31 * ただ騒ぎ立てるだけじゃなく
まだまだジュリが荒ぶってます。
なんだかなぁ、と思うことが増えてきた今日この頃。荒ぶった旦那のやらかしに驚くこともなく私は改めてロディムを真っすぐ見つめる。
「もう一回、ロディムに聞く。もしも私が何一つ世の中に情報提供せずに私腹を肥やし続けていたら、どうするの?」
「あなたはそんなことしない!!」
ダン!!
テーブルを叩いて叫んだロディム。ちょっと面食らって仰け反ってしまった。
「絶対に、しないっ」
「なんでそう言い切れちゃう? ロディムは私の何をどこまで知っていて、そう断言するの?」
「それはっ」
「それは都合のいい解釈だよ」
「ジュリさんっ……」
「だって、今から私酷いこと言うし」
「え?」
「なんでわざわざこんな騒ぎ立てたと思う?」
「……どういう、ことです」
「不満があるの、これでも。私から散々色んな物を享受しておいて、そこから何か誕生させた? 派生品の一つでも作った?」
「……え?」
「してないんだよ、殆んどの人たちが。貰うだけ貰ってそれで終わり。そこから私に挑んで私より良いものを作り出そうって人、ほんの一握り。大半は何してると思う? 『次に何を出してくるんだ』って動向見てるだけ。そして出したらそれを当たり前のように貰っていくだけ、真似するだけで終わり。新しい事に取り組もうとしたとしても、移動販売馬車とかイベントとか、大きな利権が関わりそうな事しか真面目に目を向けてくれない。それだって、私が何かするのを待つだけで、期待して、酷けれは催促してきたり興味本位で探って私の周りを乱すだけ。味方とか、同じ方向性だとか言われてもさ、必死こいて考えて足掻いてるの私だけ。バカバカしいと思うことがある」
「ジュリさん……」
「先日、あんたのお父さんと色々話をして一つアストハルア家に託す事になったでしょ。あの後公爵様と二人で話したんだけど……その時にまあ、お互いに思惑があって、お互い思うようにいかないことがあるなぁ、なんて感じになりつつもちゃんと合意には至ってる。私はその点について文句はない。商売とか経営って、そういう交渉とか駆け引きありきで成り立ってるから。でもさ……最近はそのことにも疑問を持つようになった」
「疑問、ですか……?」
「うん、なんで皆、当たり前に私を自分たちの利権に巻き込んでも大丈夫みたいな顔するんだろうって。私は一人しかいないのに、そのことになんの疑問も持たずなんで当然のように『あいつがやってもらえたなら俺もやってもらえる』みたいな感覚で私に近づくんだろうって。私は一人しかいないのにね、全員の願いなんて聞いてやれないのにね」
ロディムは私の疑問を聞いて、顔を強張らせた。
「私に一体どれだけ、何を求めてるのか、って本気でみんなに聞いてみたい。私の【技術と知識】なんていつかは出尽くしてしまうのに、『これ以上はありません』『もう作れません』って言う時がいつか必ず来るのに。ロディムは何て返してくるの? ……『あなたならまだ出来る』そう応援してくる? それとも無責任だと責めてくる? もう用はないと絶縁する?」
「それ、は」
私の疑問を、ほんの僅かでも考えた事がある人はどれだけいるだろう。
「私、別に富裕層を今より裕福にさせるために物を作ってるわけじゃなくて、世の中に可愛いものとかきれいなものを氾濫させて買い物する楽しみとかお洒落の幅を広げたいからやってるの。その延長線に他のものが乗っかってて私や私が大切に思う人たちが幸せになれるなら、豊かになれるならそのために必死に藻掻く価値はあるっては思うけど全部結局自分の欲ありきの話であって、その欲を満たすために頑張ってる。でも、私がそうやって頑張ることは【彼方からの使い】だから当たり前だと、人を豊かにさせるのは当たり前だと思ってる人があまりにも多い。……なんで頑張ってるのか、理由を知らない、私に直接聞いてもない人たちが勝手に決めつけてね」
反論しようとしていた。
ロディムは少し泣きそうな顔をして、何かを言いかけた。
でも、ぐっと顔に力を込めて、俯いて、唇を噛んだ。
そして私はいつの間にか意図せずに低い声が出ていた。
「そんなに私に何かさせたいなら、自分たちも努力して、考えて、そこから新しいもの生み出してみろよ、って最近は凄く思う。私に『こんな物を作ったぞ!!』って見せに来いよって、思う。そうしたら、きっと私はそれを見て触発されてまた新しいものを作りたくなって、騒ぎながら無茶振りしながらものつくりに勤しめる。そういうのを還元してくれるだけでも、私は嬉しくて楽しくて、もっと作りたいって思える。そう思える分だけ、きっと想像力が豊かになって、【技術と知識】が自然と私の中に生まれる気がする。……でも今のこの状況だと、いつか近い未来、頭打ちになって【彼方からの使い】としての役割を終える。そしてそれを、あんたたちは責める。神様に選ばれたくせに、今まで散々自分たちを振り回したくせに、って。だから決めたの」
「なに、を……」
「私はものつくりが好きだし使命だと思ってる、そんな私に食って掛かるくらいの情熱で物を作って見せてくれたら、それ相応のものを私も努力して生み出して渡そうって」
空気が凍りつく、ってこのことだなと妙に俯瞰的に見ている自分にちょっと驚きつつ、私はチラッと旦那に視線を向ける。
「……グレイ」
「なんだ」
「冷静になった?」
「なった。公爵から『敵意』が消えた」
「そう、それならいいんだけど」
「それよりな」
「うん?」
「兄上に平手打ちをされた」
「うん、まあ、それは仕方ないかなぁ」
「後でやり返しに行ってもいいか?」
「それは兄弟で話し合う案件だから私に聞かないで」
「了解した」
私達の会話を聞いて我に返ったのがエイジェリン様。
「私はお前と喧嘩したくないぞ」
「平手打ちかましておいて、ですか?」
「お前がキレて力を暴走させかけたから止めるために仕方なくだろ?!」
「余計なお世話ですよ」
話を振った私も悪いけど、この空気の中で場違いな兄弟喧嘩は、やめて欲しい。
「喧嘩は後でお願いします! それよりも!!」
私は強制的に話を戻す。
「話を戻します、いいですか?」
私はあえて態とらしく周囲を見渡す。物が散乱しガラスが吹き飛び、すっかり秋めいた冬の到来を予感させる乾いた冷たい風が吹き込む、到底話し合いには向いていない室内のことは無視して、声を張る。
「信頼している、味方だ、敵対はしない、協力する、そんな言葉を並べるならば、私が努力するように貴方たちももっと努力して下さい。私を追い抜く、言い負かすくらい、良いものを産み出す努力を。……それをせず、ただ【彼方からの使い】という私の立場を当たり前だと思ってこれからも貰うだけ貰うという姿勢を見せるなら、私はどんなに批判されようとそれを『敵意』と見做します。そして、グレイがそれに対して何をしようとも見て見ぬふりをして、全てを任せます。……公爵様、言ってましたよね? 私に敵対すると私が躊躇わず【彼方からの使い】仲間をぶつけてくるだろ? って。そんなの当たり前ですよ、だって油断したらあなた達この世界の人達は、平気で私達から全てを奪っていくことを嫌というほど思い知りましたから」
そして私は、散らばった資料を拾い上げ、態とテーブルに叩きつけた。
「ヒタンリ国が優遇される理由、そんなの明確です。あらゆる物の品質向上と新制度の立ち上げと見直し、それらで国を発展させたい。ただそれだけです。私を取り込んで、囲って、他国との駆け引きや交渉に利用したいなんて微塵も思ってない、ものつくりで楽しようとも思ってない。何故なら私はいつか死ぬし、私の齎すものは有限で将来必ず頭打ちになるし、私は私のやりたいことをやってるだけなので権力者の都合を押し付けられてもただ迷惑なだけだと思ってることを理解してるんです。だからとても明確な距離を保ってくるんですよ、私に踏込みすぎると【彼方からの使い】やグレイが何をしでかすか分からないし私がいつ嫌気が差して背を向けるかも分からないから。そして、なにより……こっちが私にとって重要です。とても貪欲ですよ、ヒタンリ国固有の物を作り出して産業に繋げようとすることにとても貪欲なんです。新しいものを、役立つものを作ろうと躍起になっている。物を作る環境の改善に死物狂いで取り組んでる。見てて天晴と思いますよ、虎視眈々と私が作ったものより良いものを作ってやろうと目をギラギラさせてる職人が沢山いて、面白いと私は本気で思ったんです、こんな気持ちになれたのは、ククマット以外では初めてです」
ヒタンリ国の明け透けな貪欲さに、私は素直に刺激された。
面白いと思ってしまった。
寿命のある、限界のある私に執着しないヒタンリ国王の価値観は、私の価値観にドンピシャだった。
私を神格化せず、負けてたまるかという目をした若い商売人が何人もいた。視察で回ったヒタンリ国の工房には私が何か指摘してくるなら言い返してやろうという気概を見せる人もいた。
負けてたまるか。
良いものを作るのは自分だ。
純粋に、面白い、私もそれに乗ってやる、そう思えた。
でも。
ここには、この国にはそれがとても少ない。
『ジュリに負けてたまるか』
『あたし達だってやれば出来る!!』
『面白そうじゃねえか』
単純で私をワクワクさせてくれる言葉と感情。これを聞けるのが、悲しいことに身近なところのみ。
螺鈿もどき細工を任せている他領の人たちですら、今ある『完成されたもの』に満足してしまっていることを最近知った。
新しいデザインは考えているようだけど、染料や加工工程の見直しなどに力を入れている姿が見受けられないと定期的に交流しているククマットの職人たちから聞かされた。
だから特漆黒の螺鈿もどき細工が突出して価値を上げている。
毎日毎日、もっと良いものをと、ククマットでは試作や研究が進められているから。
「まあ、ここまで言ったことに物申したい人も、納得しない人もいるでしょう。だから、とあるものをお見せします。それを見てから意見含めて反論でもなんでも受け付けます。……オリビアさん例のあれ、持ってきてますよね?」
急に話を振られたオリビアさんが目をパチクリさせる。
「え、あ、勿論!」
慌てて彼女はさっきのグレイの力の暴発? から咄嗟に守ろうと抱えた鞄をテーブルに載せて、ワタワタしながら開けた。
「もしかしてこのために私呼ばれました?」
「すみません、利用する形になってしまって」
「いえ、いいんですのよ、でも何の役に立つんですの? こんなものが」
「あははは」
オリビアさん。
あなたは自分が何をしたのか分かってないんですね。
「それ、そのうち私が提案しようと思ってたものですよ」
「はい?」
「私がいた世界にあったものです」
「え?」
「それを、オリビアさんは作ったんですよ」
ガタリと椅子が音を立てた。
候爵様だった。
「おお、それは! 完成したのか!!」
目を輝かせて嬉しそうに上擦った声を出しながら候爵様はオリビアさんの前まで足早に進んで彼女がテーブルに鞄から出して乗せたそれを手にして観察し始めた。
「ジュリ、これが『化粧ポーチ』か!」
「はい」
「えっ、えっ?」
オリビアさんは私達の会話に目をキョロキョロせわしなく動かし焦っている。
「この前、オリビアさんが『改善点があれば教えてほしい』って持って来たじゃないですか。あの時見てびっくりしたんですよ。見たまんま、私の知る化粧ポーチによくある形の一つだったから。でもオリビアさんはその事を全く知らずにこれを作ろうと思って提案してきてたから候爵様に事前に話しておいたんです。もし今試作してるものに必要なものがあれば惜しまず用意してやってくださいって。多分出来上がるものはシルフィ様が必ず喜んで使うし、世の中に歓迎されるものになるからって」
「すごいな、本当にバニティケースを小さくしたような形をしている。布で作っているのに、結構しっかり形も整っているし」
そう。
オリビアさんは日々お店の人気商品として売れていくバニティケースを見ていて考えた。
(これは高級すぎる。もっと小さくして、価格を抑えて、女性が気軽に持てるものにできないかしら?)
と。それは些細な好奇心旺盛で新しいものが好きな彼女らしい疑問で欲望で、そして探究心。
使っている素材が高いなら安いものから選んで見よう、布なら厚手で丈夫なものもある、バニティケース特有の形を残すためには開閉部の型崩れだけは防がなければならないけれど、ファスナーは如何せんその構造から高額、簡単には使えない、だったら蓋と本体の接触部分を硬くして型崩れを防ぐのはどうか。そのために内側に針金か、金属枠、木製枠を入れたらどうか?
絵が苦手といいながら必死にデザインして、それを持って 《タファン》の商品を専門に作る工房に持ち込んだ。そしてそれをみた職人さんや内職さんたちが『面白い、作ってみよう』と作り上げた試作品。
それからさらに試作を重ねて、今候爵様が手にする化粧ポーチは、私が一切関与せずこの世界の人たちのみで生み出したもの。
デニム生地に似た丈夫で硬めの布。真っ黒だけど開閉部の本体側にレースが施され、留具は金色に染めた紐を丸い天然石に引っ掛けてフック式のように使える仕組みで、太めの紐と大きめの石を使っているため地味さは全くない。開閉部の蓋と本体の縁のみに入れられた型崩れ防止用の枠、そして蓋と底に薄い板を入れることでバニティケースそっくりな形がさらに崩れないように工夫されている反面、布製なので上からそのまま潰せば使わない時は場所を取らずに保管できる。内側にはクシや香水瓶などを立てて入れやすいよう柔らかな布で仕切りが側面に四つつけられて、中央にはあえて何も仕切りは入れずなんでも入れられるようになっている。
「あれ? これは?」
候爵様は中に入っていた小さな巾着に首を傾げる。
「あっ、それはヘアピンなど細かな物を入れるための付属の袋です。あってもなくても良いかと思ったんですの。でも、お揃いの布で作られたものが一つ付いていたら私なら嬉しいので作ってみましたわ」
「ほう、なるほど!」
これだよね。
物を作るって、こういうこと。
私は呼び水でいい。
常々思う。
特にこの頃。
自領の、国の発展を望むなら、頼るのは私じゃない。注目するのは私じゃない。
こういう人たちだ。
名刺、名刺入れ、そして化粧ポーチの存在感が薄くなってしまった!!
こんなはすでは、こんなはずではなかった、いや、ジュリなので我が道を行く爆走キャラだから……アリということで。




