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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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32 * 額縁事情

新章開始です。

 



 先日の影響がダイレクトに出て、多方面で色んな人とギクシャクしているけれど、自分で引き起こしたことで割とそのお陰で周りが静かで平穏だなぁ、もっと早くやってても良かったかも? と神経図太いことを考える日が続く中で。


 この日ククマット領はざわついていた。

 馬車が四台、等間隔を保ち連なるようにして、それを囲むようにこちらも等間隔で騎馬による騎士や魔導師の護衛が仰々しく囲んでククマットの地に踏み入った。

 私とグレイ、ローツさんとセティアさんだけでなく早朝からウェルガルト君とシイちゃんを除いたクノーマス侯爵家一家が揃う。前侯爵夫妻と、侯爵様の弟とその一人娘も昨日からククマットの私達の屋敷に滞在して共に並んでいる。そしてその後ろにはこのククマット内で最も爵位が高い家の子息であるロディムと、継承権を弟に譲ったけれど伯爵家子息であるユージンも控える。

 皆、貴族として高貴な身分の人を出迎えるために正装している。

 そして、フィン、ライアス、キリアには 《ハンドメイド・ジュリ》の正装をしてもらい、更に恩恵が強く出たおばちゃんトリオ、ウェラ、そして各部門の主だったメンバーも並ぶ。

 最高齢でパッチワーク作りの恩恵があるメーナおばあには無理に来なくてもいいと言ったら、彼女は『王族にお目にかかるなんて冥土の土産だろう』とかなり乗り気だったので朝から一緒に待機していた。彼女含む主だった従業員には普段の制服とは違う生地がしっかりした上質なもので誂えた紺色のロングワンピースを着てもらっている。このワンピースには銀糸で袖と裾に各々好きな刺繍を施してあり、ワンピースと同じ生地のボレロもあるので日本だとフォーマルの部類に入る正装と言っていいものになっている、まさか()()()()()()()の制服も用意しておいて良かったと思う日がこんなに早く訪れるとは……。


 クノーマス伯爵家迎賓館前は広い道路となっていて、人が集まり馬車が並ぶことも想定されて整備されたので仰々しい今回のような行列でもちゃんと列を乱さず門前に来ることが出来る。でも今日は私達だけでなく他の従業員や領民も道なりに集まりその行列を物珍しそうに好奇心丸出しの目で見ているので広い道路と言っても圧迫感を感じる。

 そして自警団はピリピリしている。幹部のルビンさんたちはじめ、普段は領民講座の講師や石鹸店オーナーをしていてのんびりのほほんとした雰囲気のカイくんもグレイやローツさんに狂犬呼ばわりされるのがよく分かる、そんな雰囲気で自警団と共に周囲の警戒にあたっている。


 理路整然と並ぶ騎馬隊を両脇に従えた一際豪華で大きな存在感ある馬車が止まる。体感で二分くらい、その扉が開くのを待つとカチャリ、鍵が開く音が聞こえゆっくりと扉が開く。

 はじめに降りてきたのは気品漂う黒の正装を纏った白髪交じりの男性。その人は地に降り立つと扉に体を向けて、そして手を馬車内にいる『その人』に向けて差し出した。

 その手を取って、ゆったりと、優雅な身の熟しで現れたのは。


 ロビエラム国国王ダルジー七世の姉。


 ヒティカ・ガビシス・ロビエラム。


 その人は実に優美な笑みをたたえ最上級の礼でもって出迎えた私達を見渡した。

「面を上げなさい、こんな光景、ハルトが見たら国王が誹りを受けてしまうから」

 実に愉快そうな軽やかな声に、私達は固まった。

 ハルト……。

 いつも思うけどお前は一体王族に対して普段どんな言動を……?














 ダルジー七世の姉といえば私でも早い段階で知って覚えた人。

 十七歳でロビエラム国のガビシス公爵家に降嫁したものの、才女として有名で歴代の王女たちとしては異例の、二十八歳の若さで当時まだ王太子だったダルジー七世の側近の一人として仕え、そして三十二歳の時に議会の承認を得てガビシス公爵夫人でありながら王族に復籍、現在は他国に嫁いだり臣下に嫁いで王族から除籍となったロビエラム王家直系の女性たちの中で唯一『王位継承』を許された地位にあり、ロビエラム王女といえばこの人のことを指す。

 今回、なんでこんな高貴な人がククマットに来たのかというと。

「楽しみで仕方なくて昨晩休んだ宿ではあまり眠れなかったのよ」

「そのご期待に添えるかどうかこちらとしてはとても不安なんですが……」

「そんな謙遜は結構よ、素晴らしい逸品であることは夫の話から分かっているもの、ねえ?」

「ええ。期待しておくといいですよ、貴方もきっと気に入るはず」

 王女より先に馬車から降りてエスコートしたその人、ガビシス前公爵。つまり、王女の旦那様はニコニコとした笑顔でまっすぐ私を見つめる。

「侯爵家の額縁。私はあれ程感動させられた額縁は今まで見たことがありませんから」


 ―――遡ること数ヶ月前―――

「ジュリ」

「はい」

「ロビエラム国王女が額縁を見たいからクノーマス伯爵家とクノーマス侯爵家を訪ねたいが構わないか、という手紙を寄越した」

「……侯爵様」

「なんだ」

「それ、断れない案件では……」

「そうだな、断れないな」

「……」

「……」

「いや、何で今更?! ハルトか?! あいつがまたなんか余計なことしたか?!」

「いや」

「えっ?」

「ルリアナの社交界復帰とウェルガルトのお披露目の茶会、あの時招待していたヒタンリ国の第三王子ご夫妻がいただろう? ……あのご夫妻の執事として素性を隠し紛れ込んでいたそうだ」

「誰ですか」

「ロビエラム王女の夫、ガビシス前公爵」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ヒタンリ国も何故そんなことを許すんですかね」

「私が聞きたいよ……」

 前公爵ともあろう方がなにしとんじゃ、と呟いた私は悪くない。


 という事があったの。

 ええ、ええ、ハルトに八つ当たりしましたよ、リンファにも八つ当たりしましたよ、二人共テヘペロしたのを見ると元凶となる悪知恵を与えている自覚はあったよ、あれは。

「私は気配を消す【スキル】を持っていまして」

 だから潜入とか得意なんですよと満面の笑みで前公爵様が教えてくれたけど、だからといってそれを許すロビエラム国王は、ハルトに毒されてる気がしないわけでもない。因みに、ヒタンリ国はこの人相手に拒否するのは得策ではないという判断と問題を起こす人ではないと分かっていたから受け入れたみたいよ、とリンファには説明をされた。……どっちみち、侯爵家はじめ私達が現在進行形で大変な思いをしていることには変わらない。

 そして兼ねてから気になっていた物をわざわざ第三王子夫妻の執事として身分を隠して前公爵様は見に来たと。

 擬似レジンと銅を使った透明で立体的な額縁を。

 そもそもの話、『侯爵家の額縁』は侯爵家から招待客として招かれた人のみが見られる。招かれない限り、目にすることはないのが貴族の屋敷の中にあるもの。世の中に出回っているものと違って一点物や限定品が圧倒的多数を占めるため起こること。更に情報を得るのも大変なこの世界ではまず噂が届くまでに時間がかかるし、その真偽を確かめるまでも時間がかかる。そしてそれを見たいから見せて、と言うのも簡単ではない。まず知り合いでなければ不躾に突然見たいから見せてというのはマナー違反。なのでまずは知り合う事から始めなければならない場合もある。まあ、面倒。

 でもそれを部分的に飛び越えられるのが、王族よ。

 他国だろうが自国だろうが、見せてと言えばまず断られることはない。

 そして登場よ、ロビエラム王女とその夫である前公爵様。

 侯爵家の額縁を見るために。


 いや、正直に言えば身内の間でそれだけではないだろうという話はすでにしている。まずこの話をされたときにグレイがそれはそれは盛大なため息を漏らして唸ってね。

「額縁制作の依頼が入る可能性が高いな……」

 と。

 ……無理だなぁ、今どう考えても大物の制作に長い時間を充てられない。色々作ってるものがあるし。

 それにこの先ネルビア国訪問を控えて、トラブルが舞い込む確率が高い派手なことが出来ないし。

 そんな心配をよそに事前にハルトに言われているのは『思ってるほど頭を悩ませることにはならねぇはず』の言葉だけ。ホントかよ?

 とりあえず今日はこのクノーマス伯爵家迎賓館でおもてなしとなっていて、歓迎の晩餐会が開かれるのでそこで話を聞けたらと思う。ちなみに先日吹き飛んだ部屋は突貫工事で修繕済み、間に合って良かった!!


 侯爵家の額縁が見たいのに先に我が家に来る時点で額縁制作を主導した私に用があることは容易に察せられるけれど、私達ではなくロビエラム国内でロビエラムの人が制作するというなら相談に乗る事くらいはできる。

 侯爵家の額縁のように金属で花を作るならその指導を誰か一人職人さんにお願いするだけで済むし、一番手間の掛かる擬似レジンに起こりやすい気泡を除去する方法やそれに向いている道具なら私やキリア、ライアスがアドバイスすれば済む。何てことを気楽な気持ちで話したら侯爵様が難しい顔をしたわけよ。

「我が家と同じ物で納得するだろうか?」

 あ……そこね。

 一点物、特別な物に拘る可能性が高いのか。王族だもんね、そうだよね、と。


 晩餐会には侯爵家は勿論、ローツさんとセティアさん、ロディムとユージンも招待している。特にユージンはかつてロビエラム国で著名な画家に弟子入りしていた過去があるためそれを王女が知っているという情報をハルトから貰っていたのでね。

「ユージンにお前が何らかの新しい技法を伝授してるんじゃねえかって期待してるかもな」

 と。

 してるねぇ、サンドアートを。でもあれはまだ世に出せない。そもそもユージンがまだ試行錯誤中で世に出す気が全くないし、出していいものではないと彼なりのプライドがある。そこに水を差すようなことは私は勿論一番の出資者であるロディムが絶対に許さないよ。ロディムが許さないってことは、アストハルア公爵様だって黙っちゃいない。王族に喧嘩は売れなくても攻防くらいはあの家なら平気で出来る権力はあるし。

 その辺を踏まえてサンドアートについては一切話題にしないこととなっている。


 でもそれでも、上手く『新しい技法による額縁』の話には持っていかれる気がするので。


 対策はしてある。

 あまり先読みし過ぎでそれが当たり前だと思われても困るので、聞かれたら提案することには変わりないけれど。














 晩餐会は私が疑心暗鬼になるくらいは和気藹々とした雰囲気で進んだ。年齢の割には前公爵様がよく食べ良く飲む方で、どこ産のワインが美味しいとか、オーク肉なら肩ロースが美味しいとか、私とめっちゃ話が合う合う(笑)!!

 一方王女は予想通りでユージンとロディム相手にロビエラムの画家の話で盛り上がりつつも、若い人との会話を純粋に楽しんでいたように思う。

 昨晩はそのまま迎賓館に宿泊していただいて、その時はいたるところにある作品、特に主張激しめのキリア、ウェラ、おばちゃんトリオの物を見ては喜んでいたのでこの一部は新品で献上品としてお渡し出来るものがあるのでお持ち帰りくださいと告げると、王宮にある王女の執務室に置くのかそれとも公爵家に置くのかでご夫婦で微妙に駆け引きを始めてしまいちょっと怖かった……。二つあるものは二つ渡そうとグレイとコソコソ決めたわよ、うん。


 そして夜が明け、朝食も軽めに済ませ支度が終われば直ぐ様王女様たちが侯爵家に向かうことになった。昨日同様仰々しい馬車の行列でククマット領を出たのを私達も馬車で後に続く。こういう時気軽にグレイの転移で向かえないところがねぇ、面倒よ。


 そして侯爵家に到着すると本来は歓迎と一息つく意味を込めた軽いお茶の席が設けられるのだけれど、時間が勿体ないしこのあと正式なお茶の席、そして侯爵家による晩餐会もあるのだから不要だという王女の意向を汲み無しになった。


 執事長が待ち構える扉前に到着すると、グレイに袖を引かれたので彼を見上げる。

 入らずにこっちに行こうと、小声で言いながら廊下の奥を指さした。理由は分からずも一応頷き、扉が開き王女様たち、侯爵家の人たちが室内に入っていくのを見届け私はグレイに促されるまま隣を歩く。

「なに、どうしたの?」

「先に用意してしまおう」

「え、()()は聞かれたら出す予定だったじゃない?」

「到着してすぐルリアナ付きの侍女からメモを渡された」

「えっ?」

「これだ」

 グレイが広げて見せてくれた一枚の紙は小さめの便箋だった。


『ガビシス前公爵様から『王女がユージン・ガリトアとの会話をとても有意義だったと申していた。恐らく額縁をご覧になった後、ユージンに額縁制作についての依頼が可能かどうかの話をする可能性がある』という旨の手紙を朝に貰ったのでその対策を速やかにお願いします』


 思わず立ち止まる。

 晩餐会で確かにユージン相手に楽しそうに会話をしている印象は受けていた。

「ジュリ」

「あ、ごめん」

 名を呼ばれ前方で立ち止り私を見つめるグレイに慌てて駆け寄り、再び並んで足早に進む。

「なんで、なんで? ユージンに? まだ画家としても売り出してないのに」

「……ロディムとの親密さを見て、判断された可能性が高い」

「どういうこと?」

「次期公爵だぞ、しかも、婚約者……未来の次期公爵夫人は誰だ」

「シイちゃんだね。……あ?」

「わかるだろう?」

「上手くユージンを取り込めば、後ろ盾のアストハルア家との繋がりも付いてくる。そしてクノーマス侯爵家との繋がりも、私たちとは別ルートで……」

「おまけに、現段階でユージンを取り込まれるとワーム種の内臓であるカラーサンドで、ユージンが芸術として確立させるために活動していることも知られてしまう。カラーサンドは国内の一部でも手に入るが現状入手先の四割は、ロビエラムだ」

「もしかして最近カラーサンド採取依頼を頻繁に出してること、王女様たち把握済み?」

「可能性はある。真面目な男なので信用しているが……ユージンにとって魅力的なことを王女から言葉にされたら、断ることは性格的にも立場的にもユージンには無理だ」

「今日連れてこなくてよかったね!!」


 なんだよもう、久しぶりの平穏があっという間に逃げていったじゃないの!!






あれ、楽しくワチャワチャするはずが。

おかしい、あれ?


いやでも何とかなるはずです! ……たぶん。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ≫いやでも何とかなるはずです! ……たぶん。 作者のコントロールを失いつつある登場人物達w 作家さんが良く言う「キャラが勝手に動く」ですね。 楽しいですねぇ~。 [一言] 以前「ダルジー…
[一言] セーフ!セーフ!
[良い点]  おばちゃんたちの立ち位置に恩恵が齎され易いとしても、ジュリが持ち込む前から存在しているものづくりの作り手の方が、恩恵出やすかったはずですよね。   ジュリと同性であることも重要だろうし、…
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