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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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31 * 更に強気で攻める

 



 表情が優れないのはアベルさんたちと、フォンロントリオ。

 これも予想はしていた。

 国や大きな組織となると、領主たちよりも工房や職人を短期間に選出するのは極めて困難だから。色々あると思うのよ、忖度とか融通してるとか無視出来ない繋がりがあったりそれこそ派閥の兼ね合いで依頼をしたくても人を介して紹介してもらうところから始まる、とか。

 そしてなにより。たとえベイフェルア国一狭い、しかも新しい領で行われる小さなイベントだとしても『ものつくり選手権』を無視できない事情が彼らにはある。

 それは資料を読めば読むほど切実な問題になっていく。

「ヒタンリ国は既に出品することが確定してるのですね?」

 今まで黙っていた 《タファン》の店長オリビアさんが資料から目を離して私に向け、質問してくる。

「しかも……協賛金は無しで」

「そうですね、ヒタンリ国は私の後ろ盾なので協賛金無しで看板を一枚だけ、メイン会場となる所に無条件で出せると言ったんですが、作品展に興味があったらしくて元々国名を伏せて出品出来ないかと打診されていたんですよ」

 それに反応したのはナグレイス子爵家のご隠居。

「わざわざ国名を伏せる、だと?」

「はい、ヒタンリはですね……あまり協賛金制度に重きを置いていないんですよ。ヒタンリ国王陛下としては、今後開催されるたびに予定している作品展に出品することが重要だと。今回こそ制限していますがいずれその制限は撤廃します。イベントとしての規模が大きくなることを見越して、ヒタンリ国はそこに出品する。……人の目に触れ、興味を持ってもらい、その興味で国に人を呼び込むのが目的だそうです。ここで公にする許可を貰ってますのではっきりと言ってしまえば……ヒタンリ国は看板に魔物素材大市の開催日等を記載したものを掲げる事になります。ヒタンリでしか手に入らない素材を求めてやってくる旅行客、冒険者、有力者を増やすために」

『なるほど、な』と唸るように呟いたご隠居。

 ここにいる人達とヒタンリ国は『ものつくり選手権』に関わりたい目的がそもそも全く違う。

 協賛金制度を取り入れることで資金調達を潤滑に進められる事に期待する人達と、特産品や工芸品から人の興味を刺激して人の流れを生み出したい人。


「あの国王なら言いそうなことよね。本当に変わり者よ彼は」

 リンファがヒタンリ国王陛下を思い浮かべたのか、クスクスと面白そうに笑いながらセイレックさんに声をかけ、セイレックさんもンンッと咳払いしつつも同意なのか僅かに口角を上げた。

 そしてそんな二人に非常に同意したいという空気を醸し出しているのが侯爵様とエイジェリン様。

 知ってるからね、ヒタンリ国王陛下が権力者の割には考え方が庶民というか、私のやることに柔軟に対応できる感覚の持ち主ってことを。でも流石にリンファの『変わり者』発言にまで同意することになるのであからさまに反応が出来ないのが可哀想。

「しかし、国名を伏せると出品する意味が無いように思いますが……」

 次に資料から目を離して質問してきたのはローツさんのお兄さん。

「それについては私から解決策を提案しています。作品には必ず作者もしくは工房の名前が記載されたプレートを付けます。そして、それだけでは分からない情報、例えばどこの領か、買うとしたらいくらか、そういったさらなる情報が欲しい場合はそれが記載された作品・自己紹介カードを無料で配るのはどうか、と」

「自己紹介? ……あー、ここで、『名刺』……」

 エイジェリン様が両手で顔を覆って椅子の上仰け反った! それ見てグレイが俯いて笑いを堪えた!


 遡ること数ヶ月前。

「紙の品質も印刷技術も上がってきただろ、なんか作って欲しいものねぇの?」

 ハルトが急に前触れもなくそんな事を言ってきた。

 私はそれに即座に返した。

「『名刺』欲しい」

 と。

 現在、扱いに注意が必要な物、使い方が分かり難い一部の商品に名刺よりも大きいサイズの取り扱い説明書を付けて販売している。

 これを始めた頃から『名刺』は欲しかったんだけど

 如何せん名刺を作るための技術がなかった。

 名刺特有のあのものすごい小さな文字、まずあれを印刷する技術がない前に紙の品質が悪くて文字が綺麗に印字できない。ていうか小さいと点にしか見えない事が当たり前。

 そんな中でロビエラム国がハルトの強引な活動で革命とも言える速さで印刷技術と製紙技術を飛躍的に向上させている。

 それに伴い、うちの取り扱い説明書の文字が小さくなっていき、そして紙も均一で薄くなっていき。

 そのタイミングでハルトが言ってきたから必然的に『名刺』が出来るんじゃないかな、と。


 そしてまず作った名刺は、商長の私、副商長グレイ、統括長ローツさん、秘書セティアさん、制作部門長キリア、 《レースのフィン》主催フィン、開発・製造相談役ライアス。

 表に 《ハンドメイド・ジュリ》、 《レースのフィン》の店名と、役職と名前が入り、裏面に店の住所と営業時間、そして関連事業所名がはいっているもの。

 流石に全てを表に入れられるほど小さな文字はまだ無理だけど、両面なら問題無し。

 ただ、まだ殆んど使ってない。

 だって名刺交換する相手が外部にいない。

 そしておばちゃんトリオ、ウェラ、輸送部門のゲイルさんに領民講座のカイくんや講師、ネイリスト専門学校の講師二人やその他関係者が『自分も自分も!』と欲しがってちょっとした騒ぎに。それを聞きつけてやってきたのがエイジェリン様。

「ルリアナはネイリスト専門学校の学長だから作るつもりでしたが……兄上は必要ですか?」

 グレイが期待の眼差しでやってきたお兄さんにそんな事を言ってしまいまして。

 うん、貴族社会で名刺ってちょっと必要ないというか、使わないのがスマートとされる環境というか。

 貴族はその目と頭だけで人を沢山覚えてなんぼ、のところがあるのよね。社交界で名刺交換なんてしようものなら『覚えられないのか』と馬鹿にされる案件……。そのためグレイもローツさんも名刺には名字を入れているものの、爵位が分かるようなことは入れなくていいと初めの段階で言っていた。

 だからこそのグレイのあの発言なんだけど、エイジェリン様は納得しなかった。不貞腐れた。

 そして無駄な、迷惑な兄弟喧嘩が勃発して大変だった。


 そんな嵐を呼んだ名刺にはもう一つ欠かせないものがある。

『名刺交換』。

 あれをデモンストレーションとして社会人経験のある私と知識として知っていたハルトでグレイ達の前でやってみせたら、まずそれをおもしろがってグレイとローツさんが真似た後、セティアさん、フィン、ライアスが名刺交換の練習を始めた。

 向かい合って名刺を差し出して交換するあの独特な一連の動作、あれがどうやらツボに入ったらしい。五人で名刺をぐるぐる回りながらキャッキャしながら交換する様はなんとも言えない光景だったわ、うん。


 で、なんかウケてるなぁ、と思い名刺のための必需品である名刺入れ、あれも作った。

 金属製のシンプルで硬質なものと革製の上品でシックな名刺入れ。

 あの名刺入れを胸ポケットから取り出し、名刺を一枚取り出し、そして交換。グレイとローツさんが物凄く、物凄く、ハルトのあの動きを凝視してたの。どうやら『カッコいい動き』に見えたらしい。

「まあスマートに名刺を交換出来るのは確かにカッコいいよな」

 とハルトも余計なことを言ったもんだから。

 使い所がまだないというのに、あの二人は既に名刺入れを四つも持ってる (笑)。どこで使うんだそれ。

 そしてそれらに食いついたエイジェリン様。

 グレイに再び一蹴されて不貞腐れたのが懐かしい記憶になりつつあるわ。

 エイジェリン様のこの反応を見るに、私達の次に自分が優先して使いたかったんだね。こういう形で皆で一斉に、は想定外だったのかな。


 そんなかつての話を思い出しながら『ものつくり選手権』で使う予定の名刺の見本をセティアさんに配ってもらう。

「あ、侯爵様から相談されてたのでオリビアさんの名刺は近々用意してお店に届けますね」

「まあ! いいんですの?!」

「オリビアさんはあった方がいいですよね、私達の親族ではないので未だ店員の一人と勘違いされやすいから、 《タファン》の店長だと周知させるのに便利なので寧ろ先行して使って貰うといいかもと考えてました」

 エイジェリン様が泣きそうな顔してる……。名刺、作りますよ、使い所があるか分かりませんが。


 名刺へのエイジェリン様の異様な食いつきについてはこの辺までにして。

 今までよりも更に深く、眉間にシワを寄せて難しい顔をした人がいる。さっきから気になっていた。誰よりも物言いたげな顔をして時折私の顔色を伺う男。


 この中で最も若いロディム。


「ロディム、何か言いたそうな顔してるね?」

「えっ?」

 呼ばれて驚きつつも、その驚きを一瞬で消し去りいつもの父親譲りの神経質そうな表情と雰囲気を醸し出したロディムがきつく口を閉じたのが見えた。

「せっかくだからみんなに聞かせてご覧よ」

「……では」

「うん」

「ジュリさんはいずれこのククマットを 《職人の都》にするため、選手権やイベントを進めていくんですよね?」

「うん、そうだね」

「ならば何故、国内の勢力を、元からあるコネクションを優先させないのか理解出来ません。ヒタンリ国が後ろ盾、それは十分理解していますが……以前から仰ってますよね、ジュリさんは。交通網が未発達なこの世界はまず国内の整備が整わないとどうにもならないって。転移は限られた人間の恩恵でしかなく、それを当たり前と思ってはいけない、だから身近な所から、ククマットから安全で無駄のない整備をしていく必要がある、と」

 そういえばそんな話をお茶の時間にロディム相手にしたきがする。凄いね、よく覚えてるよ。

「ジュリさんのその考えからすると、交通網の整備を促進するためにも国内にもっと目を向けるべきではないですか? 作品を集めるにも、遠くより国内が集めやすいし告知もしやすい。何より、ジュリさんのやることに賛同している有力者や後ろ盾になりたいと思う有力者が国内には多いんです。それを飛び越えて、ヒタンリ国が突然ジュリさんのいるこのククマットの深部に入り込んでくるのを黙って見ている権力者は、少ないと思います。たとえヒタンリ国が唯一の後ろ盾であるとしても」

 ロディムの目が、一瞬だけ己の父親に向けられた。

「時間を置かず、その不満を顕にする人は、必ず出てきます。……そして今言ったことは私の不満として捉えて貰って構いません、納得、出来ませんジュリさん」

「……だよねぇ」

 つい素で気の抜けた返事をしてしまった。


 私の後ろ盾になった時点で、クノーマス家を除けばここにいる人達にとってヒタンリ国は『脅威』となってしまった。クノーマス家同様に知識や技術を簡単に得られるようになったから。

 特別販売占有権。

 最初に登録した人が圧倒的有利に利益を上げられる制度。

 これをフル活用し、ククマット、クノーマス領そして同派閥であり筆頭家、なにより初期の段階から私とグレイと個人的に繋がりが出来ていたツィーダム家が追随する形で利益を上げている。そこにヒタンリ国が割り込んで来たことで、他の私の周囲の有力者たちは今まで以上にその恩恵を受けにくくなった。

「分かってるんだけどね」

「ならば」

「分かってるから私も譲れない」

「え?」

「そもそもの話。私が最初から全ての【技術と知識】を秘匿してたり私とグレイとクノーマス家だけが利益を得られるように特別販売占有権に強い制限をかけていたら、ロディムは今ここにいないけど、そういうこと考えたことある?」

「え……それ、は」

「そして、利益を出し続ける私を囲うクノーマス家をどう思う? 次期公爵、あなたなら、今のこの環境とは真逆の閉鎖的なククマットが他所を無視して徹底的に自分たちだけが裕福になって、力を得ていくのを、どうする?」

「……」

 瞬きを繰り返したロディムが、何かを言おうと口を動かしたけれど、その口を直ぐ様閉じて、僅かに俯き瞳を揺らした。

「少なくともあんたのお父さん、アストハルア公爵様はその立場を利用して徹底的にクノーマス家ごと私に圧力をかけて身動き取れなくしてくるよね。そして、秘匿していること、独占していることを開示、提供させるよう動くよ」

「ジュリ」

 その声は明らかに怒りが含まれている。

 いつもの冷淡な感情の読めない顔をしているくせに声には感情を感じる。

「仮定で話をされても困る、不愉快だ」


 アストハルア公爵様が私に対して初めてあからさまに不快感を顕にした瞬間。


 部屋を揺らす強烈な衝撃と共に室内にあるガラス製品や繊細な作りのもの、そして窓ガラスが派手な音を立てて吹き飛び粉々になる。セティアさんとオリビアさんが悲鳴を上げ、他の人達も呻き声や驚嘆の声を上げた。


「グレイセル様!!」

 後ろに控えていたローツさんが叫んで咄嗟にグレイの肩を掴む。

「グレイセル!!」

 候爵様が椅子を倒し勢いよく立ち上がる。

「バカやろう!!何してる?!」

 エイジェリン様がローツさんに肩を掴まれているグレイの体を無理矢理自分の方へ向けさせて、平手で思い切り頬を打った。


 それでもグレイは酷く落ち着いた顔をしている。

 ローツさんに肩を掴まれても、エイジェリン様に打たれても、彼はただ一人に鋭い眼光を向けている。


 私に『敵意』を向けたアストハルア公爵様に。


「申し訳ありません。でもこれで分かって頂けましたよね」


 阿鼻叫喚となった部屋の中。

 私は告げる。


「これがグレイセル・クノーマスです。そして、私は私の意思を貫くために、【彼方からの使い】仲間よりも……この男を止めるつもりはありません。その上で私の話を聞いてもらいます」





引き続き、ジュリの暴走です。

暴走というか、鬱憤が溜まってたのを吐き出してるだけというか。

権力者にこうまで噛み付く人なんて普通はいませんけども、チートな旦那にチートなお友達が彼女をいつでも何処でも守っているので、ちょっと荒ぶって貰ってます。

作者的にほのぼのものつくりをさせたいような、させたくないような葛藤がいつでもありまして。

ここまで規模が大きくなったらそもそもほのぼのは無理ですしね。ご理解頂けるとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] グレイセルさんは、そのままで。 だって、ジュリさんだけが大切なんだもの(๑•̀ㅂ•́)و✧ そんなグレイセルさんが頼もしい頼もしい(*´ー`*人)
[良い点] いやー何と言うか「大人げないぞジュリさんや」 と言ってしまう自分が居ますw ≫規模が大きくなったらそもそもほのぼのは無理 確かにそうですね、規模も影響力もたった数年で大きくなりましたよね…
[一言] ガラス製品がっ!
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