説明をしていますがそれを含めた総称が『スペーサー』で、その中の一つがロンデル、という場合もあるようです。
そういうパーツを扱う専門店それぞれでその微妙な表現の違いがあり、ネットショッピング時にどちらで検索するかで出てくる種類や数に差が出る時があります。
なので、この手のものを検索する時、徹底的に調べたい場合はロンデルとスペーサー、どちらも見ることをおすすめします。
そして感想・評価・イイネ・誤字報告いつもありがとうございます!!




